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最低の國  作者: 糯
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最低の国 14

 彈と悠は旧校舎の寮へ戻ってから、真っ直ぐに誠也に会いに行った。誠也は相変わらずベッドの上段で布団を被ったまま動かず、ミネラルウォーターのペットボトルを握り締めていた。まさか死んでしまったのでは、と彈が大慌てで布団を剥ぐと、弱りきった誠也がそこで眠っていた。


 すぐに2人掛かりで誠也を叩きおこし、半ば強制的に誠也の口に買ってきたゼリーやらリゾットやらスポーツドリンクを詰め込んだ。もちろん、誠也は突然のことに「何をするんだ」と暴れたが、弱りきった誠也は悠の力でもどうにかなるくらいに衰弱しており、食べ物を口に詰め込んでやるのに苦労はしなかった。


 「よし……、食うだけ食ったら安静、だな」

 「そうだね」

 「な、なんで、ふたりともこんな……っ!」


 何も知らない人が聞いたら、まるで悠と彈が誠也をいじめていると取られてもおかしくないような情けない声を出してしまう誠也。もちろん、そんなことは断じて無い。


 「どの口が言ってんだよ?ロクに飯も食わねえで不貞寝ばっかりで心配掛けやがって。それこそ、なんでって話だっつーの」

 「私たち、すごく心配してたんだよ?」

 「それは……、ごめん、なさい」


 誠也はまたしゅん、と縮こまってしまった。彈の口の悪さも相まって、本当によってたかって誠也をいじめているような気分になってしまう。


 「……まだ、自信ねえか?」

 「……、うん」


 わずかに頭を動かしてイエスの反応を見せながら、誠也は未だにこの部隊を率いて戦う自信はないと言った。その姿には、誠也自身の存在にすら自信がなさそうにも見えた。



 そのままその日は誠也の元気のなさを解決する糸口は掴めず、夜が明けた。

 2日目の休みのはずだったが、その予定は昼食後に大きく崩れた。特別クラス全員が有栖川に呼び出され、格納庫へ集合したのだ。


 「皆さん、昨日はひっっじょーー、にお暇でしたでしょう?本日からは新しくなったワルキューレで訓練・出撃して頂きますので、忙しくなりますよぉ」


 上機嫌の有栖川にクラス全員が呼び出されたのは、ワルキューレの改造を宣言された次の日のことだった。

 あまりの仕事の早さと、目の前の格納庫に並んだワルキューレの見た目に随分と差が出ているのとで、悠達は最早ぼう然と、改造されたワルキューレを見るしかなかった。


 「……随分早い完成だな。手抜き工事じゃねぇだろうな?」

 「今の時代、1日と少しあればこれぐらいはすぐに仕上がるものですよぉ。この国の技術とワルキューレに掛かっているお金を舐めてはいけませんよぉ」


 この前の出撃時の褒賞金もあって非常に作業はスムーズで助かったんですよぉ、と有栖川は付け加える。出撃する前に有栖川がやたらと「ご褒美」を強調していたのはこれのせいか、とその場の全員はすぐに納得がいった。


 「しっかし……すげー変わったなぁ、ワルキューレ」


 有栖川が手を加えるまでは、ワルキューレの肩に振られた番号で各々の搭乗機を見分けなければならなかったが、今回の改造によってその必要はなくなった。

 個々の個性を活かした装備を搭載したことで、ひと目で誰のワルキューレかがわかるようになったのだ。


 「では、順番にご説明しますねぇ」


 有栖川は簡単に、新しくなったワルキューレについて説明した。


 彈と小太郎のワルキューレは近接攻撃に特化した作りに変更され、弾のワルキューレには両手に三叉の鉄鋼鍵が装備され、小太郎のワルキューレにはワルキューレよりも大きく鋭い太刀が装備されている。どちらも標準装備だったサーベルの装備は外されており、ずんぐりとした見た目だったボディは少々細身に削られて、機動性も上昇して向かうところ敵なしの近接特化兵器に変貌していた。


 悠と誠也のワルキューレは中距離攻撃が主になるため、こちらも新しい武器が装備されていた。悠のワルキューレには右手にボウガンが装備され、誠也のワルキューレは両肩に連続で発射可能なミサイルポッドが装備されている。悠と誠也のワルキューレに関して変わっているのはその程度で、あまり大きな変更点は見受けられない。武器以外の都合が初期の状態のままで済むのだろう。


 中でも大きく変更になったのは、遠距離攻撃担当の大輔のワルキューレである。ワルキューレの足腰は初期と打って変わって重厚なものになり、近接装備は全て捨てて特注のスナイパーライフルを装備し、遠距離攻撃のみに全てをかけたものに生まれ変わったのだ。


 一通り説明し終わると、有栖川は満足そうな笑顔で「まあ各自触ってみてくださいねぇ」、と嬉しそうに新しくなったワルキューレを悠達に勧めた。


 「中身はあんまり変わってないんだな」

 「……前より早く動けそう」

 「前線に出ないでいいのは大きいかも」


 彈は早速自分のワルキューレに乗り込み、コックピットを弄りまわしているが、いままでのワルキューレとの違いに戸惑いながらも少しワクワクしている様子だ。小太郎も大輔も自分のワルキューレの全てを把握しようと必死だが、誠也は乗り込んだものの一向に手が進まない様子で、ただコックピットに座っているだけなのを、悠は見逃さなかった。


 (今のままの渡部くんに、本格的な出撃なんて本当にさせるの……?)


 誠也の不調がこのまま続いて、もしも明後日の正式配属日にモンスターが出現したとすれば、誠也がこのまま現場指揮を執ることになり、半端なものではないプレッシャーが更に誠也にのしかかることになる。それこそ、始業式の日に有栖川が言っていた「使えない人間は盾にしかならない」というのを体現してしまうことになる。もちろん、悠はそんなことは絶対に避けたかった。


 「どうですぅ?烏丸さん?素晴らしい戦闘機に生まれ変わったでしょう?」

 「えっ!?あ、そ、うですね!」


 悠は誠也のことが気になるあまり、背後から有栖川が忍び寄ってきていることに気付かなかった。

 慌ててコックピットをガチャガチャと弄りまわして、ワルキューレが生まれ変わったことを喜んでいるように取り繕うが、おそらく有栖川は全てお見通しであろう。いかにも黒そうな腹の奥底で笑われているのかと思うと、とてもいい気分にはならなかった。


 「彼が心配なんですかぁ?」

 「……そりゃ、クラスメイトですし」

 「まぁ、心配したところで亡くなる命は亡くなってしまうものですからねぇ。気にするだけ時間のムダというものですよぉ」


 お利口に生きましょうねぇ、と有栖川は悠にしか聞こえない程度の声でお得意の嫌味を吐いた。それに対し悠は、怒りを通り越したもっと毒のように黒い感情が湧き上がるのを全身で感じた。嗚呼、これが「殺意」と呼ばれるものなのだろうか、と沸騰しそうな頭で遠く感じていた。


 「さぁて。新ワルキューレの使用にシミュレータも更新が済みましたし、すぐにでも軽く訓練してみましょうかねぇ」


 有栖川はうきうきと楽しそうにそう話し、シミュレータの電源を入れて訓練の準備を始めた。



 「……やっぱり、僕無理……」

 「そう言うなって。実際、この前の出撃で1体仕留められてるんだから、心配いらないじゃねーか」

 「あれは……まぐれ、だよ」


 シミュレータの訓練を終え、時間は夜9時を回ったところだ。

 せめてベッドの上から長い時間、誠也を引きずり出せないかと彈が考えて出した答えは、彈の生活のサイクルを誠也に合わせてみることだった。そして現在、彈はベッドの上からほぼ無理矢理に引きずり下ろした誠也とともにシャワー室に向かっている。

 シャンプーやリンスのボトルが入ったプラスチックの風呂桶が、かたんかたん、と楽しそうな音を立てているが、持ち主の誠也は到底そんな気分にはなれない様子のままだった。


 個性を最大限に生かした装備を整えてもらったはずの新型ワルキューレで、シミュレータ訓練に臨んだのだが、結果は誠也のみが惨敗という形になってしまったのだ。

 まずは操作に慣れるために難易度は難しくないものに設定していたはずだが、誠也は訓練の初日を思わせる程の出来の悪さを披露してしまい、元々沈んでいた気持ちが更に沈み込んでしまった。

 例えるなら、酸素ボンベ無しで重りをつけられて海の底へと叩き込まれたような、もうどうしようもない気持ちなのだ。その証拠に、いつも以上に顔色も青い。


 「心配いらねえって!なんかあったらしっかり前衛の俺達が盾になってやるからよ!」

 「あんなに薄く削られちゃったワルキューレでそんなことしたら、彈が危ないじゃない……」

 「薄くったって……なぁ……」


 彈の身を案じているのか、単に卑屈になりすぎてしまっているのか。最早、今の誠也の口から出る言葉ではなにもわからなくなってきていた。


 「ま、シャワー浴びれば頭もスッキリするって!」

 「……そうだといいな」

 「お!ちょっとは前向きになれてきたか!?」

 「……まだ、わかんない」


 なんだか更にどんよりとしてしまった誠也とともに、彈はシャワールームのドアを開ける。どうやら先客が2人ほどいるらしく、シャワー室は5つある個室のうち、隣あった2部屋が使用中のカーテンが掛かっており、部屋の中は蒸気で霧掛かって見える。小太郎と大輔だ。


 「おめーら、先に入ってたのかよ」


 使用中の先客に向かって彈が話しかけるが、返事はない。彈は「……まぁ、それぐらいは予想の範疇内だけどよー」と少し傷つきながら、空いているシャワー室へ入ってカーテンを閉めた。

 誠也もそれに続いて、空いているシャワー室に入ろうとしたが、うっかりシャンプーボトルを桶から落としてしまった。丸みを帯びたボトルはそのままコロコロと転がっていき、小太郎か大輔が使用中のシャワー室の中へと入っていってしまった。


 「あっ……、」


 普段の2人の人を寄せ付けない冷たい印象と、誠也自身の気の小ささも相まって「悪いけど取ってくれないか」とも頼めず、誠也はただ居心地が悪そうにボトルが転がっていってしまった先を見つめるしかなかった。


 (言わなきゃ……、言わなきゃ、何も……!)


 瞬間、サッと使用中だったシャワー室のカーテンが開き、姿を現したのは、腰にタオルを巻いただけの不機嫌そうな小太郎だった。片手には誠也のシャンプーボトルを持って、とても嫌そうに誠也を睨みつけている。それだけで誠也は萎縮し、固まってしまった。


 「あ、……あの、……!」

 「……ボーっとすんなよ」


 ほらよ、とでもいいたげに、小太郎は誠也にシャンプーボトルを投げてよこした。突然のことに、誠也はあわあわと必死にキャッチしようと頑張ったが、持ち前の鈍さが努力を邪魔して、結局ボトルを弾いてしまった。シャワーの音が細かく聞こえる程度だった部屋中に、プラスチックのボトルがタイル張りの床に落ちる乾いた音がカンカンと響く。誠也は恥ずかしくなり、大慌てでボトルを拾った。


 「……ドンくさ……」


 小太郎はそう言い捨てると、カーテンを閉めて中断していたシャワーを再開させた。誠也はその場から動き出すことができず、シャンプーボトルを抱えながら涙が出そうになっていた。


 (現場指揮になるのに……、ドンくさいって……おもわれ、てる、……)


 改めて辛い現実を突きつけられた気分になり、誠也の肩はガタガタと震え始めた。


 「誠也―。リンス貸してくれねーか?俺のやつもう無くてさー」


 彈がカーテンを少し開けて顔を出しながら誠也を呼ぶが、今の誠也には何も聞こえない。慌てて彈がタオルを巻きながら駆け寄る頃には、誠也の目からは遂に大粒の涙が溢れてしまっていた。



 場所は変わり、今度は女子のシャワー室で事件は起こった。

 悠は、彈達男子生徒とは1時間遅れたタイミングでシャワー室に向かうと、既にそこにはシャワーから上がった鳴海がシャワー室に置かれたベンチで髪を拭きながら休んでいた。


 「鳴海ちゃん、もう上がったの?」

 「ええ、お先に入らせて頂きました」


 鳴海ががしがしと少し乱暴に透き通るような水色の髪を拭く姿に、悠はつい目を奪われてしまった。

 悠から見て、鳴海という人物は「中学生の女の子」というより「大人の女性」という印象が強い。今までに出会ってきた人間のなかでも、特に精神的に自立しているのが悠の目から見ても分かる。もしも自分に鳴海と同じ環境と性格が整っていたとして、同じ時期に同じくらい大人になれるのだろうか。悠はつい自分の世界に入り込んでしまう。


 「……何かお話があるのですか?烏丸さん」

 「えっ!、あの……えーっと……!」


 もちろん、悠から成海に直々に頼みたいことはあったが、いざ鳴海を目の前にすると、うまく口が開かない。いままでこんなことはなかった。そのくらい、いまからする話は無謀な話なのだ。


 「……渡部くんの、ことなんだけど……、1回だけ、現場指揮を変わってもらったりってできないかな?」

 「何故です?」

 「なんで、って……このまま渡部くんを戦場に出したら、多分……無事には帰ってこられない、から」

 「そうですか。ですが、有栖川博士の仰った通り、政府の決定はまず覆りませんよ」


 事務的にはっきりと鳴海はそう言い放った。否定的な意見はある程度予想していたものの、ここまできっぱりと言われてしまうと、悠はその先の言葉が続かなかった。


 「それに、戦場にはすぐ慣れますから」

 「で、でも……、!」

 「政府の決定は絶対ですから」


 失礼します、と鳴海はシャワー室を出て行ってしまった。残されたのはやるせない悠の気持ちと、シャワーから滴る一滴の水音のみだった。

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