第45話 主人の攻略法
透は賢の改善活動の結果、彼の部屋の半分を与えられて何もない日の日中はそこで生活している。ただ、夜になると少し困ったことが発生する。
「すぐる~」
蕩けるような猫なで声で透が賢へすり寄ってくるのだ。仕切りは端へ寄せられ、賢の布団に透の布団がくっついている。それだけならまだよいが、透は自分の布団から賢の布団へと渡って彼を追い詰めるのだ。
「ねぇ...狭いんだけど」
「いいでしょ?僕と一緒に寝られて」
「狭いせいで寝られないんだが。今朝も起きたら畳の上だったし」
顔を洗う時に鏡を見て跡が残っていたので、それについて柏らに何度も問われた。本当のことを言うと彼らは怒り狂うだろうので寝相が悪いということにしておいたが、こうも毎日畳の跡をつけていると真面目な対策を教えられそうだ。
「僕はもうあんな扱いをされたことを怒ってないよ。賢もわかってるでしょ?」
「わかってるけど、まだ信じられないんだ...あれだけ俺を殺そうとして、今までにない幻術まで使ったお前が、今こうして隣で寝ているってのがね...」
「あの頃の僕のことは忘れてよ。それより今の僕を見て。ほら、背中向けてないでさ」
賢の肩を引いて転がし、自分を向き合わせた。すぐ近くにある顔。その気ならすぐ触れ合う唇。凝視すると恥ずかしい瞳...賢は鼓動が速くなるのを感じた。
「とおる...」
「ねぇ、僕にここでの名前をつけてくれないかな?透ってのは天界での名前。さっき言ったように僕は今の僕だけを見て欲しいんだ」
賢は迷った。今までの天使は天界で与えられたのと同じ名前を使っている。透に限っては賢に特別なものを求めているらしく、強引に迫ってくる。徐々にその勢いに呑まれ、彼女にすべてを渡してしまいそうになる。今回渡すのは名前だけだと決め、透に代わる新たな名前を告げた。
「光...かな」
新たな名前を聞いた少女は少しの間賢を見つめ、口を開いた。
「ひかり...透の頃の僕の印象とは真逆だね」
「そう...あの頃のお前は闇だ。幻術もそうだし、使命に囚われて俺を殺すことしか考えられないお前はまさに闇の中にいた。でも今は違う。お前は光。俺らを照らす」
「えへへ...なんだか照れるや。でもありがとう賢」
純粋な女の子の態度を見た賢は光に背を向けたが、それは先程のように彼女を嫌がってのことではない。胸に手を当てると、鼓動はさらに早くなっていた。
「ほら、もう寝るぞ。紬がつくってくれてるんだから朝食に遅れたらダメだ」
「はーい」
翌日、賢は食器洗いをしているときに光が紬に何かを頼んでいるのを見た。自分を喜ばせるために料理を教えてくれということだろうか。それとも、手芸のことだろうか。
食器洗いを終えて戻り、しばらくテレビを見ていると、彼より後に帰ってきた光がリビングに入った。その姿を見た賢は思わず声をあげた。
「あれ!?」
「じゃーん!どう?メイド服、似合うかな?」
「なんでお前が...?」
「あれ、いい反応じゃないね。あっ」
メイドに必要な作法に気付いた光がスカートの両端を持ち上げて頭を下げた。
「ただいま戻りました、ご主人様☆」
賢は他人の正装を借りて自分を誘惑しようとしている光を叱ろうと立ち上がったが、なぜか言葉が出てこなかった。口を開いたまま、声を出さずに立ち尽くしている。
「おや?あまりのカワイさに言葉がでないかな~?」
「あ...えっと...」
「図星?」
賢の目の先、光の死角には遥と葵がいて、そのせいで賢は余計なことを言えずにいた。
「透、ちょっといい?」
遥が強引に光の手を引いて自室に連れ込んだ。それからしばらくして戻ってきた光は普段の服装で、ひどく落ち込んだ様子で賢の隣に座った。
「僕...魅力的じゃないのかな...」
「いや、遥がお前を着替えさせたのは俺の目がやらしいと決めつけたからだと思うぞ。あいつは俺の人の見方にはとくに厳しいからね」
「そうだったんだ。じゃあ二人っきりのときにやらなきゃね!」
賢は夜に何かイベントが起きると思い、それに備えてするべきことをしておいた。




