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最低の國  作者: 糯
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最低の國 8

 悠達、別働隊が苦戦を強いられているその頃、大輔は地区内で一番大きなシェルターの出入り口を、傍にある大きなビルの屋上から見下ろしながら警備、彈は民間人を別のシェルターに移動させる護送車の警備に当たっていた。幸いなことにまだ駅の近くに敵は近づいておらず、隙を見て少しづつ民間人を別のシェルターへと輸送し始めているのだ。


 「なぁ」

 「なに」

 「敵、見えてるか?」

 「まだ近くには来てないよ。1分前にも言ったじゃない」

 「お、おう……」


 別働隊の悠達3人ほどではないが、こちらもこちらでかなりギクシャクしているのが、司令室の鳴海にも伝わっていた。現在は彈が、豊島とその隣の地区を行き来する護送車の警備をしているため、大輔と行動を共にしているわけではないせいか、目立った衝突は見られない。


 鳴海が立てた作戦は完璧なもので、このままのペースで民間人の輸送が進めば、後30分もしないうちに備蓄酸素との戦いは終結し、別働隊と共にモンスターの殲滅に加われるらしい。しかし、敵の数が多い上に、こちらのパイロットはほとんど素人という状況に、いつ何が起きてもおかしくない、と大輔は慈衛隊に申し出て、長距離用装備であるライフルを拝借して周囲を警戒している。


 『!皆さん、今井さんが1体撃破しました!残りの敵は4体です!』


 「マジか!?すっげーじゃん!!」

 「流石、小太郎だね」


 「やった!今井くん、すごい!」

 「やっぱり、レベルが全然違う、ね……!」


 鳴海を通じて全員に伝えられた朗報に、それぞれが思い思いの反応を示すが、孤独に戦った小太郎は、なんの反応も示さなかった。いや、反応する余裕など残されていなかったのだ。



 (ここまでやらなきゃ死なないとはな……)


 肩で息をする小太郎の目の前には、ペンキを零したような真っ青な血の海が広がっていた。件のモンスターは小太郎の手によって、どんな形をしていたかもわからないほどにバラバラの状態にされていたのだ。


 (こいつらの血は青いんだな……人間とは、やっぱり違う生き物なんだ……)


 小太郎とモンスターがぶつかりあった周辺はもちろん、曇りのない白銀のボディをしていたはずの小太郎のワルキューレも、青い血で染まってしまっていた。小太郎は最初、モンスターの足を片方でも使い物にならなくしてしまえば、文字通り「足止め」ができるだろうと踏み、まずは持ち前の鋭い太刀捌きでモンスターの足を切り飛ばした。


 しかし、片足を失っているはずのモンスターは弱ったような素振りを見せず、残された2本の腕と1本の足で、執念深く小太郎を襲ったのだ。通常、動物というものは自らが不利な状況だと感じたら、その場から離れるために全力で逃げるはずなのだが、このモンスターはそれをせず、むしろ殺気を増して小太郎と殺し合ったのだ。動物的本能を見せなかったモンスターに、小太郎は何かが引っかかって仕方なく、モヤモヤとした考えを巡らせていたが、新しく入った鳴海からの通信でハッと我に帰った。


 『今井さん、別のモンスターが駅の方向に近づいています!』


 「……他の残りは?」

 『烏丸さんと渡部さんお2人で1体を足止め、残り2体は別ルートで駅前と護送車に向かって進行しています!』

 「……わかった。この場所から近いほうを止める」


 小太郎は、モヤモヤした考えを振り切るように、青い血に濡れたサーベルをひと振りして血を落とすと、駅に向かっているモンスターの足止めをしに走った。


-


 同じ頃、悠と誠也は小太郎が戦ったものと同じ形をしたモンスターと対峙していた。作戦とは違い、2人で1体を足止めしているが、悠と誠也が必死になっても、小太郎のような飛び抜けた戦闘センスが生まれるわけはなく、はっきり言ってしまえば「勝ち目のない戦い」をする他なかった。


 「う、わあああああっ!」


 モンスターが誠也の死角から攻め入り、誠也のワルキューレを思い切り殴りつける。

 誠也のワルキューレは衝撃で吹っ飛び、鉄筋のビルに突っ込んでしまった。


 「!渡部くん、大丈夫!?」

 「ひ、左腕が……、動かないっ」

 「腕って、渡部くんの!?」

 「僕のじゃなくて、ワルキューレの……!」


 今の衝撃でワルキューレの左腕が動かなくなってしまった誠也を捨て置けるはずもなく、悠は攻撃の手を止め、誠也のワルキューレの元へ駆け付ける。


 「う、そ…!?腕もげてる!!」

 「え……ぇえええぇぇ!?」


 パイロットの誠也には被害が及ばなかったものの、ワルキューレの左腕は、ぐしゃぐしゃに折れ曲がってぶらさがっている。まさに皮一枚、いや、配線一本で繋がっている状態だった。


 訓練時に、開発者の有栖川が「たとえ爆撃を直に受けても、地雷を踏んづけてしまったとしても、キズひとつ付かない世界一頑丈な特殊装甲をワルキューレに搭載した」と自慢げに語っていたのを思い出すのと同時に、このモンスターの力は爆撃も、地雷すらも凌駕した攻撃力なのだと実感せざるを得なくなった。


 (無理だ…、勝てない!)


 小太郎がひとりで勝利を収めたのだって奇跡なのかもしれない、と悠は襲い来るモンスターを目の前に、ただただ絶望に暮れるしかなくなってしまった。体が動かない。しかし、モンスター達は悠達のほうへとどめを刺しにゆっくりと近づいてくる。


 『烏丸さん!避けて!!』


 鳴海の必死の通信も虚しく、悠のワルキューレはモンスターにつまみ上げられてしまった。


 「やだ……!やだ!!死にたくない!!!」

 「烏丸さんっ!!」


 悠はガチャガチャと操縦桿を動かしたり、普段は触れたことのないようなボタンを手当たり次第に押してみたり、アクセルペダルを踏み込んだりするが、モンスターに通用している様子はない。このまま握りつぶされて終わってしまう、と思っていた矢先だった。


ばすっ。


 何かが高速で悠のすぐ傍を突き抜けていったような音がし、悠のワルキューレは宙に浮いた。数秒後には「ごとん!」とワルキューレごと地上に叩きつけられ、操縦桿が軽くなり、自由を取り戻したことを感じる。


 「か、烏丸さんっ、大丈夫っ!?」

 「……い、きて、る……!?」


 何が起きたのかとモンスターを見上げれば、悠をつまみ上げていたモンスターが手首を抑えて呻いているではないか。

 モンスターの手首からはどくどくと青い血が流れており、第三者が攻撃したことが分かる。


 (だれ、が?)


 「ちゃんと当たったみたいだね」


 ヘッドギアから聞こえる声は、駅前でシェルターの入口を警備しているはずの大輔のものだった。


 「坂田くん、が……?でも、駅で警備してるんじゃ…」

 「駅から君がつまみ上げられるのが見えてね。慈衛隊に長距離武装を貸りたんだ」


 旧式らしくてちょっとクセがあるけどね、と大輔は少し楽しそうに話している。


 『ほぅ…。旧型戦闘機の長距離ライフルですかぁ。』


 「最早、懐かしい兵器ですねぇ」、と有栖川の楽しそうな声が鳴海の通信に乗って微かに聴こえてくる。


 「こっちはもうすぐ民間人輸送が終わる。それまで長距離攻撃でほんの少しだけど援護できる。……2人は戦える?」


 「……、やってみる……!」

 「ぼ、僕、だってっ……!」


 悠はなんとか正気を取り戻し、どこから撃たれたのか、とぎょろりとした目で周囲を見回すモンスターの死角から一気に攻め込み、思い切りサーベルを振った。小太郎程の正確さも持ち合わせていないし、思い切りサーベルを振った割にはダメージを深く入れることはできなかったが、死角からの不意の攻撃にモンスターは怯む。そこに誠也が加勢し、残された右腕でサーベルを持つと、全力を込めてモンスターの足の甲を貫き、アスファルトすらも砕いて地面に縫い付けた。


 「今井くんっ!」

 「……距離OK……風速、風向き、影響なし……角度微修正……」


 ばすっ。


 大輔がライフルを打つと、悠を助けた時と同じ音が響き、身動きの取れないモンスターの目に命中する。がああああ、と爆音の悲鳴が街中に木霊したかと思うと、モンスターの足の甲に刺したサーベルを抜こうとしていた誠也に、真っ青な粘性のある液体がまるで大きな滝のように、どばぁ、と降ってきた。

 

 「な、なにこれえええぇぇ!!」

 「……角度下方に微調整、もう一発……っ!」


 誠也の悲鳴はあとで対処するものとし、大輔は集中が続いているうちに2発目を撃った。

 狙撃の角度を下方に修正したのは、完全に身動きの取れなくなったモンスターの心臓を狙うためだ。


 「……当たった」


 大輔が言うが早いか、モンスターの体を銃弾が高速で突き抜けていった。モンスターは今度は悲鳴を上げず、生気が抜けたような表情を見せたかと思うと、悠達が居る方に倒れ込んだ。


 「し、死んだの……?」

 「わかんない……」


 また動き出すのではないかと倒れたモンスターに悠と誠也が戸惑っていると、鳴海から通信が入った。


 『生命反応消失。2体目の討伐完了ですわ!』


 「ほ、ほんとに!?」

 「やったー!!……って、僕はなにも出来てないか……」

 「あー……それ言ったら私も……」


 まだ2体残っているというのに喜び始めてしまう2人に、鳴海は少し呆れながら次の作戦を指示し始める。


 『まだ作戦は終わっていません。残り2体のうち1匹は、松崎さんの警戒区域に近づいてきているようですので、こちらを優先して討伐してください。それから、今井さんの援護にもお1人お願いします』


-


 (なーんか皆、派手にドンパチやってんなぁ…ちょっとだけうらやましー)


 民間人の護送車にずっとついて回っている彈は、いまのところ唯一戦闘を避けられて作戦を遂行できていた。


 しかし、彈の心の中は穏やかではなかった。通信で聴こえてくる自分以外のクラスメイト達の活躍に、彈は気持ちの底で焦りを感じていた。自分以外は必死にモンスターと戦っているというのに、自分はシェルターの間を行き来しているだけでなにもしておらず、1人だけ楽をしているような気持ちに襲われていたのだ。


 (1体……、いやせめて1発ぐらいはブン殴りたい……かも)


 民間人輸送も大切な仕事だが、彈は早くこの任務から開放されたくて仕方が無かった。


 (遠距離に居る坂田だって1匹は殺したってのに、俺はまだ何も……)


 ごおおおおぉぉぉん!!


 ワルキューレに乗っている自分が外に出されてしまいそうなほどの衝撃に、彈はハッと現実に戻る。すぐ近くまでモンスターが1匹近づいてきていたことに気付かなかったのだ。幸いにも敵はまだ1体。護送車には被害が及んでおらず、まだ立て直せる状況だ。


 「だ、大丈夫か!?」


 護送車を運転していた慈衛隊の隊員からも心配の声が上がる。


 「へ、平気ッス!俺が足止めしますんで、護送を続行して下さいッス!」

 「わかった!気をつけるんだぞ!」

 「ウッス!」


 一度は不覚を取ってしまったものの、彈の気持ちは高揚していた。ついに、敵に一発加えられるのだ。もう誰にもサボっていただなんて思われる心配はない。


 「思いっきり……、暴れてやんぜぇ!!」


 言うが早いか、彈はサーベルも抜かずにモンスターの懐に飛び込み、まずは一発思い切り殴ってやろうと地面を蹴った。

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