表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最低の國  作者: 糯
23/28

最低の國 21

 それからは、鳴海の小太郎に対する指示に、彈達が合わせる形となり、すぐに小太郎と彈達は合流することができた。しかし、小太郎は先日の出撃のように敵に向かって飛び出したりはせず、明らかに機嫌が悪いことは誰の目にも明らかだった。


 「えっと、僕達3人で、まずこの2匹との間に、距離を取る、んだけど……」

 「……指図するなよ。雇われ隊長の癖に」

 「小太郎ッ!」


 大輔は、思わず大声で小太郎を窘めようとするが、今の小太郎に大輔の声は届かない。


 「……なんでもいいから撤退しろよ。俺1人で全滅させてみせる」

 「な、なに言ってんだよお前!中級モンスターだぞ!?いつもの雑魚とはワケが違うって-」

 「……だったら何?」

 「だ、だから、その、みんなで協力、して……!」


 「……邪魔だ……!」


 小太郎は引きずって歩いていた大太刀を構え直すと、走ってモンスターに斬りかかった。有栖川の手によって軽量化された、小太郎のワルキューレのスピードは尋常なものではなく、味方の彈と誠也も身の安全の確保のために道を開けるしかなかった。


 『今井さん!命令を聞いてください!!』


 「……うるさい……!」


 小太郎は、モンスターを大太刀で思い切り斬り付けてやった。痛みのあまり、モンスターは大声で悲鳴にも似た声を上げると、2匹揃って小太郎を標的にし始めた。彈と誠也の時とはまるで違う俊敏な動きで、大輔の狙撃では追えないくらいに興奮してしまっている。完全に2匹は逆上してしまっているのだ。


 「ごめん……、益々狙えない……っ!」

 「余計な真似しやがって、この野郎……!!」


 思わず彈がカバーに入ろうとするが、それは小太郎によって弾かれてしまう。本当に独りきりで戦うつもりなのだ。


 (俺がひとりで全部仕留めたら……大ちゃんはまた俺を見てくれる……、大ちゃんが戻ってくる……!!)


 考えが外に漏れでもすれば、「異常者」とも取られてしまいそうな程に黒い感情を、小太郎は目の前の2匹のモンスターで発散していた。もう、何者にも小太郎を止めることはできない。


 「な、なんでこんなことに……!?」


 採取したサンプルを本部に置いて戻ってきた悠も、目の前の状況を飲み込みきれずに呆然と立ち尽くしていた。


 「なぁ、誰かなんかいい考えないか!?」

 「こ、これどうにか、しなくちゃ、だけど、……僕、じゃあ……」

 「私の弓と、渡部くんのミサイルポッドでなんとか援護できないかな!?」

 「僕、今井くんに、当てない自信、ない、……」


 『……、っ』


 悠達がそうしている間にも、小太郎の戦いは続いている。2匹分の攻撃を大太刀で弾いてガードし、2匹分の一瞬のスキを付いて攻撃を仕掛ける。究極と言っていいほどの集中力が成せる業だ。しかし、このままの状態が長続きする、とは誰も思っていなかった。


 『いけませんねぇ。このままでは彼の……』


 「いけないって、何が……?」


 『今にわかりますよぉ』


 有栖川の含みのある言葉が通信に乗って聞こえてきたのとほぼ同時に、小太郎の動きが少しづつだが鈍くなってきた。


 「な、何が起きてんだ!?」


 『ワルキューレの出力限界に達しているんですよぉ。特に彼は以前のワルキューレも荒っぽい使い方をしてましたからねぇ。今回はみなさんの中で1番丈夫に作ったつもりだったんですが、次回は改良しないといけないみたいですねぇ』


 つまり、小太郎の指示する動きはワルキューレの限界を超えているのだ。彈の連続攻撃もワルキューレの限界に近い、と言われていたがあれはそう頻繁に出すものではないため、そこまで問題視はされていなかった。


 しかし、小太郎ひとりで長い間ずっと外部からの衝撃や、パイロットからのオーバーワーク気味の指示により、新型のワルキューレといえども融通が利かなくなってきているのだ。


 「た、助けなきゃ!」

 「おい烏丸!?」


 悠は「何をすればいいか」と考えるよりも先に体が動いていた。ゼロ距離で交戦している小太郎とモンスター2匹の戦火の中へ、悠はワルキューレで走り出した。モンスターに狙いを定めていた大輔も、思わず銃を引く。


 最早、ワルキューレの動きは鈍りに鈍った小太郎と、小太郎をタコ殴りにするモンスターとの間に、悠のワルキューレが入り込む。小太郎の盾になろうというのだ。


 「……お前ッ……!」

 「く、……!」


 不意の悠の登場にモンスターは一瞬驚いたように動きを止めたが、すぐに悠は小太郎ごとモンスターの前足によって薙ぎ払われてしまった。がつん!とワルキューレの特殊装甲を突き抜けそうなほどの衝撃が、悠と小太郎を襲う。

 咄嗟の判断で悠は小太郎を庇ったため、悠のワルキューレの頭部には巨大なクレーターができていた。


 今の今までずっと無関心を決め込んでいた小太郎も、自分のワルキューレの中で青ざめた。ワルキューレの頭部と、パイロットの搭乗しているコックピットは、とても密接な関係にあるのだ。

 例えて言えば、自動車の運転席と、運転席のドアくらいに距離の近い関係であり、ワルキューレの頭部への衝撃はパイロットに直結する、と言っても過言ではない。


 そんな大切な場所に、見たこともない程の強い衝撃によるクレーターができている。悠の身に危険が迫っている可能性があるのだ。


 「……何、してんだよ……、俺を庇った……お前が、?」


 意識を失ってしまったのか、通信機能も潰されてしまったのか、通信から悠の声は聞こえなくなり、ワルキューレも動かないまま、小太郎のワルキューレに寄りかかる形で停止している。

 小太郎は体よりも、心に響いた衝撃で動くことができなかった。


 「!坂田、撃て!!」


 ハッと我に帰った彈が大輔に叫び、大輔もその声でハッとする。すぐに体制を立て直して、大輔はモンスターに向けて銃弾を放った。悠の突然の登場に気を取られたモンスターに、百発百中の大輔の銃弾が命中しないはずがなく、弾丸は的確に1匹の片目を抉りとって飛んでいった。


 突然に視野の半分を奪われたモンスターは、当然のことながら大暴れを始める。とばっちりは仲間である2匹目のモンスターに向き、2匹は団子になって同族で争いを始めた。中級モンスターに相当する、と言われていつも以上に警戒していたが、実際はあまり頭の良い生き物ではなかったらしい。


 「いまのうち、に、やっつけ、よう!」

 「おう!!」


 彈と誠也はモンスターに飛びかかり、大輔は遠距離から的確に射撃で援護する。

 本来ならば誰よりも早く隙やチャンスを攻めていくはずの小太郎は、その中に加わることはなく、ただ悠のワルキューレを目の前にして呆然としてしまっていた。


 「……おい、お前……っ、返事しろよ!おい!!」


 悠のワルキューレは小太郎がいくら声を掛けても、ピクリとも動かなかった。


 『今井さん!すぐに烏丸さんと帰投してください、こちらで処置します!!』


 鳴海からの通信で小太郎の目は覚めた。

 このまま小太郎の目の前で負傷しているであろう悠を放置するのは、見殺しにするのと同等の大罪である。小太郎は動きの鈍くなったワルキューレを操作し、悠に負担をかけないようにしながらゆっくりと悠とワルキューレを持ち帰る体制に入った。



 小太郎が悠を連れてなんとか旧校舎まで戻ると、地下で仕事をしている研究員たちが迎えに来ていた。


 「すぐにパイロットの解放を!」

 「ストレッチャーの準備はいい!?」

 「!血が、……!」


 研究員によってワルキューレから解放された悠は、出撃前の元気な表情とは打って変わって、青白い顔をしていた。薙ぎ払われた時の衝撃で頭を打ったのか、額から血が流れ、呼吸は浅くぐったりとしている。


 「すぐに手当に入ります!」

 「頭動かさないであげて!!」


 研究員たちが一刻を争う、という表情で悠をストレッチャーに乗せて旧校舎内の処置室へと運ぶ。小太郎はもちろんそれについて行ったが、処置室の前まで来ると「君はここまでだよ」と研究員に線引きをされ、廊下に残されてしまった。


 「……今井さん」


 小太郎と悠が戻るまでの間に作戦は終了していたのか、鳴海が小太郎の元へとやってきた。鳴海が声をかけているが、小太郎は鳴海のほうを向くこともできなかった。


 「ご心配には及びませんわ。一流の医大卒の医師を選出して、ここでサポートしてもらっていますから。それにワルキューレを見たところ内部にはあまり影響はありませんでしたし、烏丸さんの見た目よりもダメージは軽いと思いますわ」

 「…………」


 正直、今の小太郎の気持ちとしては、気の済むまで大声で罵倒されるか、思い切り殴られでもしたほうがマシだった。1人のせいで特別クラスの全ての人間を危険に晒した、というこの事実を誰かにフォローされるのは、泣く資格などないはずなのだが泣きたくなる。もしもこの場に居合わせたのが鳴海ではなく、彈ならば小太郎の望みは叶ったのだろうか。


 「それに……、烏丸さんはここで終わる方ではありません」

 「……」


 後処理があるので一度失礼します、と鳴海はその場を去ってしまった。残されたのは大輔たちの帰投を待つ小太郎1人だけだった。


 もしも、処置を終えて悠の意識が戻っていたら、悠が目を覚まして最初に会うことになるのは、処置室の前で待っている小太郎ということになる。しかし、悠は自分が傷つく原因となった人間に1番に会いたいだろうか、と小太郎は思った。小太郎が悠の立場ならば、事件を招いた本人には何をしていてほしいだろうか、と誰もいない廊下で思考を巡らせる小太郎。


 しかし答えは出ない。


 答えがでないのは、今まで大輔以外の人間との交流を全て経ってきたことに起因する、ということに小太郎は気がついた。幼少の事件から、人の気持ちに触れることを恐れ、人を想うことができなくなり、人の気持ちを受けることも怖い。無関心ぶって世界を狭めていた自分の幼い精神を、小太郎は深く後悔していた。


 (人の気持ちが……あいつが……、わからない)


 誰もいなくなった廊下に小太郎は膝をつき、頭を抱えた。



 処置室へと悠が運び込まれてから1時間後。

 モンスターを片付けた彈達が学校へと帰投して来た。そこからさらに有栖川への報告を済ませ、すぐに処置室の前へと悠を除いた特別クラス全員が集結したが、未だに悠の処置は続いていた。


 「どのくらい、経った?小太郎」

 「……わからない」

 「30分程度ですわ。今井さん」


 彈達が処置室の前に集まった時、小太郎は時間の感覚も忘れて床で頭を抱えていたのだ。

 大輔に助け起こされる力無い小太郎の様子を見てしまっては、流石の彈も小太郎を恫喝することはできなかった。それに、もしそうしたとしても、誠也が必死に止めただろう。


 「さっき、明星さんから、聞いた、けど、あんまり心配、しないでいいみたい、だよ」

 「渡部さん。もうそのお話、今井さんはご存知です」

 「え!、あ、っ……ごめん、ね?」

 「…………」


 誠也が必死に元気づけようとしても、小太郎の陰鬱とした表情に光が差すことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ