最低の國 7
有栖川が言ったとおり、すぐに特別クラス全員を司令室に呼び集める校内放送が掛かった。彈と誠也以外は、何事かとあわててエレベーターに乗り込み、司令室に集結した。
「さて、皆さん集まりましたねぇ」
有栖川は、鳴海も含めて6人全員すべて揃っていることを確認すると、話をはじめた
。
「お隣の『豊島第2区』から救援要請が出ていましてねぇ。君たちに救援に行っていただきたいんですよぉ」
「えっ!?まだ私達、訓練中じゃないんですか!?」
「戦場に慣れておくのは重要なことですよぉ」
まさか訓練中の身で出撃を命じられると思っていなかった悠は、驚きを隠せない。何か言いたいが、突然のことに考えがまとまらない悠に変わるようにして、大輔が話し始めた。
「で、具体的には何をすればいいんです?」
「坂田くんは流石ですねぇ。話が早いって助かりますぅ」
なんの疑問もないのか、大輔は出撃の話を詳しく聞こうとしている。有栖川は作戦司令室の大画面に繋がる機械を操作し、現在の被害状況をわかりやすく表示した。
広すぎるくらいの駅が目印の豊島第2区は、駅を中心に大きな繁華街があり、人の行き来が非常に多い都市である。それを知ってか知らずか、モンスターが暴れているのはその駅前なのだという。まだ被害が少ないものの、駅前からはいつもの賑わいは無くなっていた。悠もよく友達と出かけた見慣れた街は、行ったことのある大きなビルの一部が削れていたり、どこからか黒煙が上がったりもしている。変わり果てた街の姿に、悠はゾッとした。
「ああ、民間人は全員地下シェルターに避難済みですので心配いりませんよぉ。怪我人は少々出てしまいましたが、命に関わるような程度ではないので安心してくださいねぇ」
思い出したかのようにとても大切なことを伝える有栖川。
現在の弐本国は、国土全域の地下にアリの巣のような避難シェルターが広がっており、危険時には地上に数箇所設置されたシェルターの入口から避難することができるようになっている。モンスターの襲撃に偶然居合わせてしまった民間人はそこへ避難しているのだ。
「ただ、まだ春休み中の学校があるのもありましてねぇ。相当の人数が同じ区画のシェルター内に避難してますからねぇ。シェルター内の備蓄酸素との関係で、慈衛隊だけでは対応しきれない可能性がでてきているわけでぇ、要するに時間との戦いになるのが予想されてるんですねぇ」
これで君達にお声がかかったのもご理解いただけたでしょう?と有栖川はまたお得意の笑い方をした。
「……急いだほうがいいですね」
「ええ。本来ならばここで手短に状況整理と作戦会議をしてから向かっていただくんですが-」
「作戦でしたら、もう仕上がっております」
作戦は出来上がっているという鳴海のほうを見ると、鳴海の手にはいつものノートパソコンが握られており、大画面に映し出されている情報をもとに短時間で練った作戦の文書ファイルが出来上がっていた。仕事の速さに、特別クラスの生徒は唖然とし、有栖川は「そういうことですので」と鳴海が作戦を仕上げたのをわかっていたかのように話をしていた。
「では、ご説明致します。」
鳴海はまずざっくりとした作戦の概要を説明した。
現地に残っている慈衛隊は全滅の危険性があるため9割以上を退避させ、残った1割の精鋭で、人口が密集しているシェルター内の民間人を護送車で地上を経由し、別の場所のシェルターに移送させるのが直近の目標に設定された。そのためには、モンスターを足止めしながら、民間人の護送車の安全を確保するのも重要になる。
「そこで、松崎さんと坂田さんには避難者過多の豊島第2区シェルターの守備、及び護送車の警備をお願いいたします」
「お、俺とこいつでか!?」
「お二人の得意な戦術を採用して編成させて頂いてますのでご心配には及びませんわ」
「効率を優先した」と鳴海は言うが、彈が心配しているのは現場での動きの問題ではない。
(俺、こいつ苦手なんだよな……)
(松崎と守備か……。いつもの調子で爆走しなきゃいいけど)
この1ヶ月弱を共に過ごしてきて、本人たちも周囲もわかっていることがあった。
彈と大輔とは、考え方や行動の仕方が真逆の人間で、非常に折り合いが悪いのだ。
彈は、敵を見つければ即座に突進し、直線的な動きで武器を使わずに敵を殴りつけ、とにかく敵にダメージを与えるための行動を最優先し、周囲の状況や戦況の優勢劣勢を読み取らないまま攻撃をしてしまう直情型。
それとは逆に大輔は、周囲360度がすべて視野だと言っても過言ではなく、モンスターの特性を瞬時に感じ取っての遠距離攻撃が得意で、戦況を判断する力も備わっており、チャンスだと感じれば攻撃を仕掛け、逆に危険だと思えば退くことのできる知性派である。
今回の作戦の人選は、戦闘スタイルでの振り分けは非常にバランスの良い組み合わせだが、性格的にどうしても2人の折り合いが悪い。おそらくは鳴海もわかっていての人選だろう。しかし、今は周りが鳴海の決定に文句を言っている場合ではない。
「後の今井さん、渡部さん、烏丸さんは敵の誘導と殲滅にあたってください」
「詳しくは私が現地に着いてから指揮致しますが、なにか質問は?」と鳴海が問いかけるが、悠と誠也は何から聞いていいか分からず、モヤモヤとまた考えがまとまらなくなっており、小太郎は興味があるのかないのか、あさっての方向を見つめながらぼんやりしている。
「質問が無いようでしたら以上になります。有栖川博士、出撃許可を。」
「えぇ。許可しましょう。……っと、これは余談ですが、今回の出撃は異例中の異例ですので、成功した暁には何かしらのご褒美があるかと思いますよぉ」
有栖川は妙に「ご褒美」の部分を強調してそう言うと、「では、いってらっしゃい」と正式に出撃許可を出した。悠達は訓練通り、格納庫まで走って移動し、自分の出席番号がボディに割り当てられたワルキューレに乗り込む。訓練通りにヘッドギアを装着し、シートベルトを締め、操縦桿を握ってワルキューレを起動する。
「戦闘機の音声認証を致します。1番の方から順番に所属とお名前をお願いいたします」
全員のヘッドギアに内蔵されたスピーカーから鳴海の声が聞こえる。
鳴海の指示通り、出席番号1番の小太郎から順番に音声認証をしていく。
「第六区防衛部隊、今井小太郎。出撃」
「第六区防衛部隊、烏丸悠。出撃します!」
「第六区防衛部隊、坂田大輔。出撃する」
「第六区防衛部隊、松崎彈。出撃だ!!」
「だ、第六区、防衛部隊、渡部、誠也……。出撃っ、します!」
多大なる不安を抱えながら、特別クラスのメンバーは初めての出撃となった。
-
現場までは地下の専用カタパルトに乗せられて高速で運ばれたため、10分もかからずに到着できた。ワルキューレ専用の出入り口から地上に出てみると、作戦司令室で見た映像よりも黒煙の量が増え、破損しているビルの数も少々増えており、状況は深刻になっていた。
「ここ……豊島第2区のどのあたりなんだろう?」
「……駅の近くみたい。」
一番早く地図を参照していたらしい大輔の言うとおりに道を進むと、悠達の学区に住む人間であれば1度は来たことのある、豊島第2区の駅前に出ることができた。
『皆さん、聞こえますか?』
全員に司令室で指揮を取っている鳴海からの通信が入る。音質は非常にクリアで、どこからの妨害もないことが解かる。
「ああ、大丈夫だ。聞こえてる」
『では、先ほどの説明通りの人数に別れてください。詳細な地図データをお送りしますので、持ち場へ向かってください』
慈衛隊は撤退させるので急いで、と付け加えると鳴海は各々の持ち場に目印を付けた地図データを送信する。場所を確認すると、大輔と彈は駅のすぐ傍、悠達3人は駅から少し離れた繁華街の入口あたりに目印が付いている。
「かなり場所が離れちゃうね」
「心配いらねぇよ。なんかあっても、俺のほうが先に手が出るからな」
「……俺の方が反射テストの成績良かったんだけどね」
「うっせーな。関係ねーだろ」
早速、大輔との仲の悪さを披露してしまう彈。指揮担当の鳴海はもちろん、今回は別働隊の悠達もさらに不安が募る。
「俺に突っかかってくるのは勝手だけど、時間との戦いだってこと覚えてる?」
「言われなくたって覚えてるっつーの!!ったく、いちいち腹立つヤツだな……」
じゃあ俺は行くからな、と示されたポイントに向かってワルキューレを走らせる彈。まるでその背中は「着いてくるな」とでもいいたげだったが、今は作戦中で、それは叶わない。
「あの、気をつけて、ね?」
「……」
大輔は、誠也のねぎらいに返事もせず、さっさと行ってしまう彈を追いかける。
「よし……、私達も早く向かおう!」
「う、うん!」
「……」
悠達3人も、ポイントに向かって歩き出し、まずは敵を探すことにした。
『皆さん、敵の数と位置の割り出しが完了しました』
不意の鳴海からの通信に悠は驚いてしまったが、それ以上にこの数分の間でもう敵の総力が割り出せていることにも驚いた。
『今回は敵の数は4体。位置はそれぞればらばらで、一番近い生命反応は現在の今井さんの位置から…』
どごおぉっ!!
鳴海の話をそこまで聞いた時、悠の前を進んでいた小太郎のワルキューレが、なにかの衝撃に吹き飛び、ビルの入口らしい大きなガラスに突っ込んだ。
「な、なに!?」
「ぐっ……!」
「わ、あ、わああああああ!!」
『っ!気付かれましたね…!』
車がぶつかった以上の衝撃だろう。しかし、有栖川の開発した特殊装甲のおかげで、小太郎にもワルキューレ本体にも、大した影響は及ぼさなかったが、突然のことに誰もが驚きを隠せなかった。小太郎が吹き飛ぶ原因となった方向を見てみると、そこには見たこともないような大きさで、人間の形をした生き物が立っていたのだ。
体はワルキューレのそれよりも少々大きく、10メートル程はあるだろうか。体は筋肉の流れが見えるくらいがっちりとしていて、丸太など割り箸に等しそうな程に太い腕と、顔にはぎょろりとした大きな目がひとつだけ付いている。所謂「サイクロプス」のようなそのモンスターが、腕力で小太郎を吹き飛ばしたのだ、と理解するのに時間は掛からなかった。
「だ、大丈夫!?」
「……うるせぇ。敵に集中しろ」
「たたかう、って……どうしたら……!?」
小太郎は心配する悠をばっさりと切り捨てるとサーベルを抜刀し、自分の中のスイッチを戦闘状態に切り替え、極度の集中状態に入る。悠は突然の敵の出現にまごまごするばかりで、誠也は、小太郎の件と目の前の大いなる敵の存在で完全に心を折られてしまい、ヘッドギアの中で過呼吸になりそうなヒュウヒュウという呼吸音を響かせている。
3人揃っている中で、協調性の必要を謳うものは誰もいなかった。
(本っ当に……、性格に難有りのメンバーばかりですわね……!)
現場の誰にも見えない作戦司令室で、鳴海は揃わない足並みにイライラしながら、次の指揮を考えていた。このまま3人で固まっていても、意味がなさそうだと判断した鳴海は、別の作戦を指示することにした。
『今井さん!そのターゲットの足止めをお願いします!駅の方に近づけないで!!』
「仕方ねぇな……、やってやるよ」
「私と渡部くんは!?」
『残りのターゲットを探して、今井さんと同じ作戦をとってください!』
「わ、わかった!」
「できる、かな……僕……!」
集中状態に入ってしまった小太郎以外は一応返事はしたものの、まともに動けるかは非常に怪しかった。とにかく避難が完了するまで民間人にモンスターを近づけない、というのが今できる最善の策なのだ。
「……なんだっていいけど、俺の邪魔はするなよ」
小太郎は悠と誠也にそう言うと、モンスターを攻撃しに走る。悠は目の前の敵に襲われないうちに、動きの固い誠也をその場から引き剥がし、次へと向かう。
「さぁて……、出ないといいですねぇ。殉職者」
司令室で指揮をする鳴海の後ろで有栖川がそう言ったが、極限状態に近い特別クラスに届くことはなかった。