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最低の國  作者: 糯
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最低の國 16

 「…あいつら…」


 悠から全員に送られてきた逃げ遅れた民間人の画像。なんとそれは、2年間もの間、誠也をいじめていたグループの3人だった。 

 グループのリーダー格の男子生徒・烏合うごう しゅうは中学の頃から目立つ金髪で、不真面目だが大人の言うことにはそれなりに従う小物の子分を2人連れていたので、誠也はすぐに気が付いた。

 3人は、すっかり怯えてしまっており、悠のワルキューレを見上げながらガタガタと震え上がってしまっている。


 「……笑える」

 「え、渡部くん?」


 悠は誠也が何か喋ったのは気が付いたものの、内容まで聞き取れなかったため、聞き返そうとした。


 「……僕が行くよ」

 『渡部さん!現場指揮は中心から動いてはッ……!!』


 誠也は鳴海の忠告を無視してワルキューレを操作し、悠が居る地点まで動き出した。


 「おい、誠也!!」


 彈が誠也を追いかけようとした瞬間に、鳴海からまた新たに通信が入った。


 『群れが分散、2体がこちらに向けて移動中!3体は今井さんと坂田さんで足止めしています!』

 「!?こんな時にッ…、1番近いのは!?」

 『烏丸さんと、渡部さんです!』


 学校の地下には幼稚舎から大学院まで、すべての生徒が避難している。学校にモンスターを近づけるわけにはいかない。彈も援護に向かいたい気持ちはあったが、ひとつの方向に警備が集中してしまっては意味がない。ここは耐えねば、と彈はぐっと気持ちを押さえ込み、悠の通信を入れた。


 「烏丸、そういうことだからよろしく頼むぞ」

 「任せといてよ!」



 有栖川は、今回のモンスターは低級モンスターで数も少ないから心配はいらない、と言っていたが、今回のモンスターはとんでもなく足が早かった。悠のワルキューレは機動力に難があるわけではないが、あまりの速さに翻弄されてしまい、思ったように攻めきれない。


 「渡部くん!そっちに1匹行ってる!!」

 「……うん、」


 悠は近距離用の武器のサーベルで応戦し、誠也はミサイルポッドで狙いを定めながらモンスターを狙う。その誠也の操作からは、出撃前まで彼を襲っていた「不安な要素」は微塵も感じない。逆に悠はそれを「不安」に感じていた。


 「邪魔……!」


 普段の誠也では出来ないような速さでモンスターの側に移動したかと思うと、モンスターの足を掴んで思い切り引きちぎった。モンスターは、割れるような奇声を上げて苦しむが、誠也の攻撃は止まらない。

 誠也は次に、モンスターを地面に叩きつけ始めた。1回、2回、と回を増すごとにワルキューレの動きは早くなって重力とともに力は増幅する。叩きつけられ続けたモンスターは、本当にミンチのような姿になり、もともとの形がどのようなものだったかもわからないような変わり果てた姿に変貌してしまった。


 もう、見ていられないと思った悠は、誠也に攻撃をやめるように呼びかけた。


 「渡部くん、もうっ……!!」

 「……殺さなきゃ、こんなヤツよりももっと、もっと殺してやらなきゃ……」


 ボソボソとなんとか無線が拾えるくらいの音量で誠也が喋ったかと思うと、誠也のワルキューレはミンチを捨て、次のターゲットを見やった。それは、悠が相手にしているモンスターではなく、建物の影で震えている逃げ遅れた3人の高校生であった。


 「誠也?」


 誠也の様子がおかしいことに気づいた彈は、通信で誠也に呼びかけるが、返事はなかった。誠也はワルキューレのカメラを通して、自分をいじめたグループを見下し続けていた。


 「な、なんだよこいつ…!」

 「秀ちゃん、俺達もしかして狙われてんの!?」

 「や、やめてくれ!死にたくねぇよお!!」


 (僕が、何もしてないのに、泣きそうな顔してビビってる…)


 誠也の持っていた力だけでは、どう足掻いても屈服させることのできなかった相手が、新たな力を手に入れた自分を見上げてガタガタと震え上がっている。誠也は、この状況にドス黒い快感を覚え始めていた。

自分がそこに居るだけで、いままでずっと自分を否定してきた奴らが恐れ、なんとも情けない表情で命を請うてくる。これを快感と思わない人間が存在するのだろうか、とさえ誠也は思っていた。


「松崎くん、鳴海ちゃん!渡部くんがおかしい!!」


 悠はすぐに現状の画像を全員と作戦指揮の鳴海に送信し、情報を共有した。間髪入れずに、指揮を執っている鳴海から全員に通信が入る。怯える民間人を見下す誠也のワルキューレの画像を見て、通常の誠也ならば絶対にそんな行動をとらない、と思うと鳴海すらも息を飲んだ。そしてすぐに頭を回転させ、作戦の変更を通達する。


 『状況把握致しました。距離の近い渡部さんを中心に護衛しながら、彼らをシェルターに誘導して下さい』

 「わかった!おい、誠也!!聞こえてっか!?お前が中心だ!!」


 彈が誠也に声を掛けるが誠也の返事はなく、誠也のワルキューレも先程と同じ場所を見据えている。

 すぐ近くでモンスターの相手をしていた悠も、流石に誠也のことが気にかかったのか、隙を見て傍まで寄り自分のワルキューレで誠也のワルキューレをコツコツとノックして声を掛ける。


 「渡部くん?」

 「……殺す」

 「え?……って、」


 ぐいん、と悠のワルキューレの上下が反転し、ズドン!とその場に倒れこんだ。悠の相手をしていたモンスターは、ワルキューレが倒れるのに巻き込まれ「ぎゃんっ!」と小さな悲鳴を上げながら、悠のワルキューレに潰されてしまった。

 誠也が小太郎のワルキューレを跳ね飛ばしたのだ。明らかに故意での行動である。

 誠也は謝るでもなく、逃げ遅れたいじめグループの連中に向かってゆっくりと歩き始めた。


 「う、うわああ!こっちに来る!」

 「一番近いシェルターまで走って逃げるぞ!!」

 「ひ、ひえええ!!」


 逃げ惑うグループの連中。ゆっくり、ゆっくりと前進を続ける誠也。鳴海も不審に思い、誠也に無線で語りかけた。


 『渡部さん、何をしているのですか!?シェルターはそちらではありません!!』

 「…あんなモンスターより、殺さなきゃいけない奴らがいるんだ…」

 「え、っ…?」


 いつもならば途切れ途切れに怯えながら話す誠也が、妙にスラスラと話す様子に鳴海はただ事ではない不安を感じた。すぐに鳴海は誠也以外のメンバーに、更なる作戦の変更を命令した。


 『作戦変更です!渡部さんを止めるのが最優先です!』

 「えぇ!?でも、まだ今井君達がモンスターを…!」


 「こっちは任せて」


 遠距離で狙撃を担当する大輔が、モンスターを狙撃しながら話した。


 「俺達2人で止められるよ。学校には近づけさせない。」

 「……むしろ、これ以上人が増えても邪魔なんだよ」


 小太郎も「任せろ」ってさ、と大輔が小太郎の足りない言葉を付け加えると、小太郎は「邪魔なのは本当のことだし」と言いながら、大太刀を握り直す。


 「へっ。そいつは頼もしいなぁオイ!」


 残ったモンスターを大輔と小太郎に任せ、彈と悠は誠也を止めに走った。



 「し、秀ちゃん!あいつまだ追いかけてくるよ!!」

 「俺達が、何したって言うんだよおぉ!」

 「母ちゃあぁぁぁん!!!」


 誠也はずしり、ずしり、と一定のスピードを保って、いじめグループを追い込んでいた。場所は最初の警備場所から大きく離れ、商店街の反対側にある川が見えてくる場所まで移動していた。何故こんな場所まで3人が走ったかというと、どこのシェルターも満員となっており、どこへも入り込むことができなかったからだ。


 (…もうそろそろ、川だ)


 誠也はいつにも増して素早い操作でマップデータを参照し、数十メートル程度先に川があることを確認した。


 この川は、発展都市にある川としてはかなり大きな規模のもので、数カ所に設置されている橋を使わない限り対岸には渡れない設計となっている。しかし、この非常事態。モンスターの被害を縮小させるため、橋は全て跳ね上げられ、道は分断されてしまっている。彼らに逃げ場はない。


(…苦しめばいいんだ……僕をプールで溺れさせた時みたいに……!)


 ずしり、ずしり。


 段々と川が顔を覗かせてくる。


 「か、川だ!」

 「橋がないよ秀ちゃん!!」


 道は分断され体力も限界に近づき、いじめグループは動く事も出来なくなる。


 (これは、制裁なんだ……死ね、……死ねっ……!!)


 「誠也ぁっ!!」


 全速力で走って来た彈のワルキューレが、誠也のワルキューレに思い切り体当たりを食らわせた。思わぬ衝撃に吹っ飛び、横倒しになる誠也。


 「烏丸っ!民間人をシェルターに誘導しろ!!」

 「わかった!」


 悠がすぐに追い付き、誠也と同じ方法で彼らを、まだ空きがあるシェルターまで追い込もうと誘導する体制に入った。


 「っ、放せ!!放せよぉっ!!」


 近接戦闘が得意な彈のワルキューレで思い切り押さえ付けているにも関わらず、対抗しようとする誠也。僅かに誠也のワルキューレの関節は動くが、近接戦闘を戦い抜くために設計された彈のワルキューレを引き剥がすパワーは、誠也のワルキューレには無かった。


 「あいつらを、っあいつらを殺さなきゃ……!」

 「落ち着け、誠也!!」

 「うるさい!!もうこんな機会ないんだ、絶対に殺す!!」


 普段の誠也からは信じられない程にスラスラと話し、真っ黒な殺意に満ち溢れている。彈はなんとか、誠也を押さえ付けていたが、明らかに様子がおかしい誠也が何をしてくるかわからず、モンスターに対するものに近い不安を覚えていた。


 「どけっ!!」


 誠也は怒りに任せてワルキューレを操作し、誠也を弾こうと左腰のサーベルを抜こうとした。


 「っだめだ、って言ってんだろーが!!」


 彈は誠也が抜いたサーベルを、腕の鉄鋼鍵で弾き飛ばした。さらに、しっかりと誠也がサーベルを掴んでいた手を押さえ込んでやる。


 「っ、放して!放してよ!!」

 「誠也!これは、っ、ワルキューレは、そんな事をするための力じゃないだろ!!」


 誠也は彈の言葉でハッとした。まるで悪夢から解放されたかのように体の力が抜け、ワルキューレの操縦桿から自然に手が離れた。

 操縦桿を離したことによって、誠也のワルキューレは動くことを止め、ぴくりとも動かなくなった。ワルキューレの限界に近い動きをしたせいで、焼けるように熱くなった温度だけがその場に残る。


 『松崎さん、今の内に渡部さんの強制離脱を!』

 「おう!」


 彈は誠也のワルキューレのハッチを鉄鋼鍵でこじ開けた。限界すれすれのところまで出力が上げられていたワルキューレの中は、とてつもない熱が篭っており、ハッチをこじ開けたのと同時に彈の方へ向かって熱風が放出された。あまりの熱に、彈のワルキューレのカメラが曇る。


 誠也が火傷をする前に、と彈はワルキューレを降り、誠也のワルキューレのコックピットを操作した。誠也が頭に付けているヘッドギアのロックを解除して脱がせてやると、いつ怪我をしてしまったのかは分からないが、額が切れて血が流れていた。


 「誠也、…?」

 「っ……く、…ぅっ……」


 誠也は声を押し殺して泣いていた。


 「……あいつ、ら……僕を、ずっといじめてた、奴らで……!殺、さないといけな、いって…思ったんだ……!僕を、世界から、教室から殺そうとした、あいつらをぉっ…!……でも、僕がやったのは……違った……!絶対仕返ししてやろうって、思ったけど…同じレベルに立ったって、…何も意味ないんだ……!」


 誠也は、ワルキューレの力で強くなったと思い込んでいた自分を深く恥じていた。このワルキューレは人を殺すものではなく、人を守るものだ、と彈が止めていなかったら今頃、本当にあの3人を殺して悦に浸っていたかもしれない。そう考えると、彈はゾッとした。


 『みなさん』


 装甲を彈が破壊してしまった誠也のワルキューレのコックピットから、ノイズの混じった鳴海の声がした。


 『坂田さんと今井さんはモンスター討伐が完了、烏丸さんも先程のお三方を無事にシェルターまで誘導完了したそうです。こちらで安全の確認をした後に、避難解除を致しますので、詳しいお話は戻ってからにいたしませんか?』


 上層部も今回のお話は特に聞きたいそうですから、と付け加える鳴海。やはり今回の件は大人達も放っておくわけにはいかないようだ。


「わかった、すぐ帰る」


 誠也の代わりに彈が返事をする。


「……いくぞ、誠也」


 誠也が落ち着くのを待ちたかった彈だがそれは叶わず、彈は半壊してしまった誠也のワルキューレを牽引するための準備をすると、帰投を始めた。


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