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最低の國  作者: 糯
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最低の國 4

 7人分用意されたお茶が有栖川のものにだけ手を付けられ、他の6杯は手を付ける余裕も与えられず、既に冷めきってしまった頃、有栖川は百科事典のように分厚いファイルや、極秘機密だと言われている様々な書類を片手に、特別クラスに関して話せることをすべて説明した。


 新年度から公にせず変更になった法律の内容と、そうせざるを得なくなった経緯の説明、正体不明のモンスターについて現在解っていることや、有栖川自らが開発したという戦闘機【ワルキューレ】の性能やらを、丁寧にわかりやすく説明していた。


 それに加えて有栖川は、先ず1カ月間は訓練を受け、操作方法や救命のやり方などを身につけること、訓練修了後はすぐ正式に担当地区の防衛に配属され、自分の担当区にモンスターが現れればいつ何時でも、出撃しなければならないことも話した。


 いつやってくるのかわからない敵に、自分の時間を縛られてしまうだなんてとんだブラックだ、と悠と彈は気持ちの奥底で同じことを考えていた。


 「さーて、これで特別クラスの真意については一通り説明し終わったわけですけど……、何か質問ありますぅ?」


 有栖川からのその問いかけに、手を挙げて答えたのは意外にも、小さくなって震え上がっていた誠也だった。


 「あの……、どうしても、本校舎には、普通の生活には、戻れないんです、か……?」

 「おっと、話し忘れていましたねぇ。もちろん救済措置は御用意してありますよぉ」

 「っ!本当に……!?」

 「これも政府からの規定で、定期テストで全教科満点を取った後、本校舎へ戻るための実力テストに合格する、というのが条件になってますけどねぇ」


 一瞬きらりと光った誠也の希望は、これまた一瞬にして消滅してしまった。

 定期テストで全教科満点を取らなければならない上に、その先にもまたテストがあるだなんて、特別クラスの生徒でなくても難しい話だ。誠也はまた顔をくしゃくしゃに歪めて、下を向いてしまった。 


 「ま、ここから出たいのなら、自分は将来この国で役に立てる人間だ、というのを数字で証明してもらわなければ、ってことですねぇ」


 聞けばこの有栖川という男はとてつもない男だった。

 モンスターに有効な戦闘機の開発の殆どを一人で行い、量産まで漕ぎ着けた、ロボット工学の権威だと言われる男だったのだ。その事実を知らされた時、頭のいい人間はやはり言うことが違う、と悠は心の奥底で有栖川に唯一優っていると思われる人間性に皮肉を言うことしかできなかった。


 「質問、いいスか?」

 「ええ、どうぞ」


 今度は彈が手を上げる。


 「訓練について行けなかったら、どーするんスか?」

 「もちろん戦場には出て頂きますよぉ。出来ていようが出来なかろうが、特別クラスに在籍していることは変わりませんからねぇ。中学校は義務教育ですしぃ」


 それに出来る人の盾くらいの役になら立てるでしょう、と有栖川が付け加える。


 「使えねー奴は命捨てろってことかよ……!」

 「まぁ、そんなところですねぇ。さっきも言いましたけど、今戦場に出られる人間は限られてるんですから、國を守れることに是非誇りを持って戦って―」


 「何が誇りだよ!!」


 ついに彈の堪忍袋の尾が限界を迎えた。立ち上がって大声を張り上げるが、当の有栖川は微動だにしない。その代わりに、隣に座っていた誠也が彈の剣幕に怯え、必要以上に体を震わせて怯えている。


 「俺達はタダの中学生だぞ!?あんなロボットで戦うとか有り得ねぇ!」

 「タダの中学生だなんてそんなに謙遜することはないですよぉ?【成績不良や素行の悪さで普通科クラスから振り落とされた最高のドロップアウト集団】じゃありませんかぁ」

 「っんだと!?」


 遂に、有栖川に掴みかかろうとする彈。しかし、有栖川はぴくりとも表情を変えず、気味の悪い笑みを浮かべている。


 「私を殴りますぅ?それもいいですけど、君の身柄だけが我々の手中にあるわけではない、というお話を加えてみたらどうしますぅ?」


 彈の動きがびくり、と止まった。


 「特別クラスに居るということは、何事も自分一人だけの責任ではないんですよぉ。なんだって連帯責任ってことになってるんですよぉ。それも、とびっきりの、ですよぉ」

 「今度はなんだってんだよ…!」

 「国の意向で、特別クラス在籍者は血縁者すべてが政府の管理下に置かれることになってるんですよぉ。君達の家族にはもう既に政府から監視役が送られている手筈になってるんですぅ。要するに、君たちが何か怪しい行動を起こしたりすれば、すぐに手を下せる環境が整ってるんですよぉ。」


 特別クラスの全員の連帯責任はもちろん、果ては各々の家族までもが政府の手の中に居る。つまりはひとりひとりに非常に多くの人質が居ることになっているというのを、有栖川はこの一瞬でこの場の全員に説明した。


 「言うこと聞かなきゃ、身内ぶっ殺す……ってか?」

 「そうでもしないと逃げられてしまいますからねぇ」


 彈には、握った拳を解くこともできず、とにかく様々な勢いにまかせてもう1度、ドカン!と椅子に戻る道しかなかった。


 「何故、中学生の徴兵を?」


 流石の無関心コンビも黙っていられなかったのだろう。大輔が落ち着いた様子を装いながらも、憎しみを込めた視線で有栖川に質問する。小太郎は小太郎で、無言のまま有栖川を睨みつけている。


 「徴兵だなんて人聞きの悪い。中学生レベルの勉強も出来ない、使い勝手の悪い子供を政府がわざわざ使ってやってるんですよぉ。住む場所も食事も用意してもらって最先端の訓練まで受けさせてもらえる高待遇を有り難く思うべきじゃぁないんですかねぇ?……と、まだ君達のような子供には、低コストで物事を処理することの大切さなんて、わかりませんかぁ」


 いままで溜め込んでいたのか、有栖川は盛大なため息を吐きながら、芝居がかった口調でバカにしたように一気に吐き捨てた。


 「コストって、そんな道具みたいに……!」

 「勝手ばっか言いやがって!つーか、お前もなんか言ってやれよ!おかしいだろ、こんな話!」


 彈は、黙って有栖川の話を聞いていた鳴海のブレザーをくいくいと引っ張った。鳴海はうっとおしそうに彈の手を振り払い、立ち上がったかと思うと、


 「いえ、私は何も申し上げることはありませんわ」


 誰も予想していなかった返事をした。


 小太郎すらも不思議そうな顔をし、彈は怒りと驚きとで混乱の表情を見せる。これには、誠也も声を上げ、悠も立ち上がってしまった。


 「明星さん!?」

 「お前、おかしいと思わねぇのかよ!?こんだけボロクソ言われてんだぞ!」


 混乱する誠也と彈に何の反応もせず、鳴海は席を立ち、有栖川の正面に立つと、あろう事か深々とお辞儀をした。


 「お久しぶりです、有栖川博士。ご挨拶が遅れまして大変申し訳ありません。」

 「ええ、お久しぶりですねぇ。って、もしかしてあまり話さなかったのって、挨拶出来なかったのを気にしてたんですかぁ?」

 「ええ。その通りです」

 「相変わらず律儀な人ですねぇ、あなたは。嫌いじゃないですよぉ、その精神」


 瞬間、空気が凍り付いた。


 有栖川は、鳴海のことを知っている。

 そして鳴海も、有栖川のことを知っている。

 教員という仮の姿ではなく、『博士』としての有栖川をだ。


 「ちょっ、知り合い!?」


 整理の付かなくなった悠が声を上げる。


 「よかったんですかぁ?もう種明かしなんてぇ」

 「いずれわかることですから。知るタイミングが早いか遅いか。それだけです」


 最早何を言えば良いのかも分からなくなり、声も出ない悠達に、有栖川は「では、改めて皆さんにご挨拶しましょうかぁ」と鳴海に促した。


 「改めまして、明星 鳴海と申します。政府からの指示により、特別クラス一期生の監視役として、神聖学園に転入して参りました。御迷惑はお掛け致しませんので、1年間宜しくお願い致します。」


 「か、監視役だぁ!?」


 彈が今日1番大きな声を上げた。

 あまりの声量に悠達は怯んだが、鳴海は微動だにしなかった。


 「そういうわけで、彼女は政府から送り込まれた特別な子なんです。君達と違って、とーっても優秀なんですよぉ。もう飛び級で海外の名門大学を卒業していますしねぇ」


 有栖川は自分の子供を自慢するかのように、鳴海を褒めちぎった。

 しかし鳴海は、心を動かされないのか、リアクションは一切見せなかった。


 「君達は特別クラス一期生ですからねぇ。今後のための様々なデータが取れる大切なサンプルってわけです。もちろん、大人も要所要所で監視はしますけど、年の近い人間の目線も欲しいと思いましてねぇ」


 さらに有栖川は、法改正後初めての特別クラスとなる、この学校の特別クラスにだけ監視役を潜り込ませるという措置を取っていることを明かした。これぞ本当の意味で特別クラスですねぇ!という皮肉まで付けて、とても丁寧にねちねちと説明してくれた。


 「では、有栖川博士の仰る通りですので、皆さん、私のことは気にせず、特別クラスらしい学校生活を送って頂ければよろしいですわ」

 「今の話聞いて普通にできる子なかなかいないと思うんだけど…」


  思わず悠が突っ込みを入れたが、鳴海はまた動じない。


 「それじゃ、落ち着いてきたところで訓練の話に戻しますが、すぐに明日から始まりますからねぇ」


 あ、もちろん鳴海さんは受けませんから、有栖川は付け加える。

 鳴海はそれに「承知しております」と返答した。


 「本物のモンスター達とぶつかり合うまでの1ヶ月間、君達には訓練に励んで貰うことになります。もちろん、訓練だからって危なくないとは限らないわけですから、そのつもりでお願いしますねぇ」

 「……本気かよ?」

 「そりゃあ本気ですよぉ。政府のモンスターに対する措置の取り方は、本気以外の何物でもありませんからぁ」


 まさか14歳にして、生死をかけた戦場に立たされることになるとは、悠達は誰も考えていなかった。誠也に至ってはこの事実に、青白い顔で今にも泣きそうな程に震え上がっている。それを見つけた有栖川は、面白そうな玩具を見つけた様な生き生きとした表情で、誠也の眼前まで歩み寄った。


 「怖いですかぁ、渡部くん?」

 「こ、怖いに決まって、ます!」


 あまりの恐怖に上擦った声しか出せない誠也。意地の悪い大人だ、と悠は有栖川を睨んだ。有栖川はそれに気付いているのかいないのか、厭らしい笑みを浮かべる。

 

 「渡部君は他と違って頭が悪いわけじゃありませんからぁ。それに、今回の戦闘機は旧型よりも操縦を簡単にしましたし、すぐ実戦でも困らない程度に身につくとおもいますよぉ。なんたって君は頭もいいし、なにより皆より1つだけお兄さんですからねぇ」

 「!」


 誠也の顔から血の気が引いた。


 「お前……、留年してたのか、?」


 そこへ彈の容赦ない質問が飛んだ。もちろん、彈本人に悪気はない。しかし、誠也はその質問には答えられず、ひとりで全身の血の気が引き、絶望を全身で感じていた。


 顔色が真っ青になっていく誠也を尻目に、有栖川はまた、嫌味にニヤニヤと笑っている。政府の人間というのは、全員こんなにも厭らしいのだろうか、と悠は不思議にすら思った。この事実には大輔と小太郎も驚きを隠せないらしく、表情は険しかった。


 「あー、そうそう。これ、これからの時間割になりますぅ」


 有栖川は、誠也を圧迫するのをやめると、いつから隠し持っていたのか、時間割表を全員に渡した。しかし、これもまたデタラメな時間割表をしていた。


 「訓練、ばっかり……」


 悠の言う通り、月曜日から土曜日までの時間割は、時間だけなら普通の中学生のものになっているものの、8割は勉強ではなく、訓練か体力作りのための「基礎トレ」や、ワルキューレの訓練なのであろう「シミュレータ訓練」という項目になっていた。


 まともに座って勉強する時間は、時間割には週3、4時間程度しか書いていない。これで普通科クラスに戻るための条件があの条件だ。政府は特別クラスの生徒を逃がすつもりなどないのだ。


 「一応これが1ヶ月間の時間割ですが、様々な分野で足りないものがある方はガンガン補習が課されますから、そのつもりでお願いしますねぇ?」


 有栖川の嫌味ばかりがやけに響いた。

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