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最低の國  作者: 糯
12/28

最低の國 10

「喰らいやがれぇっ!」


 彈の操作するワルキューレの拳が、モンスターの腹部に思い切り入った。内臓の形が変わる程の衝撃に、モンスターは呻く。彈はさらにモンスターを追い込み、膝を付かせるところまで責めることに成功する。


 「トドメぇっ!!」


 もう一度彈は地面を蹴り、モンスターにトドメの一撃を浴びせてやろうとしたが、


 ぱしゅんっ


 と、何かが先にモンスターの目を貫いた。

 風を切る音、迷いなく狙われたモンスターの目、これだけの条件が揃えば、彈でも何が起きたのかは全て把握できた。


 「坂田ぁ……!」

 「お膳立て、ありがとう」


 ビルの上から敵を狙っていた大輔が、とても得意そうに彈に通信で話し掛けた。彈の獲物に大輔が遠距離射撃で手を出したのだ。


 「お前ぇ!俺が先に手ぇ付けたんじゃねーかぁ!!」

 「やだなぁ、援護だよ?チームワークだってば」

 「だあぁぁ!!ムカつく!!」


 怒りのあまり、ワルキューレの中でばたばたと暴れる彈。

 そんな二人のやり取りの間に、モンスターは撃たれた目を庇いながら、ふらふらと立ち上がった。その姿からはまだ殺意は失われていない。


 「ほら、前見て」


 言うが早いかもう一度、大輔は引き金を引いた。ぱんっ、と音がまた響き、弾き出された音の主は、モンスターの目をもう一度貫いた。同じ場所への衝撃に、モンスターは声を上げることもできずにひっくり返った。


 「~~~!!ずりィぞ、坂田!!」

 「何言ってるの。この立ち回りが一番安定する、って訓練の時に解ったじゃない」

 「あー!うるせーうるせー!!!」


 通信を遮るように大声を上げる彈。小太郎程ではないが、彈もスタンドプレーが少々目立つ傾向にあるのだ。


 「ほら、今のうちにトドメ刺して」

 「わかってるっつーの!」


 彈は大輔に言われるままに倒れたモンスターに近付き、マウントポジションを取る。

 腰のサーベルを抜刀し、モンスターの首に狙いを定めると、目を閉じて一気に一文字を描いた。モンスターを殴った時よりも重い操縦桿の感触に、その太さを実感しながら、彈はゆっくりと目を開く。


 ごろり、と重いものが落ちる音が鈍く聞こえたかと思うと、それに続くように水道管から水が溢れ出るような音と勢いで、青が流れ出す。もうモンスターが動く気配は全く無かった。


 「……サンプル、ってこれでもいいんだよな?」

 「いいんじゃない?なんでも新鮮なうちに持って帰れば問題無いでしょ」


 彈は刈り取ったモンスターの頭を、使用済みの雑巾のようにワルキューレで摘んでみせた。余りあるスプラッタな目の前のその光景に、彈は少なからず気分が悪くなった。モンスターが人型であることが、さらにその気持ちを大きくさせる。


 『討伐完了ですわね』

 「お、おう……」

 『これで残りは2体。現在、今井さんが1体、烏丸さんと渡部さんで1体交戦中です。』


 鳴海の話によれば、1体は小太郎が前線で戦っており、思っていたよりも安定しているらしい。しかし、それとは逆に悠と手負いの誠也は2体目を仕留めた時と同じように苦戦を強いられており、なかなか決定打を与えられない状態にあるようだ。


 「―そういうことなら、また俺が遠距離射撃で援護するよ。松崎はさっさとその頭、置いてきたら?」

 「お前っ、また横取りかよ!?」

 「それ抱えて戦いたい、っていうならこのまま向かってもいいと思うよ?」


 彈は改めて、サンプル用に採取したモンスターの頭をワルキューレごしに見やった。

 まだぼたぼたと止まらぬ鮮血を溢れさせているそれは、誰がどう見ても長時間抱えていたいと思える代物ではない。さっさと捨てるか、これを欲しがっている人間に渡してしまうのがお互いに幸せになれるだろう、と彈は苦々しい顔を隠せないまま、大輔の案に従う事にした。


 「……、ちっと戻るだけだ!すぐまた前線に出て、今度こそ仕留めてやるんだからな!!」

 「はいはい。気を付けてね」


 うるせぇ、と彈は悪態をつきながら、大切なサンプルを抱えて、一番近い地下への入り口に向かう。


 『いやぁ、久しぶりに大きくて綺麗なサンプルが手に入りますねぇ。これで研究も進みますよぉ』


 有栖川の心底嬉しそうな声が、鳴海の後ろから通信に乗って聞こえてきた。しかし、いまはそれに構っている場合ではない。


 『松崎さんは戻り次第、烏丸さん達のほうに合流を。坂田さんは―』

 「わかってる。小太郎の援護でしょ?」


 そう言うと、大輔は遠距離武器のスコープを覗き、小太郎の様子を見始める。慈衛隊から借りた遠距離武器は旧式とはわからないほどに性能が良く、遠くのビルの物陰でモンスターを相手に素早い立ち回りを見せる小太郎を、すぐに捉えることができた。


 「……、押されてる……!?」


 シミュレーターや、先程の闘いでは余裕の無いところなど欠片も見せなかった小太郎が、かなり苦しい戦いを強いられているのを大輔は見逃さなかった。責めに徹するタイミングを見計らい、小太郎がサーベルを振るえば、狙っていたかのように見事にガードされ、逆に守りに入ればそれもタイミングを見計らっていたかのように、隙を突かれて攻め込まれてしまっている。


 『あの1匹、いつの間にあんなに動きが良く……!?』

 『そうですねぇ。おそらくはこの短時間で進化を遂げたんでしょう。仲間の死とその死因を察知し、学習して生かしていく。非常に進化の早いモンスターなんですねぇ』


 「そんなこと……あるんですか?」


 最初の一体目の討伐に掛かったのは、索敵時間も含みでおよそ30分程度だったはずである。

 その程度の短い時間で、本当に有栖川の言う進化が遂げられているのだろうか。大輔はもちろん、もう一体を足止めしながら話を聞いていた悠と誠也も、この話ばかりは信じられなかった。


 『試しに撃ってごらんなさい。それで全てがわかりますよぉ、きっと』


 無責任にそう言い放つ有栖川。しかし、このまま放っておけば小太郎の命が危ない。大輔はしっかりと照準を定め、引き金を引いた。


 ぱしゅんっ。


 この戦場において何度目かの発砲音が響く。今回も、大輔はしっかりとモンスターの目を狙っていた。これが当たればモンスターの動きは鈍り、小太郎が巻き返すきっかけも作れるはずだった。


 ぶおんっ!


 小太郎を襲っていたモンスターは、不意に大輔のほうを向いたかと思うと、ものすごい速さで空を掴むような素振りを見せた。


 「……ま、さか……!」


 その「まさか」だった。大輔の撃った弾は、モンスターの手の中にあったのだ。大輔としては、味方にすらわからないような早業と正確さを披露していたつもりだったが、モンスターはたかだか30分程度で、それすらも見切ってしまうようになっていたのだ。


 『思った通りですねぇ。いやしかし、質の悪いモンスターが出てくるようになったもんですねぇ』


 まいっちゃいますねぇ、とまるで他人事のように有栖川の声が鳴海の通信に乗って聴こえてくる。このモンスターの進化の速さは鳴海も予想しておらず、どう攻めたものかと必死に考えている。


 (……こちらの手を全て読まれない内に始末してしまうのが最良の相手……。でも、もう基本の陣形は見切られている……何か策を……ッ!)


 まさかこんなに進化するスピードの早いモンスターを相手にするとは思っておらず、思わず長考してしまう鳴海。指揮の途切れた特別クラスは、少しづつズレが生じ始めていた。


 「……どこか、違う場所から射撃を……ッ!」

 「坂田くんはそこから動いちゃダメ!!シェルターの守りが無くなっちゃう!」

 「でもここからの射撃は完全に見切られてる……!」

 「つーか、大ちゃんの射撃ナシで勝てんの?お前ら2人まとめて1匹に掛かっても倒せなかったじゃねぇか」

 「で、でもっ、民間人を守るのは、最優先事項っだから、そのっ、坂田くんは……、」

 「あいつを殺さなきゃ民間人の安全は保障されないだろ」


 モンスターの殲滅に全力を尽くすべきだという意見の小太郎と大輔、直近での危機は去ったとはいえシェルターの守りを固めるべきという意見の悠と誠也、前線に立つメンバーの中で真っ二つに意見が割れてしまった。お互いに一歩たりとも譲る気配はない。


 『ほーんとに、性格に難有りの人達ですねぇ』


 有栖川の見るだけに徹した、心配している様子の無い声が、鳴海の通信に乗って聞こえてくる。普段の訓練でそんな態度を取られたらなら、誰かしらが噛み付いているところだが、今はそんなことをしている場合ではない。誰も有栖川にリアクションを取ることのないまま、言い合いに発展しそうになっていた。


 「もーー!喧嘩してる場合じゃないよ!!」


 遂に悠に我慢の限界が訪れ、全ての通信相手の耳をつんざくような大声を上げた。壊れた拡声器のようなキイィィイン!という耳障りな音が全ての通信相手に響きわたり、収集の付かなくなっていた現場はなんとか静けさを取り戻す。


 誠也に至っては完全に油断していたらしく、いきなり大音量が聴覚にぶつかってきたのに驚いて、また過呼吸気味になってしまっている。


 「とにかく、いま相手にしてる2体はここで仕留めなくちゃいけないんだから、協力してなんとかやっつけようよ!!」

 「ッ………、デカイ声出すな……」


 悠の必死の叫びが効いたのか、喧嘩腰になっていた小太郎も腑に落ちない様子はあるものの、落ち着きを取り戻し、目の前のモンスターにもう一度集中する。


 「なんとか指示が出るまで立ち回らなきゃ……!」


 しかし、指揮の鳴海の長考は続いており返事はなく、まだ確信のある作戦が練り切れていないことが伺える。このままでは前線でモンスターを相手にしている小太郎と悠と誠也は、攻撃を避けることしかできない。


 (進化の線が濃厚だとしても、どこかに限界があるはず……!)


 完全に賭けになってしまうが、怪しいと思われる要素をつついてみなければ始まらない。鳴海は自分の中で文章を組み上げながら、通信で全員に新たな作戦を話すことにした。


 『不確定な憶測ばかりの作戦になりますが……、現状の作戦を変更致します!』


 鳴海はまず、ワルキューレの左腕が使えない誠也と、悠の二人組に指示を出した。


 『まだ攻撃パターンが割れてしまっていない、松崎さんを烏丸さん達に合流させます!』


 「わかった!なんとかそれまでは持ちこたえるね!」

 「できる、かな……!」


 2人とも勝利の確信はなく、不安のほうが勝ってしまっているが、悠と誠也は鳴海の作戦を信じて、彈の到着まで耐え抜くことを決意した。


 『今井さんと坂田さんは、とにかく残りの2体が合流してしまわないように、目の前の1体を足止めを!可能ならばその場で殺してください!坂田さんはそのままの場所からの射撃をお願いします!』


 「了解」

 「……足止めなんてケチ臭いことしないで、粉々にしといてやるよ」


 鳴海は、戦力的に余裕の無い悠と誠也の2人が相手にしているモンスターから片付ける作戦に変更した。ある程度安定している小太郎と大輔でモンスターの合流を防ぎ、唯一、攻撃パターンの割れていない彈に全てを託すという、かなりハイリスクな内容だ。


 (安定する確率はかなり低いですが……、他に良さそうな手段はありません……!)


 「ま・た・せ・た・なぁぁぁあ!!」


 大声と共に、予想より早いタイミングで彈が悠達に合流した。

 さらに、モンスターの死角から、ワルキューレの硬いラリアットを一発おまけに付けてくれた。


 「松崎くん!」

 「た、助かったあぁ……!」


 救世主の登場に表情が緩む悠と誠也。しかし、まだ作戦は終わっていない。

 彈のラリアットを受けて横転したモンスターは既に起き上がり、間違いなく彈を狙い始めている。


 『松崎さんは弱点の首を取ることだけを考えてください!烏丸さんと渡部さんは、松崎さんの援護を!』


 「ようやく見せ場ってカンジだな!烏丸、誠也、サポート頼むぞ!!」


 俺に任せろと言わんばかりに彈が飛び出す。まだ攻撃パターンの読み切れない相手に先手を取られたモンスターは、迷わず防御の姿勢を見せる。責めるのならば、ここしかない。


 「渡部くん、左腕をお願いできる?」

 「えっ、僕!?」

 「連携訓練のときと同じ感じでやったら行けるって!」

 「じ、じゃあ……、やってみる、ね!」


 モンスターが彈だけを注視している隙を突き、悠と誠也がワンテンポ遅れてモンスターに飛びかかり、思い切りサーベルを振りおろした。

 攻撃パターンのわからない彈の進撃に気を取られ、隙の生まれたモンスターに、彈の鉄拳、さらに悠と誠也のサーベルが傷をつける。それだけでは終わらず、彈はオリジナルで編み出した連続攻撃―有栖川の話ではワルキューレの機動力の限界レベルに至るという―を目にも止まらぬ速さで放った。深手を負ったモンスターは、為すすべもなく彈の攻撃を受け続けるしかなかった。


 「そのでっけー目ん玉、頂くぜ!!」


 彈はモンスターの目にターゲットを移し、迷いなく一気に拳で貫いた。真っ青な血が割れるように飛び散り、彈のワルキューレと街を青く汚した。ここまでのダメージを与え、ついにモンスターが動き出す気配は少しづつ消えていった。悠達は、一気にではなく、じわりじわりと勝利を確信した。


 「や、やった!勝った、勝ったんだ!!」


 意外にも1番に声を上げたのは誠也だった。それに続いて、彈も悠も勝利に喜びはじめる。


 「まぁ、俺に戦闘任せりゃこんな奴、よゆーで倒せるって話だな!」

 「あー、ずるい!私と渡部くんで援護したじゃない!」

 「トドメさした奴の勝ちだろー。最後に活躍した奴がMVPに決まってんだよ、こーゆーのは」


 『み、みなさん!作戦はまだ続いて…、』


 「いや、終わったんだ」


 まだ一体残りが居るというのに手放しで喜びはじめてしまう悠達に、作戦にもどるよう注意を促そうとした鳴海。しかし、大輔によってその通信は無意味なものと変わる。


 「小太郎が仕留めたんだ。……攻撃パターンを読まれてた相手をばらばらに切り刻んだんだ。イマイチ実感沸かないけど……小太郎が最後の一匹を倒したんだ」


 『えっ……!?』


 鳴海は慌ててモンスターの生命反応を確認するが、街の中にはどこにもモンスターの反応はない。本当に最後の一匹を仕留めたのだ。


 「じゃ、じゃあ……、戦う相手がいなくなった、ってこと、は……?」


 『作戦……、成功です!!』


 鳴海のその声に、彈は「よっしゃぁ!」と声を上げて喜び、誠也はワルキューレごと地面に崩れ落ち、悠は安心のあまり呆然として動けなくなってしまった。最後の一匹を仕留めた小太郎も、サーベルの血を拭って撤収の準備をし、大輔も持ち場のビルの上を離れて、この作戦で1番活躍した小太郎の元に向かおうとしている。長いようで短かった、命を掛けた戦いの初出陣がようやく幕を閉じたのだ。


 『えー、皆さん。まずはお疲れ様でしたぁ。残りの片付けは慈衛隊にお任せしますので、皆さんはひとまず学校に戻ってくださぁい。お話はそれからでぇす。』


 鳴海の回線から有栖川の声がし、ようやく終わった事を実感する悠達。

 しかし、命をかけた戦いを終えても、-有栖川はもちろん例外として-誰にも迎え入れてもらえないというのは、悠には少々寂しく感じた。

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