最低の国 15
悠は鳴海に対して気不味い思いをし、誠也はどん底まで落ち込み続けた3日間のオフが明け、遂に特別クラスは正式に政府への配属となった。
朝のホームルームで、有栖川を通じて政府から祝辞と共に特別クラスに配属の記念品が送られたが、中身は総理のサイン入り名刺入れという最高にいらない贈りものであった。機を見て処分しよう、と悠はすぐに教室のロッカーに放り入れた。
「遂に始まっちまったなぁ、軍隊生活」
「慈衛隊は軍隊とは違うよ」
「あれ?そうなのか?」
「……ばーか」
「うっせぇ」
有栖川がいなくなった教室で、誰に話しかけたわけでもない彈の独り言を大輔が拾い、小太郎が鼻で笑う。訓練ばかりの時間割での管理はなくなったが、今後は出撃しながら学業の課題提出をこなさなければならない。
週の半分は監督役も居ない教室で自習という名の課題をこなす時間に変わったが、いつ下るのかわからない出撃命令に怯えながらの課題は捗るはずもなく、ただなんとなく時間が流れていくだけになっていた。
「つーか、1問もわかんねーわ……。訓練ばっかりで勉強なんか全然気が回らなかったもんなー」
「多分これ、中学生で解決できる問題じゃないと思う……」
鳴海以外の課題提出が義務付けられている特別クラスのメンバーは、一応課題のページだけはめくって見ていた。しかし、見たことも聞いたこともない漢字や、使ったこともない公式を使った計算式がどこまでも羅列されていたり、中学生のレベルでは到底解けない問題ばかりだった。
誠也は必死に課題を解こうとしているが、どこをどうしていいのかわからず静止し、小太郎と大輔に至っては課題を開きもせずに携帯電話を弄っている。彈はざっと課題の全ページを見てみたがそれに比例してやる気が無くなったらしく、悠と誠也に「出撃命令出たら起こして」と言うと、机に突っ伏して眠る体制に入ってしまった。
起きて稼働しているのは、忙しそうにノートパソコンで何かの作業をしている鳴海、鉛筆は持っているが動きはない誠也、課題は捨ててぼんやりしている悠だけだった。
「……出撃命令っていつ来るのかなぁ」
「相手次第ですわね」
「……そっかぁ」
悠は鳴海に話しかけたが、すぐに会話は途切れてしまった。悠は、本校舎で授業中の洸一達にメールでもしてみようかと考えたが、真面目に高校に上がろうとしている彼らの邪魔をするわけにもいかない。ただただ体を動かせる午後の訓練の時間が来ることと、出撃命令が下る瞬間を待つくらいしかすることはなかった。
(でも、本当に渡部くんのこと心配だな……)
悠の席からでは誠也の後ろ姿しか伺えないが、どこか怯えているような、自信のないようなオーラが悠にもわかるように感じられた。何か話しかけたほうが良いか、と色々考えてみるが、話しをするきっかけも何を話していいのかもわからなかった。
(なんか……、松崎くん見てたら眠くなってきた)
悠が小さく欠伸をした瞬間だった。
特別クラスの全員の携帯電話が警報を鳴らした。出撃命令が発令されたのだ。
誠也が立ち上がって教室を振り返り、なにか言おうとしたが、
「……んだよ、人が気持ちよく寝てたってのに」
「松崎くん、出撃命令だって!」
「大ちゃん、行こう」
「うん。わかってる」
「皆さん、まずは作戦司令室へ!」
各々の声にかき消された上に、誠也が言いたかったセリフは鳴海に奪われてしまった。
政府に配属後、初めての出撃で現場指揮まで任されているのに、と誠也はまた自分で自分を責めた。しかし、それに気づいているものは誠也の周りには誰もいなかった。
-
「さぁて、皆さんお待ちかねの初出撃ですよぉ」
「別に、この前出撃したじゃねーか」
「ノリが悪いですねぇ、松崎くんは」
前回の出撃時とは打って変わって、有栖川は少し落ち着いている。悪く言えば敵襲だと言うのに「やたらと悠長に構えている」のだ。
「なんか随分落ち着いてんだな」
「ええ、前回ほど強い敵では無いですし、数も大したことありませんからぁ。まぁ、急ぐに越したことはありませんけどねぇ」
有栖川は現状を軽く説明した。
モンスターが現れたのはこの学区内で、ランクは低級モンスターで、数は全部で5体。黒い大型犬のような姿をしたモンスターで、群れで動く習性があるのか、モンスターには珍しく、全てまとまって行動しており、現在は学区内唯一のコンビニのあたりを移動中らしい。
「コンビニって、すぐ近くじゃねーか!」
「民間人の避難は?」
「既に慈衛隊を派遣して、もう完了するところですよぉ。心配いりません」
「……ホームグラウンドで大暴れしていい、ってわけか」
あまり強大ではなさそうな敵だと悟ったメンバーには、少々の気持ちの余裕が生まれているが、誠也だけは違っていた。始めて出撃した時よりはおとなしくしているが、ガタガタと震え上がっている。
「渡部くん、大丈夫……?」
「だ、だだ、いじょう、っぶっ!」
「全ッ然ダメじゃねーか……」
恐ろしいまでの緊張感が誠也を飲み込もうとしているのが解かる。立ち上がって歩けるのかも怪しいほどに誠也は震え上がり始めていた。しかし、現実とは非常なもので、慈衛隊から有栖川に、民間人の避難が完了したという報告が入った。
「さあ、皆さん出撃ですよぉ。初めての現場指揮ですがよろしくお願いしますねぇ渡部君」
「は、っい……!」
「では、作戦を説明しますので、渡部さんは特に良く聞いておいてくださいね」
またいつのまにか作り上げたのか、鳴海が瞬時に練り上げた作戦を説明し始めた。
学校の防衛に3人を当て、モンスターと直接戦うのは2人でできるだけ学校から遠い場所で全て仕留める、というのが基本の陣形で、現場指揮となる誠也は学校の周りの防衛で固定になるらしい。
「細かい割り振りは、渡部さんに一任致します」
「えっ!?……っえ、っと……あの、」
「ダイジョーブだ。俺と烏丸が誠也と学校の警備にあたる。いいよな、烏丸?」
「もっちろん!」
良いのか、と言いたげな誠也に、困ったら頼れって言ったろ、と彈は誠也との学校の警備に名乗りを上げた。彈のおかげか、一瞬だけ誠也の顔が安心したような、そんな表情になる。
「わかった。前線は僕と小太郎で行く」
「……お前ら、付いて来てもいいけど邪魔はすんなよ」
「あぁん?頼まれたって行かねーよ」
メーレームシになっちまう、と彈はおどけた様子で小太郎を威嚇するが、小太郎は相手にするつもりもないらしい。
「では、出撃許可をいたしますので、準備をお願いしまぁす」
有栖川はまた気の抜けるような、しかしどこか嫌味な喋り方で特別クラスに準備を急がせる。格納庫に悠達を走らせ、鳴海は前回と同じく指揮補佐用の無線を握って、巨大なモニターで被害状況の確認とワルキューレの出撃準備をするなか、今回も有栖川は作戦司令室のふかふかの椅子の上で高みの見物を決め込むらしい。
「誠也」
「ひ、っ……!?」
格納庫では、震える手でワルキューレに乗り込もうとしていた誠也を、彈が呼び止めていた。
「ちゃんと足りない部分はカバーしてやるから、怪我だけは気をつけろよ」
「……う、うん……」
不安そうな誠也の表情は変わらなかったが、鳴海の「音声認証を!」の声で、特別クラスの2度目の出撃が開始された。
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『モンスターは5体ともまとまって移動中。では、お話した作戦でお願いいたします。』
「了解。」
カタパルトでワルキューレごと地上に持ち上げられながら、大輔がそう答える。地上に到着すると「それじゃ、行くから」と大輔と小太郎は、モンスターが群れている場所に向かっていった。残された悠と彈、そして現場指揮の誠也は、学校の周りの警備に当たることとなった。
『学校から半径5キロ以内の周回を主にお願いいたします。本校舎の生徒は全員、クラス内のシェルターに避難が完了しています。何か変わったことがあれば、手出しをせずに現場指揮の指示を仰いでください』
「ああ、わかった」
「……はい、っ!」
鳴海の指示の後、すぐに悠達はそれぞれの方向に散った。
遂に、誠也が現場指揮で初めての出撃が本格的に始まってしまったのだ。
当の誠也はガタガタと震えながら肘を張って、ワルキューレの操縦桿を握り締めている。そのせいか、誠也のワルキューレの動きはいつも以上に硬かった。
「おい、大丈夫かよ?」
「ひぃいッ!!」
「……ちょっと通信入れただけだってば」
誠也はいつも以上に、ちょっとした事にでもオーバーに驚くようになってしまっていた。通信を耳で聞いているだけのはずなのに、全身で震え上がっている様子が手に取るように彈に伝わった。
「モンスターの群れはまだ先だし、あいつら2人でどうにかなりそうな相手らしいし、そんなに固くなることねぇよ」
「……、だ、だって……!こわ、くて……」
「だーから!!俺達が付いてるから心配すんなって-」
「渡部くん!松崎くん!! 3キロ地点に人がいる、3人!!しかもウチの高校の制服着てるよ!」
悠の慌てた声がワルキューレと作戦司令室の全ての通信をジャックする。鳴海は、慌ててモニターで悠の周囲を確認すると、確かに3人が逃げ遅れ、商店街の建物の影に隠れている。
何故、平日の午前中にこんな場所にいるのかはわからないが、どうやら完全に、ワルキューレをモンスターだと思い込んでしまっているようで、悠のワルキューレを見て震え上がっている。
『まったく……、民間人避難の確認漏れだなんて、職務怠慢もいいところですわ、慈衛隊は……!』
「それより、早く救助しねぇと……!どうする、誠也!?」
「えっ……、ぇえ!?」
現場指揮としての初仕事が誠也に振られるが、誠也は全く頭が回らず、ただただ不安で押しつぶされそうになっていた。
「っと、現場の画像送るね!」
悠はワルキューレを操作し、逃げ遅れた3人の写真を撮って全てのワルキューレと作戦司令室に送信する。逃げ遅れているのはいずれも男子生徒で、1人は明らかに素行の悪そうな金髪、もう二人は高校生らしい風貌だが金髪に寄り添うようにして震えており、金髪よりも下の立場なのだろうというのがわかる。
「っ、こいつらは……!」
誠也が息を呑む音を、悠と彈は聞き逃さなかった。