第一話
≪魔王代理始めました≫
皆様ごきげんよう。アリシア・ワルシャートと申します。
ただ今私は前線指揮所に突っ立っています。櫓なので見渡しが良いですね。
周囲の地面を見渡せば沢山の魔物…いいえ、人々が蠢いています。
彼ら彼女らはこの国の住人。立派な人です。知性もたっぷりです。ジョークも好きです。
そんな彼らは兵士。今か今かと開戦を知らせる一声を待っています。
「報告!敵軍がこの陣を目指して進行中!戦闘は避けられない物かと!」
やれやれ。始まりましたか。
「手筈通りにやれば良いだけの事です。落ち着いて行動して下さい」
全く。なんでこんな事になったんでしょうか。全知全能の神様とやらがいらっしゃるならぶん殴ってやりたい所です。
こんな一介の魔法少女に国家を救え、などと無理難題を押し付けたのだから。
時は聊か遡ります。詳しい時間は忘れました。瑣末なことです。
私、アリシア・ワルシャートはコツコツ地道に魔法やら錬金術やらの技術を切磋琢磨していました所、周囲に見慣れぬ術式で作られた召喚陣が突然展開。
あれよあれよと言う間に異世界へと飛ばされてしまいました。畜生。お昼ご飯まだ食べきって無かったんですよ返して下さい。
極彩色の亜空間を跳躍して呼び出された先はピカピカに磨き上げられた硬くて冷たい大理石の床の幾らか上。
ええ。ベチャッと落っこちましたよ。痛いわ冷たいわ尊厳もあったもんじゃないわで怒り心頭です。畜生。
「嗚呼!成功です!無事に成功しました!」
聞こえの良い、推定女性らしき声が私の耳を擽りました。痛みに呻きつつも顔を上げれば其処には人型の姿が。
「初めまして。私、国王をやっております。ズヴェズダと申します。こんなご招待の仕方で申し訳ありません」
国王。なんでそんなランクの高い人が目の前に都合よく居るんでしょうかね。マナに溢れる立派な魔法の杖を持って。
「…初めまして国王。アリシア・ワルシャートと申します。失礼ながら何故私を召喚陣で呼び出したのですか」
「はい!率直に申し上げて我が国を救い、悪の帝国をとっちめて欲しいのです!」
…畜生。このアバズレ。なんて無理無茶無謀を言うのか。
「国王。率直に申し上げましょう。私は勇者ではありません。ペーペーの駆け出しの半人前の尻の青いヒヨッコ魔法少女です。そんな役に立ちそうも無い人間を勇者として祭り上げてどうするんですか」
「でもでも、先祖代々受け継がれてきた救国の魔法を使ったのですよ?成功率95%の!」
残りの5%はどうなったんですかねぇ。畜生。
「兎も角、私を元の世界に返してください。とてもでは無いが貴女と、この国の期待に応えられません」
やれやれと肩を竦めました。ああ全く…床にぶつかった体が痛い。
「それは出来ません。だってもう、契約しちゃったから」
…ハ?
なんと仰いましたかこのアバズレ。
「此方の通り、仮称、勇者様は出来うる限りの力を行使してこの国を救国すべし。なお、契約不履行の場合は国王のオモチャとなる。」
見せられた契約書には指印がしっかりと付いていて、私の利き手を見れば魔法物質らしき物がベッタリと親指にくっ付いてピカピカと発光しているじゃあありませんか。
…畜生!
私は覚えている限りの罵詈雑言を目の前に居るアバズレにぶつけて、これでもかと怒りを露にした後で深く深く溜息を付きました。底の見えない海溝の様に。
…さて。
「…国王」
「ズヴェズダで結構ですよ。勇者様」
「私もアリシアで結構。状況を教えて頂きたい。この国の事。世界の事。情勢の事。私が知りたいと思う事の全てを」
「まぁ!と言う事は!」
「ええ。出来るだけやって見せましょう。どうなっても知りませんが。勿論、私の要望は叶えてくれますね?国を救えと、小さな肩に無理難題を押し付けるのだから」
「勿論です!嗚呼、今夜はグッスリ眠れそうだわ!」
私はとてもじゃないけどグッスリと眠れそうにないですけどね。畜生。
さて。時はグルリと移りましてこちら。戦争の真っ只中でございます。
敵兵はワンサカ。物量で押してくる腹積もりの様です。何万居るのか判ったものじゃないですねコレ。
対して此方はソレと比べれば圧倒的に少数。数だけで言えば頼りない頼りない。
一番槍の部隊が頑丈なゴーレムと共に雑兵をブチのめしますが、劣勢を覆せる訳はなし。
「頃合いです。陣に戻ってください」
私が指示を出すと魔法使いが念話で敵陣の真っ只中に居る兵隊に伝えられました。ソソクサと退散する我が方に、敵方は大興奮。一直線に此方の陣の方へと進みます。
左右は険しい岩山。一本道の先にある岩石で組まれた門目掛けて大量に流れ込む訳です。
「閉じなさい」
指示を出す。魔法使いが事前に仕込んでいた術式を発動させ、頑丈な岩石をそそり立たせた。
出口を封じてしまえば後は此方のもの。退路を失った兵士の末路は皆様ご存知ですか?
嬲り殺しです。
ゴーレムが巨大な岩石を投げ、爆発属性の矢がエルフによって撃ち込まれ、魔法使いの様々な攻撃魔法が雑兵を駆逐する。
幸いにも、岩肌に遮られ、地獄の釜に入らずに済んだ敵兵の皆様は仲間の阿鼻叫喚の叫び声を聞いて恐れ戦く事でしょう。
最後の仕上げと参ります。
私は拡声効果のあるマジックオーブを手に取ると宣言しました。
『命の惜しい者は今すぐ去れ!皆殺しにするぞ!』
ええ。蜘蛛の子を散らすとはこの事ですな。
四方八方に散っていく雑兵を見て私は棒読みの高笑いを上げました。
ああ、白旗を揚げてる兵士は殺すのを辞めなさい。指揮官クラスの兵士は残っていますか?全部殺しちゃ駄目ですよ。戦争なんてハッタリ5割です。
捕虜は大事な資源なんですよ。本当に。