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最低の國  作者: 糯
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最低の國 23

 鳴海が密かに悠の持つ力を確信してから数日が経過した。

 鳴海はとある調査の結果を纏め、有栖川に報告に地下に降りてきた。


 「失礼致します」


 有栖川が個人で所有する研究室に鳴海が入室すると、そこには屋主の有栖川が何か作業をしながら忙しそうにしていた。


 「……お忙しいようでしたら改めます」

 「いえいえ、構いませんよぉ。お願いしていた調査の結果を持ってきてくれたんですよねぇ?」

 「はい、こちらに。」


 鳴海は有栖川に、綺麗に纏められた資料を手渡した。百科事典か何かか、と思うほどの紙の重量感に、有栖川は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに中身を改め始める。


 「どうですかぁ?特別クラス一期生の様子はぁ?」


 鳴海が調査していた内容とは、自分の特別クラスの生徒を、子供の目線で評価する事だった。

 資料には、特別クラスの各々の戦闘時の成績や、クラスにおける立ち位置、さらには日常生活までもが全て纏めあげられている。

 言わば、特別クラスの「観察日記」と呼ばれるのに近いものを、鳴海は作っていたのだ。


 「私から見ると不思議なことの方が多いです」

 「ほぉ。例えばどんなことですぅ?」


 鳴海は少し考えてから、有栖川に話し始めた。


 「まず、課題への取り組み方は本当にわかりません。全員、最初から解いてみる気はまるで無いようでした。課題には解答と解説も付いていましたが、誰も手はつけていないようでした」

 「ほぉ。……何故だと思いますぅ?」

 「単純に……、自分たちの手に余る問題ばかりだったからではないでしょうか?あれは、中学生が解くには難しすぎる問題ばかり載っていましたし……。でも、少し調べれば出来るような問題を投げ出すというのは、私には理解できません」


 有栖川は鳴海の話を聞きながら、飲んでいたお茶を置くと、鳴海の書いてきた報告書をぺらぺらとめくり始めた。


 「おそらくは無力さを思い知ったのでしょうねぇ。本校舎に戻るために要求されるものの多さに絶望し、自分たちに見合う底辺の世界で生きることに決めた、ってところではないですかねぇ」

 「……それは、何故なのでしょうか……。……私には、わかりません」

 「ま、あなたは特別ですしねぇ。普通の中学生なら別に珍しくはない行動だと思いますよぉ」


 有栖川は、ちゃんと読んでいるのかいないのか怪しいくらいの早さで報告書をめくっていたが、とある項目が気になったらしく「これは……?」と声をあげた。


 「鳴海さん、こちらの項目は?」

 「こちらは、烏丸さんに関する項目になります。あの、何か不備がありましたか?」

 「いえ……、少々興味深い事が書いてありましたのでぇ……。ここの部分を、詳しくお話していただけませんかぁ?」

 「畏まりました」


 鳴海はゆっくりと、話をしっかりと順序建ててわかり易く悠の事を話始めた。


 「烏丸さんには、かなり珍しい能力があるようなんです。目に見えてわかる能力とはまったく違うもので、私も気が付くのに少し時間が掛かったのですが……」

 「……その能力というのはどういったものですかぁ?」

 「どうやら、烏丸さんには【他人(ひと)を導く】力があるようなんです」


 鳴海は「こちらも併せてご覧下さい」と持っていたノートパソコンを広げ、悠についてさらに細かくまとめた資料になるデータを表示すると、有栖川が見えやすいようにノートパソコンの向きを変えた。


 ノートパソコンには、どこから仕入れてきたのか、特別クラスとは無関係なはずの無数の本校舎の生徒の顔写真が表示されている。その中には洸一、大地、充の3人の顔写真もあった。

 さらに、それぞれの写真に対応するように、これまでのテストの成績や、進級直後に行われた性格診断の結果、出欠の状態までもが映し出されている。


 「こちらは全員、本校舎の烏丸さんのお友達です。特に関わりの深いこのお三方は、烏丸さんの能力によって隠されていた能力を導き出され、性格も変わって成績も上がっている傾向にあるんです」


 有栖川はノートパソコンの情報を確認する。

 関わりの深い3人というのはもちろん、大地に洸一に充の3人のことだ。

 3人共、劇的に成績が上がったわけではないが、しっかりと上昇している。少しでも悠と関わりのあった人間の成績も上昇傾向にあり、しっかりと裏付けが取れているのがわかる。


 「おそらくこれは、烏丸さんご本人も気が付いていない能力ではないかと思いまして、今回御報告させて頂いた次第です」

 「成程……。なかなか無い能力をお持ちだったようですねぇ、彼女はぁ」


 実に良い能力ですよぉ、と有栖川は嬉しそうに語る。


 「それで、烏丸さん次第ですが……、この稀な能力を政府で生かせないものか、と私は考えています」

 「彼女は貴方の様な特別な人間ではありませんよ?」

 「ですが、国の未来に必要な力を持っていることは事実ですわ」

 「……天才児のお墨付き、ですか」


 成程成程、と繰り返しながら、有栖川は興味深そうに悠について纏められた資料を隅々まで読み始めた。上機嫌、な様子にも見えるが、何か良からぬ事を企む顔だ。


 「そうですねぇ……。貴方が推薦するくらい価値のある方のようですし、政府にこの件を進言してみるのも面白いかもしれませんねぇ」

 「では、私の方で正式な手続きを取ります。」

 「ええ、お願いしますねぇ」



 同じ頃、悠は旧校舎の廊下、特別クラスの教室のドアの前に、小太郎と2人で立っていた。

 余談だが、鳴海以外のこの場にいない特別クラスのメンバーは、もう既に教室の中に揃っている。


 わざと、そういう状態にするために、悠はこの時間に小太郎とこの場所で待ち合わせたのだ。


 悠はとても顔色も良く、元気そうな様子だったが、小太郎は悠と真逆でどこか緊張した面持ちで居た。


 「怖い?」

 「……別に、」

 「そりゃそうだよねー。今井くんがイメチェンする日だもんねー!」

 「……人の話聞けよ、」

 「じゃあ、まずは早速、元気にドアを開けておはようー!から始めてみよっか!」

 「……キャラじゃねぇ」

 「だってイメチェンするんでしょ?」


 早く早く、と悠は小太郎を教室のドアの前まで進ませる。小太郎はもちろん、あまり良い顔はしていない。


 「ちゃーんと一緒に行くから大丈夫だってばー!」

 「!、お、おい、あんまり押すな……!」

 「はーい、おーぷんざどあー!!、っと」


 ド下手、という言葉がぴったりの悠の発音とともに、教室への引き戸が開け放たれた。

 教室の外の2人と、教室の中の3人の反応はそれぞれ違って、非常におもしろいものを見た、と悠は後に語ることになる。


 教室の中で話していた彈と誠也は、突然の小太郎の登場に驚いて無言になり、大輔は普段なら絶対にそんな登場の仕方をしない小太郎のギャップに、顔を伏せて笑いを堪えた。


 当の小太郎は「取り返しの付かないことをしてしまった」、と感情が珍しく顔に出ていて、悠はそれに対して「してやったり」とニヤニヤしている。


 しかし、


 「な、何やってんだお前ら……?」


 どうやら悠の思い描いてた衝撃とは、また違った衝撃を与えてしまったらしい。


 「えーっと……、ダメかな?こういうの……、」

 「いや、ダメとかじゃないけどよ」

 「烏丸さんと、今井君が一緒、って珍しいし、……その……、出て来かたとかもすごく珍しいなぁ、って……」

 「うーん、イマイチだったのかぁ。ごめんねぇ今井くん」

 (……もう色々終わった……)


 小太郎が表情を変えずに絶望していると、珍しく彈のほうから小太郎に歩み寄る音がした。


 「……その、なんだ……悪かったな」

 「は?」

 「だから、悪かったっていってんの!この前、俺が突っかかった事……、」

 「……頭でも打ったか?」

 「ああああ!!ダメだ、やっぱムカつく!!」

 「……いや、お前が謝るのはおかしい、って話だ」

 「……あ、?」


 1人でキーッと大騒ぎをしそうになった彈が、小太郎の衝撃の一言によって収まった。小太郎の口からそんな言葉が出るとは、誰も予測していなかったからだ。


 「お、お前こそ大丈夫か……!?」

 「……俺は怪我してない」

 「いやいや!そういうことじゃなくて、……なんか、別人みたいだぞ、お前?」

 「……そうか?」


 悠が病室に隔離されていた数日の間で、小太郎の性格は今までの刺々しい態度が嘘のように丸くなっていたのだ。小太郎はこの数日感、教室に顔を出すことは一切なく、ずっと悠の病室に入り浸って世話を焼いていたのだ。


 まだそこまでの勇気は沸かなかったのか、悠に面と向かって怪我をさせてしまった謝罪をはっきりとはしていない小太郎だが、小太郎は必死に行動で示していたのだ。

 悠1人では届かない怪我の手当をしたり、食事を運んできたり、話し相手になったり。

 悠は小太郎に「悪いからいいよ」と断ったりもしたのだが、小太郎は断固として悠の世話を辞めることはなかった。もちろん、その真意は悠にもしっかりと届いていた。


 小太郎と大輔とを繋ぐ「つながり」とはまた違った「つながり」を、小太郎は悠との間に感じるようになっていたのだ。


 小太郎は彈と誠也の前を通ると、いつも通りに大輔の隣の席に着いた。


 「大ちゃん、俺がいない間に何か変わったこととか、あった?」

 「いや、特にはなかったよ。どうして?」

 「何かあったなら、烏丸に教えないと、だから」


 一瞬、大輔は驚いた表情を見せた。しかし、すぐに湧き出したかのように笑顔を浮かべた。

 悠のことを気にかける小太郎の様子を、自分の事のように嬉しそうな表情で喜んでいたからだ。


 「よかったね、小太郎。」

 「何が?」

 「わかってる癖に」

 「……うん」



 同じ頃、本校舎ではいつも通りに、レベルばかり高いだけの退屈な授業が行われていた。

 洸一は板書をノートに書き写すのに必死な様子で、大地はノートを書き写し終わったのか、ぼんやりしている。

 退屈さに耐えられなくなったのか、授業中なのにも関わらず、大地が後ろの席の充のほうを向いた。

 しかし充は、シャーペンは持っているものの、板書の内容ではない何かの数式にも化学式にも見える何かを、鬼のような形相でガリガリとノートをはみ出しそうな勢いで書いていた。

 よほど集中しているのか、大地が振り返っていることにすら気がつかない様子だ。


 「……な、なにしてんだ、充?」

 「、あ……、大地か」


 先生かと思った、と充はようやく手を止めた。


 「なんか、楽しそうにやってんなーそれ。大学入試とかの問題?」

 「これは……、」


 充は不敵な笑みを浮かべたかと思うと、慌てたようにまたいつもの無表情に、表情を作り変えた。


 「ちょっとした自習だよ。」


 それだけ言うと、充はまた授業を無視して数字の羅列に向き合い始めた。

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