第40話 圧倒的漆黒
賢は彷徨っていた。ざっくりとした現在地を看板で確かめ、『あの頃』の自分から逃げるように遠く、遠くへと歩いていた。
日が暮れて夜になっても、彼は歩みを止めずにどこかを目指していた。自分を異常だと思う気が薄れ、感情を失って機械人形のようにただただ歩く。
いつしか灯りがなくなり、賢は夜の漆黒の中に閉ざされた。冷たい風が吹き、賢は漸く自我の一部を取り戻した。少しだけ過去の自分と向き合う気になって踵を返したが、今まで進んだ道にある自分の足跡は見えない。逃げたことへの報いだと思って、襲い来る何かに怯えて蹲ると、細長い光が差し込んだ。
「あれ、人がいる...」
賢が黙って声のほうを向くと、賢と同じくらいの童顔の少年が奇異なものを見る目でこちらを向いていた。フードのついた丈の長い外套を纏う彼は、賢に手を伸ばして誘った。
「ありがとう」
賢が弱い声でそう言って手をとったとき、懐中電灯が切られた。次の瞬間、賢は腹に強い痛みを感じた。
「な...」
再び蹲ると、今度は頭に痛み、その次は脚に、腕に...次々と身体の各所に痛みがはしる。あの少年が攻撃しているのか?それとも別の何か?携帯電話を持ってくればよかったと後悔したとき、生温いものが手を伝った。
灯りに囲まれてもなお賢は震えて蹲ったままだ。少年は賢に懐中電灯の明かりを向け、その目を刺激した。
「いまのは僕の幻術だよ。もう痛くないし、血も出てない」
「何をした...」
「はっきり言うとね、僕は天使なんだ。君を殺すために送られた」
その瞬間、賢は飛び退いて天使と距離をとった。沈んで消えかかってた彼の自我が再び主導権を握り、遥たちの言う『いままでの賢』が戻ってきた。
「殺す...その言葉は聞き飽きた」
「だろうね。一人目で終わらなかったんだから。もう6人も送って全滅。情けないよね、本当に」
賢は指を鳴らしてこう返した。
「お前が7人目だな。よかったな、ラッキーセブンだ」
「いいや、それはないね。僕は君がひどく憔悴していることを知っていて仕掛けたんだから。今は話をするための時間だ。話が終われば戦いが始まる...君は再び僕の幻術にかかる。逃れる術はないよ」
賢は相手が男であることを喜んだ。何も容赦をする必要はない。ただ、それをかき消して余りあるほどの絶望を感じ、自棄になった。
「いくよ...死んでくれ!」
再び賢から光が奪われる。そして全身を襲う痛み。それでも賢は動き、敵を探し、研ぎ澄まされた感覚で確かなものを捉えた。
「すごいね、視界を奪っても感覚だけで僕を掴むなんて」
「あのデカブツが俺を育ててくれたんだよ」
黒ずくめの男の最初の攻撃を躱すための知覚がいまの少年から逃れることに応用され、空気の流れや音で彼のおよその位置を把握できる。
「それでも僕の有利に変わりはない!君が回避できない攻撃をしておしまいだ!」




