第2話 俺と天使と住まい
賢は終焉の鐘の音を聞いた。遥が天使で、彼女の使命は自分を殺すこと。大好きな人に殺されるなら本望?いや、そうは思わない。まだ生きていたい。生きて、彼女のことを、もっと知りたい。でも、その大好きな人は確実に自分を殺しに来ている。別れを告げるために再会するとは、なんとも悲しいことだ。
「ふっ…」
賢の笑いに遥は怪訝そうな表情を見せた。首に突き付けられた爪が食い込む。それでも賢は笑っていた。
「俺を殺すのはもうちょっと待ってくれないかな」
「だめ。私は天使としてより高位の存在になりたいの。そのためには―」
「くだらないね」
賢は死から遠ざかるために、反撃を開始した。遥の腕を掴み、強く握った。それだけで、彼女の悲鳴を聞くことができた。
「俺を殺すのを躊躇ったじゃないか。本当に殺す気なら、俺の質問を待つことなくその鋭い爪で俺の首を掻き切ることもできるし、貫手で鳩尾を痛ませることもできる」
「瞬殺をお望みなら、その通りにするわよ。懺悔の言葉はいいの?」
賢は彼女が最初にしたように一歩で距離を詰め、右手の指は彼女の目の前、左手は彼女の鳩尾の前で止めた。
「俺は心を無にして好きな人を殺せないし、使命に囚われた遥を放っておかない」
「勝利宣言のつもり?私を生かしてもまた殺しに来るわよ?」
賢は高らかに笑い…いや、嗤い、両手を下ろした。
「いいよ。俺はそれまでに遺書を書くから。でもその前に見てもらいたいものがある」
賢は敵意を静めた遥に自分の漫画を一話から順に見せた。
「…この『はるかちゃん』は私のこと?」
「そうさ。俺は君のことを忘れてはいなかった。また会える日は来ないと思っていたから、君を遥と思えなかった…ただそれだけだよ」
読み進めるうちに遥の心境に変化があった。かつての自分にあてはまることが詳細に描写されている。面白くないギャグと可愛くないキャラクターには不快感しかないが、彼が作品に込めた自分への想いは確かに伝わってくる。あの時約束して、何度も言葉にして確かめ合ったことは、しっかり守られていた。
「…気が変わったわ、賢。あなたを殺すのは止めるわ。その代わり、続きを読ませて」
賢は、にやついて言った。
「いいよ。その代わり、いくつか質問に答えてね」
賢の質問攻めにすべて答えた遥は、彼に詫びの言葉をかけた。そして、天使のことを話した。それを相槌だけ返して聴いていた賢は彼女の言葉を信じた。
「天使って言うから、翼でも生えてるのかと思ったよ」
「それは創作でよくあることね。でも見た目は人間と同じよ。そうじゃなきゃ使命を与えられてここに来た天使をみんなが見るでしょう?」
「それに、こうして触れ合うこともなかっただろうね」
彼女はどう見ても人間で、こうして話しても天使と信じる根拠を得ることはできない。でも、そんなことはどうでもよかった。それより真剣に考えなければならないことが生じたからだ。
「ところで、ご両親は?今はお仕事中?」
「ここには住んでないよ。海外で仕事をしてるからね」
そう聞いた遥はぱちりと両手のひらを合わせ、身を乗り出して賢に詰め寄った。
「私、ここに住んでいい!?」
「はぁ!?」
賢に雷撃走る。夢に見ることもなかった、少女と一つ屋根の下の生活。『あんなこと』や『こんなこと』が起きる家庭は好き放題の妄想の中だけではなかったということか?彼の出した答えは勿論『はい』であり、
彼は天使と同居することになった。