第六話 三度目の遭遇
戦闘宙域を離脱したアマテラスクルーは穏やかな日々を過ごしていた。舞と利幸は愛機のメンテナンスを手伝い、麗奈は一人シミュレータで狙撃訓練を行い、優美は自室のコンピュータでなにやら作業をしていた。そして相変わらず翔平はソフィアに連れられて艦内巡りをしていた。それはブリッジでも同じことで、必要最低限の人員だけを残してそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。そんな時、救難信号をキャッチしたのであった。
「艦長!この識別コードはブリタニア軍のものです。」【井上】
「デブリが多くてこの艦では近付けないはね。アンダーソン少佐、回収に向かってくれますか?」【美咲】
「あぁ、ブリタニアの機体なら俺が行くのが妥当だろう。」【レオ】
それから程なくして格納庫に戻ってきたアンダーソン少佐が運んできた機体は間違いなくブリタニア軍の物だったが、中からは想定外の人物が降りてきた。軍人にしては線が細く、透き通った白い肌に水色の長い髪、そう彼女はかの有名モデル『月の妖精』ことルナフィリア・ノームである。
「おいおい、なんで嬢ちゃんがその機体に乗ってやがる?」【レオ】
「知らないわよ!ただあの港でおじさんと別れた後、乗り込んだシャトルが襲われて、気付いたらこの状況よ。それよりここはどこ?あの方がた・・・」【ルナフィリア】
彼女が艦長の方に向きを変えた瞬間、ふらっとその場に倒れ込んだ。
「おい!嬢ちゃんしっかりしろ。」【レオ】
「救護班!彼女を美里の所まで。早く!」【美咲】
「良いのか?」【レオ】
「えぇ、今回は特例です。その代わり彼女と少佐の関係は教えてくれますね。」【美咲】
「あぁ、勿論だ。」【レオ】
その後ルナフィリアさんは軽い栄養不足と分かり、命に別状はなかった。そして病室には、艦長と船医の美里一尉、アンダーソン少佐だけが残った。
他の乗組員が部屋から出ていったことを確認したアンダーソン少佐はそこに寝ているルナフィリアとの関係について語りだした。
「艦長さん、今から俺が話すことはこの部屋から出たら他言無用でお願いしたい。」
「分かりました。美里も良いわね。」
「えぇ。」
それを聞いたアンダーソン少佐はフゥっと小さく息を吐いて本題に入った。
「彼女はな、月連合共和国議会前議長の娘なんだ。そして彼女は工学を学ぶために地球での撮影を口実にして極秘裏にブリタニア留学していたんだ。そして最終日の三日前、俺は彼女をあの要塞まで護衛してきたんだ。」
「そんな人がどうしてここに?」
「引き継いだ護衛たちがあの戦闘に巻き込まれたのだろう。そこから先は起きてから彼女に聞いてくれ。」
そう言ってアンダーソン少佐は部屋を後にした。
「山村一尉、私はブリッジに戻るので、あとの事は任せます。」
「りょーかい。」
そして部屋には船医の山村一尉とルナフィリア・ノーム嬢だけが残った。
一方そのころ休憩室では、医務室への野次馬を禁止された多くのクルーが食事を終えて、各自がそれぞれの持ち場や部屋に戻っていった。それと入れ替わるようにして私たち試験小隊のパイロット+ソフィアが部屋に入っていった。
「本物だぞ、本物の『月の妖精』ルナフィリア・ノーム!彼女が目を覚ましたら俺が居住区を案内するぞ。」
「お前、民間人一人に浮かれすぎだぞ。」
「いつも王女様になつかれてるからって、そんな感じに言わんでも良いだろ。」
相変わらず他愛もない言い合いの絶えない利幸と翔平の二人だ。
「それにしてもやっぱプロって凄いわ。」
「何の事、麗奈?」
「何ってスタイルよ。同年代にあんなプロポーションの子がいるなんて。」
そう言いながら麗奈は自分のサイズを気にしだす。
「麗奈、それ私たちの前で言う?ねぇソフィア。」
同意をソフィアに求めたが、ソフィアは目を会わせてくれなかった。
「ごめん舞、私着痩せするタイプなの。」
そして、みんなから一斉に笑い声が炸裂する。こっちは真剣に悩んでいるというのに。
「大丈夫だって。舞もいずれ大きくなるよ。」
「そんな簡単に言わないでよぉ~。」
まぁ、艦の航行に関わらない私たちパイロットは、戦闘や訓練がなければこうやって休憩室に集まる事がよくあるのだ。
「おーい。誰かこれを医務室に持っていってくれ。目を覚ましたみたいだ。」
厨房のおじさんが呼び掛けると、「俺が行く」と言って利幸が真っ先に飛び出した。しかし一人ではとても運べそうになかったてので、私も手伝うことにした。
私たちが食事を持っていくと、彼女は余すこと無く食べきった。
「本当に元気になって良かった。俺、仙谷利幸って言います。あなたの大ファンなんです。お会いできて光栄です。宜しければサインお願いします。」
「えっ、あっ、はい。良いですよ。」
直筆のサインを貰えた上、握手までしてもらった利幸は、食べ終えた食器を持って陽気に医務室から出ていった。
「元気なお方ですね。」
「あはは、すいません。病み上がりだと言うのに。」
「いえ、彼のエネルギーを少し分けて貰えたような気がします。」
「そうですか。あっ、私は舞、白浜舞って言います。ここであったのも何かの縁でしょう。宜しくお願いします。」
「えぇ、私の方こそ宜しくね。」
モデルとか女優さんって雲の上の存在でどこか相いれない人達だと思っていたけどそんなことはなく、思ったよりも接しやすい人だった。
「あっ、そうだ舞ちゃん。彼女をシャワールームに案内してあげて。倒れてたから、まだ浴びてないのよ。」
「美里さん、それは良いんですけど、着替えはどうします?」
戦闘機の中からずっと着ていた服にもう一度着替え直すのは折角のシャワーがもったいない。
「そうね、予備のジャージを貸すわ。それで問題ないでしょう。」
清潔である程度サイズも合っている美里さんの予備のジャージを借り、ルナフィリアさんに渡してシャワールームを目指した。私とルナフィリアさんがシャワールームにつくと、入れ替わる様に麗奈たちが出てきた。無重力空間仕様のシャワーは慣れるまではちょっと感覚が変だか、慣れてしまえば気にならない。が、その感覚が初めてだったらしいルナフィリアさんは少々手こずっていた。それでも一応全身の垢を落とすことはできたようだ。こうして身体も衣服も清潔になったルナフィリアさんを見ると、その美しさがより一層増したように感じる。
それから数日、敵に発見されること無くアマテラスの航行は順調に進んでいるかのように思われた。そして、艦長を含めクルーの気が若干緩み始めた時にそれはやってきたのだ。
「艦長!敵戦艦と思われる熱源を3つ確認。内2隻は前回と同じやつです。」
「本国から増援を引き連れてきたか。アマテラス、第一級戦闘配備!火気管制をCICに委譲。」
いつものようにシャワーを浴びて、休憩室にて駄弁っているときにアラートが鳴り響いた。それと同時に各モニター内に和装姿のアマテラス(AI)が現れた。
「総員に通達します。第一級戦闘配備が発令されました。パイロットは搭乗機にて待機してください。」
その場にいた全てのクルーが各自の持ち場へ移動した。
「ルナフィリアさん。あなたの事は俺が守ります。安心して待っていてください。」
「えぇ。」
「おい!早くしろ、置いてくぞ。」
私たちもソフィアとルナフィリアの二人を残し、格納庫へ急いだ。
「もう、こんな予定ならシャワーするんじゃ無かった。」
「麗奈、それは言わない約束だよ。」
「そうですよ。私も後悔してるのですから。もったいない。」
「嬢ちゃんたち、喋ってる暇ないよ。」
控え室に入ると先にレオ少佐がついていたらしく、しゃべる暇はないと諭された。そして真っ先に機体の所へ向かっていった。しかし一分も経たないうちに何故か肩を落として戻ってきた。
「すまんが俺は出れないみたいだ。みんな頼んだぞ!」
「はい!」
愛機のリンドブルムの修理が間に合わす出撃できないレオ少佐に見送られ、私たち五人は戦場に飛び出した。
「みんな、前回と同じ部隊よ。増援もいて手強いと思うけど、艦には近づけさせないでね。」
「はい!」
通信で凛さんから指示を受けた。そのころには敵のドリムスーツ隊が機体のカメラで捉えることができた。やはりそこにはあの赤い機体の姿もあった。
「また出た、あの赤い機体!今度こそ!」
「それなら量産型は俺と利幸が引き受ける。」
「おう。麗奈は俺たちが撃ち漏らした機体を相手してくれ。」
「分かったわ。私と優美は後方支援ね。」
各自の役割を決めて直ちに散開、私は何かに引き付けられるかのように赤い機体へ突撃した。
時を遡り、敵艦のブリッジ。
「また厄介な艦を捕捉してしまったな。」
「どうします隊長どの。転進しますか。」
「いや、もう遅い。それに敵艦は航路から予想するに目的地はターミナルだろう。あそこに入られる前になんとしても落とすぞ。攻撃体制用意、ドリムスーツ隊発進急がせろ。」
「はっ!」
そしてこちらの全部隊も出撃した。こうして三度目の戦いの準備は整った。そのころアマテラスのブリッジも慌ただしく動いていた。
「艦長、一体どの部隊なんです?そう簡単に同じ敵に何度も遭遇しますか?」
「矢島くん、無駄口は禁止。そんなことよりも目の前の仕事に集中しなさい。」
「了解です。」
と、口では言っているものの内心不思議で堪らない艦長であった。