最低の國 19
「協調性がないヤツの扱い方ぁ?」
「うん、結構本気で悩んでるんだ……」
小太郎の様子がおかしいことが発覚した3日後。
悠は本校舎の洸一達3人に連絡をとり、いつものコンビニへと呼び出した。今日は悠と彈だけではなく、前回会うことができなかった誠也も一緒だ。
悠が「こっちが呼び出したから」と奢ったアイスキャンディーを舐めながら、考えているのかいないのか「うーん」と唸る大地。悠がまた男子を連れてきたことに少し機嫌が良くない洸一、相変わらず本から目を離さない充、と頼れるのかは正直なところ怪しいメンバーがコンビニの前に集結していた。
「それ、俺に聞いちゃう~?」
「大地だから聞いてるんだって!ずーっと孤立してた細谷くんとすごく仲良くなったじゃない?あの秘訣知りたいな~、って思って!」
「他人のことがよくわかるのって、俺より烏丸だと思うんだけどなー」
アイスキャンディーが小さくなり、こぼしてしまいそうになりながら、大地はなんとか落とさないよう口に運びながらそう言った。悠が「そうなの?」と聞くと、大地は手に残ったアイスキャンディーの棒を見て「おぉ!当たった!!」と目の前の幸せを叫んだ。
「もう!真面目に聞いてよ!!」
「聞いてるってー。だから、協調性のない人間の扱いは、俺より烏丸のほうがしっかりできるって言ってるじゃん。それに、充と仲良くなったのに秘訣なんか無いよ」
「俺も、そう思うよ!烏丸さんはちゃんと人のことを見てる人だよ」
不機嫌そうに悠の奢りのアイスキャンディーを齧っていた洸一も、話に乗ってくる。それに対して大地も「やっぱりそうだよな」と賛同する。同じく、アイスキャンディーを舐めながら本に没頭していた満も「まぁ、間違ってはないね。」と充には珍しく人と意見が合致した。
「大体、俺達は烏丸に助けてもらって今普通に学校に通えてるんだぜ?」
「確かに僕たちはそうだね。」
「そうだよ!僕も大地も充も、他にも烏丸さんに救われた人はたくさんいるんだよ!」
「な、なにそれ?そうなの?」
「なんかおもしろそうだな!詳しく教えてくれねーか?」
「僕も、聞きたい、な」
洸一の熱狂的なまでの悠の支持に、本題とは関係なさそうだと思っていた彈も興味を持ったらしく、大地達に悠のエピソードを聞かせろ、と求める。誠也もその話が気になるらしい。
「よーし!じゃあ、烏丸の本校舎時代を余すことなく喋ってやろうじゃねーの!」
「ちょっ、!恥ずかしいことは言わないでよ!?」
「はっはっは、任せなさい!」
-
時は遡って、今から1年前。悠達が中等部の2年生に進級したばかりの頃から話は始まる。
中等部に入ってから初めてのクラス替えがあり、10クラスあるそれぞれの学年がしっかりとシャッフルされた。10クラスという規模は、分母がとてつもなく大きく、1年生の頃に仲の良かったクラスメイトとまた一緒のクラスになる確率はとてつもなく低くなることは間違いなかった。例に漏れず、悠の新しいクラスはほとんどが知らない同士の集まりとなったのだ。
しかし、悠の持つ明るいキャラクター性と気のおけない付き合いのしやすさ、要するに凄まじいまでの【人望】は、既に学年のほとんどに知れ渡っており、悠はクラス替えの人間関係で苦労をすることは一切なかった。
さらに、このクラスには未来の仲良し3人組である、大地達3人が揃っていたの。もちろんクラス替えをしたばかりのこの頃は、3人ともまさか悠をきっかけに仲良くなるとは思いもしなかった。
「ねえ、あのキモフネと一緒のクラスなんだけど」
「ほんと有り得ないわー。何考えてんだろうねー、先生達。あんな盗撮野郎と一緒とか、何が起きてもおかしくないってゆーのに」
(誰がお前らの写真なんか……。大体、盗撮なんてした覚えもないし)
洸一は1年生の頃、友達らしい友達もおらず、誰とも行動を共にすることはなく、完全に悪い方向で孤立してしまっていた。本当に好きな写真と、命の次に大切な一眼レフのカメラだけが友達という状況は、悲しいことに「気味が悪い」という横暴な理由で、他者から避けられてしまう要因となってしまっていた。
写真部で真面目に活動している洸一を見て女子は「キモフネが盗撮をしている」「犯罪者予備軍だ」と騒ぎたて、男子からはそれを笑われてネタにされる。そんな環境に洸一の心は打ちのめされてしまっていた。そんな荒んだ洸一の心に突如射した光、それが悠の存在だったのだ。
「かっこいいカメラだね!写真撮るの好きなの?」
「えっ、!」
この時の洸一は、悠も他の生徒と同じで自分をバカにしに来たのだと信じて疑わなかった。何を言われても動じないつもりだった。しかし、まさか自分の手の中にあるカメラに、興味を持ってもらえるというのは予想しておらず、とても驚いてしまった。
「何の写真撮るのが好き?」
「……、花、とか」
「あー!よくお花撮ってるの見かけたよー!あれ、君だったんだね!最近のお花の写真、いいの撮れた?」
「……これ、とか。マリーゴールドの花、なんだけど……」
「おおお、すっごく綺麗!!カメラからだとこんなふうに見えるんだ!!」
それがきっかけになり、洸一は綺麗に撮れた写真を悠と共有するのが日課となっていった。学校のグラウンドで咲き乱れる桜、小さいながらも鮮やかなパンジー、夏を感じる紫陽花……、部活以外でも毎日たくさんの写真を撮っては悠と共有した。趣味を共有できる人間が身近に存在する、というのはこんなにも楽しいものなのかと洸一は毎日が楽しくて仕方がなくなった。
当初は、洸一をおもちゃにして遊んでいるだけだった同じクラスの男子生徒も、悠が写真の上手さを力説したおかげで洸一の写真の腕を認めたのか、それともスクールカーストの上位の人間である悠の意向に従ったのか、洸一を邪険に扱うことはなくなり、洸一は悠のおかげで「普通の中学生の生活」を手に入れることができたのだ。
洸一を邪険に扱っていた男子生徒の中には、現在では信じられないが大地の姿もあった。しかし、その力関係は悠によって崩されることになる。
一度だけ悠が「とても写真が上手いから」という理由で、学校の広報誌の部活特集の生徒代表カメラマンに、洸一を抜擢したことがあった。
その時は、学年イチの美形で部活でも活躍する有名な大地の写真を、悠と洸一が一緒に撮りに行き、大地も遂に洸一を認めて仲良くなることができた。被写体が女子に人気の大地であったこともあってか、洸一の天敵といっても過言ではなかった女子生徒からの支持も、少々だが得ることができた。
次に悠と洸一、それに新たに加わった大地が興味を持ったのは、ずっと本を読んで孤立していた充のことだった。充は「マニアックな部活」と呼ばれている理科部に所属しており、日々何かの実験を行っているようだった。
年に一度行われる文化祭で、理科部も出し物をしていたのだが集客は見込めず、このままでは来年の部費に影響を及ぼす、というのを人づてに聞いた悠達は理科部に力を貸すことに決めた。急ごしらえではあったが悠が文字を書き、洸一が写真を撮ってチラシを作り、部活で鍛えた驚異の肺活量で大地が呼び込みをしながらチラシを配り歩いた。
結果は大成功で、例年では考えられないくらいの人数が理科部の出し物に押し寄せ、整理券を急遽発行するまでの大盛況となったのだ。理科部の部長からはもちろん、一度も話したことがなかった充からも悠達はお礼を言われ、生徒会から来年の理科部の部費は少し多めに見積もる、との言葉まで貰うことができた。
全て。全てを悠が救ったのだ。
1年生の時にカメラばかりを触ってクラスの陰の存在となっていた少年は、もうどこにもいなかった。
しかし、所謂スクールカーストと呼ばれるクラスの階級が上位の人間と、下位の人間との波風の立たない関わりというものは難しいもので、時間が経つにつれて事件が密かに起こっていたのを洸一は見逃していなかった。
「悠ちゃんってなんでキモフネなんかと一緒にいるんだろーね」
「あー、わかるそれ!謎だよねー……。私だったら無理!」
「なんか体育祭の競技とかも相談して一緒のヤツにしてるみたい」
「えぇー……、引くわー……」
「陰キャラからの信頼得て、お姫様気分って感じ?」
「うわー、ありそぉー。計算高いってゆーか、なんてゆーか……」
ある日の教室移動の際に、たまたま洸一の耳に入ってしまった同じクラスの女子の言葉が全てを決定づけた。声の主の女子生徒は洸一を嫌っていたが、悠との関わりは人より多いはずだった。日頃、悠と仲良く接している人間が何故そんな思考に至るのか、洸一にはわからなかった。
それと同時に、自分を救ってくれた悠のことをいわれのない噂で傷つけられることは、とても洸一には耐えられなかった。しかし、洸一にはこれを悠に打ち明ける勇気もなく、声の主達を一喝する力も無い。ここから洸一は、苦悩の毎日を過ごすことになる。
(僕と烏丸さんが一緒に居ると、烏丸さんが傷つけられる……!)
洸一は翌日から、露骨に悠との関わりを避けた。最初は何かあったのか、と悠に心配されたが、洸一が真実を語ることはなかった。洸一は、このまま悠に嫌われでもなんでもして、次回のクラス替えで遠いクラスになり、このまま疎遠になることを望んでいた。それでいいのだと思っていた。
しかし、洸一のそんな考えは大地に全て見抜かれていた。洸一と悠の間の異変に気づいた大地は、下校途中の洸一を捕まえると、行きなれたコンビニへと誘った。もちろん、そのコンビニとは、現在悠達が買い食いをしているこのコンビニである。
「烏丸とケンカでもしたのか?」
「べ、別になにもない……よ?」
(嘘下手だなぁコイツ……)
大地の奢ったジュースの蓋も開けないまま、顔色悪く洸一は「なにもない」と言い張った。なにもない、と否定しながら洸一の声は震え、大地のほうを見ることは一切しない。これで「なにもない」はずがない。
「クラスの女子に余分なことでも吹き込まれたかー?」
「し、知ってたの!?」
「なんとなく。烏丸が一部から反感買っちゃってる、って話だろ?」
大地は「いらねーなら俺が飲む」と洸一の手から奢りだったはずのジュースを奪い取り、蓋を開けて喉に流し込んだ。その一連の行動に洸一は驚いたが、それ以上に驚いたのは洸一の悩みの答えを大地が持っていたことだ。
「……、なんで、だと思う?」
「誰にでもいい顔するから、って女子が言ってた。つーか、多分烏丸もわかってると思う」
「それってダメなことなのかなぁ……」
「俺は全然悪くないことだと思うけどな。それにそのおかげでお前とも仲良くなれたんだし」
少しでも粗があれば徹底的に叩く女子生徒のことを「くだらねぇよな」と一蹴すると、大地はジュースを飲み干した。
「どうしたら烏丸さんを守れるんだろ……」
「おぉ!?洸一の口から守る、なんて始めて聞いたぜ。やっぱりすげぇな烏丸は~」
「だって、僕を救ってくれたのに傷ついちゃうなんて耐えられないよ!」
「でも変じゃねえか?守りたいのに離れるのを望むなんてよ?」
「えっ……!」
悠を陰口から守りたいから離れるというのは可笑しい、というのを大地に指摘されると洸一は小さくなってしまった。大地にここまで見透かされると思っていなかったのも相まって、洸一の頭の中は真っ白になってしまった。最早、何をすれば悠を守れるのかもわからなくなっていた。
「俺なら、何があっても友達で居続けるのがいいと思う!」
「そ、そんなのでいいの……?」
「そんなの、が大事なんだってー!友達だった奴が離れていくって怖ェぞー!」
「それは……」
この時、洸一は初めて悠の立場で物を考えてみた。今日一日で洸一がどれだけ悠を拒絶しても、悠は心配そうに何度も声を掛けてくれた。洸一なりの考えがあっての行動だったが、悠が洸一を拒絶したとしたら洸一はどうなってしまうだろうか。
おそらくはここ数ヶ月、悠のおかげで積み上がってきた明るい性格は脆くも崩れ去り、また1人に戻って「盗撮野郎」と蔑まれる毎日に戻ってしまうだろう。洸一は、もうそんなのは嫌だった。
「僕……、間違ってた」
「な?烏丸のことを少し考えればすぐわかるだろ?」
「うん……」
大地の協力で洸一は思い直し、翌日からはどんなに悠が陰口を言われようと、悠の傍を離れることはなくなった。昨日はどうしたのか、ともちろん悠に聞かれたが、洸一は本当のことを話すことはなかったし、悠もそこまで心配することはなかった。心を決めた洸一の笑顔が、とても輝いていたからである。
-
「-、ってのが2年の時のハイライトって感じだな」
「や、やっぱり、烏丸さんはすごい人だったんだ!」
「すげーよな、俺もここまで話がデカイとは思わなかったぜ」
「なんか……すっごく恥ずかしいんですけど……!」
大地がすべて話終わる頃には、悠は耳まで真っ赤になって過去の話を恥ずかしがり、彈と誠也は悠を賞賛していた。洸一は洸一で当時を思い出しているのか、泣きそうな顔をしながら彈と誠也に「烏丸さんはすごい」と力説し、充は相変わらず本から目を離すことはないが少し穏やかな表情で笑っている。
「恥ずかしい話はしないって約束だったじゃん!!」
「恥ずかしい話なんかないだろー?全部、烏丸がやってきたスゲェ話だってー」
「うわああああ!すっごい恥ずかしい!!なんかよくわかんないけどとにかく恥ずかしいー!!」
大地に昔の話なんてさせるんじゃなかった、と悠は湯気が出そうなほどに真っ赤な顔で恥ずかしがった。しかし、もうそんな恥ずかしい学校生活も戻ってこないと思うと、少し涙が出そうになった。