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現代恋愛

メガネっ娘にシチュとしてせまられたなら

作者: なななん

*アンリさま主宰「キスで結ぶ冬の恋」企画参加作品


それと……たこすさま無茶ブリに応えてみました!

 



「せんぱい、ごめんなさい!」


 そう言って可愛らしい声と共にメガネっ娘は僕の足をちょん、と引っかけると、理科準備室、唯一の娯楽アイテムである古ぼけた茶色いソファに僕をドンっと押し倒した。


「でかした、メガネっ娘ぉっ!」


 興奮した声と共にガラリとドアが開き、校内で有名な漫研部長の加川かがわがバシャシャシャシャと高校生にはふさわしくない一眼レフカメラで連写をして、では後はごゆっくり! とドアを勢いよく締めて去っていく。


「どういう事かなー? 佐伯さえきくん」


 僕はふるふると震えている天パふわふわショートヘアのメガネを見上げると、す、す、すみませんっ、と佐伯くんはメガネの奥の瞳を潤ませた。


「か、加川部長からのミッションで、今度の漫研先輩卒業おめでとう記念号の〆切にどうしても間に合わないからってっ」

「今度は何の漫画なの」

「先生好きですって漫画です」

「生徒と先生のシチュね」

「いえ、看護師と医師です」

「あ、だから白衣ね」


 こくこくと頷きつつも漫研のミッションに踊らされて2、3ヶ月毎の〆切ごとにこちらにやってくる、メガネっ娘こと佐伯くん(女)は漫研のマスコット的一年生だ。


 理研部は実験をやるもやらぬも部活中は白衣着用なので、ターゲットにされたという事か。


「それなら君はナース姿になってないといけないと思うのだが、なっていないね」

「そこら辺は部長が脳内変換するから良いそうです」

「あ、そ」


 チッと心の中で舌打ちをして、身を起こそうとするのだが、上にのっている佐伯くんが動こうとしない。


「そろそろどいてくれるかなー? 佐伯くん」


 いい加減少なからず密着している部分が気になるので早く移動させたい。

 いくらやらされているとは言え、女子の身体が手の届く位置にあるのは非常にマズイ。

 こちとられっきとした健全な高校生男子である。極上のシチュエーションであるからして、理性が保っているうちに腿に触れた柔らかい身体の感触だけ覚えさせてもらって早く家に帰りたい。


「すみません、せんぱい!」


 佐伯くんは目をうるうるさせてもう一度謝って来た。


「今度はなに」

「か、加川部長とのコラボで私が同じシチュの小説を書かなくてはいけなくてっ」

「……で?」

「せ、せんぱいっ! キスさせて下さいっっ!」



 シーンと理科準備室が静かになった。



 僕はバンザイをしていた手で頭上をまさぐり、ソファの隣にある灰色の事務机から理科資料集を一冊取ると、丸めてパコンと軽く彼女の頭をはたいた。


「せんぱい〜〜」


 情けない声を出して頭に手をやる佐伯くんの身体をずらし、僕は苦心して身を起こす。

 ソファの上で両脚を折ってお姉さん座りをしている彼女に向かって、自分の首を資料集でバシバシ叩きながらかろうじて言った。


「あのね、いくら創作に身を捧げているかもしれないが、小説を書く為にファーストキスを捧げたらいかんだろ」

「せんぱい、なんでキスした事ないって分かるんですかぁ?!」

「男の上に乗るのに勢いで、しかもふるふる震えながら来る奴なんざ、キス未経験アンドバージニア州に決まっている」

「せっ、せんぱい、バッ……やだぁっ、そんなあからさまに言うなんて幻滅します!」

「一応オブラートに包んでみたのだが。ちなみにそこで潔癖を出す思考がよく分からない」

「女子は直接的表現を嫌うのですっ!」

「直接的行動は積極的で、表現は消極的? 意味がわからないな、いや……まてよ……」


 僕はすっくと立つと、資料集を片手にポンポンと叩きながら思考を巡らす。


「そもそも男女とは、生まれた時の脳からして違うらしい。自己が確立していない赤子の頃から男は車や電車に興味を示し、女はぬいぐるみや人形に興味を示すと言う。

 男と女の思考の違い、感じ方の違い、感触の違いをAとBと捉えて実験してみれば……」

「実験でキスするなんてイヤですっ!」


 背後で悲鳴とともに上がった声に、僕はくるりとふり返る。


「小説の為にキスはするのだろう?

 では僕の実験の為にキスをしてもいいではないのか?」

「愛のないキスはイヤです!」

「分からないなー」


 僕は再び佐伯くんの前に立ち、少しだけ腰をかがめてくいっと顎を捉えた。

 えっ、と戸惑ったように開いた意外とふっくらした下唇に目を奪われつつも、強靭なメンタルを駆使してメガネの先にある大きな黒目を覗き込む。


「小説の為のキスに愛があるのか?」

「あ、あります。小説は愛にあふれていますから」

「僕の実験も愛にあふれているよ?」

「あふれてません。せんぱい、絶対こう言います。キスしたら、感触はどうだ、熱いのか、ぬるいのか、触れるだけがいいのか、それともディープなのがいいのか、ではどちらもやってみよう。って言って一回ごとに記録するに決まっています」

「当たり前だ。実験とは経過観察と結果を記入し比べ、初めて考察できるのだ」

「やですっ! そんなの……やです……」


 涙目になって訴えてくるメガネっ娘の破壊力は半端ない。僕はぞくぞくしながらも空いた左手で、ビシッとデコピンをした。


「いったーーーーぁ」


 メガネが鼻からずり落ちそうになっておでこに手を当てる姿も勘弁だ。

 もう一押ししてご退出願おう。

 このままでは野獣のようにがっついてしまう。


 佐伯くんが入学して以来、まれにこちらに突撃してきては写真を撮られて帰っていくこの触れ合い。

 夢想する事はあれど、うらやまけしからん男女に成り得る事などあるはずもなく、最近ではメンタルの強さを試す修行の場として活用し、対応をしているのである。


 いいかげん、そろそろこの行為もやめてもらわないといけない。

 僕が卒業してからも被害者が出ると困るし、佐伯くんが他の奴に近寄るのも、正直なところ許せんモノがある。



 いや、もう卒業する僕には、関係ないか。



 無事にすんなりと指定校推薦で大学が決まった僕は3月をもってこの地元から離れる。

 そうすれば漫画のシチュの為に写真を撮られるという事も、佐伯くんとのヘンテコな密着関係も無くなるのだ。


 ここらでクギを刺しておこう。

 もうここには来ない方がいい。


「僕にとっても小説の為にキスするだなんて、佐伯くんが実験の為のキスを嫌がるのと同等に嫌だね。さ、用が済んだなら帰った帰った」


 そう言って僕は、もうソファの方は見ないようにぎしっと事務机に付属しているイスに座って、本当の実験に使う試験管から培養土をシャーレに移しかえた。

 二千年前の地層の土と今の地層の土でどちらの土壌が水菜をより多く育てられるかの実験をしているのだ。


 なぜ比べる対象が二千年前の土かって?

 趣味だよ趣味。理化学の実験に使うんだっていう名目で考古学の現場で発掘調査も体験出来るんだぞ? まさに一石二鳥どころか人骨なんて発見した日にゃー、一石三鳥。ホクホクなんてもんじゃない。


 と、僕が彼女の存在を一瞬にして忘れ、シャーレの土を見つつ趣味の考古学の世界に想いを馳せていた時だった。

 少しだけ震えた声が側で聞こえた。


「じゃあ……愛のあるキスならいいんですか……」

「……はい?」


 えいっという声と共にガラガラと僕は椅子とともに壁に寄せられた。

 トトン、と両耳の脇にブレザーの細い腕が僕を囲う。


「愛のあるキスならいいんですよね、これ、見てください」


 そう言って佐伯くんがブレザーのポケットから出したのは、小さい四角の、なんの変哲もないチョコ。


「今日、何の日か、知ってますか?」

「ローマの司教が処刑された日」

「バレンタインです! やっぱり知らなかった……」

「いや、だから、ローマの司教はだな」

「バレンタインは女子が男子に公然とキスしていい日なのです!」

「そうなのか?!」

「そうです!」

「知らなかった……」

「ですよね、だから、せんぱい!」


 佐伯くんは手に持ったチョコをずぼっと僕の白衣に入れた。


「せんぱいは私のチョコを受け取ったので、私から愛のあるキスを受けてもいいって事です! 目をつむってください!」

「……いろいろ突っ込みたい。いいか?」

「ダメです! ボロが出るのでダメです!」


 僕はぶはっと吹いた。

 なんだ、無理矢理なシチュなのは分かっているのか。


 それに、つまり。


「佐伯くんは僕の事を好いている、と解釈するが、それでいいのか?」


 至近距離のメガネっ娘の顔が真っ赤になってきゅっとへの字に唇を引き締めている。


「せんぱい、私この一年、一生懸命せんぱいの気を引こうとして攻撃したのに、いつもスルーでへこたれて……今日という今日は強行手段に出ました」

「僕の事を好きなのかと聞いているんだが」

「そんなの、乙女の口からは言えませんっ」

「何て頑固なんだ」

「ちがうんですっ」

「なに」

「……抱きしめて、いいですか……」

「……どうぞ」


 囲っていた細い腕が動いて、そっと僕の頭を抱いた。


 ……胸……結構……着痩せするにも程がある。例えるならば柔らかのほにほに……殺す気か?


 佐伯くんは切なそうに僕の頭の上でため息をついて言った。


「せんぱいは、根本的に女子の事、分かっていません……女子は、男子から、好きって言って欲しいんです」

「このほにほにの為ならいくらでも言う」

「せんぱいっ?!」

「間違えた。ちょっといくらなんでも身体を離すか。流石に顔を見て言いたい」


 は、はい、と身体を離したメガネっ娘を見上げて僕は言った。


「佐伯くんも根本的に男の事を分かっていない。男は基本的にエロい事しか考えていないと言っても過言ではない。密着されて我慢出来るのは草食動物たる僕ぐらいなものだ。しかし今日という今日は正直参った」

「せ、せんぱいっ」

「僕とのこれからの行為を小説に反映しないと約束するならば、君の求める答えを言おう。どうかな?」

「そ、そんなぁぁ」

「……やはり反映させるつもりだったか……」

「や、約束します約束しますっ」

「君の小説、確認するからね」

「ふぐぅっ……わかりました」


 観念したようにかくん、とうつむいた柔らかい頬を包む。

 透き通ったすべすべの頬をむにむにと撫でると、せんぱい、告白っ、と甘えた声がした。


 本当にこいつは……


 頑固でゆずらないメガネっ娘に一矢むくいるべく、僕はぐいっと身体を引き寄せた。

 小さな悲鳴を上げてがくっとバランスを崩してこちらに倒れ込んでくる佐伯くんを抱きとめて素早くキスをした。


「うそ……」

「何が」

「せんぱいみたいな草食さんが告白の前にキスするなんて……小説みたい……」

「いい加減にしないと実験に移る」

「や、やですっ 実験はやですっ! でももう一回……して欲しい……だめですか」


 今度は佐伯くんの番じゃないのか、という野暮な言葉はかろうじて飲み込んだ。

 われてやらん奴なんか男じゃないわ。草食でもやるわ。


 今度は両手で頬を捕まえると、角度をつけて触れる以外のキスをした。

 下唇が甘い。やばい。もっと食べたくなる。


 僕が角度をかえてさらに食べようとした時だった。


 カタッと、音がして、僕が唇を離して目線を上げると、佐伯くんの背後でわずかに理科室へ続くドアのノブが動いた。


 佐伯くんは気付かずに、ぽんやりとこちらを見ている。


「……なんか、まさか、せんぱい、ファーストキスじゃ、ないん、ですか?」

「ノーコメント」

「うそぉ!!」

「これ以上詮索すると実験に移行する」

「やですっ」

「これ以降は佐伯くんとしかしないから安心するように。狼は一夫一婦制だ」

「草食じゃなかったんですかぁ」

「男は所詮、草食という面の皮かぶった狼にすぎない。今後は他の男に騙されないように。つか、今後こういった密着は僕以外しないように。わかった?」

「わかるもなにも、せんぱい以外となんて気持ち悪くて出来ません」

「え、他の奴にも加川の指示でやらされてるんじゃないの?」

「やったとしても女子同士で、です! せんぱい、ひどいっ! そんな目で見てたんですか?!」

「や、僕にはやってたから」

「せんぱいが好きだからやってたんです! 加川部長にお願いして口実作ってやってもらってたんですっ! あっ!」


 慌てて両手で自分の口を塞いだ佐伯くんの可愛さって言ったらない。羞恥で耳まで赤く染まっている。こんな顔、誰にも見せてやるものか。加川にもだ。


 僕は立ち上がってばさりと白衣を脱ぐと、ロッカーにしまって鞄を取った。

 え、せ、せんぱい? と戸惑った顔をしたメガネっ娘の手を取って、理科準備室から廊下に出る。


「鞄は?」

「あ、あ、漫研にあります」

「よし、では取ってきて7分後に昇降口集合」

「な、なんでそんな中途半端時間……」

「そうやって茶々をいれて時間を無駄に消費するからだ。1分経過、時間になったら出る」

「わ、わ、行きますっ、取ってきますっ!!待ってて下さいね!!」

「二度は言わない」

「わーーーん、なんでこんな人好きになっちゃったんだろう、もうやだぁっ」


 ひどいんだか甘いんだかな捨て台詞を吐いて走る佐伯くんを十分に見送ってから、僕は振り向き、突き当たりにある理科室に向かって叫んだ。


「という訳だっ、無事付き合う事になったので金輪際、君の漫画のオカズには使わないように! 見つけたら断固掲載拒否運動を開始するのでそのつもりで。しかしながら、僕は知らなかったが佐伯くんが世話になった! 協力感謝する。では」


 言いたいだけ言い放って僕は廊下を歩き出した。ガタタっと背後で物音がしたので、まず間違いないだろう。

 あの加川が僕たちをそのままにして帰るはずがない。絶対どこかの隙を狙ってカメラを構えていたのだ。

 今までは撮られても興味もなく放置していたが、これからは佐伯くんとの絡みはプライベートになる。加川以下漫研のネタにされてはたまらない。


 それにしてもこんな時期に彼女が出来るとはね、どうしたものか。

 いや、進路決まっているからいいが、県外とは言え隣の県だし。遠距離ならぬ中距離恋愛だが……バイトだな。

 ひとまずは来月のイベント返しか。


 僕は白衣のポケットから素早くブレザーに移動させたチョコをぱくっと食べる。

 甘さしかないこの小さなチョコレートを、メガネっ娘がどんな思いで忍ばしてきたのか。


 きっと最後の手段で持ってきたんだろうな。


 僕はにまにまと想いを馳せながら、今度のイベントの時は佐伯くんの方からキスをさせよう、と心に決めて階段を駆け降りていった。


 メガネっ娘が息を切らして走ってくる姿を迎える為にね。







 完




お読み下さりありがとうございました!


アンリさま企画とバレンタインと、

たこすさまの無茶ぶり企画を合わせて応えてみました。


たこすさまからの無茶ぶりは、

「床ドン、顎クイ、壁ドンを女性攻めでトライ!」です。

なんという無茶ぶり!

こ、こんなん出ましたけれど、許されるのか……楽しんで頂けたら幸いです。


また、アンリさまの企画にはこの他にも素敵な物語が企画の中に入っております。

キーワード「キスで結ぶ冬の恋」

で検索してみて下さい。


ありがとうございました。



****



後日談として「理系男子がシチュとしてせまられたなら」が出来上がりました。

ホワイトデーのお話。

佐伯くん目線です。


よかったらお続きでそちらも覗いてみてください。



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― 新着の感想 ―
[一言] ネタバレ含む感想です。 天然で一途なメガネっ娘と、淡々としてるけど案外肉食だった理系男子のやりとりが本当に可愛かったです♡ いろいろと策をめぐらせているのに、全部バレバレなメガネっ娘。 …
[一言] 生物研究部にはこんな甘々シチュはなかった… 変人、変態の巣窟でそれはそれで面白かったんですけどねw で、まぁ要するに、記憶にある風景を背景に二人がイチャこらしてて… ほんと最高でした! …
[一言] 軽い気持ちで読み始めたら思いの外良すぎました(*´>д<) 理系主人公が後輩ちゃんに「他の男に騙されないように〜」って釘さしてるところが好きですね(笑)
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