最低の國 24
小太郎がクラスに馴染み初めてから、1ヶ月弱が経過しようとしていた。
最初は、小太郎の言葉の足りなさで、教室の内外に関係なく、彈とぶつかり合うことも多かったが、ここ最近はお互いに分かり合い始めたのもあってか、落ち着きを見せていた。
その証拠に、当初は席が指定されていないこともあって、それぞれがバラバラな場所を陣取っていたが、現在では教室の中心に鳴海を除いた全員が、席を移動していた。
そうしてみると一見、仲の良い者達ばかりの集まるクラスに見えるが、悠はこの席替えの流れに乗ってこない鳴海のことが気掛かりだった。
ただ一人、政府から監視役として送り込まれ、周囲と深い関わりを避ける鳴海は、このクラスで居心地の悪さを感じているのではないか、と悠は心配でならないのだ。
(このまま、皆が団結するのはいいけど、鳴海ちゃんは……?)
いつものように、出撃命令があるまで、自習と言う名の自由時間を教室で過ごす悠は、離れた席の鳴海を見やった。
彈は携帯電話を片手に大輔と話し、誠也は出来るはずのない課題を広げるも「やってもやらなくても変わらない」と小太郎に言われて、どうしていいのか悩んでいる。
余談だが、こんなに自由に過ごしている現在の時間は、一般で言う「授業中」である。
見る人が見れば「無法地帯」、とも言われそうなその状態。鳴海は有栖川の補佐の為に居なかったが、もしも鳴海がこの場に居たとしても、おそらくは表情ひとつ変えずに黒いノートパソコンで政府の仕事をしていただろう。
「……どうした?」
「えっ、と……なんでもない!」
小太郎が心配そうに悠に声を掛けたが、悠は適当に誤魔化した。
それと殆ど同じタイミングで、特別クラス全員の携帯電話が鳴り始めた。
それぞれがやっていた事を止め、携帯電話を開くと、出撃命令かと思われたそれは、有栖川からの「緊急ミーティング」の招集だった。
「緊急ミーティング……?」
「なんだ?あのおっさん……」
彈は文句を言いながら、地下に向かう準備を始めた。
「悪い事じゃないといいんだけど……」
「……さぁ、な」
悠達は5人まとまって、地下へと移動した。
―
作戦指令室に降りると、有栖川と鳴海が作戦指令室で悠達を待っていた。
「おや、皆さん。お揃いでいらしたんですねぇ」
「あの、緊急ミーティング、って、?」
「まぁまぁ、座ってくださいねぇ。しっかりお話したいのでぇ」
妙なまでに機嫌のよさそうな有栖川に、言い知れぬ恐怖感を覚えながら、悠達は作戦指令室の席に着いた。
ナチュラルハイともとれる有栖川の機嫌のよさと、悠達の不安な気持が入り交じり、非常に居心地の悪い雰囲気が作戦指令室を支配する。
「今回は皆さんにとある研究結果の御報告をしたいと思いましてねぇ」
「研究結果、って?」
「皆さんが出撃の度に持ち帰って下さった、モンスターのサンプルがありますよねぇ?こちらの解析が順調に進みまして、とても重要なことが発覚したんですよぉ」
有栖川の隣に立っていた鳴海は、研究結果らしき化学式のようなものが書かれた膨大な紙の束を、どさり、と悠達の前に広げてみせた。
これを読めという意味であるのはわかったが、一介の中学生でしかない悠達には、その化学式の意味はてんで分からず、なんとか読もうと努力したり、紙を裏返してみたりと各々様々な反応を示した。
「あぁ失礼しましたぁ。率直に申し上げますとねぇ、この国を苦しめるモンスターは、人間によって作られているらしい人口生命体だ、という説が、濃厚になったんですよぉ」
「人口生命体?」
大輔は、そんなSF的な話は信じられないと言うような顔で有栖川を見るが、嬉しそうにこの話をする有栖川の顔は意外にも大真面目で、冗談ではないことが解る。
「そんな漫画みてぇな話……」
「事実なんですよぉ、松崎くん?私も最初は信じ難かったんですけどねぇ、」
こちらもご覧下さい、と鳴海はまた紙の束を机に広げた。
「これは、?」
「とある製薬会社から発売されている薬の成分表ですよぉ。こっちは頭痛薬で、そっちが風邪薬ですねぇ」
「人口生命体と何か関係があるんですか?」
悠は両方の資料を見比べるが、何がどう関係しているのかさっぱりわからなかった。
「その製薬会社の薬の作り方と、人口生命体の作り方の癖が非常に似通っているんですよぉ。それに、似たような成分がどのサンプルからも検出されていましてねぇ」
悠達の表情が凍り付いた。
有栖川の言うことがもしも本当のことならば、この国は自分の国で商売をしている製薬会社相手に、多数の血を流してきたことになる。政府が必死に金を積み、極秘裡に中学生の徴兵をし、弐本人同士での殺し合いを長年に渡ってやってきたことになるのだ。
「……確証は?」
「それを確かめるのが、君達の役目ですよぉ」
資料の山で埋まりきった机の上に、有栖川はまた何かを置いた。
今度は紙の束ではなく、軍隊でよく見る迷彩生地の―
「サバイバルウェア?」
「政府で開発した特注品ですよぉ。今回の作戦に必要になりますので、皆さんにそれぞれ支給致しますぅ」
有栖川は、サバイバルウェアを置いた場所に1番近かった誠也に、記念すべき一着目を支給した。誠也は恐る恐るそれを手に取ると、服屋で品定めをするように、手で広げてみせた。
「……、別に普通、に見えますけ、ど……?」
「ええ。見た目は普通の洋服ですけどぉ、機能がまるで違うんですよぉ」
そこから有栖川はまた、ワルキューレの性能について語り始めた時のように、ひとりの世界に浸りながら、そのサバイバルウェアの事を語り始めた。
「このサバイバルウェアは、現在世に出ている物の中では最強を誇る繊維を使用していましてねぇ。絶対に切れないし燃えない、を売りにした究極のウェアなんですよぉ。それに、非常に軽くて丈夫な素材を使い、首や頭の部分にはエアバッグを仕込んでいましてねぇ。ビルの5階から飛び降りても絶対に怪我をしない、というのが実験で証明されていてですねぇ―」
「……要するに、凄いウェアなんですね」
このままでは有栖川の気の済むまで話が終わらないと踏んだ大輔は、かなり無理矢理に有栖川の伝えたい内容を一言に纏めた。
「それで、俺達はこのウェアを着て何をすればいいんです?」
有栖川はまた待ってました、とばかりに口を開いた。
「今回は少々特殊なお願いなんですがぁ……、こちらの製薬会社に視察に行って頂きたいんですよぉ」
有栖川は先程の、頭痛薬と風邪薬の資料を、ばしん、と叩いた。
しかし、その資料には製薬会社の名前は載っていない。
更に言うと、視察という言葉を有栖川は本当の意味で使っていない。
この場合の視察の意味は「抜き打ちの潜入捜査」を意味している。
ワルキューレに乗ってモンスターを蹴散らすばかりで、潜入捜査は未経験の悠達も、サバイバルウェアを受け取った瞬間から、その意味は把握していた。
「この製薬会社、名前は何ていう会社なんですか?」
「こちらの会社名は、細谷製薬という会社さんですよぉ。テレビでCMなんかも普通にやってますから、皆さん聞き覚えはあると思いますがぁ」
細谷製薬といえば、おそらく弐本でその名を知らぬ人間は居ない、と思われる程に有名な製薬会社だ。 一般の薬局やドラッグストアで市販される大衆薬ではトップシェアを誇る、まさに大企業だ。
「待った待った!そんなデカい会社に、俺達だけで潜入とか無理あるって!!」
「大丈夫ですよぉ。外にはナビ役に鳴海さんを待機させる予定で動いてますからぁ」
「そういう問題じゃねーって!ワルキューレでしか戦ったこと無い俺達じゃ、潜入捜査は専門外なんじゃねーかって話を―」
「あぁ、そんな心配ですかぁ。」
必死に無理だ、と訴える彈。
しかし、有栖川は全く気にも留めていない様子だ。
「心配しなくても、潜入捜査のプロにみっちり特訓して頂く予定ですし、ある程度皆さんの体はここ数ヶ月の訓練でしっかり出来上がってますよぉ」
「俺達の体の問題じゃなくて―!」
「それとも、まだ自分達は一介の中学生だ、とシラを切るおつもりなんですかぁ?」
有栖川の纏う雰囲気が一気に変わった。
必死に言葉を続けようとする彈だが、有栖川の雰囲気に気圧されて、息をすることすらも躊躇われる。
「もうあなた方は戻ることができない場所まで来ているんですよぉ?今更、自分達は何も関係ないだなんて言ったところで都合が良すぎる、ってものではないですかねぇ」
有栖川は、まさに「止めの一撃」を、特別クラス全員に突き刺した。有栖川のその言葉に、悠達は誰も何も言い返すことはできなかった。
「では、何も無いようでしたら、すぐに着替えて潜入捜査訓練に入りましょうねぇ。……っと、烏丸さんは少々お話がありますので、こちらに残ってくださいねぇ。」
突然のご指名に悠はもちろん驚いたが、同時に、有栖川と2人だけで話さなければならない理由はなんだろうか、と自分の中で考えてみた。
(なんの話だろ……、わかんないや)
数秒考えてみたが、ここ最近のことを思い返してみても、心当たりはない。
そして悠は、1年前に成績不振で担任と面談をすることになった、あの重苦しい雰囲気を思い出していた。
出来ることなら、同じ体験は少ない回数で済ませたい、と思うくらいに、どんより、としてそれに反するように心臓がどくどくと早鐘を打つ、あの体験を今度は有栖川相手にするのかと思うと、この短時間で胃すら痛くなりそうだった。
「じゃあ、烏丸。俺達先に行くから、」
「ちゃんと、待ってる、から、ね」
「うん、ありがとうね2人とも」
彈と誠也は悠に声をかけると、大輔と小太郎に続いて作戦指令室を後にした。