青春アミーゴ
そこは青い空間だった。
ただただ青く、空の中にいるような感覚だった。
クラスのみんなはポカンと口を開けて、ただその場に立ち尽くしていた。
今思い返せば面白いもので、普段は「ハゲ」とか「腐ったウディ・アレン」とか呼んで毛嫌いしている担任の若松のことを、誰もが必死に探していた。
若松はいなかった。
そこにはただ空間だけがあり、何もわからない僕達三十人がいるだけだった。
「諸君にはこれからある世界へと行ってもらう」
どこからか声がした。低く威厳のある声だった。
「そこは正方形の巨大な大陸」
甲高い中年の女の声だった。
「周りは海に囲まれ、その先には何も存在しない孤立した大陸」
老人の声だ。
「大陸には三十の国がある」
酷くノイズの掛かった電子音。
「君たちはそれぞれの国の王となるのだ」
子供の声だ。
「そして君たちは大陸を統一するまで戦い続けなければならない」
若い女性の声だ。
「目的は天下統一ただそれのみ。手段を選ぶ必要はない。すべてを支配したものだけが勝者となる」
今にも死にそうな乾いた声が響く。
「なんだそりゃ」
僕は思わず声を発した。クラスメート全員が僕を見つめる。いつも五月蝿いリア充共や、仲の良い斎藤なんかも、硬い表情のまま顔を僕の方へ向けた。
僕は急な注目を浴びて恥ずかしくなり、黙って下を向いた。でもあの時の僕はびっくりするくらい冷静だった。不運すぎる人生の副産物か、僕はちょっとやそっとのことで驚かない体質になったのだろうか?
「そうよ。え、なにこれ?マジなの?ドッキリ?」
河上さんが言った。ニキビさへ無ければかわいいのだけれど。
「夢じゃねえのか?つうかなんだよ、これ?」
マンガみたいなことを言いやがったのは、辰野。いつもヤンキーぶってるが、少年漫画のやられキャラのセリフを吐きやがった。
不安が創りだした沈黙は破れ、辺りはガヤガヤと騒がしくなった。あーだこーだ喋りながら、不安を共有し始めたのだ。
「不慣れな君達に、道案内役を付ける。君たちの趣向に合わせた者を贈ろう」
ラジオのパーソナリティみたいな良い声が、騒音を劈いた。
「三〇の国は同じもの一つとない国である。国にはそれぞれ歴史ある文化と社会、経済、そして宗教がある。すべての国にそれぞれ固有の特性があり、それでいて総合的な力は均等になっている」
また子供の声だ。
「諸君は自ら与えられた国を自由に統治し、そして天下統一を目指し戦う、ただそれだけだ」
野太い男の声だ。
「さあ戦え!」
無数の声が絡み合い、反響した。頭が痛くなるほど、大きく不快な声だった。
「天下統一?」
「どういう意味よ」
「夢だよ夢」
「ゲームじゃないか」
「誰だよ!早く出せよ!」
誰もが子犬のような表情でオロオロしている。いつもちっぽけなプライドを盾にいがみ合っている連中が、少しずつ体を寄せあい始めた。
なんて滑稽なんだ。
僕はあの時、確信を得た。
「俺の青春が今始まった」と。
これが夢じゃないように祈った。こんな面白いことが自分の身に降りかかろうとは、思いもしなかった。現実社会の閉塞感はここにはない。大したことが無さそうな未来を思うと、高校生ながら空虚な絶望を身に感じていたが、そんな未来を打ち捨てても実りある『希望』がこの空間にはあった。
辺りを見渡すと、ほんの数人だが僕と同じような顔をしている奴等がいた。
僕たちは一斉に目があった。鋭い目をしながら不敵に笑い合い、そして目の前が真っ暗になった。
「何笑ってんだよ」
キメラが言った。このグロテスクな生き物が僕の趣向だと?
「笑わせやがって」
僕は王座に腰掛け、まだメソメソ泣いているヘンテコな貴族たちを見て笑った。