挿話 その裏側で
あたいの名前はトルク・エマ・ルザリアニス。
……って言っても、元々家名は持ってなくて。エマ・ルザリアニスってのは、エアーズロック地区の学校で優秀な成績を取った平民の人間に贈られる家名だから、血縁どころか顔も知らない奴と同じ家名だったりするんだよな。
まあそんなわけで、元々はただの一般人だったあたいだけど、何の因果か今は王子様のおつきとしてムーンレイスまで来てるんだから、人生何があるかわかったもんじゃない。
これもひとえに、学校時代に王女様と同室になった縁なんだけど、まさかあの時こうなるとはねえ。
で、その王女様だが、昨日今日ともう手が付けられなくって大変だったさ。
何が大変って、あれだ。女の嫉妬ってやつだな。
12歳の子供だろうと、そういう感情はあるもんだ。むしろ、子供だからこそ独占欲が強くなるのか?
そもそもの発端は、王女様……あー、めんどくせえ。ティーアだティーア。
あいつの兄貴、つまりセフィに縁談が飛び込んできたことだ。
いくら本人が朴念仁だからって、王族である以上はそういう話は切っても切れない。ましてセフィは、シエルにとっちゃとんでもない価値のある存在だから余計だ。
本人がそれを自覚してない……っていうよりは、わざと避けてる感じなのが、なんっていうかアレなんだけど。
ともあれそんなあいつもとうとう年貢の納め時ってんで、持ち込まれた縁談を了承することになったんだが……。
セフィ命なティーアにとって、これは相当耐え難いことだったんだろう。その日からもう、目に見えて落ち込んでなあ。
さすがにこれはまずい、ってんであたいがティーアについてたけど、このまま放っておいたらとんでもないことになりそうだったから、セフィに頼み込んで二人ともついていけるように取り計らってもらった。さっきは王子様のおつきっつったけど、ぶっちゃけ王女様のおつき、ってのが正しいんだよな。
で、竜車とはいえ、セフィと一緒にする旅だ。ティーアにとっても、悪い話じゃなかっただろう。
実際、クレセントレイクに入るまでは大丈夫だった。いつも以上にセフィと近いところにいたわけだからな。
問題は、到着した日に行われた夜会で、セフィが相手のお嬢さんに見惚れたことだな。あそこで改めて現実を突き付けられたおかげで、ティーアは完全にふさぎこんじまった。
まあよ、わからなくはないぜ。
相手のライラさんってば、白磁みたいな白い肌に、誰が見たって美形の顔。ティライレオルグリーンの目と髪はもちろん宝石みたいで、メリハリのついた身体つきには色気もあった。
美人さんだったんだよ。誰が見たって、十人が十人とも美人って断言するくらい、とびっきりのな。
そんでもって、育ちの良さなんだろうなあ。おしとやかな雰囲気はびっくりするくらい堂に入ってて、どう転んでもあたいやティーアとは住んでる世界が違ったもん。
なんっていうんだろうな、たおやかっつぅの?
とにかく、そんな貴人のオーラが全開だったからさあ。
さすがのセフィも見とれるってもんだろうよ、あれには。
あたいなんぞはもう、見た瞬間に「あ、勝てねえ」って思っちまったくらいだよ。
ティーアもそれは思ったんだろう。加えて、今までティーアを猫かわいがりしてたセフィが、そこからライラさんにつきっきりになったのが、トドメだった。
そのままパーティ会場を飛び出しちまったんだよ、これが。
セフィには任せろっつって追いかけたけど、そこから次の日までまるっと落ち込んじまって、どうしようもなかった。
あいつにとってはそれだけセフィが大きかった……というよりは、セフィしか見えてなかったんだろうなあ。
二人は双子で、生まれた時からずっと一緒だったわけで。その相方が突然目の前からいなくなるような事態は、それこそ受け入れられるようなことじゃなかったんだと思う。
あたいにできたことは、泣き続けるティーアのそばにいるだけだったさ。気持ちもわかるしな。
「兄様が取られちゃう」
そう言って泣きじゃくるティーアは、見てるこっちもつらくなるレベルの取り乱しようだった。
それも一日経って、なんとか落ち着いたのもつかの間。今朝になってセフィがデートに行くなんて言いやがるもんだから、またティーアが落ち込んでだな……。
っつってもティーアは、さすがにそのまま落ち込み続けるようなタマじゃなかった。
今日はむしろ怒りの表情で立ち上がって、セフィを尾行するとか言い出した。尾行っつーよりは、監視だよな。
けど言いたいことはよくわかったし、ティーアの気持ちもわかる。
それでティーアの気が済むなら、ってんで、あたいもそれには乗ってやることにした。
……ファムルさんまでついてきたのは想定外だったがよ。
「うう……! 兄様ってば手繋いでる……!」
デートでクレセントレイクの街に繰り出したセフィを見張りながら、ティーアが悔しそうに言う。
あたいとしては、腕を組んでないだけましだと思うが……あれは身長差があるせいだろうな。それがなかったら、普通に腕組んでそうだ。くそう。
「むきー、小娘の分際で積極的ね! これはまずいわよ、セフィが籠絡されちゃうわ!」
「……なんであんたが悔しがってんだ?」
ファムルさんのやることはよくわからん。
でも、あんまり気にしないほうがいいのはティフさんとのやり取りを見ていて理解してる。
あたいは彼女にはあまりリアクションしないことに決めた。
「おっきな建物に入ってった……あそこ何?」
「ファムルちゃんの第六感が告げているわ……あれはクレセントレイク大図書館ね!」
「いや、あんた絶対知ってただろ」
王様と同年代で、一緒に旅してたんだから、むしろ知らないわけがないっていうか。
……って、リアクションしないって決めた矢先に!
この人、もしかしてわかってやってるんじゃないだろうな?
「クレセントレイク大図書館……先史時代からの本も収められているという、大陸一の図書館よ! あの女、やるわね……セフィは知識欲の塊だもの、あそこはポイント高いわよ、きっと!」
「そんなあ! ファムルさん、わたしたちも行こう!」
「やめておいたほうがいいわ……何せ図書館を利用する人間は少ないの。そうなると、必然的にあたしたちは目立っちゃうわ!」
「う……そんなあ……」
「ティーア、ここは我慢のしどころよ! 女は時に忍耐も必要なんだから!」
「う、うん!」
「…………」
そんなことを平気で言えるあたり、ファムルさんの女子力の低さがうかがえる。
でも、それを口に出すと後々面倒なことになりそうだし、水を差すことにもなるからあたいは無言を決め込んだ。中に入るわけにはいかないってのは事実だし。
……ただ待ってるだけ、ってのもアレだし、とりあえず適当なつまみでも見繕ってくるか。
おう、あの串焼きあたりよさげだな……。
「これ、なかなかおいしいわね」
「うん。先輩ありがとう」
「ファムルさんはあとで返してくれよ?」
「そんな! 差別反対!」
「いや、あんた普通に成人した冒険者だろって……」
「見た目は子供よ!?」
「見た目はな!?」
そんな会話をしつつ、セフィたちが出てくるのを待っていたあたいたち。
セフィたちが図書館から出てきたのは、昼過ぎになってからだった。
ずいぶん長いこといたとも思うが、セフィのことだ。止まらなかったんだろう。
「!? 先輩大変だよ、兄様が敬語使ってない!」
「マジか! あの短時間で何があった?」
「バカな……ッ、あの女相当のやり手だわ……!」
「だからなんであんたが悔しがるんだ……」
「なんてこと! 仲良くベンチで串焼きを!」
「……そうだな」
「うう……」
傍から見ると、あれは完全にカップルだな。図書館に入るまでは、姉と弟に見えなくもなかったけど。中でよっぽどのことがあったと見た。
むむ、あんにゃろーあたいにはいまだに敬語を使うくせに。さすがにちょっと悔しいぞ……。
「いつもはわたしがあそこにいるはずなのにぃ……」
あたいの隣で、ティーアが呻くように言った。
……うん、そうだな。お前ら、よく一緒にハイウィンドの下町を歩き回ってたよなあ。
そりゃあ悔しかろう。ティーアにとって、セフィの隣ってのは自分の居場所だったはずだ。
まあ、あたいもそこにはちょっかいを出してたわけだけどな。
「動くわね……どこに行く気かしら?」
「追いかけよう!」
「あいよ、っと……」
それからセフィたちは、あちこちの屋台で買い食いをしながら街を見て回ってるようだった。
仮にも王族と皇族が食べ歩きて、とは思ったけど、あれはセフィが押し通したんだろうな。あいつ、本当に格式ばったこと嫌いだからな。
見たところ、ライラさんもお忍び的な格好だし、むしろ高級な店に入るよりあっちのが都合もよさそうだ。
最終的にカフェに落ち着いたみたいだけど、そこも結構開放的なたたずまいで、見張る側としてはありがたい。
まあ、仲のいいカップルの様子を見せつけられることになるから、そこはちょっと腹立たしかったけどな。
うん、ファムルさんの気持ちがちょっとわかった気がする。
それからは二人がイズァルヨの邸宅に戻るまでほとんど動きもなかったけど、相変わらず和やかな雰囲気が続いていたから、ティーアがげんなりしていた。
「ティーアちゃん、気をしっかり持つのよ!」
「うう……だって、だってぇ……」
「仕方ないわね……ここは最終手段を教えておいた方がよさそうだわ!」
「最終手段?」
嫌な予感しかしない。
この状況じゃ監視の目はあたいしか機能してないのに、それすらもできなくなるような、そんな予感しかしない。
「セフィが正式に結婚するのはまだ先よね?」
「……だったと思う。先輩、どうだったっけ?」
「ん……そりゃ王族同士の結婚だからな、日取りは吟味した上で決まるもんだろ。どこで祝言を上げるにしてもそれなりの準備がいるはずだし、少なくともまだ半年くらいは先なんじゃないか?」
「……ってわけよ。つまりそれまでの間に、ティーアちゃんがセフィの心をゲットすればいいのよ!」
「……どうすればいいの?」
「もちろん、既成事実を作っちゃえばいいのよ! 早い話、セックスよ!!」
嫌な予感、的中!
あたいは肩にとまっていたファムルさんを思わず払いのけた。
「きゃあ!? い、いきなり何すんのよー!」
「大声で言うことじゃねえだろ! バレる!」
「……はっ、あ、あたしとしたことが」
他にも言いたいことはあるけど、通じるかどうかわからないからここでやめておく。
「……こほん。まあそんなわけよ。できれば妊娠まで持っていければ完璧ね。セフィはアルと一緒で、できちゃった子供に対しては真摯に対応してくれるだろうから!」
「それはそうかもしれねえけど、その選択もどうなんだろうな……」
「に、に、に、にんしん……」
ティーアの顔が真っ赤だ。
年齢的に、もう男女の睦ごとについては教えられてるだろけど……この辺りは本人の性格か。案外純情だな、こいつも。
「ただ、小人族は繁殖期の間しかえっちできないからね。そのタイミングがいつ来るか、よねえ」
「……セフィにその辺の話は?」
「ううん、まだ聞いてない……」
「……となると、来てないのね。だったら夢幻でなんとかするしかないわね! 腕がなるわ!」
「種族の固有魔法をそんなことに使うなよ!?」
「何言ってるのよ、なんでもできるんだから使わないと損ってもんじゃない!」
「国から追い出されるわけだよあんた!」
「ファムルさん……お願いします!」
「お前も何思いつめた顔で土下座してんの!?」
「ふふふ、任せておきなさい! 恋の縁結びに定評のあるファムルちゃんよ!」
「その割に独り身だよなあんた!?」
「うううるさいわね、あたしは百戦錬磨よ!」
「目めちゃくちゃ泳いでる!」
ボケに対してツッコミの人数が少なすぎる!!
いや、ティーアの場合はガチでやってるんだろうから余計タチが悪い! 必死過ぎて周りがまったく見えてない!
これ一体どうするんだよ……このままティーアの周りだけで突き進んだ結果、とんでもないことになりかねないだろ……。
世継ぎに困ってるならともかく、兄妹でそういうのはさすがにどうかと思うし……くそ、こういう時に冷静に対応してくれる相談役がほしいぜ。
……って、ここでなんでシェルシェの顔が思い浮かぶんだ。あいつはもうとっくに死んでるってのに。
「あ……おい、あいつらが出てきたぞ!」
「え? あらやだホントだわ。ティーアちゃん、この話はまた後でね!」
「うん、わかった!」
頭が痛いのは気のせいじゃないだろうなあ、と思いつつ、あたいはその場の勢いに任せた尾行を続行する。
結局、この尾行はセフィたちのデートが終わるまで続いたわけだが……その夜のあたいが、ベッドに入って即刻眠り込んだのは仕方ないと思うんだ……。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
まあ案の定だと思いますが、見てる人がいましたよと。
この場の全員が勘違いしてますが、セフィが夜会で茫然としてたのは和服に対してであって、ライラという人間の美貌に対してではないです。
元々精神的に枯れかけてる彼は、あまり外見でやられることは少ないんじゃないかなあ。
さて、次回からしばらく藤子編に入りたいと思います。
今度の藤子編は……うーん、どれくらいの長さになるだろう。まだわかりません。




