第六話
ターン。
銃弾が放たれる。
「命中。足に当りましたな」
ヴォウルフガングの言葉に私は冷静にボルトをコッキングしました。
使用済みの空薬莢が吐き出されて、弾丸と火薬の詰った実包が送り込まれる。
ターン。
再び銃弾が放たれる。
「命中。今度は肩に当りましたな」
滑らかな手順でリロード。空薬莢がカンカラカン。
ターン。
またまた銃弾が放たれる。
「脳天直撃。お見事で御座います」
スコープ越しにも、罪人の頭が見事に弾け飛んだのが見えました。
悪党をぶち殺すのは胸がスカッとしますね。
皆様ごきげんよう。アリシア・ワルシャートと申します。
マンハントに興じていました。いえ。悪党を使ったマンハントですが。
まぁ早い話が見せしめです。
どれだけお願いしても、首を縦に振ってくれない頑固者な敵軍の指揮官が何人も居ましてね。
王国の為に協力してくれるなら仕事とか、住居とかを融通すると言ったのに。
あろう事か、コチラを罵倒するわ、殴りかかろうとするわ、滅ぼすべき下等民族だとか言い出す始末。
こんな輩はもう付き合う時間も暇もありません。無駄なだけです。
こう言う場合。どうすれば良いでしょうかね?
話し合いで解決出来るならそれで構いませんが、相手は頑なにコチラを見下しています。
猛獣なら、檻に入れて隔離すれば良いですがそうも行きません。
しからば?
「見せしめの効果はあったようですなぁ」
ヴォルフの飄々とした言葉が私の耳を擽ります。
「頭の固い捕虜の方々。嬲り殺しにされると知ったらペラッペラと喋り始めましたよ。いやはや」
「私もハンティング出来て楽しかったです」
使用済みの空薬莢を拾い集めてポケットに仕舞いました。
「しかし。意外な趣味をお持ちで?」
「悪党なら別に殺しても問題無いでしょう?女子供まで切ったり犯したりしたらしいですし」
「ご尤も。私とて同じ気持ちです」
救い様の無い悪党は、サパッと殺して肥しか火薬にするのが一番です。
さておき…
今回もまた。お仕事のお時間です。ライフル担いで戻りましょう。
「和平交渉、ですかぁ?」
「えぇ」
国王ズヴェズダの気の抜けた鸚鵡返しの言葉に私は頷き返しました。
「奪われた国土は奪還出来ました。国境沿いには防御の陣地や城壁を建築中。
これ以上攻め込んだ所で、何の見返りもありません」
「しかし、我々は襲われたのだぞ!?」
お歴々の一人が声を上げました。まぁ感情としては理解出来ます。しかし…
「では、貴方は【帝国のマネ】をしろと言うのですか?相手国に。
国土を蹂躙し、国民を甚振って、村や町を焼き払い、田畑を踏み荒らす。
全てこの王国が受けてきた事です。それを相手にやり返せ、と?」
「当然だ!」
「ならば恨まれますよ。向こう何百年経っても。この国の民が相手の国を恨むように、相手の民も」
「…うっ…」
「戦争なんてしちゃいけないんですよ。馬鹿馬鹿しい。
それに、これ以上攻め込んでどうすると言うのですか。
今まではこちらの国土でした。地の利がありましたし、協力者も沢山居ました。
しかし、国教を超えればソコは相手の庭。相手のフィールド。
相手が有利な場所で戦う必要なんて微塵もありません。兵士と資源の無駄です」
ぴしゃりと言い捨てました。会議は静かになります。
「武力で無理矢理奪い取ったモノは血で呪われるんですよ。ずぅっとね。
リンゴ1個でさえ、末代まで呪われる事だってありえるのですから。
さてはて。和平交渉です。
先ず、捕虜の引渡し。コチラから相手国へと侵攻しない事を約束して取り付けます。
また、相手国の戦死者の墓を建てて、遺族の墓参りを受け入れます」
「何故そんな事を?」
「死者には情けをかけてあげるのです。死者を更に弄んだ場合、その遺族はどんな感情を持ちますか?
ぶっちゃけた事言いますと、殺したくなるでしょう?そう言う事です。
しかし、お墓を用意して、墓参りを許してくれるとしたら?それも安全に。
相手の国の、国民の感情は穏かになるでしょう。戦うべきでは無かったと思うぐらいに。
この、【戦うべきでは無かった】と思わせるのが大事なのです」
お喋りすると喉が渇いていけませんね。嗚呼、紅茶が美味しい。
「そして、この事を新聞やらで知らせます。諸外国にも。
人道的な行いをする事で、帝国の立場を弱まらせます」
そもそも、世界征服だなんて極悪非道な事してる時点で帝国に正義なんてありませんが。
「これは、後に続く他国との同盟を作る為の足がかりでもあります。
誰だって、極悪非道な国と同盟を組みたいと思いますか?そう言う事です」
ああやれやれ…政治なんて嫌です。
そんなのは専門家がやればいいのに。どうしてこんな面倒くさい事を…
そんなこんなで…
有り難い事に和平交渉が成功しました。
国境沿いにズラッと大砲を並べていったのも功を精したかもしれません。
ある種の大砲外交ですね。コレ。
あのアバズレのズヴェズダは仕事にひーひー泣いていましたが。
ザマアミロです。私ばっかりこき使って。
あと、和平の記念パレードとかも開かれましたが、私は出席を遠慮しました。
……何故って?
暗殺されたら嫌でしょう?そう言う事です。
そんな訳で。ズヴェズダが煌びやかな服を着て、国民の皆様にお手手振って国王のお勤めをしている様子を尻目に私はグルメに勤しんでいました。
戦場で目一杯、あれこれと活躍した軍人や、ブルーエルフのドレッドノート・バルバロス氏。
そして彼女の部下達が表彰されて、誇らしげにバッヂを胸に飾っています。
ズヴェズダは何度も私に和平パレードに出るのを願ってきましたが
私みたいなチンチクリンでせせこましい、尻の青いぺーぺーの魔法使い兼錬金術師が
あんな晴やかな舞台に立って何になると言うんでしょうね。
英雄は英雄っぽい見た目も必要ですから。
「ああ探した。ここに居たのか」
おや。フェアリィ族の私の友人。ジョゼット・カリオストロ ではありませんか。
「次の計画を色々と立てているよ。君のお陰でとても楽しい。感謝しきれない」
「それはどういたしまして」
私はただ楽がしたいだけなんですけどね。
「魔法と科学の融合だ。これで我が国の状況は一気に近代化出来るぞ。クックック」
「私はジョゼットが楽しそうで何よりです」
私からの入れ知恵も、ぽつぽつ仕込ませて貰いますが。
ともあれ…漸く、面倒くさい国防に一区切りが付きました。
とは言っても、国境の防衛線はまだまだ構築途中。
国内は再建の真っ只中。
荒れ果てた町や村、田畑のやり直し。
やる事が一杯で溜息が出ます。
しかしまぁ、なんとかやりましょう。
…嗚呼。長閑な村に引きこもりたい。小さな館を買って休暇を取りたい。
貯金も溜まったことでしょうし。
それでは皆様ごきげんよう。