最低の國 6
午後の授業は、ワルキューレのシミュレータ訓練だ。
悠達が昼休みを終えて、集合場所の格納庫にやってくると、有栖川と鳴海が既にエレベータの前で待機していた。鳴海が「ご案内致します」とシミュレータの場所へと誘導する。その姿は一介の中学生ではなく、完全に「有栖川の助手だ」、と悠は思った。
以前、整備されていたワルキューレの格納場所とは逆方向に歩き、シミュレータ用機体だというワルキューレの前まで連れてこられた。
このワルキューレは、以前に見た整備中のものとは違い、腰にサーベルを下げ、腕にはガトリングガンの武装がしてある。これがワルキューレの通常の姿なのだろう。
また、このワルキューレには大量のコードが接続されており、悠はなんだか「死にながら生かされている生命体」を見るような、妙な気持ちにさせられた。
「では、詳しくご説明致しますねぇ」
有栖川は、このシミュレータの仕組み、操作方法、訓練ルートの解説をした。
そして、まずは手本を、と鳴海がシュミレータに乗り込む。
鳴海は、いつもの出撃時と同じように準備を始めた。ワルキューレ内のシートを自分に合うよう調整し、シートベルトをしっかりと装着する。さらに酸素供給と頭部の防御のためと、もしもの際に顔がわかってしまわないように、フルフェイスヘルメットとガスマスクが合体したような形のヘッドギアを被り、正しい手順で起動する。
「では、訓練の様子はこちらで見ましょうかぁ」
有栖川は小脇に抱えたパソコンを起動し、鳴海のシミュレータ画面を共有する。小さな画面だが、これで鳴海の手本が見られるというわけだ。
「それじゃあ、鳴海さんお願いしますねぇ」
「了解」
訓練が開始されると、鳴海はすぐにワルキューレを走らせ、目の前に現れる敵を容赦なくサーベルで切り刻んでいく。敵の種類や配置はランダムに設定されているようで、不規則に出現してくるが、鳴海はいちいち敵に驚くような素振りは見せなかった。至って冷静を貫き、ワルキューレ本体よりも大きな敵を難なく倒したり、まとまって攻撃を仕掛けてくる敵を迷いなく撃ったり、悠達と同じ中学生だとは思えない正確さとスピードで全て処理した。
もちろん、鳴海の動きにも驚きを隠せない悠達だったが、それ以上に気になったのが、このシミュレータのリアルすぎる描写だ。どこの誰が気を利かせたのか、画面内では非常にリアルな血しぶきが飛んでいるのだ。鳴海のサーベルの入り具合によっては臓物が飛び出してくるところまでキレイに描かれているではないか。
「誠也、顔色悪いけど大丈夫か?」
「……僕、ちょっと気持ち、悪、ぃ……」
鳴海のあまりの速さと攻撃性、加えてこのスプラッタ動画に、誠也は少し気分が悪くなってしまっていた。
「すごいでしょう?海外で有名なゲーム制作会社に作ってもらったんですよぉ。いつ見ても惚れ惚れする映像美ですよねぇ」
昨日に引き続き顔が青白くなっていく誠也の隣で、有栖川はとても楽しそうに鳴海の訓練をモニターしている。その後も鳴海の快進撃は続き、無傷で訓練をクリアしてしまった。有栖川も満足そうにパチパチと拍手を送っている。
「さぁて、完璧なお手本も見せていただけましたし、今度はみなさんの番ですよぉ」
-
その後の訓練は酷いもので、それぞれ順番にシミュレータに搭乗し、訓練を受けたが、「防衛部隊」の名が泣く散々な結果となった。
悠は、ワルキューレの大きさが把握できず様々な場所にぶつかってしまい、敵の方が先に悠を見つけて攻撃を受け、【低級モンスター】と呼ばれる非常に弱いモンスターですら、1匹たりとも仕留めることができなかった。
彈は、操作はなんとなく把握はできたものの、ワルキューレに内蔵されている敵レーダーを使用せずに、自身の目だけで索敵し、周囲の損壊を考えずに敵へ突っ込んでいき、武器の存在など忘れて素手で大暴れしてしまうことを、有栖川に深く指摘されていた。
大輔は攻撃面では非常に好成績で、ガトリングガンの射撃をすべて外すことなく敵に当てることができたが、背後まで気が回らず、見落としていたモンスターに後ろから攻撃されて終わってしまった。
そんな問題児が出揃うなかでも、誠也の成績は酷いものだった。
シミュレータに搭乗することすら怖がってしまい、研究員達に羽交い締めにされながら無理やりコックピットに詰め込まれると、操縦桿を握ることも、前に進むためにアクセルを踏み込むこともできず、一方的にモンスターに殴り殺されてしまう結果となった。
「初日とはいえ、困りましたねぇ。1ヶ月後には戦場に行くのに……」
特別クラス全員の訓練の出来を観察しながら、有栖川は溜息を吐いていた。
6人しかいないうちの半分が、言ってしまえば「使えない」分類になってしまうのは、戦力的にかなり苦しいものになる。
「最初の2人はまだどうにかできそうですけど、問題は渡部くんですねぇ。」
必要以上に目立ってしまった誠也は、また体を震わせて有栖川を恐れている。
彼には特別補修授業をつけるのが賢明ですかねぇ、と呟きながら有栖川はパソコンに保存されている誠也の成績表に、「要特別補習」と打ち込んだ。
「では次、お願いしますぅ」
ジャンケンがで決めた順番が、小太郎に回ってくる。小太郎は立ち上がり、鳴海がしていたのと同じように起動の準備をする。
「では、はじめてくださいねぇ」
有栖川がそういうが早いか、小太郎はものすごいスピードでワルキューレを走らせた。
おそらく鳴海の時よりも速いスピードで移動している。
「は、早っ!」
「……こ、これも、具合悪く、なりそ……!」
「乗り物に弱いんだね、渡辺君」
またくらくらし始めた誠也を介抱する彈と悠。しかし、小太郎は止まらない。鳴海の技術に勝るのではないか、と見紛うほどの勢いと攻撃で、敵を蹴散らし、前進していく。
(これは……、意外ですねぇ)
大抵の新人パイロットはモンスターに近づくことすら恐怖を覚え、当たりもしない遠距離武器のガトリングガンを振り回して撃つ姿がよく見受けられるのだが、小太郎は遠距離武器を持つことはなかったのだ。不意に飛び出してくるよう設定された低級モンスターを、まるで最初からわかっていたかのようにサーベルを抜き、難なく切り伏せる小太郎。
さらに歩を進めると、低級モンスターが4体まとめて小太郎に飛びついたが、巧みな操作でそれらを振り払い、1体は踏みつけ、2体はまとめて串刺しに、残りは空いた左腕で殴り飛ばし、訓練をクリアした。
(難易度は低めに設定してありましたが、まさかこんな逸材が紛れ込んでいたとは……!)
ニヤニヤとプロフェッサー有栖川の表情が厭らしく歪んだ。
「……結果は?」
「素晴らしいですよぉ!まさか君のような人間が【こんなクラス】に紛れているだなんて、思いもしませんでしたぁ!!」
【こんなクラス】の部分を必要以上に強調しながら、有栖川はパチパチと小太郎に拍手を送る。しかし小太郎は喜んだりなどせず、ひとりで盛り上がる有栖川をいつもの冷ややかな目で見ている。
「出来の悪かった皆さんは、是非彼を見習って1ヶ月間必死に訓練してくださいねぇ」
でないとすぐ死んじゃいますからねぇ、と有栖川はまた厭らしく笑った。有栖川は厭らしく小太郎を持ち上げているが、当の小太郎はまるで自分のことではないかのように無反応で、表情ひとつ動かすことはなかった。
「僕……できるのかな……!?」
「なんとか、やってくしかねえよなぁ……」
「死ぬまで言われてるからね……」
反面、誠也と彈と悠の成績下位のメンバーは、ますます不安な気持ちを煽られていた。小太郎くらい上手く動けなければ、実戦で殺されてしまうのだと改めて感じたからだ。
-
それから1ヶ月間、悠達は必死に訓練に取り組んだ。
必死に訓練に励んだ甲斐もあり、悠と彈は新人慈衛員程度にはワルキューレを乗りこなせるようになり、大輔と小太郎は有栖川曰く「現場なら小隊の指揮を任せてもいいレベル」にまで成長し、特別クラスで1番の問題児だった誠也は、反応の遅れ等はあるものの、なんとかスムーズにワルキューレを操作できるくらいにまでは安定してきていた。
それぞれの戦闘スタイルも確立してきており、有栖川が心配していた「チームワーク」も本当に少しづつだが各々に意識され始めていた。
小太郎と彈は近接戦闘を得意とし、誰よりも早く敵の主力に近づいて一撃目を食らわせ、積極的に攻撃を仕掛けていくスタイルを取り、中距離の戦闘が得意な悠と誠也は低級モンスターを蹴散らしながら、最前線でモンスターを叩く小太郎と彈を援護し、4人に前線を任せた大輔は、ガトリングガンで外さない遠距離攻撃を行う、というのがこの特別クラスの得意とするのが基本の陣形になっていた。
本当にできるのかと思っていた進級当初から技術もそれなりに付き、どうにかあと10日程で訓練が全員無事に終わりそうだという時に、事件は起きた。事の始まりは、作戦司令室に入った一本の通信を、とある女性研究員が取ったところからだった。
「-ですから、先ほども申し上げましたように、あの子達はまだ訓練中でして……!」
『こちらは場合によっては全滅の恐れもある!戦う力をもっているのならばー!』
通信相手は大声でそう話し、研究員も困り果てていた。
相当に逼迫しているのだろう、作戦司令室の隣に設置された救護室で分厚い鉄のドアを閉めて、救急箱をガサゴソ言わせながら訓練中にワルキューレごと横転して怪我をした誠也と、手当をしている彈の耳にも通信の内容が筒抜けてきた。
「なんの話してるんだろ……?」
「なーんか、めんどくさそうな話みたいだな」
ただごとではなさそうな研究員と慈衛隊員の会話をなんとなく聴きながら、彈は誠也の手当をした。
「もしかしたら、行けって言われたりすんのかな?」
「!?や、やめてよ!僕はまだ……、」
「やれやれ、何事ですかぁ?」
騒ぎを聞きつけたらしい有栖川が、作戦司令室に入室してきたらしく、聞き慣れた便所サンダルの音がペタペタと救護室の方にも響いてきた。研究員が事情を説明すると、有栖川は考える間もなく発言した。
「仕方ありませんけど、出撃させましょう。最後の砦である慈衛隊がやられてしまっては元も子もありませんからねぇ」
「本気ですか有栖川博士!?あの子達はまだ……!」
「どうせ10日もすれば嫌でも戦場に行くんですよぉ?場馴れですよ、場馴れ。いい機会じゃありませんかぁ」
救護室で聞き耳を立てていた誠也は、有栖川の決定に絶望を全身で感じて錯乱し始めていた。
「ど、どうしよう!ぼ、ぼ僕、戦うとか、できなっ、し、死んじゃう、死んっ……!!」
「落ち着けって誠也!」
「いやぁ、説明の手間が省けてありがたいですねぇ」
ガチャン、と救護室のドアが開き、有栖川がにこやかな笑顔を浮かべながら、錯乱する誠也とそれをなだめる彈を見下ろしていた。自分たちが聞き耳をたてていることにいつから気づいていたのだろうかと思うと、彈はゾッと背筋に悪寒が走った。
「今から君たちには、お隣の『豊島第2区』に向かってもらいますぅ。本来なら大人たちが防衛する場所なんですが、聞いたとおりですのでぇ」
その話を聞くと、誠也は更に錯乱した。頭を抱え身を捩り、出撃する前に壁に頭でも打って死んでしまうのではないか、と思うほど暴れ始めた。
「い、いやだあああああぁぁアァァ!!!行きたくないいいいい!!!!」
「……参りましたねぇ、こっちも人の命が掛かってるんですけどねぇ」
有栖川は白衣の胸ポケットから薬液の入った注射器を取り出すと、誠也に見えるようにひらひらと降ってみせた。彈は思わず有栖川の前から遠のき、注射器の行く末を見失わないように、しっかりと見据える。
「な、なんだよ、それ……っ!」
「ちょっとした向精神薬ですよぉ。戦場に行くのが怖くなくなるお薬だと思ってもらって構わないですぅ。いやぁ、渡部くんのような子供は間違いなく出ると思ってましたからねぇ、密かに何人かで作ってたんですよぉ。まだ効くかもわからないような試作段階ですけどぉ」
それを聞いた研究員はガタン!と立ち上がり、「有栖川博士!」と声を上げた。この女性研究員は、この向精神薬とやらの開発に関わっているのだろうか。
「博士!それはまだ、子供に打っていいような成分ではっ……!」
「えぇ~、仕方ないでしょう?使えないものを使えるようにするのだって、私の仕事の内ですからねぇ」
それに子供の治験者なんてなかなか手に入りませんしねぇ、と有栖川は恐怖を煽るように注射器から少量の薬液を出してみせる。
「さ~て、どうしますかぁ?これを打って行くか、打たないで行くか、どちらか選んでくださいねぇ」
研究員の様子から、注射器の中身がタダの向精神薬ないことは、彈も誠也もはっきりとわかっていた。
「い、らない、です……自分で、いきま、す……」
「そうですかぁ?残念ですねぇ」
有栖川はとても残念そうに注射器を仕舞うと、「では、すぐに全員こちらへ招集しますので、準備しておいてくださいねぇ」と、何事もなかったかのように去っていった。
「まさか薬盛ってまで戦場に出すとは思わなかったぜ……大丈夫か誠也?」
「う、うん……」
誠也は口では平静を装っているが、完全に膝が笑っている。彈は誠也に手を貸し、とりあえず近くの椅子に座らせると、他のメンバーの集合を待つことにした。