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最低の國  作者: 糯
14/28

最低の國 12

 (渡部ぇ~、金貸してくんねぇ?今月ピンチなんだよね~)

 (毎日毎日冴えねえツラ見せやがって。居るだけでうぜーんだよ)

 (俺達の分まで、宿題やれっつっただろーが。人が言ってることわかんねぇとか、生きてる価値あんのお前?)


 不良を絵に描いたような外見と、横暴な男子生徒達の顔を覚えている。その中でも、禁止されているはずの金髪に髪を脱色し、視界に自分が入ってしまえばサンドバッグのように殴られ続け、財布の中身を根こそぎ奪い、自分の人権という人権を搾取したリーダー格の男子生徒の顔は忘れもしない。


 けらけら。へらへら。下品な笑い声は少しづつ数が増えて囲まれ、ついに壁際に追い詰められる。逃げ場はない。ぎりぎりと見えない何かに、心臓が直に押え付けられる気分だ。いたい。苦しい。目の前の者達と戦う力は沸かない。嗚呼、やられてしまうのだ。


 (お前は所詮、奪われる側でしかねぇんだよ)



「…っ、は、ぁっ…!はぁ、っ…!」


 空も明るくならない夜明け前。

 汗だくで目を覚ました誠也の姿は、特別クラス寮の粗雑な2段ベッドの上の段に、きちんと収まっていた。誠也自身も、起き抜けでまだ鈍っている五感全てを無理矢理働かせて、その事実を全身で感じた。


 「ゆ、…め…」


 どうやら、昨日は布団を被ってそのまま眠ってしまったらしい。2段ベッドの下段を少し覗いて見ると、彈がぐうぐうといびきをかきながら爆睡しており、その光景が誠也に先程の事は夢だったとまた強く認識させ、なんともいえない安心感に包まれる。


 (…ここに、あいつらはいない…)


 ホッとしたような、でもどこか不安が拭いきれない複雑な気持ちと、どくんどくんと早鐘を打つ心臓のせいで、なかなか安心しきれない誠也。あの悪夢の続きを見てしまうのではないか、とまたすぐに布団を被って寝直す気にもなれなかった。


 水でも飲んで落ち着こう、と持っていたはずのペットボトルの口を開けたが、中身はカラになっていた。


 (…水…)


 誠也は、彈を起こしてしまわぬよう、慎重に2段ベッドの梯子を降り、共用の冷蔵庫がある1階の食堂へ向かう。食堂までの道のりも、周りを起こさないために、音を立てないように進んだ。廊下にある、じりじりと昼夜問わず稼働している飲み物の自動販売機が、なんだか少し怖く感じた。


 (…あった)


 食堂に入ってすぐの場所にある共用冷蔵庫。各々の名前さえきちんと見えるように書いておけば、なくなったりしてしまうことはない。誠也の名前が書いてあるミネラルウォーター入りのペットボトルも、ちゃんとそこにあった。

 しかし、誠也の目にはそれが少々イレギュラーなものに映っていることは、特別クラスの面々は誰も知らなかった。


 (去年までは学校に私物置いといたら、なくなってるか壊されてるかしてたのに…)


 誠也が1年間留年した理由。それは、入学して数ヶ月後から始まった、いじめによる不登校が原因だった。


 相手は、誠也と同じ学年ならば名を知らぬ者はいない札付きの不良生徒で、誠也が喧嘩をしたところで敵うはずはなかった。反論すれば殴られ、持ち物を隠され壊され、とにかく傷付けられた2年間。誠也自身でもよく耐えていたものだと、今ならば思う。思い出しただけで、胃の辺りから塊のようなものがせり上がってくる。誠也は慌てて自分のペットボトルを取り、中身を半分ほど飲み干した。


 (…将来のこと考えると、普通科クラスに戻るのが良いんだろうけど…誰からも蔑まれることがないなら、俺はこのままでも、いいや)



 薄暗い夜明けに太陽が昇り、特別クラスのメンバーはいつもと同じように教室に集結する。

 しかし、有栖川の計らいで、前日の初出撃とワルキューレの改造のために使用不可になるということで、今日から3日間はオフということになった。


 訓練に次ぐ訓練で気持ちが休まる暇もなかった特別クラスにとって、とても貴重なオフだ。せっかくのオフに悠は勉強をする気分にもならず、部屋に備え付けられた机の椅子でぼんやりとしていた。春も深まってきており、暖房の必要もない心地良い陽気に、このまま昼寝でもして休みを謳歌しようか、と思っていた矢先に、


 「烏丸さん。いまお時間頂けますか?」


 有栖川に呼ばれていたはずの鳴海が急に部屋に戻ってきた。部屋のドアを開けるのと同時に鳴海にそう問いかけられたので、悠の眠気は一瞬で吹っ飛んでしまった。


 「うん、大丈夫だよ。どうしたの、鳴海ちゃん?」

 「何か欲しいものはありませんか?」

 「え、…?」


 悠の誕生日が近いわけでもなければ、バレンタインやクリスマスのような贈り物をするイベントの日でもない。一体なんの情報収集だろうか。


 「え、っと……?」

 「無いんですか?欲しいもの」

 「ど、どのくらいのレベルでの話……なのかな?」

 「どのくらいもなにも、烏丸さんの欲しいものを伺いたいのですけれど」


 (あ、これダメだ。会話になってない。参った。)


 悠は鳴海が質問してきてからの短い期間に、うんうんと頭を働かせ、なぜその質問をして来るのかの経緯を聞くことから始めた。


 「なんで急にそんなこと聞くの?」

 「先日の出撃の戦果と、政府への正式な配属のお祝いとしまして、皆さんお一人お一人に贈り物をしたいと思いまして」

 「へー、そうなんだ。……って、先にそれ教えてくれなくちゃぁ……」


 何の話かと思ったよー、と悠は鳴海に笑いかけながら指摘するが、鳴海はいつでもメモを取れる体勢を崩さず、悠の口から欲しいものが飛び出してくるのを待っている。


 「―って言われると、何にしたらいいか迷うなぁ……予算とかは?」

 「有栖川博士からの御好意で、予算や個数に上限は設けておりません。」


 成程、有栖川の差し金か、と悠はようやく鳴海の行動に納得がいった。


 (そうなると、何頼んでも平気そうだなー。日頃の仕返しにすっごく高いもの頼んじゃったりとか、大人が買ってたら恥ずかしいものにしたりとかもアリか―)


 「今すぐは難しいでしょうか?」

 「うーん……改めて言われると意外と悩んじゃうね。他の皆は何が欲しいって言ってたの?」

 「先ほど松崎さんにお会いしましたのでお伺いしたところ、松崎さんは新しい圧力鍋が欲しいそうです」

 「へ、へぇ…」


 彈が圧力鍋を所望している、というのも意外だったが、食べ物や消耗品なんかの所謂「消え物」を所望するかと思えば、どうやらそうでもないらしい。やはり人間、「なんでも好きなものを買ってやる」という言葉には弱い生き物なのだな、と悠は再確認した。


 「じゃあ…、ルメールのチョコレートがいいな!一粒500円の超高級チョコレート!箱にいっぱい入って売ってるやつ!」

 「畏まりました」


 悠は、チョコレートの本場・ベルギーの王室御用達で有名な「ルメール」というブランドの、高級チョコレートを有栖川に所望することにした。流石に鳴海も驚くだろう、と思ったがそんな様子は欠片も見せず、鳴海は意外に機械的な反応で、サラサラとメモをとると、「お時間頂き、ありがとうございました」と部屋を去った。おそらくは次の誰かに欲しいものを聞きに行ったのだろう。とんでもない「空振り」をした、と悠は虚無感に似たような感情に包まれる。


 「……半分冗談で言ったのに、」


 誰も居なくなった部屋で、悠はぽつりと呟いた。高級チョコレートが本当に欲しかったわけではないからだ。たしかに、悠は甘い物が好きだし、まだテレビや雑誌でしか見たことの無い、ルメールの高級チョコレートも、いつか食べてみたいと思っていたのは事実だ。しかし、本当に欲しい物はそんな即物的なものではない。悠自身、ちゃんとこの思いはわからないが、鳴海に恥ずかしくなく話せる「欲しい物」が欲しかった。


 (このクラスで一緒にチョコを食べてくれる、ともだち、とか……言えないわ)


 悠はベッドの上段に上がり、布団に身を任せて横になった。ベッドに寝転んで、制服のポケットに仕舞いこんでいた携帯電話を確認する。


 (メール……2通?)


 特別クラスに籍が移ってしまってから、本校舎で仲のよかった友人とは疎遠になってしまい、メールマガジンくらいしか届かなくなっていた悠の携帯電話に、珍しく2通のメールの着信を知らせる表示が出ていた。メール画面を選択し、差出人を確認すると、そこには懐かしい友人の名前があった。


 (貴船 洸一…!洸一だ!!)


 貴船(きふね) 洸一(こういち)とは、中学2年まで悠と同じクラスだった男子生徒の名で、悠とは大の仲良しだった人物だ。あまりに仲が良かったせいか、「烏丸と貴船は付き合っている」という噂が流れたりもしたが、根も葉もないくだらない話だと2人で笑って否定したこともあった。


 洸一は、入学直後から写真部に所属している。2年生までのクラスでは大人しい方に分類される男子で、現在は他の生徒と同じく本校舎で高校に上がる準備をしているはずだ。


 『元気にしてますか?メールくらいなら貰えるかなって思ってたけど、待てなくなって俺からメールしてみました!特別クラスは忙しいのかな?俺もクラスの奴らも変わらず元気です!暇なときでいいんで連絡ください! 洸一』


 訓練が忙しく、なかなか連絡できなかったせいで、洸一まで心配させてしまったことを悠は申し訳なくおもった。洸一が元気そうなことに安心し、悠は返信を打つことにした。


 (何から話そうかなー)


 なんとなくモヤモヤした気分から救われるかと思ったのも束の間、悠はメール作成画面を開いてから気が付いた。特別クラスの人間ではない洸一には、嘘を吐かねばならないのだ。


 (特別クラスのこと、本当のことは話せないし……何書いたらいいか、わかんないな……)


 自分がもうすぐ戦場で死の淵に立ち続けることは、洸一には話せない。しかし、特別クラスの現実の辛さに、全て吐き出して楽になってしまいたくなる自分も、悠の中に存在している。


 しかし、そんなことをすれば特別クラスや自分の家族はもちろん、洸一にも迷惑が掛かってしまう。当たり障り無く、一度の返信で終わってしまうメールがこの場合の模範解答であることは、悠もわかっていた。


 (……巻き込まないためだもん、仕方ない)


 悠は、とりあえずメールを作ってしまうことにした。


 『聞いてたとおりで勉強ばっかり!嫌になっちゃう!遊びに行きたい!』等の本校舎の人間が考えていそうな事ばかりをならべ、それっぽい文書を作る。文字を打ち出す指の動きと、頭の中の特別クラスの全てがまるで違いすぎるのを、悠は自分のことながら気持ちが悪いと心底思った。



 同じ頃、特別クラスのある旧校舎から2キロ離れた場所に位置する本校舎では、授業の合間の休み時間が取られていた。


 「洸一、何してんの?」

 「烏丸さんにメールしてみたんだ」

 「なんだよ、また烏丸の話かよー。好きだなぁオマエ」

 「だから、そういうのじゃないってば!」


 とある教室に男子生徒が2人、固まって話している。

 自分の机に付いて携帯電話をいじっているのは、悠の友人である「貴船 洸一」だ。


 さらに、その洸一をおちょくって遊んでいるのは「布瀬ふせ 大地だいち」である。


 彼はラグビー部に所属する運動神経抜群の男子生徒で、こちらも悠の友人だ。

 大地は滅多に見られない美形の男子で、中等部だけに留まらず、高等部の女子生徒からも人気がある。

 何故、華やかさのない所謂「陰キャラ」に分類される洸一とつるんでいるのかと問われた時期もあるが、単にとても馬が合う、というだけで他意はない。


 「なになにー、また悠ちゃんの話ししてるのー?」

 「ホントに好きなんだねー、貴船は。一途な男だよー」

 「やめてよー!!」


 2年次に同じクラスだった女子生徒にも、おちょくられてしまう洸一。

 「公認カップルなんだから安心しろ」とまで大地に言われるが、そもそも悠と洸一は付き合ってなどいない。必死に洸一が否定するも「照れるな照れるな」で躱されてしまう。


 「もう……!助けてよ、みつる!!」

 「僕、関係ないし。」


 洸一はひとつ後ろの席でおとなしく読書をしている男子生徒・細谷ほそや みつるに助けを求めたが、彼は彼で興味がなさそうに本のページをめくっていた。


 悠達、特別クラスの手の届かないところで、本校舎の生徒たちは勉強に追われながら、学生生活を謳歌していた。


 「あ、メール返ってきた」

 「なんだよなんだよ、烏丸か?彼女か?」

 「やめてってばー!!」

 「貴船も大地も煩いよ。」

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