第二話 その名は戦乙女
お母さんが泊まっているホテルへ向かうために工廠を出た私は、人混みの中で決して忘れることのないかつての幼なじみを偶然に見つけてしまった。しかしその彼は私の事を覚えておらず、人違いなのでは無いかと言われてしまいショックを受けたままホテルでお母さんと再会することが出来た私は、三年前はまだお腹の中にいた赤ちゃんに初めてあった。この子は弟らしい。私はお母さん達三人と昔話をしながら商業区で今日はこれなかったお父さんへのお土産選びをしたあと、ホテルに戻り夕食を食べた。
「今日は舞の元気な姿が見れて良かったわ。」
「お母さんの方こそ三年前とちっとも変わってなくてビックリしたよ。そういえばお母さんって赤井拓海君の事おぼえてる?」
「月にいたときにお隣さんだったあの拓海くんよね、あの子がどうかしたの?」
「やっぱ何でもないや。いつになったら帰れるかは分かんないけど、またねお母さん。」
「頑張りなさい舞。」
「うん。バイバイ!」
そうして私はお母さんと別れて、艦の部屋に戻って明日からの出発に備えて今日は早めに寝ることにした。
翌日の進水式には日本の首脳やブリタニアの王族がご臨席のもと行われた。まぁ、進水式と言ってはいるがこれから宇宙空間にでるこの艦を水に浮かべる必要はないので形だけでも行おうと言う事だが、どちらかと言うと竣工記念式典と言う方があっているのかもしれない。私パイロットが部屋で休んでいるとき、ブリッジでは出港に向けて最終段階に入っていた。
「レーザー核融合炉異常なし。艦内電力供給70%に上昇。」【河田】
「前後ハッチ及び機密隔壁、全封鎖を確認。重力ブロック正常に稼働中。生命維持装置異常なし!」【矢島】
「艦内ローカルネット及び通信回線オンライン。」【井上】
「エンジン臨海。アマテラス発進準備完了。艦長、いつでも出せます。」【河田】
「艦長の藤林より総員に通達、本艦はこれより無重力空間に出る。突発的な浮遊感に注意せよ。繰り返す、本艦はこれより無重力空間に出る。突発的な浮遊感に注意せよ。」【美咲】
そうして、私たちの機体、第三世代の専用運用艦アマテラスはコロニー『タカマガハラ』を出発した。
「航行制御AIアマテラスシステム起動。」【美咲】
「アマテラスシステム起動。」【井上】
するとブリッジには和装姿の神々しいオーラを放つ女性が現れた。現れたと言ってもそれはあくまでウェアラブルリンカーで艦内ローカルネットにAR接続する事によって脳に直接送られる映像データであり、航行制御AIの姿を見れるのはこの艦だけである。
「コントロール譲渡、自動航行に入る。目標はEEUブリタニア合同後方支援要塞イザヨイ。」【美咲】
「譲渡完了。目標入力完了。これより自動航行に入ります。」【河田】
艦が無事に出発し、一段落がついたところで私たちパイロット五人は蓮さんにブリーフィングルームに集められた。
「艦の方が一段落ついたから、今度は君達の番だ。いきなり戦闘になってあたふたしながら出撃ってのは君達も嫌だろう。」【蓮】
モニターをブリッジと繋ぎながら、そう聞いてくる蓮さんにうなずく私たち。
「と言うわけなんで、艦長発進テストの許可を。」【蓮】
「分かりました許可します。ですが直ぐに済ませるのですよ。」【美咲】
「善処します。」【蓮】
それから私たちはコックピットの中に乗り込んだ。そして型番が若い私の機体から、ハッチに移動しようとしていた時、ブリッジに突然アラートが鳴り響いたのであった。
「ドリムスーツの物と思われる熱源を五つ探知。熱紋、データベース検索。うち四機は月共和国軍、偵察型ウィンと判明。アンノンどちらか一機と共に本艦に向かってきます。」【井上】
「アマテラス、第一級戦闘配備!」【美咲】
「総員に通達します。第一級戦闘配備が発令されました。作業員は所定の位置についてください。」【アマテラス(AI)】
コックピットの中でそれをきいた私たちのところにオペレーターである凜さんから通信が入った。
「皆、月共和国軍の偵察機が本艦を目標に接近中。君達にはこれの対処に当たってもらいます。テストは中止でいきなりの実戦だけど頑張って。」【凜】
「了解!」【全員】
そして私たちの機体は台座に牽引されて左右のハッチに入った。
「超高電圧バッテリー内電力量100パーセント。リニアカタパルト接続。バックユニットはメテオールを装備します。火器パワーフロー正常。進路クリア。ヴァルキリー発進どうぞ!」
「白浜舞、ヴァルキリー行きます!」
「続いてジェネラル発進どうぞ!」
「仙谷利幸、ジェネラル推して参る!」
「エクレール発進どうぞ!」
「天野翔平、エクレール発進する。」
「ティラール発進どうぞ!」
「坂本麗奈、ティラール出るわよ!」
「コネクター、発進どうぞ!」
「相楽優美、コネクター出ます。」
私たちが近接戦闘が可能な三機を先頭に母艦から発進していたころ、敵の偵察部隊では作戦内容の最終確認をしていた。
「今回の作戦はあれとその搭載機の戦闘能力及び危険度の計測だ。撃墜されてデータを持ち帰れないなんてのは認められない。いいな!」【隊長】
「了解!」【隊員】
「小隊長!敵艦からドリムスーツ部隊発進しました。会敵まで約20秒。」【隊員1】
「全機散開!各機計測を開始せよ!」【隊長】
「了解!」【隊員】
隊長機と思われる赤い機体を先頭に敵の部隊がメインモニターに写し出された。
「赤い機体は私がやる!」【舞】
「先陣は俺がいく!」【利幸】
「お前はダメだ!攻撃手段が分からないあの赤い機体相手なら近接格闘専門のその機体よりは、汎用機である白浜の機体の方が適任だろう。偵察型相手ならジェネラルでも十分対処できる。それと一人で二機相手に出来るのだから文句は無しな。」【翔平】
「了解。麗奈も援護射撃頼むな。」【利幸】
「任せなさい。」【麗奈】
「それでは皆、ご武運を。」【優美】
こうして、彼ら試験小隊の初陣の幕が切って落とされたのである。
私のヴァルキリーが赤い機体に狙いを定めると、向こうから私の機体がロックされ、こっちが撃つ前にビームが飛んできた。
「アイちゃん!回避運動任せる!」【舞】
第三世代の中でも、高い汎用性を誇るヴァルキリーは格闘と射撃の両方をそつなくこなすことが出来る機体だが弱点が無いわけではなく、激しく移り変わる戦場に於いて数多の攻撃パターンの中から瞬時に最適解を割り出し、実行に移すことの出来るパイロットとのセットでなければその性能を発揮できずにただの大きな的になってしまう。そんな機体のテストパイロットをこなしてきた白浜舞にとってそんな事は関係なく、今もビームで牽制しながら敵の機体に取り付こうとしているものの、敵のパイロットもそう簡単には取り付かせてはくれない。一方、偵察型四機を引き受けていた男子二人も善戦していた。天野翔平が乗るエクレールはその可変戦闘能力を活用し、一撃離脱戦法をとっていた。また仙谷利幸のジェネラルは二機を相手に若干押されぎみではあるが、後方のティラールからの援護射撃に助けられながら反撃の糸口を探していた。
「忠勝!蜻蛉切の出力を上げろ!あのかたい盾をぶった切る。」【利幸】
「あいわかった。」【忠勝】
ジェネラルが愛槍蜻蛉切の出力を対艦刀に匹敵するまでに上げて振り下ろした斬撃をその盾で受け止めて盾が真っ二つに両断された敵の量産型ウィンは後退するしかなかった。しかし、ジェネラルが前衛の一機に気を取られている内に後方へ下がっていたもう一機がジェネラルにビームの照準を合わせていた。注意を引いてくれていた味方の機体が後退し射線がとれたその機体はビーム小銃の引き金を引くのみだったが、その引き金が引かれる前にティラールの狙撃用ビームライフルがその小銃を撃ち抜いた。
「サンキュー麗奈!お陰で助かった。」【利幸】
「前からいってるでしょ。私に撃ち落とせない的は無いって!」【麗奈】
その艦の主砲の射程ほどある距離から、正確に小銃だけを撃ち抜いたティラールの狙撃性能の高さに、小銃を撃ち抜かれた偵察型ウィンのパイロットは恐怖していた。