第46話 俺とペンと中間試験
「はいテスト始め」
気だるげな声でワイシャツ姿の教師が宣言した。一斉にめくられる解答用紙と、ノックされるシャーペン。『5月中旬から夏』という認識に基づいてエアコンは24度に設定され、生徒たちの中にはベストを着て調節している人もいる。目を引くふくらみがベストのV字でさらに強調され、賢は最後の復習が手に着かなかった。国語の問題の難易度は低めで、遥や柏が遠くで筆を走らせているうちに賢は最後の真っ白なページに落書きを始めた。彼の未来予想漫画はそれを上回るペースで襲来した天使によってただのスクールコメディに成り下がったが、それでも漫画同好会の人たちを満足させるくらいは面白い。滞っていた次のエピソードも徐々に完成へ近づき、今日帰って少し描けば明日には公開できるまで進んでいた。アイディアは思いついたときにどこかに閉じ込めておかないと消えてしまうもので、学校という環境にいることで思いついたことは大抵ノートに記録されている。ノートがないからその代わりに持ち帰れる問題用紙に書いているというわけだ。
「次数学だぞ、お前大丈夫か?」
「数学は平均越えじゃなくて赤点回避が目標だから」
「ハードルひっくいな~」
文系と理系の差がとんでもなく大きい賢に対して満遍なく平均程度をとっている柏がからかうように言った。欠点がないことは他人からするとこの上なく羨ましいものだが、柏は自分の学力に確かな自信を持っている一方でどれかが突出して高い賢のようなタイプへの憧れもあった。褒められてもからかわれても笑いがそこにある。もちろんその輪の中には入っているが、中心になりたい気がしている。
「ポイントを教えてくれ」
「公式を覚えればいいんだよ。あとは数を弄るだけだ」
「弄って式を楽にするための方法がわからんのよ」
「両辺が同じならいいんだから、両辺に何かを足して共通の約数で割るとかするんだよ。ぜんぶ偶数になったら2で割れるだろ?」
「なるほど...」
とはいえ式は思っているより複雑だし、何かを両辺に足すにしても単なる整数ではなく多数項を足すような処理のしかたを要求されるものがあって賢を苦しめる。強引な語呂合わせで公式こそ記憶しているが、形を同じにしないと当てはめられない。結局小問の精度を上げるために何度も確認の計算をして時間切れになった。
「部分点でギリギリ35かな」
「なんてこったい...」
「だが!」
賢が椅子を膝裏で押して音をたてて立ち上がり、拳を握って柏へと突き出した。
「次は英語だ。台風一過のような晴れやかな気分だよ」
「そのあとは理科だからまた次の台風が来るけどな」
「ハハハ、去年は化学と地学だったからヤバかったが、今年は生物と物理のどっちかを選ぶ選択制!俺は計算の少ない生物を選んだんだよ」
賢は記憶が得意で、国語と英語が得意なのは語彙や構文を覚えて忘れないからだ。生物も同じように身体の部位や構造、役割を覚えていれば殆どの問題は解ける。理系科目で唯一賢が得意としているのが生物なのだ。中学校の生物を扱ったテストでは平均を大きく超える点をとって皆を驚かせたことがある。
「それに生物クラスの男女比を知っているだろう?」
「物理に男ばっかりいるってことは、そっちは女ばっかりなんだろ?」
「そういうことさ。俺の固有アビリティが発動する」
賢の固有アビリティ”祝福への渇望”は女子が周囲に多数いるときにのみ発動する能力で、彼のパフォーマンスを2~3割程度上昇させる、とされている。女子に褒められたいが故にいつもよりちょっと頑張れる、というものだ。
「英語はもう当たり前のようになってしまって新鮮味がないが、生物は違う。これを機に生物博士になってやる」
賢は英語の教科書ではなく生物の資料集を見た。それをクラスメイトは余裕があると見たが、賢の意図は見えていないだろう。




