第27話 戦いの季節
夏は主張が激しい。5月の終わりごろに我慢を解き、灼熱をゆっくりとこちらに向けて放ってくる。そのため、賢は上着を押入れにしまって薄着で外出している。寒さに慣れた身体が暑さを感じると、どうも調子が狂う。賢は瞼が重く、気分がすっきりしない感覚に苛まれていた。葵がアイスを食べたいと言ったのでそれを買いに行っていたのだが、近くのコンビニに行くのにも一苦労だ。帰ったら昼寝をしようと脚を進めていた。
ふと、温度の違う風を感じ、脚を畳んでしゃがんだ。直後、髪が引っ張られた。何かが髪を切ったのだ。
「フッ」
賢が振り返ると、炎天下に相応しくない漆黒の衣を纏い、つばの広い帽子を被った長身の男が立っていた。直角に立てた腕の先に円盤が収まる。男はチャクラムのような見た目の投擲する武器を使う。賢はそれを見て疑いなくこの男が天使であると断定した。
「ちょっと待ってくれないスかね?アイスが溶けちゃうので...」
「今のを躱すか...三人の天使を服従させただけのことはある」
先程とは違う温度の風が吹くと、賢の前から黒ずくめの男は消えていた。戦いに相応しい場所以外では賢と対峙するつもりはないらしい。対峙するとは、最初にしたような有無を言わさぬ殺人ではなく、相手が自分を認識した状態での戦いをするということだ。あちらもあちらなりに準備が必要であると判断したようで、賢は安堵の息の中に混沌とした不安を混じらせて吐き出した。
「溶けてんじゃねぇか...」
もう一度同じアイスを買って葵に届けた。そのときの神妙な面持ちから、妹は彼の不安を察した。天使だからなのか、妹だからなのか...どちらにせよ、賢の変化には敏い。
「会ったんだね」
「...うん。次は確実に殺しに来る...一撃死なら、どこでもいいみたいだ」
「賢の殺害は優先度の高い任務になっているだろう。後処理はどうでもよくて、とにかく標的を殺すことだけを考える...どこで襲われてもおかしくない」
賢の防衛策は殺される前に彼を認知すること、その一つ。彼は筋力を強化することより、感覚を研ぎ澄ますことに特訓内容を替えた。素早い攻撃を読む方法は、五感のうち視覚、聴覚、触角を活用すること。
「あいつが攻撃する直前には必ず嫌な風が吹く。それを感じられなかったらアウト。感じられてもどこに攻撃が来るかは見ないとわからない。奴との駆け引きだ」
敵は賢が風に気付いていることに気付いているだろう。最初の一撃で決着させるためには、確実に攻撃を当てることが条件だ。あらゆる策を弄して賢の回避を封じるに違いない。
「奴を倒すまでは俺は単独行動しない。正直今回は今まで...君たちとは難易度が違う。三人の力を借りることになる」
「でも呪縛言が...」
「それに関しては問題ない。俺の感覚トレーニングと並行して、三人には超大事な訓練を受けてもらう」
熟練度は時間の経過とともに上がるため、できるだけ長い再戦までの猶予が欲しい。しかし、敵の望みの逆を叶えてこそ敵である。
「ああ~...そう来るかぁ~......」
賢たちの前に立ちはだかったのは、黒ずくめの長身男ではなく、二人の少女だった。
「ついにこの日が来ちゃったっすね」
襟足の長い金髪メイドと、
「待ちきれなかったんだよなぁ...」
二つおさげの赤髪メイド。
「いや、正直それは予想できなかったわ...」
賢は頭を抱えた。それを降伏宣言ととったのか、殺し屋二人は武器を構えた。それに対抗して三人も構える。賢だけがその輪の中で一人、汗を流して苦笑っていた。
「ああ...やるしかねぇなぁ...」




