第三話
皆様ごきげんよう。アリシア・ワルシャートと申します。
ここ最近の私は働きづめでございます。
諸悪の根源のド畜生のアバズレのズヴェズダ国王のせいです。それと王国にのさばる、甘い蜜だけを吸ってる無能共も。
そう言う無能共もドンドコとっちめなきゃいけません。しかし、私と言うリソース【資源、または資産】は有限です。
ぶっちゃけると体力的な意味で。
大事な事は分業です。ワンマンアーミーなんて古いのです。
どんな馬鹿でも1つぐらいはお役立ちな能力を持っています。
歌が上手ければ酒場で歌わせれば言いし、暗算が得意なら計算させれば良い。
仮に、何にも役に立たない、どうしようもない馬鹿が居たならば…
井戸で水汲みでもさせなさい。落っこちて溺れて死なない限りはポンプ代わりになるでしょう。
さておき…私は人材発掘する事にしました。
磨けば光るお宝が眠っていると信じて。
あくる日の事。戦争の簡単な指揮をしたりーの、無駄を省いたりーのしながら、蜂蜜を入れて甘くした紅茶を飲みながらお仕事をしておりました。
糖分は素晴らしいです。疲れた脳みそを癒してくれる上に体の燃料にも成ります。
美味しいので気分もリフレッシュします。
まぁ山積みの問題を前にすると、折角リフレッシュした気分も爆破解体されたかの様に吹き飛ぶのですが。
…ともあれ。
悩んでいても仕方が無いので、私はヴォルフガング・ワーグナーことヴォルフを呼びました。
狼族の頭の切れる誠実な良い人です。しかし飄々とした態度のお陰で立場が低かったので、彼に融通が利くようにちょっと上の立場を与えてあげました。
あんまり上の方の立場を上げると私の大事な相談役の仕事をして貰えなくなるので、軍団長とかそう言う大それた立場は与えませんでしたが。
「アリシア、呼びましたか?」
執務室(仮)として使っている王国のお城の一室に現れた彼は軽食を食べながらでした。食事の邪魔をしてしまったでしょうか。しかし美味しそうな軽食ですね。私も欲しい。
「ヴォルフ。相談があります。種族差別をせず、脳みそがスライムの如く柔らかく、頭が良くて、出来るだけ被害を出さずに、卑怯者と罵られようとも敵を確実にとっちめてくれる強い戦士を知りませんか?」
私の無理難題にも片足を突っ込んだ相談に彼はウーンと悩みました。
そりゃそうだ。こんな逸材が転がってたら今頃軍隊の最高権力者か、それに近い立場に居るはずである。
しかし悲しいかな。無能で強面の、デカイだけの虎が仕切っていた木偶の坊の軍隊には筋肉バカばっかりでした。
ちょっとはお利口さんも居ましたが。そのお利口さんは今前線で私の変わりに、頑張って防衛戦闘と、捕虜の捕縛に勤めています。
「そうですなぁ…あー。アリシアのお眼鏡に適うかは分りませんが。一人心当たりが」
「ほう?」
温くなった紅茶をグイッと飲み干して私は言葉を続けました。
「会ってみたいです。役に立つ兵士は一人でも欲しいので」
「今、彼女は辺境の国境警備部隊に配属されましてな。いやはや。軍人になる際に馬鹿にした相手を切り伏せたとかでそんな場所に送られたとか。
曲者揃いの部下を纏めて、危険な動物や危ない密航者を相手に戦っているそうで…」
「部下も含めて王国首都に呼びなさい。代わりの部隊を辺境に送ります。交代要員も含めて」
「いやはや。勇者様は行動が大胆だ。直ぐに手配しましょう」
「それと、ヴォルフ。さっき貴方が食べてた軽食が美味しそうだったのだけども」
「城下町の黄金の林檎と言われる食堂で売ってる軽食ですよ。私のお気に入りです」
それは良い事を聞いた。あとでズヴェズダの小間使いを借りてお使いに出そう。お駄賃渡して。
ややして。毎日の激務と雑務に溺れてセイレーンになってしまいそうな私の所に、待望の人材がやってきました。
それにしても、激務に溺れてセイレーンに化けるとか、死んでも御免です。下らないです。書類の海に溺れさせるとか、ダサいにも程があります。
「アリシア。ご所望の人物がやってまいりましたよ」
ヴォルフに連れられてきた人物は、青い肌のブルーエルフ。キリッとした顔つきがまるでナイフの様な人物。
普通のエルフよりも、肉付きの良い褐色のダークエルフに近い種族でしょうか。筋肉がしっかりついています。
「貴女が俺を都に呼び戻したのか」
「如何にも。国王ズヴェズダより、勇者の任を任された魔法少女、アリシア・ワルシャートです。宜しく」
「ドレッドノート・バルバロスだ。それで?私に何をさせる気だ」
「貴女に王国の軍隊の指揮を任せたいのです」
率直にそう私が言うと、彼女はゲラゲラと笑いました。
「俺が、軍隊を指揮するだと?貴様、本気で考えているのか?辺境で小悪党相手にヤクザを働いていた俺を?」
「貴女は種族差別をせず、脳みそが柔らかく、頭も良く、出来るだけ被害を出さずに、卑怯者と罵られようとも、敵を確実にとっちめてくれると聞きましたので」
私の言葉を聞いて、彼女は暫く黙りこくりました。
ヴォルフが暇に耐えかねて欠伸を零した時、ふぅ、と溜息をドレッドノートは零したのです。
「責任は取れんぞ?」
「全て国王のズヴェズダに取らせます。あの人が私を勇者として召喚し、私にこの国を救えと、無理難題を押し付けたのですから。
あのアバズレにも少しは働いて貰うのです。私だけが苦労するなんて御免被ります」
「どれだけ自由に動かして良い?」
「種族差別をしない。兵士は平等に扱う。無能は私に報告する。無駄な損害を出さない。無理に敵を追わない。投降してきた敵の兵士を苛めない、殺さない。指揮官は出来るだけ殺さず捕らえる。これぐらいでしょうか」
「…ふむ。大体分った」
ドレッドノートは合点が行った。とばかりに頷いてくれました。
「何か判らない事があったらすぐに私に連絡して下さい。其処に居るヴォルフも相談に乗ってくれます」
「どうぞよしなに。ドレッドノート様」
会釈するヴォルフにドレッドノートは手を上げて挨拶を返した。ラフな人だ。
「では行ってくる。仕事は早い方がいいだろう?」
おや。これは有り難い。有能な働き者って私大好き。過労死しなければ。
「要り様な物があったら伝えてください。可能な限り手配しますから」
「何…俺を使ってくれる。それだけで有り難いさ」
ブルーエルフの戦士はそう言うとソソクサと立ち去っていきました。
それから暫くして…めっきりと、戦争関連の激務と雑務が減りました。
その代わり、捕虜の収容所のスペースが足りなくなっただの、死体を保存する場所が窮屈になっただの、お腹空いたからもっと食料を送ってくれだの、違う問題が出てきたのはまぁ仕方がない事でしょうか。
ドレッドノートは上手くやってくれました。私の考える防衛戦法をキッチリと理解して、敵の戦力を可能な限り削りつつ、使えそうな兵士は次々に各地から発掘してくれます。
ただ、余りにも活躍しまくるものだから、捕虜からは「悪魔の貴公子」とかなんとか、呼ばれるようになってしまったのがショックだそうで。
…存外乙女なのですね。彼女。
ともあれ。彼女のお陰で私の仕事は大分楽になりました。睡眠も食事も落ち着いて取れます。
彼女と兵士の皆さんに労いのお酒の手配をしておきましょう。しかし、まだまだです。可能な限り仕事は分配して見せましょう。
人間楽してナンボですから。
ああ全く、あのアバズレ。なんでこんな面倒な仕事を私に押し付けてくれたのでしょう。畜生。
絶対に負けてなるものですか。国王のオモチャになるのは御免です。
やれるだけの事はやってやりましょう。卑屈に。
それでは皆様ごきげんよう。