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最低の國  作者: 糯
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最低の國 25

 「あの……、話っていうのは……?」

 「ええ。あなたにだけにするとーっても大切なお話なんですよぉ」


 まるで通販番組を思わせるような有栖川の口ぶりに、悠は体を強ばらせた。この男の口からは、何が出てきてもおかしいなんてことはない。

 むしろ、口から出るくらいであれば、可愛いものかもしれない。もしも、有栖川のヨレヨレの白衣の懐辺りから鋭利なナイフが突然飛び出してきて、自分の心臓をひと突きにしたら。


 マイナスにマイナスを重ねた考えばかりが悠の頭を支配するなか、有栖川の脇に立っていた鳴海から悠に1枚の紙切れが渡された。


 「なに、これ?」

 「推薦書です」

 「なんの?」

 「特別に政府へ配属になる方への、です」


 悠は、細かい文字がびっしりと書かれたその紙切れをどうすればいいのかわからず、ただただ困ってしまうばかりだった。


 「要は、中学卒業後に正式に政府の構成員として採用してもいい、って事が書いてある紙ですよぉ」

 「えー……、っと……?」


 有栖川も鳴海も、意図的なのかそうでないのか、説明するにあたっての言葉がまるで足りない。悠は必死に胡麻のように小さな文字が並ぶその紙切れを読もうとするしかなかった。


 「今風に言うと、政府からの名誉あるスカウトって感じですかねぇ」

 「スカウト、って……なんでですか?それにもう、私達は特別クラスとして政府に配属になってるんじゃ、なかったでしたっけ?」

 「特別クラスは1年間限定の試作部隊として設置したもの、と御説明差し上げた筈ですよぉ。つまり、烏丸さんには、その1年間の枠を超えて、さらに政府とお付き合いできる資格を得た、といった話ですよぉ」


 この時点で、悠は有栖川の話に違和感を覚えていた。


 この秘密だらけの1年間限定・特別クラスを有栖川のような人間と、悪どい政府がそうやすやすと解散させるだろうか。

 それに、神聖学園の特別クラスのリーダーを任されているわけでもない、言ってしまえば「平隊員」の自分が、何故政府にスカウトされるのか。


 何か表立った活躍をした意識もない悠には、ただただ疑問が浮かんでいた。


 「えっと……、どうして私にスカウトなんか、?」

 「烏丸さんが隠し持っているお力が、今の政府に必要なんですよぉ。貴女のような才能あるお人はなかなか巡り合えませんからねぇ」

 「さ、才能?」


 悠は益々混乱してしまいそうだった。

 前述の通り、モンスターを大量に討伐したわけでも、劇的に成績が上がったわけでもない。座学関係に関しては課題の提出すらもしていない。

 こんな人間を、実力主義の政府が抱えたがるとは、悠には到底思えなかった


 「私にそんなに珍しい才能は無いと思うんですけど……」

 「とんでもない!そんなに謙遜されなくても、見ている側にはしっかりと伝わっていますよぉ」

 「な、なにかしましたっけ、私……?」

 「ええ。お1人であの癖のあるメンバーを団結させたじゃありませんかぁ。今井くんや坂田くんに関しては、私もどうした物かと考えていたんですが、烏丸さんは見事にあの2人をクラスの中へ取り込んだんですよぉ。」

 「取り込んだ、って言い方はちょっと……」

 「あぁ、これは失礼しましたぁ。まぁ、つまりは烏丸さんのカリスマ性を、我々政府で発揮して頂きたいというお話なんですよぉ」


 悠は、何故自分が政府に必要とされているかは、しっかりと理解した。しかし、自覚のない才能を、政府で遺憾なく発揮できるのか、という不安と、有栖川にしては話が上手すぎる、というのも感じていた。


 こんなに美味しい話を、本当に悠だけにしているのだろうか。


 「本当に、私だけにこのお話をされてるんですか?」

 「ええ、もちろんですよぉ。他の誰にも、スカウトのお話は来ていませんからねぇ」

 「それじゃあ1年後に、特別クラスが解散した後、今のメンバーって、どうなっちゃうんですか……、?」


 悠はおそるおそる有栖川にそう聞いた。


 「それは……、今の段階ではあまりお話できませんねぇ」


 ―嗚呼、やっぱり殺されるんだ。―


 悠は有栖川の雰囲気から、最悪の展開を読み取った。そもそも、秘密しかないこの中学生だけの部隊が、1年後には何事も無かったかのように世の中に復帰するなんて、そんな都合のいい未来を思い描いていた方がどうかしていたのだ。


 「実は、まだどのように社会復帰させるかが正式に定まっているわけではないんですよぉ」

 (……嘘だ)


 有栖川は困ったような顔で、先の事はわからないと言うが、悠は信用ならなかった。


 「前向きな検討をして頂けるのでしたらぁ……、現在最も可能性のある1年後のお話をして差し上げても構いませんよぉ?」

 「……よろしいのですか、有栖川博士」

 「可能性の話ですからねぇ。口止めされているわけでもありませんしぃ?」


 鳴海は、政府の秘密を悠に話そうとしている有栖川を咎めるような顔で見ている。

 しかし有栖川はそんなものは気にしていないのか、作り物の笑顔を顔に貼り付けてニコニコと笑っている。


 「前向きな検討、って……、今この場で決めろ、ってことですよね……?」

 「そこのとこの判断は烏丸さんにお任せしますよぉ。決して急ぎのお話ではありませんからぁ」


 悠は迷っていた。


 有栖川の言葉に他意はなく、もしも正式に政府の構成員になったら。


 自らの命は間違いなく保証され、今後はモンスターの襲撃時にも優先的に保護されることが確約される。最前線でモンスターと戦うこともおそらくは無くなり、命が明日終わるかもしれない、という恐怖から逃れる事もできる。


 親からしても、自分の娘が政府の元で一生働くとあれば、落ちこぼれていた娘が奇跡とも取れる這い上がりを見せた、と手放しで喜ぶに違いないだろう。


 しかし。


 (私の気持ちは、皆との関係は、どうなるの?)


 政府の元に下るというのは、現在の政府を良く思っていない特別クラスの仲間達を裏切る行為に等しい。


 しかし、政府直々のスカウトを断るというのは、場合によっては「反社会的・反政府的な考えだ」と取られ、厳しく罰せられる可能性もある。


 余談だが、現在の全体主義国家・弐本國は国の意向に従わない人間は「反政府的な人間」というレッテルを貼られ、子供だろうと大人だろうと関係なく、厳しい罰が下される恐ろしい国家だ。


 つまり、この話を断ればその行動を、命を持って償わなければならない可能性もあるのだ。


 まさに究極の選択を迫られている悠。

 しかし、悠の中にはどうしても、未来の栄光というものは、心を許せる仲間達を裏切ってまで手に入れなければならないものなのだろうか、という疑問があり、それをこの短時間で拭い切るのは無理があった。


 まだ15歳という、幼さと若さの入り交じった難しい所に居る悠には、この場での判断は付けられないのだ。


 「決めかねてるようですねぇ」

 「……すみません、やっぱり急には……」

 「いえいえ、今後の人生に関わる大事な事ですからねぇ。一度持ち帰って考えて頂いても構いませんよぉ?」

 「じゃあ……そう、させてください」


 悠はしっかりと頭を下げ、有栖川の言う通りに一度持ち帰って考えることにした、というポーズを決めた。

 究極の選択に、気持ちが動転したのはもちろん演技ではないが、まだ有栖川や政府の毒牙に掛かる前に、一度引くことを考えたのだ。


 「では、近いうちにお返事をお待ちしてますねぇ」

 「はい。じゃあ、私も潜入捜査訓練に行くので……」

 「ええ、頑張って下さいねぇ」


 悠は有栖川から受け取った推薦書を、綺麗に折りたたんで制服のポケットにしまい込むと、作戦指令室のドアを開け、部屋を後にした。


 (……なーんてね)


 作戦指令室と地上へ上がるエレベーターまでの短い廊下を隔てる鉄のドアに、悠はそっと耳を当てた。冷たい感触と共に有栖川と鳴海が話す声が、微かにだがなんとか聞き取れるくらいには聞こえる。


 「どうすると思いますぅ?彼女」

 「どうでしょうね」

 「なんなら賭けてみますかぁ?では、私は政府に下る方に賭けてみましょうかねぇ」

 「……遠慮しておきます」


 自身が賭け事の材料にされていることに、悠は不快感を覚えた。しかし、悠はまだ知りたい事がある、と気持ちをしっかりと保ち、ドアの前から離れることはしなかった。


 「しかし、意外と彼女も成長しましたねぇ。結果を求めて納得のいかないまま即決するかと思いましたけどぉ、思いとどまれるようになってたんですねぇ」

 「烏丸さんが周りを育てているのももちろんありますが、周りが烏丸を育てている、というのもあるのでしょうね」

 「不思議ですよねぇ、集団生活ってぇ」

 「それより……、先程、烏丸さんが直ぐに決断していたら、本当に先の話を明かすおつもりだったのですか?」

 「あぁ、それですかぁ。別に良いでしょう?さっきも言いましたけどぉ、口止めされているわけじゃあないんですからぁ」


 悠は全神経を扉の向こう側へ集中させる。


 「でも、政府もやっぱり人間ですよねぇ。特別クラス解体後はそれぞれに新しい戸籍とお金を積んで国内で散り散りにさせ、何もなかったかのように過ごせ、なんてぇ。相当お優しい措置だとは思いませんかぁ?」

 「……あくまで可能性の段階ですわ。これからの特別クラスの状態によっては、措置の内容も変更になるのではないでしょうか」

 「まぁ、そうでしょうねぇ。しかし、可哀想な落ちこぼれ達ですよぉ、ほんと」


 ドアの向こう側から聞こえてきた衝撃に、悠は血の気がサッと引くのを感じていた。隔離校舎に閉じ込められ、来年には全員の戸籍が書き換えられて、一般人へと復帰する。その一連の流れはまるで―


 (こんなの……、犯罪者じゃない……!)



 悠は部屋に戻るなり、机の引き出しを乱暴に開けた。


 引き出しの中にはいつぞやの、有栖川からのプレゼントで受け取った、ルメールというブランドの高級チョコレートのボックスが、手付かずの状態で入っていた。


 あの時、悠は確かにこの高級チョコレートを欲したが実際、中身には手を付けていなかった。というより、有栖川からの施しを全身で受け止めているような気分に陥りそうで、手を付けるのが躊躇われたのだ。


 「こん、なの……ッ!」


 悠は部屋のゴミ箱に思い切り、高級チョコレートを箱ごと叩きつけた。

誰もが羨むルメールのロゴは潰れ、華やかな中身はごろごろとボックスから逃げ出して、ゴミ箱の中に散らばる。


 「わかんないよ……!」


 悠は涙目になりながら、誰にも聞こえないくらいの声でそう言った。

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