表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/12

初陣「オカピョン村の奇襲」

土地の者を先頭に、僕と僕が率いる30名の兵たちは深緑の森の中を、息を殺しながら歩いていた。

馬には布を噛ませ、兵はひっそりと呼吸をし、足音は鳥の鳴き声よりも小さかった。

僕は馬上から後ろを振り返る。兵たちは無表情で、足元を見ながらまるで幽霊のように移動していた。彼らの命運は僕が握っているのだと、その死んだような目を見て思った。僕も彼らも「初陣」なのだ。華々しいと思っていた初陣は、戦う前から誰かの喪に服しているような、そんな厳かさと息苦しさがあった。


小さな音、例えば鳥の飛び立つ羽音であったり、兎が茂みの隙間に駆け込んでいく音が聞こえる度に、我々は息が止まり、手の中にある武器を固く握りしめた。

こんな苦行はいつまで続くのか?先導者は怯えながらも、自らの任を果たしている。ここで士気を高めるために、何か話をするのも良さそうだが、生憎そんな余裕はない。何か声を発してしまえば、全てがダメになってしまうような怖さがあった。


気が遠くなるような死者の行軍が急に止まった。

「あそこで御座います」

先導者は枯れた声で僕に言った。

日は落ちかけていた。ここまでたどり着くためには、音のない行軍で半日以上の時間を要した。

「そうか」

僕はそう言うと、木陰で少し休むように言った。

先導者はその場でへなへなと座り込んで下を向いた。よくやってくれたと思う。

兵たちは黙ったまま木陰にへばりつくように座った。

日が沈み、辺りを闇が包み、そしてあの丘の上に小さな火が灯った時、戦争が始まる。



「あのう、王様」

一人の兵が話しかけてきた。背の高い痩せたオウムのような顔をした男だ。

「わたしは、ゲッピョン村の百姓のモピンというものです。恐れ多いんですが、あのぅ・・・」

「何だい?遠慮はいらぬ。何でも言ってくれたまえ」

なんか僕の「王様語」って合ってるのかな?なぜか変に気取らなくてはならないような気がするし、かと言って下手に出るのも・・・

「広場での話は本当でございますか?」

周りの兵たちが、にじり寄るような目をこちらに向けた。

「ああ、本当だ。なんなら誓ってもよい」

「土地をくれるというのは?」

「本当だ」

「ではどこの土地をいただけるんでしょうか?」

「・・・それは、こちらで用意する」

辺りが少しだけざわめいた。

たしかに一言に土地と言われても、不安になるのだろう。命を懸けるんだ。それなりの実利がなければならないし、それが高すぎでも嘘に聞こえる。

「よし。君たちは正規兵だ。給金は出る。城下に居を建てよう。さらに勇敢なものは将校に取り立てる。これからは長い戦いが続くが、その戦いで得た土地は、貴族も百姓も関係なく、勇敢なものに与える」

少し夢のスパイスも加えておこう。

「貴族も百姓も関係なく・・・」

辺りに小さだが確かな歓声と、疑念の空気が交じり合う。

「ここに発つ前に、宰相が君たちの名と生まれを確認しただろう?すでに君たちは我が国の正規兵としてここにいるんだ。ここで名を挙げよ。出自は問わん。私は今、勇敢な兵士を求めている」

出発前の準備中、ぴょん吉直々に彼らの名を聞き取らせた。もちろんポニョンの入れ知恵ではあったが。

「じゃあ、俺達は・・・」

「そうだ。頼んだぞ」

僕がモピンの肩を叩くと、彼は笑いながら涙した。



辺りが闇に包まれた。寒さが森の中に落ちてくる。

我々は木陰から丘の上の村を凝視していた。ただそれしかすることがなかった。

「どうやらポニョン将軍が村に入られたようです」

監視役が木からするすると降りてきて言った。

それからの時間も随分と長かった。羽虫が耳元を飛んでいても、僕は瞬きもせずにただじっとしていた。

ポニョンはうまくやるだろうか?

やはりいくら気を抜いていたとしても、そうそううまく宴会でも開いてくれるだろうか?

ポニョンが怪しまれ捕まりでもしたらどうなる?

拷問でもされて洗いざらい吐いてしまったら?

悪い妄想がぼやけたイメージで頭の中を流れていく。


「火だ!」

暗闇の中、一瞬にして小さな火が灯った。丘の上の小さな火は、まるで灯台のようだった。

「いくぞ!野郎ども!」

なぜか僕はそんなことを口にした。兵たちは黙って立ち上がった。

ああ、初陣の突撃の合図という記念すべき言葉が・・・まるで僕らが山賊ではないか。

そんなことを思いながらも、意外に冷静な自分に驚きつつもあった。

僕は早足で丘の上の灯台を目指して駆け上がっていった。兵たちは足跡をたどるように、ぞろぞろと整然に続いた。



村の中の悲鳴や怒号が聞こえる距離まで近づいた。

僕はモピンを呼んだ。

「見てきてくれ」

モピンは黙って頷くと、ひょいひょいと丘を登っていった。

兵たちは闇の中でもわかるくらい、目が白く光っていた。小さな白い光がギョロギョロと蠢いている。不安と猛々しさがそこにはあった。

モピンが滑るように降りてきた。

「王!今です。ピン様の兵たちが、今、突撃しました」

「全軍、突撃!」

僕は丘の上の火を斬るように剣を振り上げた。

「うわあああああ!」

30名の新米達が、恐ろしい雄叫びを上げて駆け上っていく。

兵に弱いも強いもない。人間は本来、獣でもあり勇者でもあるのだ。僕はそう確信すると、震える足を一度叩いてから駆け上がった。




兵たちは風のように丘を駆け上がった。

僕は震える足のせいで、何度かよろめきながら必死でついていった。

丘の上では歓声が一段と大きくなっている。

僕は何とか丘をよじ登り、村の柵に手をかけた。

息が上がり、吐き気がした。軽装とはいえ、武具を身につけて丘を駆けるというのは初めてだった。

そして目の前には恐怖が口を開けて待ち構えているのだ。

村の柵を飛び越えると、僕は壮大にズッコけた。

「いでっ!」

マンガのような声を上げて、目を開けると目の前に大きな目玉があった。

「うわあ」

今越えたばかりの柵にすがりつく。目玉は動かない。死体だ。

激しい吐息がした。そちらに目をやると、モピンが地面に座り込んでいた。手には剣がしっかりと握られ、その先は目の前の死体の背中に深く刺さっていた。

「こっちに逃げてきたんです。こいつが。だから。だから。殺しました」

僕は腰が抜けてしまった。モピンは何とかフラフラと立ち上がると、剣を引き抜いた。仄かに暖かい空気とともに、血が吹き出した。

モピンはそのまま剣を振り上げ、村の中へ吸い込まれるように走っていった。


僕は目の前の死体を見る。まだかすかに動いているではないか。

「・・・あっ、つっ・・・」

この敵と死体の間にいる生き物の口から、空気と共に声が漏れた。

僕は涙が溢れ、そして立ち上がり、剣を闇雲に振りながらモピンの後を追った。


村は真昼のように明るかった。

地面には幾つもの影が落ちている。馬の嘶き、金属の打ち付ける音、奇声と悲鳴、まさに戦場のそれだった。

僕はとにかく辺りを見回した。剣を振り回しながら、ポニョンを探していた。

「わああああ」

敵も味方もわからない影の塊が、僕の方へ向かってくる。

僕は剣を握り、掬い上げるように振り上げた。鈍い音がした。手がしびれ、剣を落としてしまった。目の前の影は地面に這いつくばっていた。

「王!遅いじゃねえか」

ポニョンだ。たしかにポニョンがいる。一気に僕は冷静になった。足元には3人の敵が倒れていた。僕の周りにはポニョンと4人の兵がいた。

「王様が護衛もなしに突っ立ってるんじゃねえよ」

ポニョンが僕の背中を叩いた。腰が抜けて膝が折れそうになったが、何とか耐えた。

「お助けを!お助けを!」

足元で一人の敵が蠢いていた。

「王、お見事です」

横の兵が言った。

「あんたがこいつを叩きのめしたんじゃないか。覚えてないのか?」

さっきの衝撃は、この男を倒した時のものだったのか。

「でもなあ、鞘つけたままじゃあ、魚も切れやしないぞ」

耳元でポニョンが言った。あ、本当だ。落ちている僕の剣は黒い鞘にしっかり収まっている。

「いや、僕は確かに抜いたぞ。絶対に・・・」

「まあ最初はみんなこんなもんだ」

ポニョンは笑った。

「何と慈悲深い王様だ」

横の兵が尊敬の眼差しで僕を見ている。



「作戦はうまくいったよ。今、逃げ出した奴等はピンが追っている。もうじき片付くだろう」

ポニョンは負傷者を集め、火を消し、まだ敵が潜んでいないか確認するよう矢継ぎ早に命令した。

ポニョンと僕はひとまず燃えていない村の端にある小屋に入った。

「何がなんだかわかんなかったよ」

「いや、お前はよくやったよ。突撃する時機もまあ合格点だった。でも闇雲に兵を突っ込ませたから、お前の護衛がいないじゃないか」

「それは・・・」

「まあそんなことだろうと思って、俺が残ってたんだ」

ポニョンが自慢気に言った。

「そ、そんな事言って、僕は危ない目に・・・」

「初陣を飾らせてやったんじゃないか。お前が倒した相手は武器も持っちゃいない馬鹿だぜ」

「へ?」

「お前のところに走っていったのは、奇襲に驚いて甲冑だけ着てあたふた走り回ってた奴等だよ」

「へ?」

「いやあ、お前の今後の王としての威厳のためによ、自信をつけさせるために一人くらい斬らしてやろうと思ったんだよ。まあ鞘で殴るとは思わなかったが」

そう言ってポニョンは腹を抱えて笑った。




ピンが捕虜をたくさん連れて帰ってきた。

「王!大勝利で御座いますな」

なんかピンは様になっているな。よく見ればキリッとした顔の好青年だ。銀の鎧姿も様になっている。馬上の姿は如何にも「将軍」といった感じがする。

捕虜を馬小屋に押し込めた。50人位はいる。負傷者も多い。全員、呆然としている。まさに青天の霹靂ってやつか。

死体は14あった。すべて敵だけだ。こちらは負傷者が数名。完璧な奇襲だったようだ。


ポニョンとピンと先ほどの小屋の中で状況の整理をした。

ポニョンが化けた隊商は、怪しまれたものの、酒を見せると敵は飛びついたようだ。ポニョンたちは酒を置いて、逃げ帰るふりをした。

負け戦の後で景気づけが欲しかったのだろう。数人の監視役を置いて、宴会が始まった。

宴会が盛り上がる中、舞い戻ったポニョンたちは村に火をかけた。

驚いた敵は手当たり次第何かを掴んで、一様に自分たちが来た道、すなわち追い出された自国の方に殺到したという。

「やはり、奴等は追手が来たと思ったようだ」

と、ポニョンは言った。

そこにピン達が側方から7頭の馬で突撃した。思いもよらぬ方角からの敵襲で敵は混乱の極みに達し、そのあとすぐピンの歩兵たちが押し寄せた。

ポニョンたちもすかさず加わると、敵は同士討ちを始める程の驚きようだったという。

ポニョンは国境方向に逃げる敵をピンに追わせ、わざと南方、つまり僕の部隊の方に逃げ道を作った。

あとは武器も持たないような逃げ惑う敵を、僕の部隊が最初の一撃で打ちのめしたわけだ。

『・・・ってことは僕が現れた時には大勢は決していたわけね』

僕は良かったような、残念なような、変な気分だった。


オカピョン村の人々は、ほとんどが初めに逃げ出していたため無事であった。

彼らは森の奥で隠れていたようだ。



「王、奴等に話を聞いてみましょう」

ピンが言った。そうだ。隣国の状況を聞き出さねばならない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ