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異世界行っても漫画家目指す!でもその前に……  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
幼児期編~でもその前に、言文一致だ!~
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第9話 縦糸と横糸の出会い

 ある日の夜。ぼくは、母さんに拝み倒して手に入れた紙を自室で眺めてうなっていた。

 机の上に広げられた紙は、いわゆる現代の日本人が聞いて想像する紙じゃない。紙は紙でも、羊皮紙と呼ばれる類のものだ。


 触ってみれば、その違いは一目瞭然。シリコンとプラスチックの中間といった感じなのだ。当然、紙のようなしなやかさはない。

 表面はややつるっとしていて、ペンはともかく鉛筆ではなかなか字を書くことはできないだろう。おまけに、その表面の状態は一貫していない。一部はざらついていたり、骨の跡とも思われるようなものがついていたりと、いちいち「生き物から造られた」感じがぬぐえない。


 一方で、頑丈なのは間違いない。折ったり曲げたりしても割れないし、紙のように取り返しのつかない状態に即座になるということはない。少なくとも、輸送の労力が半端ではないこの世界において、これだけ頑丈なのは少なくとも意味のあることではあると思う。

 ただ、それはあくまで輸送の際のメリットだけであって、本来の紙の目的である、文字を書く、絵を描くという用途に関しては、決して最適とは言えない。


 しかも、これがシエルではほとんど作れないという。製造方法があまり出回っていないこともあるんだけど、この世界で羊皮紙に向いた生き物がシエルの生活域である高原で生息できないらしいんだよね。だからこの国、紙に関しては基本的に輸入に頼っている。

 だからこそ、この使い勝手の決してよくないであろう羊皮紙のためだけに、多大なお金が必要になる。いくらなんでも、あまりにもコストに見合っていない、と言うしかないだろう。


 生前はまったく考えたこともなかったけれど、こうして見るといかに紙という発明がすごいことなのかがよくわかる。本当に便利な代物なんだなあと痛感するしかない。


「……やっぱりここは、ぼくが蔡倫さいりんになるしかないってことだねえ」


 改めてため息をつきながら、ぼくは地球における紙の発明者に思いをはせる。


 蔡倫。古代中国において紙を作り上げた、偉人中の偉人だ。日本がまだ弥生時代だった紀元1世紀、彼は木材や麻のくずなどから紙を作り上げたお人。

 その偉業はまさに一言では言い表せないほどだけど、彼から2000年を経た現代においても、紙の基本的な造り方が変わっていないという事実が、何より彼の偉大さを表していると思う。

 正確には、「実用に足る製紙法に改良した」人物ではあるんだけど、ね。あいにくぼくは彼を紙の発明者と習った世代だ。


 一方で、西洋のほうでは蔡倫に匹敵するほどの人物は現れなかった。これは中東近辺も同様で、中国以西に製紙法が伝達するのは西暦751年に当時の中国、唐が新進気鋭のイスラム教国家、アッバース朝に敗北して製紙職人が流出するまで待たなければいけない。そこから西洋に紙が至り、そして一般に普及するまでには、さらに数百年の時間を要した。


 では、それまで西洋ではどのように文字が記録されていたのか? その答えの一つが羊皮紙だ。

 確か、脂肪分や毛を落として薄く引き伸ばし、乾かして、表面を磨き上げて作る……んだったっけかな。細かいところは覚えてないけど。


 つまりこの世界の、紙に関する技術は中世ヨーロッパ並み、ということになるわけで……ここでぼくが紙を作れば、……まあ、恐らくだけど、歴史に名を残すことはほぼ間違いないだろう。


 正直、あまりこの世界の技術を先取りしたオーパーツを作って目立ちたくはない。なんでもそうだけど、先進技術はいつの時代も秘匿され、それが作れる人、教えられる人はそれこそ「ころしてでもうばいとる」ようなことになりかねない。ぼくは「なにをするきさまらー!」にはなりたくない。返り討ちにするだけの戦闘力もないし。

 ただ、紙がない時代に紙が必要なことをしようとしているわけだから、何を差し置いてもこれは絶対にやらないといけないんだよね。となると、できるだけ早く作って技術を流布して、「ぼくだけが知っている」から「不特定多数が知っている」ところまで持っていかないとなあ。そうすればぼくが狙われる可能性もぐっと減るはず。


 ……とは言っても、ことは簡単じゃない。


「ぼくは和紙の作り方しか知らないんだよなあ……」


 背もたれに身体を預け、天井を仰ぎながら生前の記憶を手繰る。けれどどれだけがんばっても、ぼくが必要とする、いわゆる原稿用紙や印刷用紙の製造方法はまったく浮かばなかった。


 和紙なら、多少はわかる。テレビでよく作り方はやっていたし、ぼく自身和紙の里とか言われるような観光施設で紙すき体験をしたこともある。

 ただ、和紙はやっぱり、どうしても工芸品という意味合いが強いんだよね。もちろん日常の文字書きには何の問題もないだろうけど、印刷が関わってくると話は別だ。印刷やインクとの相性が悪いんだよ。木版印刷には使えるだろうけど、それじゃあぼくのやりたいことはできないんだよなあ。


「……でもまずは紙そのものを作らないといけないわけだから……最初は和紙のやり方でいいか」


 とはいえ、あまり考えすぎてもしょうがない。先にも言ったけど、紙の作り方自体は今も昔も基本は一緒なわけだし。それは和紙と洋紙という区分で考えても同じことだ。ならまずはできることから……ということで、ぼくはペンを手に取った。

 そして、記憶にある限りの製紙法とその材料について書き出していく。文字は日本語にした。別にヴィニス語でもよかったけど、万が一人に見られても困るしね。まさか異世界の言語が、こんなところで使われているとは誰も思うまい。現時点では最高の暗号だ。


 それにしても……書き味が全然普段使ってたペンの類とは違う。紙もペンも違うから余計だ。

 うう、鉛筆やボールペンとは言わないから、せめてGペンか丸ペンがほしい! 紙の次はこの辺りを作ろう……!


 いやいや、そんなことを考えてる場合じゃないや。えーと、紙の原料になり、かつこの世界でも存在していそうなものというと……第一候補はやっぱり麻かなあ。ていうか、都合よくコウゾだのミツマタだのがあるとは思えないから、むしろこれしか選択肢はないかもしれない。


 麻は地球では布にも使える逸品で、古くから人類と付き合いのある植物だけに、最初に紙の原料になったのも麻だと言われていたはず。

 この世界に麻があるかどうかはわからないけど、少なくともこないだエアーズロックで見た感じでは、絹でも綿でもなく、麻のような雰囲気の服が多く見られたから、近いものはあるはずだ。

 これが手に入れられれば、紙の実現がぐっと近づく。これ以外のものを試すと言う手もあるけど、まずは紙を作るところからということで、それは一旦置いておく。


 次に道具だけど、まず繊維をほぐすための木槌の類……は、さすがに手に入りそうだから別にいいか。繊維用のものはないかもしれないけど、木槌なら大抵は妥協できるだろう。

 あとは水に溶かした紙の原料……パルプをためる水槽と、紙をすくための。それからすき終わった紙を乾かす乾燥機にはけといったところか。


 書きながら思ったけど、なかなか大変だな。まず、水槽はなんとかなるにしても、簀を用意するのはなかなか骨が折れるような気がする。

 何せ、水分は落としつつも原料は落とさない程度の密度でなければいけない。それをゼロからつくるのは……かなり大変なんじゃないだろうか。似たようなもので代用できればいいけどなあ……。

 あと、乾燥機に関してはもうすっぱり諦めたほうがいいだろうね。そんな文明の利器がこの世界にあるとは思えない。天日干しで頑張るしかないだろう。ってことで、はけは別になくてもいいかな。


 ひとまず、計画書としてはこんなところかな。ペンを置いて、紙を両手で持ち上げ背伸びがてらその中身を読み返す。

 うーん、改めて見ると、紙ってのも手間暇かかってるね。普段から何気なく使っては捨ててたから、あまりそんなイメージがないけど……。


「……待てよ。これを作るとすると、それなりにお金がいるよね」


 揺れる火の光で照らされた計画書を見ていて、ふとそんなことを思った。


 地球ではいざ知らず、この世界で紙を作ると言うのはそれこそ新規事業の立ち上げというレベルじゃない。そのためにどれだけの費用がかかるのかなんて、まったく想像もつかないぞ。


 父さんや母さんの立場から見ると、恐らく相当の金銭を扱えるとは思うんだけど……いきなりこの話を持ち込んでも、うまくは行かないだろうなあ……。

 いくら両親がぼくを天才と呼んでくれているとしても、いくらぼくをかわいがってくれているとしても、5歳の子供が「こういうの作りたいんでお金出して」って言いだしたら、さすがに難色を示すのは間違いない。誰だってそーする、ぼくだってそーする。


「ってことは? もしかして? まず資金集めからしないといけない?」


 自分で口に出しておきながら、改めてその途方のなさにぼくは思わず机に突っ伏した。

 ぼくはまだ、この世界の貨幣経済のことなんて何も知らないんだぞ。っていうか、通貨単位すら知らないレベルだ。こんな状態で資金集めとか、……じょ、冗談じゃ。


「うなー! 先が長すぎるー!」


 そうして、ぼくはがしがしと頭をかきむしる。

 気が遠くなるってレベルじゃないぞ……心が折れそうだ……。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 ……どうやら、ぼくは寝落ちしていたようだ。気がついたら、机に突っ伏した状態で眠っていた。

 机上のろうそくがだいぶ小さくなっている。どれだけ眠っていたんだろう。


「……久しぶりだなあ、この感覚」


 あくびを噛み殺しながら、身体を起こせば節々が痛い。うん、懐かしい。生前はよくやった。

 ……やったけど、これはお世辞にも身体にいいとは言えないので、今後はできるだけしないようにと思ってはいたんだけど。うーん、突っ伏したのがいけなかったか……。


 とりあえず、今日はもうベッドで寝よう……そう思って、ぼくが明かりを消そうとしたその瞬間。


「ようやく起きたか」

「!?」


 突然後ろから声が飛んできて、ぼくは慌てて振り返った。それから、燭台をひっつかんで暗い部屋の中を照らす。

 小さな火の光はほとんど意味をなさなかったけれど、それでも部屋の中にいたその人物を視界に入れるにはそれで十分だった。


「よう眠っておったな。しかし寝るならば寝台にしておけ」


 その人物はそう言いながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


 次第にはっきりしてくるそれは……小さい女の子のものだった。


 闇に同化したかのような、深い黒髪。それが、青いリボンでポニーテールに結われている。

 両の瞳は、右が赤に左が青のヘテロクロミアで、それは闇の中でもわかるほどに、輝いているように見えた。

 顔立ちは幼いながらも整っていて、その筋の人が見れば間違いなく目を奪われることは間違いない。


 ぼくもご多分に漏れず彼女に目を奪われたけど、弁明をさせてもらえるならば、ぼくが驚いたのはそこじゃない。

 彼女の顔立ちは、確かに幼いながらも美しい。けれどその顔は、「この世界の美形」ではなかった。その顔の雰囲気は生前に見慣れていたもので、……そう、少女の顔は、まさに日本人のそれだったのだ。

 さらに、彼女の服装だ。それはピンクよりの赤という、かなり明るいものな上に、かなり改造が施されてはいるけれど……それでもその服は、どこからどう見ても、和服(ただし左前)にしか見えなかった。


 だから、だろうか?


 ぼくの口からとっさに出た言葉は、5年かけてようやく慣れてきたヴィニス語ではなく、前世で28年ずっと使い続けてきた日本語だった。


『き、君は……!?』


 ぼくのその言葉を聞いて、女の子は目に見えて表情を変えた。それまではあまり表情らしいものを出していなかったけれど、ぼくが言うと同時に目を見張り、それから考え込むかのように顎に手を当てたのだ。

 それからしばらく、ぼくたちは喋らなかった……けど、先に口を開いたのは女の子のほうだった。


『日本語、じゃと……? お主、まさか異世界からの転生者か?』

『うぇあ!?』


 今度はぼくが表情を変える番だった。変える、っていうかもう、そのものずばり驚愕だけど。

 ぼくの頭の中で、色んな言葉と考えが錯綜する。


 どうしてぼくの素性を知っているのか? どうやってここに入ってきたのか? この子は何者なのか?


 ……もちろん、そんなことをしても答えなんて出るはずもないんだけれど。


 そんなぼくを適度に無視しつつ、女の子は言葉を続ける。


『異世界からの転生者なぞ……そんなことがありうるのか。いやしかし、こうして日本語が通じていることが何よりの証……信じるしかあるまいな……』


 二色の瞳に見つめられて、ぼくは動けない。威嚇されているわけでもないのになんでだろう? その美しすぎる瞳から、目を離せないからだろうか?


『うーむ、とすると、当初考えていた小細工の一切は無用じゃろうなあ。見た限りでは、会話も問題なさそうじゃしな……』


 そこでようやく、女の子は顎から手を放して笑った。

 にやり、という意地の悪そうな笑みだ。どことなく、悪ガキがいたずらを思い付いたような、そんな感じの顔だ。


『おい、そろそろ復活せい。いつまで固まっておるのじゃ』

『そ、そ、そんなこと、言われても……』

『……まあ無理もないかもしれぬが、このままでは話が進まぬ。いいか、まずは明かりを置け』


 その有無を言わせない調子に、ぼくは思わずうなずいて明かりを足元に置いた。

 すると瞬間、部屋の中が光に満たされる。突然のことに、思わず目を閉じるぼく。直後、足元で火が消えるかすかな音が響いた。


 ようやく慣れた頃合い、目を開けてみれば、部屋の中は昼間のような明るさになっていた。けれど光源はどこにもない。ろうそくはしっかり消えていた。もしやこれは、魔法によるものだろうか?


『暗くては話もしづらかろう』


 なんて言う辺り、たぶんそうだろうね……。


『ほれ』

『わっ、……って、これっ、座布団!?』


 そしてどこから取り出したのか、彼女はぼくに座布団を放り投げてよこした。

 どこからどう見ても、まごうことなき座布団だった。まさか異世界に来て座布団を見ることになるなんて……。

 顔を上げれば、女の子は座布団をその場に敷き、はいていた靴を脱いでそこにあぐらをかい、……うわあああああっ!!


『ノーパンってどういう神経してんのさ!? その状態であぐらとか!?』

『別に減るものでもないじゃろうに……』

『なんで呆れられてるのかまったくわかんないよっ! いいから何かはいてよ! 目のやり場に困るからっ!』

『仕方ないのう』


 いかにも仕方ないといった感じでつぶやいた女の子。その股間に、突然純白のパンツが出現した。


『……!?』

『これでよいじゃろう? ほれ、座れ』

『…………』


 なんだか猛烈な疲労感が……。


 もう抗弁するのも面倒になったので、ぼくは促されるままに座布団に座った。もちろん靴は脱ぐ。それが礼儀だ。


『……さて、まずは自己紹介と行くか。わしの名は光藤子、言わずともわかるじゃろうが日本人じゃ』


 和風! 純和風だ! なんか一周まわってめちゃくちゃかっこよく感じる!


『ぼくはセフュード。セフィでいいよ』

『ふむ……そちらを名乗るか』

『今はこれがぼくの名前だからね。記憶はあるけど、前世はあくまで前世だよ』

『なるほど。……やはりお主、日本からの転生者か』


 そう頷いて、藤子ちゃんは腕を組む。裾からちらっとのぞいた右手首に、光すら飲み込みそうな黒い腕輪が一瞬だけ見えた。

 そんな彼女に、ぼくもゆっくり頷き返す。


『うん……どうやらそうらしいんだよね。よくわかんないんだけど』

『わからない? では事前に説明があったわけではないのか』

『うん、本当に急だった。死んだと思ったら赤ん坊だったから』


 それからぼくは、しばらく死んでから今に至るまでの経緯を話す。


 三徹がたたって死んだこと。気づいたら赤ん坊だったこと。幼女が母さんだったこと。両親ともども一騎当千だったこと。言語がダイグロシアになっていること。父さんが言文一致を進めていることなどなど……。


『とまあ、そんな感じで。今は紙を開発しようと思ってたところ』

『無茶なことをするのう……全てに完ぺきを求めるならば、それはお主の人生のうちではまず不可能じゃぞ』

『あー……やっぱり?』

『当たり前じゃ。地球の技術が現代にたどり着くまで、何年かかったと思うておる。行きつ戻りつを繰り返し、時には破却を味わいながらも……』

『いや、うん、わかってるよ。わかってた、けど……』


 苦笑が思わず顔に浮かぶ。改めて他人に言われると、ものすごくショックだよなあ……。


『……でも、諦められることでもなくって、さ』

『……なるほどのう』


 ゆっくりと頷きながら、藤子ちゃんはどこか納得したようにつぶやいた。


『それでわしが呼ばれた、か……』

『……どういうこと?』

『うむ。わしはお主と違って転生者ではない。わしは召喚された身じゃ』


 今度は逆に、藤子ちゃんがぼくに身の上を語り始める。


 いわく、悪魔退治を生業とした魔法使い。

 いわく、突然この世界の神様に召喚された。

 いわく、ぼくを助けろと言われた。

 いわく、話をつけにここまで侵入した。


 大まかにまとめると、こんな感じだった。


『……えーっと、どこから聞けばいいのかちょっと迷うんだけど……悪魔退治の魔法使い、って?』

『うむ。地球では、悪魔や魔法の存在は秘匿されておった。理由は多いが、基本的には無用な混乱を避けるためじゃな。その辺りは、漫画アニメに詳しいお主なら察しが付くであろう』

『ああうん……大体は……』


 不思議な力はなぜか表沙汰にならない。これ、豆な。


『んと、じゃあ神様に召喚されたって……この世界って、神様いるんだ……』

『地球にもいたさ。ただ、世界に対する介入を行っていたか否かの違いじゃな。この世界の神々は、日常的に介入を行っておる。わしが呼ばれたこともそうじゃし、恐らくお主がこの世界に転生したことも、神々が関わったことであろう』

『はあ……それにしちゃチュートリアルはなかったけどなあ』

『……もし会う機会があれば抗議しておけ』


 うん。それは、ホントにね。会えるかどうかわかんないけど、頭の片隅にでも入れておこう。


『でもぼくを助けろ、か……神様たちは何を考えてるんだか』

『お主も察しはついておるじゃろう? お主がこの世でやろうとしておること、それに付随して起こること、それがこの世界にとって利益になるのであろう』

『……やっぱそういうこと、なのかなあ。でもま、確かにこの世界の文明水準はぼくら地球人から見たら低いもんね……』

『わしが呼ばれた理由も、その辺りであろうな。お主一人でできることなぞ、限られておる。せっかくの好機を逃すわけにはいかなんだのじゃろうな』


 聞きようによっては他力本願にもほどがあるようにも感じる……。

 よその世界からわざわざ人材を引っ張ってきて自分たちの世界の技術を底上げするなんて、それこそチートじゃないの?


『……気持ちはわからんでもないがな。しかしお主とて、そもそも死んだはお主の体調管理不行き届きじゃしなあ』

『ミミガイタイデス』


 それを言われると立つ瀬がない。確かに締切が迫ってはいたんだけどさ……でもそれだったら、もっと計画的にやっとけよって話だからね……。


『まあよい。お主は、この世界でやりたいことがある。わしは、それを補佐するために呼ばれた。それがこうしてはっきりした以上、あとは前に進むのみであろう』

『……補佐、かあ。あの、こう言うのはあれなんだけど、藤子ちゃんって何ができるの?』


 ぼくのその問いを受けて、藤子ちゃんの目が輝いた。……ような気がした。

 そして、すぐにその顔ににやり、と笑いを張り付ける。


『死人を生き返らせる以外のことは、大体できるぞ』

『……はあっ!?』

『地球の魔法をなめるなよ? 表舞台で磨き上げられた技術が科学なら、裏舞台で磨き上げられた技術は魔法じゃ。無から有を生み出すことなぞさほど難しいことでもない。伊達に秘匿されているわけではないのじゃ』

『ま、またまたご冗談を……』


 無から有って、そんなもん、……いや、確かに魔法ではあるだろうけど、そんなの理屈が通らないじゃない!

 SFの世界にしたって、何かしらの原料はあるんだから……!


 けれど藤子ちゃんはというと、


『試してみるか?』


 そう言って、自信たっぷりに笑うのだった。

 せっかくのかわいい顔が、なんていうかそれじゃ、どこかの悪代官だよ……。


 けど、本人がそう言うなら試してみようじゃない。なんでも作れるんでしょ? だったら何がいいかな……。

 やっぱり今ほしいもの、って答えるのが一番かな?……いやでも、それだと紙になっちゃう。紙は今ここで数枚手に入っても仕方ないから、できれば長く使えるものがいいのかな。

 だとすると……そうだ、筆記用具だ! それも、特定のやつってなったら難しいぞ、きっと。

 うん、それだ。そうしよう。


『じゃ、じゃあさ。ぼくが生前使ってた、お気入りの筆記用具一式。それ作れる? 作れたら、信じるからさ』

『ははは、大きく出たな。よかろう、出してやる』


 やっぱり自信たっぷりにそう言うと、藤子ちゃんはきりっと表情を引き締めた。

 それからしばらく、その二色の目でぼくをじーっと見つめる……。なんだろう、何をしてるんだろう?


 とはいえ、集中しているみたいだし、声をかけるのもまずいかな……なんてぼくが思っていると。

 藤子ちゃんはぼくの目の前で広げた両手を向かい合わせに掲げた。その手の間に、青い光が少しずつ集まっていく。

 やがてその光が、平べったい何かになる。なんだろう、と思う間もなく光がはじけて、それが見覚えのある袋になった。次いで、その上にこれまた見覚えのある筆箱が出現する。


『ほれ。確認してみよ』


 それを手に取って、藤子ちゃんはぼくに突き付けた。

 あまりにもあっさりとした、一瞬の出来事にぼくはあっけにとられながらもそれを受け取る。けれど、受け取った瞬間からぼくの手は震え始めた。


『こ……ッ、ここ、これ……っ!!』


 がくがくと震える、ぼくの両手が持っているもの。

 それは、確かにぼくが生前ラフや下書きに愛用していたルーズリーフだった。ちゃんと、ぼくが一番好んでいた罫線なしの、B5サイズ200枚入り。


 まさかもう一度これを手に取る時が来るなんて……と思いながらも、その上に乗る筆箱を恐る恐る持ち上げる。


 筆箱。何の変哲もない、プラスチックの筆箱だ。そこらの文房具屋でも手に入る、10本もペンを入れたらもう一杯になるような、そんな小さい筆箱。

 緑色のケースと、半透明のふたで構成されたその筆箱を裏返せば、そこには古ぼけたシールが貼ってある。

 今も流行している、ポケットにファンタジーなモンスターのシール。ぼくが初めて買ってもらったゲームの、初めて相棒に選んだモンスターの雄姿が、そこにあった。


 ガックガクに震える手で、ふたを開ける。中から出てきたのは、これまた使い古された、それも色違いなだけで同じ型のシャーペンが3本。

 とっくに廃版になったモデルで、市内を駆けずりまわってなんとか確保した3本。ぼくはこれを、小学生の時から使っている。


 それから後を追ってでてきたのは、アナログ時代に使っていたGペンと数色のコピック。デジタル描きになってはや10年以上、使う機会なんてもう一切なかったのにもかかわらず、なぜか捨てられなかったこいつらが、今はものすごく頼りがいのあるものに見えて仕方ない。


 最後に出てきたのは、青と白と黒のスリーブでおなじみの消しゴムが2つ、そしてやはり小学生の時から使い続けている、Bのシャー芯。色んな製品をとっかえひっかえ色々試して、結局ここに落ち着いたんだったっけ。


『うあ、ああ……あ、と……藤子ちゃん……か、描いて……いい?』

『もちろん。試してみよ』


 力強くうなずかれたことに妙な心強さを覚えながら、ぼくは袋からルーズリーフを1枚取り出す。


 無地。そこにはただ、穢れのない白だけが広がっている。肌触りは……ああ、そうだよ。これだよ。羊皮紙なんかとは比べ物ならない艶やかな肌触り、これがほしかった!


 別色同型のシャーペンの中から、緑色のものを右手に持つ。一番のお気に入り。最初に手にした10歳の時から、ずっとこいつが相棒だった!


 それをノックする。カチカチっと小さな音を立てて、黒光りする0.5ミリの芯が現れた。ああ、この感触……これだからいいんだよ、これが!


 そして、ぼくは。まったく震えが収まらない手をなんとか制御しながら……そのペンを、紙の上で……走らせた――。


『……――――っ!!』


 その瞬間、ぼくは声にならない叫びをあげていた。


 手が動く。勝手に動く。

 直線を引く。曲線を引く。三角を、四角を、そして……丸を描いて、そこに正中線を描き込み……。


 ――ダメだ、手が上手く動かない!


 5歳児の身体だから? それとも、5年も一切絵を描いてなかったから?


 10年以上の歳月をかけて、ようやく人に見せられるものを描けるようになったはずのぼくの身体が、ほとんど動かない。思い描いているものははっきりと、それこそ色すらも思い出せるほど、この頭の中に浮かんでいるのに! それを形にできない! こんな、こんなにもどかしいことってあるか!?

 思い描いたものが出力できないこの、絵描き独特の……ジレンマ! そこにある、確かにあるはずのものを表現できない……ああ、もどかしい! そして何より、……悔しい!


 でも……! でも……!!


 絵を、描けている……!! 諦めるしかないかもしれない、そう思っていたことを……ぼくは、今! 今、もう一度やっている……!!


 こんな、こんなに嬉しいことはない……、そうだ、ぼくは……ぼくはやっぱり、絵が、絵を描くのが、大好きなんだ……!!


『う……っ、く、う……ぐすっ、うぇぇ……!』


 気づけばぼくは、泣いていた。

 とっくに空白のなくなったルーズリーフの上に、ぽた、ぽた、と。次から次へと涙が零れ落ちていく。


 それでも、ぼくの手は止まらない。止められない。

 ……いや、止めてなんていられるわけがない! ぼくは、ぼくは5年も……待ったんだ……!


 次のルーズリーフを取り出す……!

 シャーペンをノックする……!

 そして、描く……!


 絵にもならない何かを描き続ける……もう、自分の身体を止められなかった。

 部屋の中にはしばらく、ぼくがシャーペンを走らせる音だけが響き続ける。藤子ちゃんはそれを止めることも咎めることもなく、ただひたすら……座ったままぼくの顔を眺めていた。


当作品を読んでいただきありがとうございます。

感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!


紙の大まかな説明と、異世界での状況の説明。

そして、遂に出会ったセフィと藤子。

後半は少し実体験。ボクは彼ほど真摯な絵描きではないですが。

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