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俺の周りに天使の輪  作者: 立川好哉
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第7話 俺と幼馴染と幼女

 遥がここに来てから数日、彼女はすっかりここのルールに慣れ、朝食当番だというのに寝坊した賢を起こしに彼の部屋のドアを開けた。ローテーブルの上には昨日の夜にゲームをしながら食べたポテトチップスの袋とゲームのコントローラー、漫画の参考にした有名イラストレーターの画集がある。部屋の奥のパソコンの周りには乱雑に積まれた資料や友人の作品、ベッドの近くには寝る前に読んだと思しき単行本がある。一言で言えば『だらしない』。

 「賢、朝だよ…」

 「あ?あァ…やっべぇ、アラームセットし忘れた」

 賢は寝癖を立てたまま台所へ向かい、急いで朝飯を作った。急いだくせに丁寧で、味付けにも不満がないので遥は賢に料理のコツを尋ねた。しかし返って来たのは『経験』という即時改善不能なものであったため、彼女は肩を落とした。

 賢は料理を並べてふと気づいた。牛乳がない。冷蔵庫に牛乳がないということは、今日は配達日である…そうなるように管理していたのだ。彼は寝坊などしている場合ではなかったのだ。配達員が朝早くに届けてくれた七本の牛乳を取りに行かねばならない。靴を履き、玄関ドアを開ける―しかしその直前、賢は仰天した。玄関ドアが大雑把に切断され、瓦礫と化したからだ。

 「は?」

 尻もちをついた彼の前に立っていたのは、今回も少女。遥よりさらに小さい。しかし髪は腰に届きそうなくらい長く、空色をしている。何より違うのは、手に日本刀が握られているということだ。

 

 「目標発見。殺人を開始します」

 

 機械的な台詞が彼に届く前に、少女は動き出していた。とても迅速で、彼の眼には捉えきれられなかった。日本刀の先端が彼の太もものすぐ横へ突き立てられる。これは威圧で、彼が抵抗することを諦め、素直に命を捧げるようにするための攻撃だ。しかし賢は震えなかった。幼馴染で大好きな女の子に命を狙われるより強い刺激は、ない。力で劣ることはありえないのだから、武器を奪って無力化してやろうと思った。それは、簡単に叶った。刀身を引き、柄を握り、研磨された鋭い切っ先を少女に突き付けた。

 「君も天使だろう?」

 自分の正体を知る敵を殺そうとしてしまったのは最大の過ちだった―少女はそう思っただろう。


 「エラー発生。殺人を中止します」

 

 賢は刀を手から離し、殺意がないことを示した。少女は淡々とした言葉とは裏腹に、ひどく狼狽しているように見える。彼女はそっと両手を天に掲げた。

 「それは命乞いかな。君は天使かな。君もここに住むことになるのかな。名前はなんていうのかな。何歳かな。ぱん…何でもない」

 機械的に喋る少女に問いを連続して投げかけることで、いずれかの質問を忘れさせる試みだ。どこかで間違えたなら、本質は機械ではないことがわかる。

 「命乞いです。天使です。ここに住みます。(あおい)です。十歳です。水色です」

 「完璧だ。わが家へようこそ。どうして最後の質問に答えられたのかは訊かない」

 賢がなかなか戻らないので様子を見に来た遥は、幼女を家に招き入れる彼を見て口を開いて硬直した。賢は冷や汗を垂らして嘘をついた。

 「ああ遥、この人…牛乳配達員」

 「そんなわけあるか!誰よその子!」

 腕を振って怒りを露わにしている遥の肩に手を置き、少女がここに来たのは俺の責ではないと主張した賢の脇を通ってリビングに入った葵は、許可なく椅子に座った。

 「朝食を要求します。空腹に耐えかねています」

 機械的な喋りに腹が立ってきたのか、賢は真似っこを始めた。

 「条件を提示します。その喋りをやめ、幼女っぽい喋り方へ変更をすることです」

 賢の要求を理解した葵は精神の部屋に入り、人格を切り替えた。

 「わかったー!ごはんをちょーだい?あおい、おなかすいた!」

 「オッホォ!」

 賢の好みのド真ん中を射抜いた葵の人格を遥は嫌がったが、かつての自分もそのような人格を持っていたような気がしたので黙っていた。幼馴染との二人きりの生活が突然終わりを告げたことに寂しい気持ちが浮かばないでもなかったが、天使の使命に従順になってここに来たのは自分も同じだから、葵のことを認めなければならない。

 

 「俺は中学にあがるまで部屋を貰えなかったから、君もそういうことでいい?」

 「あおいはおにーちゃんの部屋にいるー!」

 妹になりきって『すきすき』してくれるのは嬉しいことだが、気が散って漫画の進行が滞ると非常に困る。その未来を変えるためには、彼女固有の空間をつくってやる必要がある。賢は遥に葵の世話を任せ、一人でホームセンターに向かった。


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