はじまりはいつも雨
「王よ!」
「嗚呼、和が王よ!お助けを!」
「王、このままでは我が国は・・・」
目の前ではきらきらしたマントを羽織ったおっさんたちが、明らかにカツラなおっさんたちが今にも泣きそうな顔で僕の膝にすがりついている。
あらゆる『貴族』なイメージをごった煮したようなステレオタイプの出で立ちの貴族おっさん達は、白粉を涙で溶かしながら悲鳴にも似た叫び声を上げていた。
ああ、僕はなんてツイていないんだ。
いや、今に始まったことではない。
というか僕は不運の星を抱いて生まれたような男だ。
まず、僕が生まれた日に父親の会社が落雷で焼けた。
退院して5分で母親がボケた爺さんが駆る原付バイクに轢かれて両足を骨折した。
生後一ヶ月のお祝いの日に祖母がネズミ講に引っかかり、初めてハイハイをした日に隣の家の住人が夜逃げした。初めて歩いた時に本棚に小指をぶつけて骨折、保育園の初日に保育士が労働条件の改善を求めストライキを起こし、小学校入学式の前日にグラウンドで第二次世界大戦中の不発弾が見つかり・・・あとはもう語りたくない。
暗黒の中学時代を経て、今やっと僕は高校生になった。生きて高校生になれたことが不思議だと母親は言ってたっけ(その直後、何もない所で転んで右腓骨骨折)
高校生になり、やっと僕にもツキが回り始めていた。暗黒の中学時代では考えられないくらい、すんなり友達もできた。パトカーに轢かれたり、鳥の糞が額に当たったり、家庭科の教科書が真っ白なんていう、僕にはよくある不運も起こらなかった。
僕は浮かれていたのかもしれない。
目の前で号泣するカツラのキラキラマント化粧おじさんたちを見て、僕はそう思った。
なんかこの『現象』も、僕のせいじゃないかと不安になってきた。
僕はクラスのみんなのことを思うと、深い溜息をついた。
これから先のことを考えると、眩暈までした。
なんせ今から僕は『天下統一』をしなければならないみたいだから。
「何つまんなそうな顔をしているんだい?僕らの王よ」
甲高い声が耳元でした。
「その声を聞くと気が滅入るよ」
僕は右肩に乗っているバケモノを見た。
猫か狸かよくわからない獣の顔に、ヌルヌルした節足動物のような胴体、しっぽはなぜかフワフワだ。
この気色悪いキメラが僕の相棒らしい。
「王様なんだからさ、もっと威厳よくしろよ」
キメラはふてぶてしく言った。こいつの名前はキメラだ。今決めた。
「キメ公よ。で、僕はどうすれば良いんだい?これから」
「キメコウって俺の名前?どういう意味なんだ?」
キメラは嬉しそうに目を輝かせている。なんともガキだ。
「意味は無いよ。それより質問に答えてくれないかな?」
「さっき説明があったろ?君たちはこれから天下統一するんだ。この世界をね!」
キメラが動く度にカタカタと気持ちの悪い音がする。
「それが意味わからないんだよね」
僕は先程の長ったらしい出来事を何とか理解しようと試みた。
それは僕達のクラスが秋の遠足に向かうバスの中で起きた。
高校一年生の十月半ば、そろそろグループやスクールカーストの序列も決まり始めて、すっかり日本の高校生になったばかりだった。
ちょうど島くん(島 明)がゲロを吐いた直後だった。
「こいつのアダ名はバスゲロリストだな」と僕が独り言を胸中に解き放ったのを覚えている。
なんとも言えない空気とほのかな臭いがバスの中を漂い始め、「もらいゲロ」という悲劇の連鎖が起きないよう、誰もが窓の外に目をやった時だった。
バスはトンネルに入った。真っ暗なトンネルだった。電灯一つ付いていない。
漆黒の闇とはあの感じだろう。
トンネルを抜けるとそこは異世界だった。