最低の國 5
悠達は、濃密過ぎるオリエンテーションを経て、遂にこれから1年間過ごすことになる自分達の部屋に案内された。
校舎の1階の一部が男子寮、2階が女子寮になっており、それぞれが特別クラス専用の居住区となる。もちろん、旧校舎を改築したからといって、1人にひとつの個室なんて特別な待遇ではなく、2人ひと組の相部屋だ。
そんな男子寮の201号室に、彈と誠也が入室した。
相部屋の相手は、決めるまでもなかったらしい。
部屋は、机と椅子、そして2段ベッドだけがきっちりと壁に沿って収まっているだけの部屋と、トイレが別にひと部屋づつという間取りだった。言ってしまえば「手狭」なこの相部屋は、おそらくすべて間取りは同一だろう、と彈も容易に想像できた。机のそばにある唯一の窓には、脱走防止のためか鉄格子がはめられており、ますます特別クラスは「隔離」されているというのを思い知らされた。
「……刑務所かよ……」
思わず彈はそう漏らした。
しかし、同室となった誠也は反応しきれず、また静寂が部屋を支配しようとしかけた。が、
「に、2段ベッドどっちがいい……?」
誠也なりに気を聞かせたのか、2段ベッドの話題を彈に振る。
「お前……いや、アンタ好きな方でいいけど」
「お前」という言葉を使いかけた彈は、慌てて訂正した。仮にも年上の人間、しかも性格がまるで噛み合わない人間と、卒業まで同室という慣れない環境。彈はとにかく円滑なコミュニケーションを取ることだけを考え、無闇やたらな衝突は避けるのに徹することにしたらしい。
「ぼ、僕どっちでも、平気かなぁ、なんて……」
「じゃあ俺、下でいい」
彈は持ってきた荷物の整理を始めるでもなく、どかん、とベッドに腰を下ろした。その音に「ひっ」と誠也が短い悲鳴とともに怯える。ちょっとしたことでも驚き、怯えてしまうらしい誠也に、彈はストレスを感じていたが、彈は誠也に謝らなければならないことがあった。
「あのさ、さっき……、その……悪かったな」
「えっ……?」
「いや、ダブったって俺が言っちまった話……。つい、口から出ちまったんだけど、人前であんなこと言うべきじゃなかったよな」
彈は彈なりに、先ほどのことを気にかけていたのだ。
最早「学校に行かない」という選択肢を選べないこの場所で、誠也が病んでしまっては彈も困ってしまう。彈のそんな考えなど知りもしない誠也は失礼ながら、彈という人間が人に謝ることに対して物凄く驚いていた。
「人に従えない不良」を全身で表現しているように見えた彈だが、誠也はこの一言で考えが変わった。見た目は不良だが、中身は普通の中学生なのだ。
「き、気にしないでよ!僕がダブってるの、事実、だし……」
そう言いながら、どんどん声が小さくなっていく誠也。自虐ネタにするには、重過ぎる話だ。
「ほんとごめん……って謝るだけじゃもっと悪いのか」
うーん、と彈は少し考える。お互いがお互いに遠慮し合っているこの状況は、お互いに更なるストレスを産むことになる。
「じゃ、じゃあ、僕のことを年上扱いしない、ってことで貸し借りナシ、にしない?」
「いいのか?そんなもんで」
「1人だけ違う、っていうのは……やっぱり、浮いちゃう、から、さ」
どうやら誠也は、人と違うということに恐怖を感じるらしい。
過去に何があったのかはわからないが、これ以上踏み込んではまた誠也がかたまってしまいそうだと思い、今回に限って彈はその件に触れないことにした。
「そういうことなら……、よろしくな渡部」
「誠也、でいいよ。そっちの方が……その……と、もだち、っぽいし?」
人間のタイプはまるで違うが、意外と悪くない組み合わせかもしれない、と彈と誠也はお互いにそう思っていた。
-
隣の男子部屋202号室。ここには小太郎と大輔の、仲良しコンビが入ることになった。
「ねぇ大ちゃん」
「なに?小太郎」
「あの戦闘機、どう思った?」
「ワルキューレだっけ。ニュースで見たのと少し変わってたけど、まぁダサいと思うよ。俺はね」
おそらく、大輔がテレビで見たと言っているのは、旧式の戦闘機【ヒルド】のことだろう。新型のワルキューレと旧式のヒルドは兄弟機ということもあり、似た形状をしているのだが、そのどちらも大輔の気に入るデザインではなかったらしい。
旧知の仲らしい2人は、彈達の部屋のような緊張感やちょっとしたゴタゴタもないようだった。ベッドの位置はもう決まっているのか、小太郎は上段でゴロゴロしながら、昼間のように冷たい反応ではなく、とても楽しそうな様子で大輔と会話している。大輔は大輔で、机の傍を陣取り、持ってきた少ない荷物を片付けている。
「本当にあれに乗るのかな、俺達」
「なんか実感湧かないね」
「でも、座って勉強よりはマシかなぁって」
「小太郎らしいなぁ」
小太郎には、普通科クラスに返り咲くつもりなんて更々ないのである。次のテストが上手くいったとしても、最初から作っていない自分たちの入る隙間は、もうあの本校舎から完全に消滅していることがわかっているからだ。大輔も、普通科クラスに戻ったところで様々なハンデがあることをわかっており、戻りたいとは考えていなかった。
「あ、でも色んなトレーニングとかはダルいかも」
「なんでも最初にダルい、って言っちゃうもんなぁ小太郎は」
「ダルいもんはダルいよ」
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唯一の女子部屋101号室。
こちらはこちらで、恐ろしく気の合わない2人が共同生活を始めようとしていた。
「鳴海ちゃん、ベッドどっちがいい?」
既に窓際に並べてある机のひとつを勝手に陣取り、ノートパソコンの配線もバッチリな鳴海に、悠は気を利かせて話題を振った。
「どちらでも」
鳴海は、悠のほうを見もしないでそう答えた。流石の悠も、これは少し悲しい。
「じゃー、あたし上ー!いやー、あたし兄弟とかいないからさー、2段ベッドとかちょっと憧れだったんだよねー!」
「そうですか」
悠が思い切りベッドの上段に飛び乗り、オーバーなリアクションを見せるも、鳴海はまたそっけなく答えた。いままでの悠の経験からすると、ここからお互いに兄弟がいればそんな話をし、その流れで家族の話等に広がっていくはずだが、思ったとおりにはならなかった。
(……変わった人だなぁ)
悠はまた漠然とそう思った。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。長くても1週間程度の付き合いなのであれば、多少反応の悪い相手でも妥協したが、ここから1年間一緒の部屋で過ごすのだ。このままの雰囲気で1年間も過ごしていたら、この隔離された空間も相まって気が変になってしまう。
なんとか話題をひねり出さなければ、と悠は必死に頭を回転させて次の話題を紡ぎ出した。
「……、鳴海ちゃん、仕事してるって話してたよね?どんな仕事してるの?」
「烏丸さんにはお話できない仕事をしています」
まさかここまで冷たいとは。
悠はいままで、自分の系統に合わない人間とも、そこそこうまくやってきた自負があった。所謂「ギャル系」と呼ばれる派手好きな人間や、教室の隅でいつもひとりのおとなしい「陰キャラ」と呼ばれる人間とも、誰とでも分け隔てなく接することができ、友達は少なくない方だと思っていた。しかし、いままでにないキャラクター性を持つ鳴海には、取り付く島もなさそうに思えた。
しかし、何度も言うように、このクラスに女子は2人しか存在しないのだ。何が何でも諦めるわけにはいかない。珍しく人間関係で逼迫している悠は、なんとか話を続けねば、と必死に話題を絞り出した。
「んと……、地下のロボットのこと、少し聞いてもいい?」
「私でお答えできる範囲でしたら」
悠なりに考え、鳴海が興味を持ってくれそうな話題を選んだつもりだが、また鳴海はこちらを見ずに話す。ノートパソコンを開いて机に向かっているということは、おそらく仕事とやらに掛かるのだろう。嗚呼、鳴海にとって今の自分はノートパソコンよりも無価値なものなのか、と少し悠はくらくらした。
「鳴海ちゃんは、あのロボットに乗ったことあるの?」
「ええ、旧型のほうですが。既に訓練も修了し、2年ほど前から搭乗していますわ。最近は指令側に回りましたので、乗っていませんが」
「2年前って、中学校入ったばっかり!?」
「いいえ。私は既に大学に通っておりました」
「あ、あぁ、そっか」
それから何度か会話は途切れそうになったが、悠が必死に様々な話題を振ったのが功を奏したのか、鳴海は飽きずに会話のキャッチボールのまがい物に、なんとか付き合ってくれた。
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翌日から有栖川監修の元、特別クラスも本校舎と同じく通常授業に入った。
既に配布されている時間割り通りの授業内容で、午前中は全て基礎トレーニングという名の体力作りに当てられ、現在鳴海を除いた悠達5人は旧校舎内の急ごしらえのグラウンドで、マラソンに励んでいる。鳴海は有栖川に「助手をお願いしますね」と頼まれ、有栖川の隣で何かのデータの計測をしている。
有栖川は、中学生の運動部員がなんとか付いていかれるレベルにトレーニングの内容を設定し、とにかく1ヶ月間で不規則な出動になんとか耐えられるレベルにまで体を整えるのが、最初の目標だと言っていた。この時点で特別クラス全員は、政府は最初から誰も普通科クラスに戻す気などないことを悟っていた。
「どうやら、政府が発表していたデータは本物のようですねぇ。中学生の運動能力は確かに低下していますねぇ……」
「そのようですね」
「1ヶ月でどの程度使えるようになりますかねぇ?」
「……なんとも申し上げられませんね」
有栖川は、普通の教員のように指示をしたりすることは皆無に等しく、体力作りのプログラムを全員に配布し、グラウンドの日陰でパソコン片手に1日のノルマをこなす特別クラスを見ているだけという、PTAにでも見つかればそこそこな問題に発展しそうなスタイルを採って、大人の目で悠達を観察していた。
「……、グラウンド20周、の次、は筋トレ……っ?」
「これ……っ、中学、生にやらせる、レベルの話じゃ、ねーだろ……!」
「あの人……っ、教員免許、あるって、いってたけど、ほん、と、かな……っ!」
各々が、ぜえぜえと呼吸をしつつ、有栖川には聞かれない遠い場所で悪態をつきながら、なんとかグラウンドをぐるぐると周回している。小太郎と大輔は、有栖川に弱いところを見られたくない一心で、表情を変えずに一定のペースを保って走り、運動があまり得意ではない誠也はフラフラで、なんとか彈に助けられながら走っている。悠は、吹奏楽部時代に肺活量を付けるための走り込みをやっていたため、走ることは苦ではないが、男子に合わせたトレーニングの量にかなり疲弊していた。
「ここで疲れている暇はありませんよぉ。午後にはワルキューレのシュミレーター訓練もありますからぁ」
「わーってるよ!!」
涼しい日陰に座り、指示を出すだけの有栖川に、彈は思い切り怒鳴ってやった。しかし彈の、一見荒く見える気性とは裏腹に、誰かがが倒れれば「連帯責任」と称して、何があるかわからない、という昨日の教訓から、誠也や悠に「大丈夫か?」と声を掛けながら、トレーニングをこなしていた。
「は、はは、松崎くん、だっけ?すごい、ね。話しながら、走れる、な、んて」
「無理っ、すんなよな、お前っ、女、なんだから、よ」
「ぼ、僕は、もう、む、りっ……!」
「お前はもーちょい頑張れ!!」
(思ったより早い段階で、松崎くんはチームワークの必要性が意識できてますねぇ。やっぱり、彼にとって家族を人質に取ったのは正解でしたねぇ。)
彈達の様子を見て、有栖川はノートパソコンにまたカタカタとメモを取った。
(しかし、問題なのはあの2人ですか……)
有栖川は悠達とは反対側をマイペースに走っている、大輔と小太郎を見やる。2人は2人以外と、会話らしい会話もしなければ、表情ひとつ変えることなくただノルマをこなすために走っていた。「初日だから」という理由だけではなく、あのふたりの性格ではチームワークの意識は難しいかも知れない、というのを有栖川はすでに見抜いていた。
(無理に仲良くしろ、とは言いませんが、早いうちに壁を壊してしまわないと、実戦で影響しますねぇ……。さて、何をしたものか……)