最低の國 3
「さて、休憩ついでの自己紹介も終わってお互いの名前もわかりましたし、今度はこの校舎の設備について紹介しましょうかぁ」
黒いノートパソコンをまた脇に抱え、ゆっくりと立ち上がる有栖川。また「情報の漏洩」という名目で、すべて口頭で紹介されるかと思いきや、「こちらへ付いてきてください」とクラス全員に教室の外へ出るよう促した。ガタガタと席を立ち、特別クラスの面々は有栖川に続いて歩く。
(設備の紹介って……何か特別なものでもあるのかな?)
頭ではそう思うが、悠は有栖川に直接尋ねるということはしなかった。誰も声を出さない殺伐とした雰囲気に、悠はもう疲れてきてしまっていたのだ。
「では、ここからはエレベーターで移動しましょう」
いつのまにかエレベーターの前に連れてこられており、タイミングよくそこで待っていたそれに全員が収まった。エレベーターのボタンは1から3までしか付いておらず、この建物が地上3階建てで構成されていることがわかる。その程度の広さならば、なにもエレベーターに乗る必要はないのでは?と悠は不思議な顔をした。
「では、下へ参ります」
「へ?」
思わず彈が声を上げる。
現在、悠達のいる階は1階。もう一度ボタンを見てみるが、ここが一番下の階のはずだ。これより下は存在しないはずなのだ。
有栖川は白衣のポケットから小さな鍵を取り出すと、エレベーターの鍵穴にさして回す。エレベーターが扉を閉めて動き出す。足元がふわりと浮いたような浮遊感を感じ、有栖川の行った通り、下に下がっていっているのを体感する。
「ほんとに下に行ってる……!?」
「おい、これどういう―!」
「まあまあ、着いてからお話しますよぉ。」
それとエレベーターの中では私語は厳禁ですよぉ、と有栖川は不機嫌を前面に押し出している彈に軽く釘を刺した。
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エレベーターはしばらくの間止まる様子もなく、下へ下へと下がっていた。距離にして地上とどの程度違うのか、無言のエレベーター内で悠は考えてみたが、この密閉された空間の圧迫感のほうが勝ってしまい、考えがまとまることはなかった。
(これだけ低い場所にあるなんて、普通の設備じゃない……)
「さて、そろそろ到着ですよぉ」
ようやくエレベーターが停止し、ゆっくりと扉が開き、有栖川と悠達は、コンクリートが打ちっぱなしにされた壁に囲まれた、電気もまばらで薄暗い謎のフロアへ降り立った。
「なに、ここ……!?」
目の前に広がっていたのは、学校の設備とは遠くかけ離れた場所だった。
しゅんしゅんと常にどこでなにかの機械が動いている音がし、またエレベーターを降りた場所からは見えない奥のほうでは金属を切っているのか、硬い物同士が高速でぶつかり合う耳障りな音が響く。何人がこのフロアに居て、どこでなにをしているのか、まったく読み取ることができない悠達はただただこの薄暗いフロアへの不安を煽られた。
「ここが君たちの本当の【仕事場】ですよぉ」
明らかに学校の設備の範疇ではないその異質なフロアに悠達は最早、呆然と立ち尽くすほかなかった。
「おい!だから、これどういうことだよ!」
「ちゃんと説明してもらえるんですよね?」
わんわん、とフロア中に反響するくらいに混乱し、大声を上げる彈に続いて、大輔が有栖川に説明を要求する。小太郎は周りがそれなりに気になるのか、ぐるりと辺りを見回したかと思うと、退屈そうに欠伸をしている。鳴海も錯乱したりする素振りは見せず、この中ではおそらく誰よりも落ち着いているのだろう。
「もちろん、命に関わることですからねぇ。きちーんとご説明させていただきますよぉ」
「い、命に関わる、って……!?」
既に泣きそうな表情で有栖川を見る誠也。
「まずは、こちらへどうぞぉ」
有栖川は、照明も少なく数メートル先ですら見えづらい、非常に見通しの悪い通路へと歩を進める。あの暗い中になにがあるのだろうか。正直、付いていくのに気は進まないが、よくわからない場所で置いていかれるわけにはいかない、と気は進まないが悠達もそれを追う。
最早、数個の小さなスポット照明しか無い、水族館かなにかのように暗い通路を歩く。歩きながら、有栖川は悠達のほうを向かずに口を開いた。
「みなさん、この国の平和が保たれているのは、誰のおかげかご存知ですよねぇ?」
「……えっと、慈衛隊がモンスターから、守ってくれてるおかげ……ですよね?」
「そう、正解。昨年まではね」
誰も答えなかった質問に悠が答えると、有栖川から驚きの答えが帰ってきた。
「今年度からは法律が一部大幅に変更になりましてねぇ、君達がこの国の平和を守るんですよぉ」
「俺達が……なんだって……?」
有栖川のサンダルの音が止み、がちん、と何か大きなスイッチを入れたような音が響いた。
真っ暗だった部屋に突如、照明が点灯する。地上よりも明るいのではないかと疑うような、暑さすら感じるその光に有栖川以外の全員が目を瞑った。
「この、戦闘機【ワルキューレ】でね」
眩い照明に逆らいながら、各々がなんとか目を開くと、目の前にはテレビのニュースでしか見たことのない人型のロボットがこちらを見ていた。
3メートルくらいの大きさだろうか、人間ひとりくらいならすっぽりと入れてしまいそうなくらい巨大なドラム缶に、無理やり鎧を着せ、そのまま足と手をくっつけたようなシルエットの、正直なところあまり「かっこいい」とは呼べないずんぐりとしたそれ。
有栖川がワルキューレと呼んだ戦闘機の頭には、一昔前に発売されて話題となった「ヘッドマウントディスプレイ」を思わせる、横長のサイバーグラスのようなものが取り付けられており、おそらくそれが目線の位置なのだろう、となんとなくわかる。
太い胴体に比べて腕はとても細いように見えるが、関節は人間のそれと似たような仕組みで、手先は三股のクレーンゲームのアームを思い起こさせる形状をしていて、なんでもしっかりとつかめそうなつくりになっている。
細い腕とは反対に、2本の足はがっしりとした堅牢な作りになっており、太い胴体をしっかりと支えている。いかに胴体が重たいものなのか、足を見ればなんとなく伝わってきた。
整備中なのか、様々な太さのコードに繋がれて吊り下げられているのに、いまにも動き回りそうなそれは、シルバーのカラーリングが施された5体が並んで目の前でだらりと格納されていた。
「なんなんだよ、これ!」
「今日から君たちの仕事道具になる戦闘機ですよぉ。」
予期せぬ状況に悠は固まり、彈は吠え、誠也はますます縮こまっている。
大輔と小太郎は無言だが、これ以上周りからなにか出てきやしないかと警戒し、鳴海は何を考えているかまるで読めない。各々が各々の中で混乱しているのは、誰の目から見ても明らかだった。
「さぁて……特別クラス、いえ、【第六区防衛部隊】に配属された皆さん。改めまして、進級おめでとうございますぅ。」
困惑している悠達を面白がっているのか、有栖川の表情は厭らしく歪んでいる。まず間違いなく「おめでとう」だなんて思っていないことがわかる上に、この状況を把握しきれない悠達を見て完全に楽しんでいる。
これが有栖川の本性だというのに気付いたのは、おそらく悠だけではなかっただろう。
「意味わかんねぇ!説明しろよ、説明をよォ!!」
彈の大声がフロアに響き渡る。
有栖川はいい加減、うっとおしそうに「ちゃーんと説明するってお話してるじゃありませんかぁ」、とまた先ほどの調子で話す。
「まぁ、さっきよりも話は長くなりますし、座ってお話しましょうか」
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悠たちは、先程の格納庫が見下ろせる【作戦司令室】という部屋に通された。
てっきり、この校舎に大人は有栖川だけがいるものだと思っていた悠達だったが、作戦司令室には、政府の研究員らしき白衣の大人たちが10名ほど、なんだかわからない大きな機械を使い、忙しそうに仕事をしていた。
作戦司令室の大きなガラスから先ほどの格納庫を見やると、ワルキューレ5体がどこから出てきたのかわからない、メンテナンス担当らしき研究員達によって整備されているのが見えた。
お疲れ様でーす、と有栖川は作戦司令室の研究員達に挨拶すると、先ほどのワルキューレのデータをとっているらしい研究員の1人となにやら世間話を始めた。
「どうですかぁ?新型のワルキューレは」
「やはり旧式の戦闘機【ヒルド】とは段違いの性能です。有栖川博士の研究の賜物ですよ!」
どうやらあの戦闘機には、旧型の弟分が存在しているらしい。それも少し気にはなったが、悠はもっと別のことが気になった。
「有栖川、博士?」
悠は思わず声に出してしまった。さっきは教員だと言っていたのに、今度は博士だというのだ。
「おっと、そのあたりも詳しくお話しなければいけませんねぇ」
有栖川は邪気のない作り物の微笑みを浮かべる。
研究員の手前、そうしたのかもしれないが、悠は有栖川のその笑顔に背筋がゾッと凍った。
「では、こちらでお話しましょうかぁ」
作戦司令室内を抜け、ひとつ奥の部屋に悠達は通された。
所謂、小規模な会議室のようなつくりの部屋になっており、地下ということで窓はなかったが、有栖川を入れて7人が窮屈に感じない程度の広さの部屋だった。
「あ、話長くなっちゃうんでお茶もらえますかぁ?7人分」
有栖川は先ほど話しかけた研究員にお茶の用意を頼んでいるが、手は付けるまいと悠は心に決めた。おそらく全員そうするだろう。
「さーて、じゃあここからが本当の【特別クラス】の説明になるので、よーく聞いてくださいねぇ」
あ、さっきも言いましたけどメモはやめてくださいね、と有栖川は悠達にもういちど忠告した。