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最低の國  作者: 糯
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最低の國 22

 悠が処置室に担ぎ込まれてから1時間後。

 ようやく処置を終えて、医者兼研究員2人が処置を終えてストレッチャーに寝かされた悠に、付き添うようにして処置室から出てきた。


 悠の姿はいつもの元気な悠とは、かけ離れたものになっていた。

意識はあるものの、まだはっきりとはしておらず、彈達では何の薬かはわからないが腕には点滴が打たれ、頭には包帯が巻かれて、薄い緑色の酸素マスク越しに浅く呼吸するその姿は、とんでもなく痛々しく、顔色も悪いのも手伝って、とてつもなく具合が悪そうに見えた。


 「烏丸!大丈夫か!?」

 「怪我は!?気分悪かったり、しない!?」


 処置室の前で悠をずっと待っていたメンバーのなかでも、彈と誠也は、すぐに悠に駆け寄った。

 悠は声を出すことは叶わなかったが横になったまま、こくり、とゆっくり頷くことはできた。心配していた彈達としては悠の元気な声を聞いて安心したかったが、現在の悠にはそれが限界だというのは、簡単に見て取れた。


 「症状は?」

 「軽い脳震盪と、左腕の打撲です。頭部に外傷がありましたが、浅いものなので心配いりません」

 「浅いのに点滴してんのか!?」

 「ブドウ糖ですよ。すぐ取れますから心配は要りません」


 医者兼研究員は「落ち着きなさい」とでも言いたげに、幼い子供に言い聞かせるように、会話に割って入ってきた彈にそう説明した。


 「今日は病室で様子見、という感じですか?」

 「はい。今日から3日間は、そのような処置を予定しております」


 鳴海はポケットからボールペンを出し、さらさらと手の甲にメモを取った。

 おそらくは悠のいない間の作戦行動に活用するのだろう。


 「では、烏丸さんのお体にも障りますし、もう病室に……。付き添いは私が参ります」

 「はい。では……」


 鳴海がそう言うと、彈と誠也は慌てて悠から離れ、病室に運び込まれる悠と、それに付き添う鳴海を見送った。

 カラカラと悠を乗せたストレッチャーが病室に向かう様子を見ながら、彈は小太郎を睨んでいた。


 小太郎は罪の意識から、悠の元まで歩み寄ることもできず、大輔の後ろに隠れるようにして、結局なにもできなかった。


 大輔ももちろん小太郎のその状態を「良くない」というのはわかっているが、ここで彈達の方へ寝返ってしまうことはできなかった。そんなことをすれば、小太郎は益々居場所を無くして心を閉ざし、誰にもわかることのない気持ちの奥底で、罪の意識に苛まれることになる。

 要は、大輔自身が小太郎の「最後の砦」にならなければならなかった。


 「……なんかねぇのかよ?」


 遂に止められなくなったのか、彈は小太郎に食ってかかった。

 誠也はか細い声で「や、やめてよ」と必死に止めるが、彈には届かない。


 「烏丸はお前を庇ったんだぞ!?それであんなに怪我しちまったんだぞ!?なんか言うことあるだろ!!」

 「……」

 「っ、聞いてんのかよオイ……!」


 思わず彈は小太郎に掴みかかった。

 誠也も小太郎も「まずい」と思い、誠也は彈の腰を必死に掴んで引き剥がし、大輔は小太郎を守るように彈との間に割って入った。そんな2人にすらも彈は苛立ちを覚えてしまった。


 「こんなときでも守ってもらわなきゃいけねーとか……ありえねーよ、お前」


 そう捨て台詞を吐くと、彈は誠也を振り払い、部屋へと戻って行ってしまった。

 彈のいなくなった処置室の前は、妙な空気に支配された。


 「あ、の……」

 「わかってる。松崎が言ってることは最もだよ」


 大輔は、小太郎よりも傷ついたような顔をしながらゆっくりと誠也にそう話した。

 当の小太郎は、大輔の後ろでまた小さくなっている。

 このままの小太郎では、何をどうしてもこの件の解決には導けない。そう思った大輔は、小太郎と2人だけの秘密を誠也に明かすことにした。


 もちろん、小太郎は大輔の考えに反対するだろう。しかし、このままでは小太郎の心は、母親に命を奪われそうになった小学生時代から、なんの成長も遂げないまま体ばかりが大人になってしまう。正直、大輔も様々な限界を感じていたのだ。


 「……、少し話してもいいかな?小太郎の話を」

 「っ!?大ちゃ、……!」

 「小太郎。これは小太郎のためでもあるんだ。ずっと俺にくっついて生きていけるわけじゃないのを、小太郎ももうわかってるはずだよ」

 「……っ」


 小太郎は大輔に何も言い返すことはできず、黙り込んでしまった。

 大輔は、その場で誠也に小太郎と自分に起きていた全てを明かした。


 親が危ないオカルト宗教をしていたこと。

 その親に命を奪われかけたこと。

 死ぬ間際でなければ誰も助けてくれなかったこと。

 誰も助けてくれなかったから、2人は世界を閉ざしたこと。


 誠也に明かされたその内容は、子供が背負うには壮絶すぎるくらいの内容で、誠也は頭がくらくらした。誠也も、烏合達にいじめられていた当時は、いっそ死んでしまおうかと悩んだこともあったが、そんなことが軽く思えてくるくらい、小太郎と大輔の半生は重く、壮絶なものだった。

 しかし、同時に他者から「奪われる側」だったという共通点から、誠也は2人の気持ちにとても共感ができた。


 「-そういうことがあったから、小太郎は感情表現とか、そういうのが少し苦手なんだ」

 「……大ちゃんが思ってるだけだろ」

 「だって実際、下手でしょ」

 「……」


 いつもの調子で大輔は小太郎にそう話したが、小太郎は黙り込んでしまった。

自分の心の内を隠蔽しようとする子供のような小太郎の反応に、誠也は「コミュニケーションの下手さ」を感じずにはいられなかった。


 「……あいつには、この話すんなよ」

 「えっと……、あいつ、って彈のこと?」

 「……そいつ以外に誰が居るんだよ」

 「ご、ごめん……」


 「……」


 小太郎にとっては苦い思いをした夜が明けた。

 小太郎はあのまま部屋に戻ることができず、悠の病室の前で一晩を明かしていた。


 冷たい床に座ったまま、いつのまにか眠ってしまったらしく、体の節々地味な痛みを訴えてくるが、今の小太郎にとってそれはどうでもよかった。


 昨日、小太郎が自分の中で決めたことは、悠に全て謝ることだった。

 しかし、生まれて此の方、小太郎には大輔以外の近しい人物というのが存在したことがない。


 当の大輔は、小太郎の友達というより、家族のような人物で、同じ秘密や境遇であったせいか、意見をぶつけ合った事もなければ、そこから仲直りに至るまでのプロセスを経験したこともない。要は小太郎が、どうやって人に謝ればいいかがわからないのだ。


 (……まずは、ごめん、だろ?……それから、なんて言えばいいんだ……?)


 寝起きのあまりスッキリしない頭を小太郎が捻っていると、悠の病室のドアが開いた。

 慌てて立ち上がって姿勢を正した小太郎だったが、現れたのは悠に付き添っていた鳴海だった。病室のドアを開けてすぐ目に入った小太郎の姿に、流石の鳴海も驚いた様子を隠すことはできなかった。


 「まさか、ここで一晩過ごしていたんですか……!?今井さんまで体を壊しては-」

 「……別に」


 それ以上言うな、とでも言いたげに、小太郎は鳴海の心配を振り払うようにして切り上げさせた。


 「……どうなんだ?」

 「烏丸さんですか?昨日よりは安定していますよ。もともと、命に関わる怪我というわけではありませんから」

 「……そうか」


 鳴海からそれだけ聞くと、小太郎は安心したかのように立ち上がり、その場を去ろうとした。


 「お会いしなくて良いのですか?」

 「……会えるかよ」


 悠はおそらく、小太郎の顔など見たくもないだろう、というのが一晩かけて出した小太郎の答えだった。

 加害者が被害者に謝って済むのは、アニメやドラマの世界だけだ。謝っても許されないことをしたのだというのは、小太郎もしっかりと解っていた。


 「では、少々頼まれて頂いても?」

 「……なんだ」

 「私、席を外す用がありますので、その間に烏丸さんの様子を見ていて頂いてよろしいですか?」

 「……俺はあいつに会うつもりは-」

 「そこにずっといらっしゃいましたし、お暇なことには違いないでしょう?」

 「……」


 鳴海は小太郎の気持ちを汲んでか汲まずか、悠の看病を半ば押し付けるようにして小太郎に任せた。


 「……」


 小太郎はそっと悠の病室に入室した。


 眠っているらしい悠の様子を見ると、昨日よりは随分顔色が良くなったように見えた。

 しかし、昨日に引き続いて、酸素マスクや点滴はまだ取れておらず、本調子ではないことが小太郎にも伝わって来ていた。


 「……なんで、俺なんか庇ったんだよ……」


 小太郎は、眠っている悠に質問を投げかけた。しかし、もちろん悠の口から答えは帰ってこない。


 「……お前が俺を助けて、どんな得があったんだよ……」


 「……俺が居なくても、お前は困らないだろ……」


 「……なんで、……なんでだよ……、」


 悠を目の前にした小太郎は、気持ちの奥底で思うだけでは止まらなくなってしまった。小太郎の中で疑問が浮かんでは、呼吸をするように自然に口から出てしまう。

 もちろん、悠からの答えは無い。

 しかし、小太郎の疑問はもう止まらなかった。


 「……大ちゃんみたいに、俺の事知ってるわけでもないのに」


 「……隊で浮いてる俺を、」


 「……なん、で、」


 小太郎は、目の辺りがぼんやりと熱くなり、声が出しづらくなるのを久しぶりに感じた。おまけだ、と言わんばかりに鼻も詰まり、膝も震えて、情けないことに普通に立っていることも難しくなってきた。

 小太郎に言わせれば「ダサい」ことこの上ない状態を、誰にも見られたくなくて、小太郎は病室の床に崩れ落ちてしまった。


 「い、まい……くん?」


 小太郎が床に崩れ落ちた音のせいか、悠が目を覚まし、一番に目に入った小太郎の名を小さくだが呼んだ。

 小太郎は、すぐに立ち上がって悠の元へと駆け付けた。


 「なんで、泣いてるの?」

 「……は、……?なに、言ってんだ、よ……!俺が、……俺が泣くわけ、っ……」


 ぼたぼたと大粒の涙が小太郎の頬を滑り落ちて、悠の横たわるベッドの縁に水滴を付けている。それでも小太郎は、自分は泣いていないと豪語している。小太郎のその姿に、悠は柔らかい笑顔を見せた。


 「怪我、してない?」

 「……な、んにもっ……ねぇよ……」

 「そっかぁ、良かった。」

 「なにが、良いんだよっ……、なんで、なんで笑ってんだ、っ!俺のせいで怪我したのにっ!!」


 病室という場所を弁えることができず、小太郎は自分の中に産まれ続ける感じたことの無い思いを、全て悠にぶつけた。

 全てをぶつけられた悠は、きょとんとした顔をしたかと思うと、また笑った。


 「な、なに、笑って……!」

 「あはは、今井くんの口からそんな言葉が出てくるなんて全然考えてなかったから、びっくりしちゃった」


 悠は「よいしょ」と気合を入れながら、酸素マスクを自ら外し、ゆっくりと体を起こした。

 起きていいのか、と小太郎が問えば、悠はにっこり笑って大丈夫だ、と答えた。


 「うんとね、今井くんは……ちょっとは悪いけど、こうなったのは私の責任だから、何も気にする必要は無いんだよ?」

 「……ちょっとは悪い、っていうのは……?」

 「坂田くんのことを信用しなかったこと、じゃないかな?」


 小太郎の考えでは及ばなかった悠の返答に、小太郎はただ戸惑ってしまった。


 「坂田くんとケンカしちゃったの?」

 「……ケンカ、じゃないけど……良く分からない」

 「えぇぇ、なにそれ」

 「……だから、……その……、」


 小太郎は、自分で感じていた事を全て悠に説明した。


 大輔が周囲に興味を示し始めたことで、固い絆を破られたと思ったこと。

 自分をないがしろにされているのではないかと錯覚したこと。

 そもそも大輔以外とどのようにコミュニケーションをすればいいのかがわからなかったこと。

 結果、悠を危険に晒すスタンドプレーに走ってしまったこと。


 小太郎が自分で言いながら思うほど長い話だったが、悠は飽きる様子など微塵も見せずに、全て聞いてくれた。

 それだけでも、小太郎の気持ちはとても綺麗な状態へと浄化されていっていた。


 「要するに……、なんだか焦っちゃってたってことだよね?」

 「……多分、そうだと思う」

 「なんか、かわいい……!」

 「!俺は真剣に……、」

 「坂田くんと一緒に、皆に交ざったらいいんだよ。松崎くんとか、あんな感じだけど、悪い人じゃないんだよ?」

 「……何を今更」


 小太郎はまた目を背けてしまった。

 こんなことになってしまった以上、彈や誠也に仲間として見てもらうことは不可能だと思っているのだろう。


 「……取り返しの付かないことをしたんだ。松崎や渡部だって、……大ちゃんだって、もう俺を……」

 「そうかなぁ?そんなにシビアな人達じゃないと思うけど……」


 うーん、と悠はひと呼吸置くと、何か良い事でも思い付いたらしく、悪戯っぽい笑いを見せた。


 「じゃあさ、一緒に仲間に入れてー、って言ってみない?」

 「……お前、馬鹿か?」

 「行動力の部分を評価してよー。だってこのままじゃ良くない、ってわかってるんだから、あとは今井くんの行動次第だと思うんだけどなー?」

 「……行動、次第か……」


 その部分だけならば一理ある、といった様子で、小太郎はまた悩み始めた。

 悠はその様子を、ベッドの上から眺めて邪気のない顔でニコニコしている。


 「大丈夫だよ。今井くんなら」

 「……適当言うなよな」



 場所は変わって、病室の扉1枚を隔てた廊下。

 悠の体を拭くために、蒸しタオルを準備してきていた鳴海は、中で何が起こっているか様子を伺うように、病室の前でたっていた。


 (やっぱり、烏丸さんはタダモノじゃない……)


 鳴海は密かに、気持ちの奥底で確信した。

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