第3話 天使と男子中学生
今回は軽微な性的描写があります。敏感な方はこのエピソードをスキップしてください。
一人暮らしと二人暮らしの生活は大きく異なる…賢はそれを実感していた。
朝に目覚めてリビングに行くと人がいて飯をつくっている。目を擦る自分に『トーストとベーコンエッグでいい?』と世話好きなことを言う。なんて家庭的な女だ…対する自分は、そのトーストについて『消費期限は昨日だよ』とだらしないことを言うくらい家庭的の対極をゆく。滅多に見ないニュース番組を見ながらいい焼き加減のトーストとベーコンエッグを食べ、最近の世情を知らない遥に星乃ヶ丘のことから教える。
「ところで、こっちに家は買ってないの?引っ越したってのは、天界に帰ったってことなの?」
「その通り…なんで私が賢の家に住もうと思ったかって言うと、使命を果たすのを断念したことで天界に接続する”門”が開く条件が満たされなくなっちゃったからなんだよね」
「ああ、俺を殺せれば晴れて天界に帰れて昇格!ってことだったのか」
自分が命を差し出さなかったことで遥が住まいを失ったことに対し、賢は申し訳なさを微塵も感じていなかった。遥が住むことを両親に報告し忘れていることに気付いたが、後に叱られることになったとしても構わない。
「戸籍も学校も…いろいろと手続きが面倒だなぁ。父さんか母さん、帰ってきてくれないかなぁ」
「どうすればいいんだろうね?学校に行くなら住所を書かなきゃいけないし、役所に申請するときに何て言えばいいのかな」
幼稚園に通っていたということは下界=この世界でも戸籍があるということだが、天界に帰った後にそれがどうなったのかはわからない。遥は悩んだ。『移す』ではなく『作る』ことは役所の職員に怪しまれても仕方ない。
「そうだ、幼稚園の頃に住んでいた家に行ってみればいいんだよ。別の人の家になってたら戸籍が消されたってことで、遥の家だったらそのまんまってことでしょ?」
関連する知識量の乏しい二人だが、僅かな希望を抱いて遥のかつての家に行ってみることにした。彼女が知っている場所には見知らぬ外観の家があり、表札には遥の苗字ではない文字が刻まれていた。したがって、遥の戸籍は消されたという扱いで事を進めることになった。
遥は昨日風呂に入ったとき、既に洗濯機に賢の着た服が貯まっていることに気付いていたので、洗濯日和の今日に洗濯機を使うことを賢に提案した。
「一緒に洗っちゃって大丈夫?」
「俺は構わないよ。ふつう逆じゃない?『お父さんの服と私の服を一緒に洗わないで!』っていうのはありがちな台詞でしょ」
「そうなの?」
天界にはそのような知識は流布していなかったようだ。結局二人の衣服は同時に洗われ、同時に干された。二人が協力して物干しをしていたのだが、賢は途中で見慣れないものをかごから取り出し、ヘンな声を出した。
「ほっほほ」
「なによ」
「女の子の下着って普段見ないからさぁ。遥は男のパンツを普段見ないだろ?」
「そうね…まじまじと見ないでよ」
細部まで意匠が凝らされており、思わず見入ってしまう。着る人からすると快いものではないだろう。
「これから毎日のように見ることになるんだから、いちいち気に留めないように慣れておかないと」
「わからないものね、男の子って」
若い女との共同生活の実現可能性が低いと思っていた賢だから、あっさり恋人と同棲する人より女性のことについて強い関心を示すのだろう。自分が当たり前に使うものに過剰なまでの興味を持たれると、少し気味が悪い思いをするかもしれない。殊に、秘匿性の高いものについては。
役所に手続きに行ったところ、戸籍のことは大した面倒にはならず案外あっさりと手続きが終わり、二人は次の段階へと進むことができた。遥はこのまま学校に通わずに家にいることもできたが、賢や彼と志を共にする人の作品を読みたいという理由で学校に通うことに決めた。遥は国の制度を利用して来年度から年齢に合った学年に入る。同じクラスになれれば、彼女の学園生活での最初の躓きがなくなるだろう。
それに先立ち、彼女は制服や鞄を買わなければならない。だが彼女の財布には天界の通貨しかなく、賢に頼らざるをえないのだが、賢の貯金額では不足している。遥の相談に乗り、彼女の悩みを解消したい賢が思いついた策、それは…
「漫画を、売ってみるか…」