王のいない作戦会議
夜明けとともに我々は隊列を組んで、オカピョン村に歩き出した。
肌寒い朝靄の中を、微かに白い息を吐きながら60名の新米軍団が歩いて行く。
尻の痛みを忘れるほど緊張している初陣の僕は、昨夕の作戦会議の内容を何度も反芻していた。
道中で得た情報では、敵の数は80名ほど。馬は20頭ほど。幾人かは出たり入ったりしているらしく、どうやら偵察でもしているようだ。完全武装の100人近い「山賊」というのは、あながち大げさな話ではなかった。
だが、昨夕のこと。オカピョン村から逃げてきたという一人の子供を呼び出し、我々は話を聞いた。
その子供が言うには、山賊たちは怪我人を連れていたという。
「こりゃ山賊ではなくて、敗残兵だな」
ポニョンは言った。
「たしかにこれだけの人数で武装して馬まで持っているとなると、一介の山賊とは思えませんな」
貴族の若者、ピンが言った。
「おそらく隣国で何やらあったに違いない。奴等は逃げ出してこちらの領土まで落ちぶれたようだ。オカピョン村から出ないのも、食料にありつき怪我人を介抱しながら、自分たちの国の情報を探っているのだろう」
「なめやがって。俺の国はサービスエリアじゃねえんだぞ」
僕がそう言うと、二人は不思議な顔をした。
「まあ要するにそれだけ舐められてんだよ。この国は。山賊さんは隣国で政変があって負けた奴等ってので当たっているだろう」
「ならば早く討たねばなりませんな」
ピンは険しい顔で言った。
「そうだな。厄介なことになる」
ポニョンは腕を組んでため息をついた。
「なんでだい?」
僕は恥ずかしげもなく聞いた。
「王、奴等がオカピョン村に居着いているのは、隣国から一時的に逃れているということ。我々が恐れるのは隣国の政変で破れた者共がオカピョン村に集まり、再起をかける準備をすることです」
「そうなればますますこの一帯は荒れる。そしてヘタしたら隣国と戦争にもなりかねん」
ピンとポニョンが言った。
落ち武者崩れめ!なんて奴等だ。男なら負けた時に切腹でもしやがれってんだ。
待てよ。隣国で政変ってことは、もう動き出した奴がいるのか?誰だろう?他国とやりあう前に内乱が起きたのは、どういうことなのだろう?
まずは落ち武者をひっ捕らえて、情報を聞き出してやる。
オカピョン村は少し小高い丘にあった。
周りは森に覆われ、小さな畑がまばらにある程度の小さな村だ。
国境に面しているが、これといった防御施設はないという。それもまたおかしい話だが、今回は好都合だ。
「おそらく奴等はこの国のことを相当舐めきっている。食料がある兵を休める場所としか思っていないだろう。俺達の反撃も大したことがないと思っているはずだ。だからこそ、わずか3日でこの辺りまで俺たちが来ているなんてことは予想だにしちゃいないはずだ。なんせ奴等は逃げてきた自分の国のことしか頭にない」
「そこが狙い目・・・ですね」
ピンがそう言うと、ポニョンはニンマリ笑った。
「そうだ。作戦は簡単だ。まず俺が隊商に化けて奴等に酒をしこたま飲ます」
「おいおい、そんなの無理だろう。逃げてきたからって一応奴等は戦争中のはずだ。酒なんて飲むはずがないよ」
僕はポニョンに言った。そんなお伽話じゃないんだから、うまくいくはずがない。
「奴等はこの国に逃れれば、自国の兵たちが攻めてくるなんて思っていない。そして俺達の出現すら念頭にも置いてない。なぜなら奴等がやってきて数日の間、大きく動いた形跡がないからだ。最寄りの町にすら顔を出していない。奴等は今、怪我人を休めて自国の状況を伺っている。だからこそ安全なんだ」
「たしかに。たった100名程度で自国に攻め入るなんてことはしないだろう。奴等は今、待たされているのか」
「そうだ」
ポニョンとピンだけでけったいな顔をして話しやがって!俺が王だぞ!
「酒はこの町でかき集めた。運良くかなりの量があった。明日の夕暮れ、俺は奴らのことを知らずにやってきた隊商として近づく。奴等に酒を渡し、オカピョン村に泊めてもらう。あの辺りの夜道は危険だ」
「泊めてもらう!?それは危険じゃあないか?」
「もし拒否されれば、酒を置いて逃げ出すさ。若しくは引き返すってのもありだ。殺しはしないはずだ。それどころか、奴等の国に行って情報を得てくるようにいわれるかもしれん」
「なるほど」
ポニョン君は頭が良い。
「そして夜中に村に火をかける」
「え!自分の国に火をかけるのか!」
ポニョン君は殺生だ。
「なあに。ちょっと火をつけりゃあ良い。奴等は飛び起きて右往左往だよ。そこに王様、あんたの登場だ。ピンとふた手に分かれて殺しまくれ。俺たち隊商組は村人を助ける」
こうして王の発言はほぼ無いまま、作戦は決まった。
昼前にオカピョン村近郊にやってきた。
敵の物見はない。本当にこちらには興味が無いようだ。うちの国の評判ってどうなってんだろう?
ポニョンは隊商に化けた。8名のポニョン自身が選んだ男たちと共に、酒樽をたくさん積んで歩き出した。
「火が出りゃあ突っ込んでこい。あんたでもできるだろう!」
最後にそう言い放った。
ピンは20名を連れて、南の方から回っていった。
「王、森の中を行けば敵に見つまりますまい。ご武運を」
「ピン!」
「何でしょう?」
「ところで君は・・・」
「父上からお聞きになりませんでしたか?」
「父上?」
「宰相の・・・」
「ぴょん吉の息子!」
「ピョンキチ?」
「ああ、いや、その・・・」
「十男のピカレスケン・ヨボゾノフスカイ・ヨハンソリンドバーグ十八世にござります。」
「・・・幸運を祈る」
僕たちは別れた。ぴょん吉め、何人ガキがいやがるんだ。
「やっと一人になったね」
キメラが現れた。
「うわあ!何だお前は!」
「へ?忘れたのか?」
「ああ、キメラか。てかお前どこにいたんだよ!」
「見てたのさ。良い子にしているか。それとも僕がいなくて心細かったのかい?」
キメラは他の人には見えないのだろうか?
「良い部下じゃないか。あのポニョンって奴。君はラッキーだね」
「お前よりはかなり使えるよ」
「まあ、気をつけるんだな」
「何が?」
「王の座は安泰じゃあ無いんだよ」
「へ?」
「君たちは王になった。それはこの世界では運命とされている。急に現れた君たちは、とりあえず王としては認めてもらえる」
「たしかにいきなり王だって言って、変に納得されていたから気にはなってたんだ」
「だがそれは、例えるなら木に果物が生ったようなものなのさ。果物が生るのは自然なことだ。でもその果物がすぐに腐って落ちても、何かに食われても、それはそれで自然なことだろう?」
「・・・ああ」
「もしその果物が毒だったとして、しかもそれが木にも害を加えるような毒だった場合、果物はもぎ取られる」
キメラの言葉は僕の心臓を冷たく締め付けた。
「それに果物が好きなヘビだっているかもな」
「ポニョンは・・・大丈夫さ」
僕は手綱を握りしめた。
王は王でなくてはならないのか。
キメラはまたどこかに飛んでいって消えてしまった。