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最低の國  作者: 糯
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最低の國 11

 怒涛の初出陣を終えて数時間後。各々が怪我の手当てやメディカルチェックと称した基本的な身体検査を終え、有栖川への戦果報告を兼ねて反省会と称したミーティングを行うべく、作戦司令室へと招集された。


 「皆さんなんとなく気づいているとは思いますけどぉ、決して褒められた戦果でないことはお分かりですよねぇ?」


 有栖川がねっとりとそう話すと、怪我も少なく、奇跡とも取れる生還に落ち着かない様子だった特別クラスは、すぐに表情が曇った。


 「敵1体につき1人で対処するはずでしたのに作戦無視。それに、大した力もないのに仲間の力を借りようともしないスタンドプレー。……正直、2、3人は死んでもおかしくない問題行動ばかりでしたよぉ?」


 それに対し、血の気の多い彈も、普段は言いたいことははっきりと言う大輔も、何も言わなかった。いや、何も言えなかったのだ。鳴海が安全なはずだ、と作りこんだ作戦を半分以上無下にし、ほとんど崩れた陣形で敵に立ち向かったのは事実以外の何者でもないからだ。有栖川に返す言葉がある者は誰もいなかった。


 「まぁ、その様子だと多少は反省もしていただいているようですし、今回は初出陣というのも考えましてお咎めはナシということに致しましょうかぁ」


 有栖川のその言葉に、彈が誰よりもホッとしているのを悠は見逃さなかった。


 「さて、お話は変わりましてぇ。来週から本格的に防衛に当たって頂くわけなんですがぁ、実際の戦場で指揮を取る隊長をそろそろ選出しないといけないですねぇ」

 「隊長?」

 「ま、わかりやすくご説明しますと、現場責任者みたいな立場ですかねぇ」


 有栖川は、悠達6人を今一度、品定めするようにぐるりと見渡す。


 もう自分は関係ないと言わんばかりにあさっての方をぼんやり見つめる小太郎。

 今度は有栖川の口から何が飛び出してくるのかと警戒する大輔。

 眉一つ動かさない鳴海。

この状況に完全に怯えてしまっている誠也。

 先ほどとは打って変わって、少しワクワクしているのか楽しそうな顔をしている彈。

 最早、何を言われているのかわからず、ただただ「ぽかん」としている悠。


 それぞれがそれぞれの反応を見せるのと共に、本当にこの中からリーダーに適任な人材を有栖川は見つけ出したのだろうか。


 「?明星が隊長をするわけじゃねーのか?特別中の特別枠なんだろ?」

 「彼女には、指令室で戦況判断と戦闘のサポートをお願いするつもりなんですよぉ。なので、前線に直接出て行くことはないんですぅ。立ち位置としては現場責任者の補佐、って感じですねぇ」


 あといい加減に敬語を覚えてくださいね松崎くん、と有栖川は付け足す。

 どうやら鳴海は、悠達特別クラスのメンバーと共に前線で戦うことは一切ないらしい。何があっても生き延びなければならない「未来のある人間」だからなのだろう、というのは悠達にも簡単に予想できた。しかし、それと同時に、鳴海を取り巻く政府の大人達への不信感もまた募った。


 「で、気になる隊長なんですが、政府からの決まり通りに成績順でひとり選出しますねぇ」


 こればっかりは勉強がお得意な人じゃないと何かと困りますからねぇ、と有栖川は付け加える。鳴海を除いたこの5人の中で、過去2年分の成績が一番良かったのは…、


 「そういうわけで、渡部くん。隊長として1年間よろしくお願いしますねぇ」

 「えっ、僕、……!?」


 名前を呼ばれた誠也の表情は、見る見るうちに血の気が引いて真っ青になり、椅子に座っているというのに膝が震えはじめた。誠也本人はもちろん、この一ヶ月間で周りも解っていることだが、誠也はリーダー向きの人間ではない。むしろリーダーには不向きすぎる人間だ。誠也は、どうか変えてくれと有栖川に懇願するが、有栖川は「政府の決定は覆らないですよぉ」の一点張りで、誠也が隊長を務める以外、道は無かった。


 「だ、だいたい僕は、最後にテスト受けたのなんて…!」

 「中学3年生の1学期の中間テストが最後のテストでしたねぇ。君は解答用紙を取りに学校には来ませんでしたけど、学年で100番以内に入るくらい、なかなかいい成績だったんですよぉ?」

 「えっと……、僕のワルキューレはさっき、壊れてっ、…!」

 「あぁ!大事なお話を忘れてましたねぇ」


 ぽん、と有栖川が手を叩くと、また誠也はそれに怯えた。


 「皆さんのワルキューレですが、政府から今回の出撃に対して褒賞金が出るそうなんですよぉ。なので、ここ1ヶ月での皆さんの立ち回りを考えて、ワルキューレに少々手を加えようと思っていましてねぇ」

 「?それってどういうことだ?」

 「つまりは、皆さんの特性を生かしたワルキューレに生まれ変わる、ってことですねぇ。今まで以上に強化される予定ですので、もっと扱いやすくなりますよぉ。使用者に合わせたカスタマイズというのをずっと考えてたんですが、どうにも予算が足りなくて実現が難しかったんですが、今回の件でなんとかなりそうで本当に嬉しいですねぇ」


 有栖川はとても嬉しそうにニコニコ笑っている。上機嫌そうな有栖川は、「そんなわけで今後は強化された部隊の隊長としてしっかり活躍してくださいねぇ」と、怯え切った誠也に釘を刺した。


 必死に隊長の座から逃れようとする理由を考える誠也の努力も虚しく、「じゃあ、本日のミーティングはこれまでにしましょうかぁ」と有栖川は、誠也の顔を見る事もせず、ミーティングを切り上げてその場を去ってしまった。有栖川の去った作戦司令室には、重い沈黙と青い顔をした誠也が残される。


 「…誠也が……リーダーかぁ……」


 彈が沈黙を破り、誠也に何か声をかけようとするが、上手く出てこない。


 「……内緒で、変わってくれたり、とか」

 「いや、俺バカだし」

 「む、無理だよ、僕じゃ……!」


 ここ1ヶ月間、誠也の訓練成績は、全国に少しづつ配備され始めている特別クラスの訓練生の中でも、過去最低評価を記録し続けていた。

 ワルキューレを動かす事にすら戸惑ってしまい、無理に操作してパニックに陥り、敵を目の前にして自滅したり、遠距離攻撃を仕掛けようとしているメンバーの前に陣取って迷惑をかけてしまったり、と後衛にしておくにも技術の無さすぎるパイロットなのだ。その状態でさらにリーダー業務が務まるのか、と問われれば、10人居たら9割以上が「無理」だと答えるに違いない。


 (リーダーとかそういう役割は松崎くんが適任だと思うんだけどな。なんだかんだ色々見てると思うし)


 悠は何気なく彈のほうを見詰める。すると、彈と目が合い、彈も彈で困ったような顔していた。


 「まぁ、俺達も協力するし、心配いらないだろ」


 そうだよな?と彈は、悠達に同意を求めるが、


 「……いや、正直キツイと思う」

 「俺も」

 「渡部さんが分かり易いように、作戦や陣形に手を加えなければいけませんわね」


 大輔や小太郎は完全に否定的で、鳴海に至っては協力しようという気持ちはあるものの、一言多い性格が仇となり、否定的な意味に聞こえてしまう。流石に悠がフォローしようと口を開こうとしたが、その前に小太郎が更なる毒を吐いて浴びせた。


 「……大体、成績順で選ばれた隊長なんて、欠席裁判みたいな話だろ。そんなテキトーなリーダーに命半分握られるなんて、俺は御免だね」

 「ちょっ、…今井くん…!」


 まだ何もしていないというのに、誠也は小さくなって今にも泣き出しそうだ。

 小太郎と誠也ではまさに「天と地ほどの差」といっても過言ではないくらいに実力が違っており、言葉の重みは半端なものではない。小太郎の言葉がワルキューレのサーベルよろしく、誠也に深々と突き刺さる。


 「言い過ぎだよ、小太郎」

 「……ホントのこと言っただけだよ」


 大輔が小太郎を窘めるが、小太郎が反省する様子は無い。これ以上、小太郎と誠也を同じ空間に留めておくのは危険だ、と判断した大輔は席を立つと「部屋に帰る」と言い残し、小太郎も便乗して教室を出ていった。鳴海も、もう何もないのなら、と仕事をしに部屋に戻ってしまった。

 残されたのは彈と悠、そして問題の誠也だ。


 「渡部くん、あんまり気にしないで、ね?」


 悠は小太郎の発言を気にするな、と誠也に促すが、誠也は顔を上げなければ返事もしない。小太郎の言葉の刃は、誠也の気持ちをあのモンスターのようにズタズタにしてしまったのだ。


 「あいつら3人が協力しねーなら、俺達だけでも協力するからさ!な!?」

 「…………」


 いつもなら心強いはずの彈の言葉も、今の誠也には響かない。


 「……僕も、行く」


 ふらふらといつも以上におぼつかない足取りで、様々な場所にぶつかりそうになりながら、誠也は作戦司令室を出ていってしまった。


 「……どーなるかねぇ……?」

 「変わってあげられない以上は、渡部くんの気持ちの問題じゃないかな……」

 「ますます不安になる話だなぁ、それ」


 力なく笑った後、彈はため息を吐いた。



 夜になっても、誠也の気持ちは変わらず、頭に漬物石でも乗っかっているかのように、ずっと自室のベッドの上で体育座りを崩すことなく項垂れていた。


 「誠也ー、飯の時間だけど……」

 「……いらない」

 「気持ちは解るけどよ……。食って寝ればちょっとは元気になるだろ?」

 「……いらないから、彈にあげる」

 「お前なぁ……」


 誠也は、自室の2段ベッドの上の段に小さく座って顔も上げないままそう話し、その場から一切動こうとはしなかった。夕食の時間より前に、彈が何度か下から呼びかけていたのだが、誠也は1ミリも動く様子はない。

 誠也の近くに置いてあるペットボトルの水は減っているので、水分は辛うじて摂っているようだが、気持ちの問題もあり、誠也は半日足らずで恐ろしく衰弱しているように見えた。


 「別に1人で闘えって言われたわけじゃねーし、考え過ぎるのは良くないぞ?」

 「……彈はリーダーじゃないから、そういうこと言うんでしょ」

 「なんか……、めんどくせー事言うんだな、お前って」


 まだ何も始まっていなければ、何もしていないというのに、誠也の素晴らしいまでの凹みっぷりに、彈は少しづつ疲れ始め、次第に苛立ちも覚えていた。


 「なんかあったら俺と烏丸だけでもフォローするって話さっきもしただろ?あれは嘘じゃねえし、お前1人に隊長の仕事みんな任せっきりにするつもりもねえから、とにかく俺達を信じろよ」

「……できないよ……。僕は、彈や烏丸さんみたいな人じゃない、から……」


 完全に取り付く島もない、と判断した彈は、大きめのため息を吐いた。今この状態の誠也を、ベッドの上から動かす方法は、彈には思いつかなかった。


 「まぁ、腹減ったら降りて来いよ。飯取っといてやるからさ」


 彈はとりあえずその場を離れ、誠也をひとり相部屋に残して食事に行ってしまった。


 誠也は、彈が去ったのを確認すると、ゆっくりと顔を上げた。

 なんとなく部屋で唯一の窓を見上げると、まん丸の満月が鉄格子に阻まれながら、誠也を照らしていた。ボーダー柄のようにも見える光と影は、絶望のどん底に居る誠也に、世界が無理やりスポットライトを当てようとしているかのように錯覚させた。誠也は益々嫌になり、布団を被った。

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