最低の國 20
悠の過去が大地によって白日のもとに晒されてから数日が経過した。
小太郎の様子は変わらず不機嫌そうなままで、2日ほど前に1度出撃があったが、小太郎は大輔とともに行動することを極力避け、あまり慣れない陣形で戦う羽目になった。特にここ3日間は、頼みの大輔も手がつけられない程に小太郎の機嫌は悪くなる一方で、完全に泥沼と化していた。
誰がいつ、何を小太郎にしてしまったのかがわからない以上、洸一達から「人の気持ちがわかる人」のお墨付きをもらった悠も手出しができない状態だった。
「今井くん、まだ変……?」
「うん……。なんでか、全然検討付かないんだ」
小太郎はまだ起きて来ず、鳴海は部屋で仕事をしているため、2人を除いた特別クラスのメンバーは、朝食の席で小太郎の話をしていた。今日は土曜日で、訓練は自主練習になるため、ゆっくりと寝ていても影響はないのだ。
「坂田くん、今井くんの様子はどう?」
「結局、昨日も口きいてくれなかったか?」
「うん……」
「おいおい、もう1週間になるぜ?何がそんなに気に入らないんだろーな、アイツ」
訳分かんねぇ、といいながら彈は大盛りの白飯をかき込んだ。それに反して、大輔は心配のあまり食も進まず、付け合せの味噌汁を少しづつ啜るばかりで精神的に弱っているのが悠達にも伝わってきた。
「このまま、だと、出撃にも影響する、よね……?」
「そうだよね……、早く何とかしないと今井君が危ない目に遭っちゃうかもしれないし……」
「つーか、ひねくれすぎだろあいつ」
「……ごめん」
「いや、お前のせいじゃないだろ」
彈の小太郎に対する「ひねくれている」という発言に、大輔はただただ謝るしかなかった。小太郎をそんな風にしてしまったのは、自分にも責任があることを大輔はわかっていたからだ。
しかし、本当にどう手をつけていいのか、むしろ触るべきではないのか、悠達は少しづつわからなくもなりはじめていた。
「前は、喧嘩したりして機嫌が悪くなることはあったけど……こんなに長期化したのは初めてなんだ」
「へー、お前ら2人でもケンカすんだな」
意外だわー、と言いながら彈は白飯のおかわりに歩いて行った。ちなみに、もう3杯目である。
大輔はそれを見て満腹を感じてしまったのか、朝食のトレーを脇に退けてしまった。もう食べられない、の意味であることは悠達にもわかったが、トレーの上には7割以上の朝食が手をつけられずに残ってしまっていた。
「……どうしたら、いいんだろう」
大輔のつぶやきに、悠も誠也も答えることができなかった。
-
特別クラスの歯車が少しづつズレてしまっていたが、敵はそんなことを気にせずやってきた。出撃命令が出されたのだ。ひとまずはいつも通りに、作戦指令室にて現地の状況をライブカメラで確認し、何が起きているのかを共有し合う事となる。
「ちょっと離れてますが、歌舞伎座町の繁華街のあたりです。ここに現在3匹の中級モンスターが出現しています。」
「中級モンスター……!?」
鳴海の声の調子はいつもと変化なく、淡々と現状について説明をしていた。
しかし、タイミングの悪いことに、今度現れたモンスターは今までに倒してきた低級モンスターとは違い、ランクがひとつ上の【中級モンスター】だった。低級モンスターとは天と地程の差がある、と過去の文献から有栖川には説明されており、さらにそこへ現在の特別クラスのギスギスとした状態が上乗せになる。そう考えると、今回こそ大怪我では済まなくなる可能性もある、という不安が悠達を襲った。
「今回は、巨大なライオン……の進化系でしょうかねぇ。硬そうなたてがみに鋭そうな爪と牙……おや?」
有栖川が注意深く、ライオンの姿をしたモンスターを見ようとすると、不意に繁華街のビルの一角が爆発する映像が流れた。もちろん、質の悪い合成などではなく本物だ。
「爆発した!?何が起きたの!?」
「ほぉ。どれどれ……」
有栖川は別の画面でライブカメラの映像を巻き戻し、モンスターをよく観察する。
「ははぁ……、この牙ですねぇ。牙を打ち鳴らすと自身の周りにあるものを爆発させる能力を持っているようですねぇ。おそらくですけど、火打石に近い作りなんでしょうかねぇ」
悠達も身を乗り出してその映像をよく観察した。
確かに有栖川の言う通り、モンスターの目線の先にあったビルの一角が爆発している。
「これ、は…大勢で、かく乱して、死角、から叩けば、いい?」
「お?なんか冴えてんな、誠也」
「そ、そう、かな!?」
「……定石通り。定番中の定番の手段だろ」
「小太郎、やめなよ」
ギスギスした状況を変えようと、珍しく現場指揮らしい働きを見せた誠也だったが、不機嫌な小太郎に作戦は否定されてしまう。いつもなら大輔の制止の後に「大ちゃんが言うなら」と続くはずだが、今回に限ってそれは無い。
しかし意外にも「間違った作戦ではない」と鳴海は誠也の作戦を採用することにしてくれた。
「じゃあ……、坂田君以外は、2機以上同時に動いて、敵をかく乱。……、坂田君が狙撃で、目を潰して、僕か烏丸さんで、牙を破壊。最終的には、今井君か彈で、モンスターの首を取る、っていうのはどう、かな?」
「良い指揮だと思いますわ。今回はそれで参りましょう。」
作戦に粗は見つからなかったのか、鳴海はすぐに作戦を承認し、有栖川に出撃許可を求めた。
有栖川も作戦に文句はないらしく、すぐに出撃許可を下した。
―
「……おい」
「っわ!びっくりした!!」
今まさに出撃しようと悠がヘッドギアを被ったその瞬間、小太郎から通信が入った。
普段は個人宛ての回線など、大輔相手にしか使ってこないというのに、小太郎は珍しく悠にのみ話し掛けてきたのだ。
「……俺は地上に出たらすぐ動いて、近い場所にいるモンスターを潰しに動く」
「さっきの作戦と全然違うよ!?私たちは敵をかく乱するだけで、目は坂田くんが―」
「……大ちゃんに頼らなくたって、やれるだろ」
悠が大輔の名前を出した瞬間、小太郎が感情を剥き出しにした。思わず悠が怯むと、ぱったりと通信が途絶え、小太郎は勝手に音声認証をすると、一足先に出撃してしまった。
「嘘、でしょぉ……!?」
悠は慌ててワルキューレを起動し、自分の持ち場に運ばれるカタパルトに向かいながら、鳴海も含めた全体に、通信で小太郎のことを話した。
「!それは、本当ですか!?」
「本当も本当だよ!!」
「小太郎……、……どうして……」
「何考えてやがるんだよ、あのバカは……!」
「す、すぐカバーに、入らない、と!」
指令室の鳴海が状況を判断し、すぐに作戦は変更された。
小太郎のフォローに1人が周り、残りの人員は今までの作戦どおりに敵をかく乱。確実に1匹づつ仕留めるという作戦に変わった。
「誰がフォローに回る!?」
「私が行く!皆は坂田くんを守りながら、確実に敵を仕留めて!」
「りょーかい!任せるぜ、烏丸!」
「気をつけてね、烏丸さん!」
「……お願いするね」
小太郎には悠が付くことになり、残りのメンバーは街を荒らす敵の元へと向かうこととなった。
(大地が話してくれた通りに……、してみよう)
―
一足先に出撃した小太郎は、全部で3匹現れたモンスターのうち、1匹と対峙していた。
モンスターは既に手負いで、小太郎の戦闘機はもちろん、大太刀にもモンスター特有の青い血が付着している。小太郎は、ここまで1人で追い込んだのだ。
「……なんだ。指令室で見たときは、もっとヤバいやつかと思ったけど、大したことないな」
小太郎は大太刀を1度振るい、血を軽く落とすと、モンスターに向かってしっかりと構え直した。小太郎が1歩踏み出そうとしたその瞬間、
「もらったぁ!!」
悠がモンスターの死角から回り込み、目を狙ってボウガンの矢を撃ち込んだ。
矢は狙い通り、モンスターの左目に命中する。
モンスターは痛みに倒れ、血の溢れる左目を抑えながら弱々しくもがいている。
小太郎の攻撃とも相まって相当なダメージを受けているに違いなく、このまま放っておけば失血死するだろう。
「よかった、当たり!」
「……余計な事すんな」
悠はこの結果に満足しているが、小太郎はそうではなかった。
自分で追い込んだ獲物を横取りされて、酷く機嫌をそこねている。
「だって、作戦で決まったじゃない。攪乱して目を狙うって」
「……俺はその作戦、良いなんて一言も言ってない」
「だからって1人で戦われたら、周りが困るじゃない」
「……知るか。勝手にやってろよ」
通信で話しているせいか、普段よりもわんわん、と音が響き、言葉が二重にも三重にもなって悠の気持ちを痛めつけた。
温厚で滅多にイライラなどしない悠も、少しずつ怒りの導火線に火が付き始めていた。
「言いたくなかったけど、今井くんのおかげで作戦変更せざるを得なかったんだからね。それくらいの責任は感じてくれてもいいと思うんだけど」
「……俺はやらない、って申告した」
「だからそれが良くないんだって!1人で行動してたら、坂田くんだって落ち着いて戦えな―」
「……大ちゃんの話はするな!」
ドスの効いた声で小太郎はそういった。
悠は驚き、怯んでしまう。
「……俺は、1人でいいんだよ」
そう言うと、小太郎は大太刀を引き摺り、次の獲物の居る方へ向かって行ってしまった。
「ちょっ、待って!」
「烏丸さん!お急ぎの所申し訳ありませんが、サンプル採取もお願い致します」
悠の戦闘機に、鳴海からの通信が入る。
そういえば今回は、有栖川からモンスターのサンプル採取も頼まれていたのだ。
「だって、今井くんが!」
「残りはお互いに近い場所に居ます。松崎さん達に連絡して、今井さんと合流させます!」
「そういうことなら、……了解」
悠は戦闘機を降り、有栖川に持たされていた試験管に、モンスターの血液を採取する。
(できればこれ、やっていって欲しかったなぁ……)
リアルすぎるシュミレーター訓練で悠は、ある程度はモンスターの死体に耐性が付いたものの、やはり本物に慣れるのはまだ先のようだ。
―
その頃、彈達は残りの2体のモンスターに苦戦を強いられていた。
出撃前に慌てて変更した作戦の通りに、なんとか3人で動いているのだが、完全なる兵力不足でモンスターを攪乱しきれないのだ。
彈が1匹をうまく踊らせているかと思えば、誠也が放り投げられたり、誠也が1匹を引き付けられているかと思えば、彈との距離が近すぎてしまったり。
いくら大輔の狙撃がミスを知らないとは言え、2匹まとめて相手をするのは困難をきわめていた。
狙撃手は存在がばれてしまえば、そこで全てがお終いになってしまう。
(……、だめだ……!)
少人数で上手くいかない陣形に、大輔はスナイパーライフルの引き金を未だに引けないでいた。
(……せめて、もう2人…、いや、1人でもいい…敵同士を引き離すのに、欲しい)
緊張のあまり、激しく動いたわけでもないのに、大輔は呼吸が荒い。夏の暑さも相まって滝のように汗が流れ落ちる。
こんな時、小太郎が普通の状態だったら、と大輔は頭の隅で考えたが、すぐにそれを振り払う。
(無い物強請りしたって仕方ないのに…!)
「坂田!まだ狙えねぇか!?」
彈から通信が入る。
攻撃はかなり受けていたものの、パイロットの彈はまだかすり傷程度で済んでいるらしい。
しかし、疲弊しているのは明らかだ。
「…ごめん。巡り合わせが悪くて、撃てる状態になかなかならない…!」
「だよなー…、って危ねぇ!」
彈がすんでのところで、モンスターの攻撃を躱す。
「……小太郎が、居れば……!」
無意識にそう呟いてしまったことに大輔はハッとした。つい先ほど、無いものねだりはしないと決めたはずなのに、真逆の行動をする自分を一瞬「気味の悪い人間だ」とすら大輔は思ってしまった。
「そう、だよな……。よし、ここにアイツ呼ぶぞ!」
「え、!?」
「コイツの場合、前衛は多いほど戦い安そうだしな!」
彈がそう言った瞬間に、鳴海からの通信が入った。「近くにいる小太郎と合流して2匹を引き剥がしながら狙撃を」という、まさに彈が今考えた作戦にぴったりの指令が入ったのだ。
「ここからが本気、ってカンジだな!」
「……そうなるといいけどね……!」