第83話 初顔合わせ
さて、いよいよ夜のパーティだ。
出席者の顔ぶれは、うちからの出席はぼくの他、王女ということでティーア、それから護衛という形でドックさん、おつきという形でトルク先輩とフィーネといういつものメンバー。
対してムーンレイス側は、例の大臣さん(マジもんの関白らしい。要は総理大臣だ)、ぼくの義父になるハルート親王、それからその娘でぼくの相手になるライラ内親王を筆頭に、各種閣僚のお歴々。
総勢、20人程度の本当にこじんまりとしたパーティだ。うん、思ってたより小規模で安心した。
というのも、ぼくがまだ子供だからという理由で気をまわしてくれたみたいで、ごく一部のお偉いさん以外には手配しないようにしてくれたみたい。
まあね、まだお酒を飲む歳でもなければ、背丈も足りてないしで、あまり大勢の前に出られないのは間違いない。
全員が完全なるVIPってのも恐ろしいけど、やたらと大勢に絡まれるよりかはまだマシ……かな。
ちなみに、ファムルさんは完全に部外者な上に、旅をする夢人族、という希少性たっぷりな存在なため、拒否された。
「何よ何よ、差別だわ! ひどい! あたし泣いちゃう!」
とか言って、蜂がやるような8の字飛行をしていたけど、あれはたぶん放っておいた方がいいと思ったので、ぼくは全力でスルーしてここに来た。
とまあそういうわけで、迎賓館の中でも比較的小規模なホールでパーティが開かれた。
小さい、とは言っても、そこはさすがに大陸随一の国、ムーンレイスだ。ホールの下から上まで隅々に至るまで品のいいアンティークな雰囲気が漂っていて、シエルとの格の違いを改めて見せつけられた気分。
立食形式のパーティだったんだけど、並んでる料理もシンプルとはいえシエルじゃなかなかお目にかかれないものばっかりだ。
特に目を引いたのは、なんといっても魚介類。シエルでそれを食べようと思ったら、それこそ塩漬けとか干物くらいしか食べられないのに、ここに出てきたのはなんと生魚ですよ。刺身ですよ、刺身。いやあ、驚いたね。
しかもね、醤油はさすがになかったけど魚醤はあった。さすがに記憶にある味とは多少違いはしたけど、それでも刺身を食べれたことはかなり嬉しかったよ。
「おお、さすが殿下ですな。初めて生魚を見た内陸の人間は、基本毛嫌いして食べない方が多いのですが」
「いえいえ、男は度胸ですよ。何でも試してみるものです」
「さすが、シエルの発明王と謳われるだけのことはありますな」
「うむ、男は度胸。良い言葉を聞きました」
明らかなヨイショが周りからたくさん飛んでくる。この程度のことでここまで褒められて、舞い上がる人間なんているのかな?
……いや、ぼくくらいの年齢なら普通はそうなのかな。
ぼくとしては、自分がやってることの大半は他人の褌で相撲を取る行為だと思ってるから、そう褒められてもまったく嬉しくないんだけどね。ほめ殺しはティーアで慣れてるし。
「ムーンレイスでは漁業が盛んなんですね。海沿いに街が多いんですか?」
「ええ、我が国ではたとえ経済的に封鎖されても大丈夫なようにと、あらゆる食料を国内で賄えるようにしております」
「ということは、やはりこの料理に使われているのは海水から精製した塩ですね? 普段使っているものと香りや舌触りが違います」
「なんと、殿下はそこまでおわかりになるのですか!」
「むう、この食事から我が国の保有している技術を見抜くとは……」
「塩は重要な物資ですからねえ。自国で賄えるなら自国で賄うのが一番でしょう」
「仰る通り、いや殿下はお若いのにあらゆることに通じておられる」
単に前世の知識ですけどねー……いやー……全然嬉しくない。
ぼくとしては、もっとこの国の情報が欲しいところだけど、さすがにその辺りはガードが固い。誰かうっかりこぼしてくれないかと思ってたけど……みんな海千山千だなあ。
ちなみに、ぼくが情報を求めてなんとか閣僚の方々を切っては捨ててをしている間、ティーアはぼくのすぐ近くで料理に舌鼓を打っていた。
まあ、ティーアにうっかり縁談が舞い込もうものならぼくも黙ってられないし、ティーアとしてもぼくに不貞を働く悪い大人がいやしないか気を張ってるみたいだったから、ここは何も言わないでおくのが花だろう。
そんな感じで和やかに進んでいたパーティ。半分ほど時間が過ぎた頃合いだろうか。
相変わらず閣僚の方々と話していたぼくたちのところに、立派なカイゼル髭をたたえたナイスミドルが割って入ってきた。
「お話し中のところ失礼いたします、皆さん」
「おお、ハルート様。もしやお嬢様がご到着かな?」
「ええ、その通りです。……おっと、ご挨拶が遅れましたな。私、ハルート・イズァルヨでございます。今後とも、なにとぞ良しなに」
うおっ、遂に来たか!
この人がぼくの義理の父親になるんだな……うーん……。父さんよりは10歳ほど若い、かな?
がっしりしている上に全身日焼けしていて、いかにも戦士な見た目の父さんに対して、ハルートさんは全体的に線が細く、スマートな印象だ。
オールバックに整えられた、少し白髪の混じった頭髪はカルミュニメルブルー。全身から漂う魔法の気配は強く、ぼくが知る限りこれに匹敵するのはシャニス義母さんくらいしかいないと思う。
うん、さすが魔法の国の皇族、魔法に秀でてるんだなあ。
とはいえ、その佇まいはそれだけじゃないことを物語っている。ブレのない重心、隙のない身体運びは、武術の経験があることは間違いない。
……父さんや兄さんもそうだし、この人もそうだけど、この世界の王族ってすごい人ばっかりだなあ。王族だから強いのか、強いから王族なのか……。
「ご丁寧にありがとうございます、ハルート親王殿下。既にご存じとは思いますが、セフュード・ハルアス・フロウリアスです。どうぞよろしくお願いします」
「うむ、噂通り婿殿は良くできたお人のようだ。私も一安心だな。……ところで婿殿、今後我々は親子になる。堅苦しい言葉遣いは、我々に限っては抜きにしませんかな?」
「……ハルート親王殿下がお許しになられるのでしたら、是非に」
「うむ、ではそうしよう。よろしく頼むよ、セフュード」
「セフィで構いませんよ、義父上」
「そうか? ではそうさせてもらおうか」
ハルートさんがふふ、と楽しげに笑う。
穏やかで物腰の柔らかい人だなあ。父さんは、家族まとめてみんなでバカやっちゃうタイプだけど、この人はそれとは逆な感じだ。紳士って言えばいいのかな?
「ではセフィ……娘の準備が整った。会ってくれるね?」
「もちろんです、今回の外遊はそのためですからね」
いや、ぼくとしては印刷技術もらいにきたってのが一番なんだけど。それはさすがに口が裂けても言えない。
とはいえ、自分の結婚相手になる人が気にならないわけはないので、嘘というわけでもない。
まあ、藤子ちゃん情報では美人さんらしいし、あんまり心配はしてないけどね。
「では……ライラ、さあ入っておいで」
ハルートさんの声が飛ぶ。
それと同時に、扉が開く音が響き、次いで参加していた人たちがあっとどよめいた。
対してぼくはというと、驚きすぎて声を上げることができないでいた。
そのままの状態で硬直したまま、ぼくの視線は静かに近づいて来る女性……いや女の子にくぎ付けだ。
美人? そうだね、美人だとも。ぼくが知る限り、同年代でこれほどきれいな女の子は初めて見る。
可愛いとか妖艶とか、そういう方面じゃない。美しい、という言葉が何よりも当てはまる感じの美人さんだ。やや釣り目がちの目からは、勝気そうな印象を受けるね。
でも、容姿よりも何よりぼくの目を引いたものがある。それは、彼女が身に着けている衣装だ。
それは……それなりにアレンジが加えられ、ドレスっぽい仕立てになってはいるけれども……その構造は……。
間違いなく、着物のそれだった。
「初めまして、セフュード様。ライラ・イズァルヨと申します」
そして彼女――ライラさんは、月のように穏やかな笑みを浮かべると、しずしずと頭を下げた。
それは、どこからどう見ても日本のお辞儀であった。その際にちらりと見えたうなじに、思わずどきりと胸がうずく。
マジかよ。まさかこんなところで、日本の文化とかち合うなんてまったく思ってもみなかったぞ。とんでもない先制攻撃を食らった気分だ。それもクリティカルで。
けど、声をかけられたんだ。とにかく返事をしないと……。
「……あ、は、はい……えと、セフュード・ハルアス・フロウリアスです。どうぞよろしく」
慌ててそう答えたぼくの姿は、傍目にはどう見えたんだろう?
美人に思わず見とれていた、そんな風に見えたかもしれない。うーん、その勘違いを喜んでいいのか悪いのか。
「え、ええーっと、その、素敵なお召し物ですね……」
「ありがとうございます。ふふ、師匠が是非にと残していったものでして」
師匠?
……藤子ちゃんだな! おのれー、連名の親書といいこの着物といい、一体この国にどれだけ種を仕込んでいったんだ!?
「……なるほど。そのお師匠様とは、一度話をする必要がありそうだ」
「まあ、どうなさるのですか? あの方は、弟子の私が言うのもなんですけれど強いですよ?」
「男には、負けるとわかっていても挑まねばならない時があるのです」
「やめてくださいまし。あの方は手加減を知らない人です、私は式も挙げずに未亡人になるのは嫌ですわ」
「……いや、別になぐり合うつもりはないですけど……その、んー……そうですね、わかりました。あなたに免じて、ここは引いておきます」
まあ、実際藤子ちゃんと戦ったら無事で済むわけないしね……。
「うふふ、よかった」
くすくすとライラさんが笑う。
いやー、美人は何をするにしても絵になるね。
……あれ、いつの間にか周りに人がいないぞ。あとは若いお二人で、ってか?
ティーア……って、あれ? ティーアまでいない……なんだ、どこ行ったんだろう。
と思って周りをさらに見渡すと、トルク先輩が大丈夫と言わんばかりにジェスチャーをしている姿が。
……あんまりいい予感しないんだけど?
「セフュード様?」
「あ、すいません。妹がいつの間にかいなくなっていたので、どうしたのかと思いまして」
「妹さん、ですか?」
「ええ。双子の妹なんですが、ぼくとは違ってナルニオルに愛された武芸者です。今回は護衛も兼ねて一緒に来ていたんですが……ああ、ご心配なさらないでください。大丈夫だそうですから」
「そう、ですか? だといいのですが」
気にはなるけど、今ここを離れるわけにはいかない。
先輩もいるし、ここは目の前のことをなんとかしないとな……。
「そ、それよりライラ様……」
「あら、私たちはいずれ結ばれる身。様だなんてそんな他人行儀な」
「……では、ライラさん?」
「ううん……、……わかりました、今はそれで、構いません」
「ありがとうございます。では、ライラさん」
「はい、なんでしょうか?」
うう……この堅苦しい気取った会話、やめたい……。
父さんみたいに、身分関係なく素で周りと会話したいですわ……。
対外的な体裁はわかるんだけど、やっぱり元日本人として、元一般人として、こういうのはどうも好きになれないや。
おまけに相手はファーストレディみたいなものだしなあ。なるべく粗相のないように、食べ物や飲み物を勧めたり、地球譲りのジョークなんかも挟んでみたけど、どれほど効果があったやら……。
必死になって色々話したけど、ぶっちゃけその内容はほとんど覚えてない。他愛もないことだった、んだと思う。ていうかそうであってくれ。
唯一覚えてるものと言えば、明後日デートの約束をいつの間にか取りつけられたことくらいか……。
まあ、手玉に取られた感じはあったけど、こういう格式ばったところから離れた普通の彼女を見てみたいという欲はあったから、別にいいや。クレセントレイクの街もじっくり見て回りたいし。
そんな会話をしていたところで、これまたいつの間にかハルートさんが戻ってきてパーティはお開きになった。
どうやら、かなり長い時間二人で会話していたらしい。とてもそんな感じはしなかったけど、それだけ必死だったんだろうな。
部屋に戻ってすぐ、ファムルさんから下世話な話を振られたのがなければそれなりにいい夜だったんだけどね……。
とりあえず、疲れた。ものっそい疲れた一日だった。藤子ちゃんに問いただしたいことがいくつかあるけど、今日はもういいか……。
それに、明日はいよいよムーンレイスの印刷技術を見せてもらえる。昼からだけど、できれば万全の状態で挑みたいし、やっぱり早めに寝ることにしよう。
それじゃあ今日はこの辺りで、みんなおやすみなさい……。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ハルートとライラ、久しぶりの登場!
お察しの通り、ライラはセフィ編のメインヒロインの一人でしたとさ。




