第77話 アルティオン突入作戦 2
「おおおー! 芳醇! なんて濃厚なマナ!」
ぼくたちがあっけにとられている間にも、その妖精さんは嬉々とした……っていうよりは、どこかイっちゃってる顔で瘴気をむさぼっている。
……具体的にどうむさぼっているのかはよくわからないんだけど、とにかく瘴気が妖精さんのまわりをぐるぐるとまわり始めて、そのまま妖精さんの体内に入っていくのだ。
そんな小さな身体で瘴気を吸ったら危険だ! と思うんだけど……妖精さんが気にしている雰囲気はまったくない。なんていうか、数日何も食べてなかった人が、久しぶりの食事にありつくような、そんな感じだ。
手のひらにも乗りそうなサイズなんですけどね……。
「すげえー! おいしいいいー! うーまーいーぞー!!」
なおも続く、妖精さんの食事|(?)。
ぼくたちのことはまったく意に介していない……というよりは気づいてもいないようで、周りのみるみるうちになくなっていく。
ほどなくして、周辺に漂っていた瘴気はすっかり消え失せてしまっていた。
「うーん、最高……余は満足じゃあー」
そして後に残ったのは、言葉通りの顔をして地面に寝転がる妖精さん。
……なんだこれ。マジで。
「……おい」
そんな中で、最初に我に返ったのはディアス兄さん。
さすが兄さん、こんな時でも冷静だ。
……あ、待って、前言撤回する。思いっきり抜刀して突き付けてる、あんまり冷静じゃない!
「お前は一体何者だ?」
「ほえ?」
兄さんに剣を突き付けられて、妖精さんはようやく周りの状況に気がついたようだ。
それから、数回目をぱちぱちさせてから……。
「きゃあああ! 何よ、何が目的なの!? わかってるわ、皆まで言わなくても! あたしのこの美しく妖艶で史上最高級な若々しい肉体ね!? ひどいことする気でしょう! オークみたいに! オークみたいに!」
そんなことを叫びながら、自分の身体を抱きすくめるような形でその場でくねくね……もとい、ぐねぐねとうごめいた。
とりあえず、明らかにサイズ違ぇよと誰もが思っただろうけど、それを口にする勇気のあるものは……、
「笑えない冗談はやめろ。お前のような極端な侏儒(小さい人のこと)に欲情などするか」
いたあアァァー!!
兄さん、あんたは英雄だ!!
「失礼ね、そこはもうちょっと乗ってくれたっていいじゃない、ふんだ」
すると妖精さん、先ほどの振る舞いは演技だったのか、即座に復帰してふわりと浮かび上がった。
そのまま兄さんの視線まで上がりながら、ほっぺを膨らませてぷんすこしている。
「お前の意見は求めていない。答えろ、お前は何者だ?」
演技だと見抜いていたのだろう、兄さんはそのまま剣を下げることなく妖精さんをにらみつける。
……こええ。あれが王宮で鍛え抜かれた王族のオーラってやつか。
「あらやだ、麗しき女性にそれを聞くなら、自分から名乗るのがれい……きゃあっ、ちょ、あんた本気!?」
「冗談に思えるなら続けろ」
「わわわわかったわよ、答える答えるから! その剣もうちょっと離してってばあ!」
喉元に突き付けられた剣に、妖精さんが取り乱す。
うーん、兄さんってば容赦ない。信用すると決めた人間以外にはあんな感じなのかな。
あそこまで直接的ではないけど、ぼくもかなり挑発されたもんな……。
まあ今兄さんがやってるのは、挑発っていうか尋問だけど。
「まったくもう、女性の扱いがなってないわぁ……」
少しだけ剣が離れた妖精さんは、ぶちぶちと言っている。
が、再び兄さんが剣を持つ手に力を込めたのがわかったのか、すぐに態度を改めた。
「あたしはファムル・アグリア、見ての通り夢人族よ!」
そして腰に手を当てて、嘆きの大平原と化している胸をえへんと張った。
「我々が知りたいのはそんなことではない」
「ええー!? ちょっ、あんたそこは驚くところでしょ!?」
しかし兄さんは容赦なく、ファムルと名乗った妖精さんの言葉を切り捨てた。
いや兄さん、確かにそこは驚くべきところだと思うよ、ぼくも……。
夢人族。文献では聞いたことがあるけど、実際に見るのは初めてだ。
確か、人間族や月人族とは異なる進化を遂げた種族で、他の種族同士が交配できるのに対して、夢人族は同種同士でしか交配できない。その分数は他の種族に比べると圧倒的に少ないんだとか。
そしてその見た目は、ファムルさんがそうであるように、人間族の手に乗ってしまうほど小さな身体であり、背中にまさに妖精と言って差支えないような羽を持っている。
耳は……月人族と同じとがった耳だなあ。確か、こっちは氏族によって違う……んだったっけ。んん、これはちょっと記憶があいまいだ。
ともあれなるほど、ファムルさんは夢人族なんだろう。ぼくが見聞きしたことのある情報と、その姿は完全に一致していた。
「せ、先輩……夢人族ってホントにあんななんですね……」
「お、おう……みたいだな……すげえな、あんなに小さいなんて」
「でもでも兄様、夢人族って普通森から出てこないんじゃなかった?」
「そ、そういえばそうだよね……どういうことなんだろ?」
ぼくの知る限り、夢人族はその国許であるグドラシア森国からほとんど出てこないという風に聞いている。
世界樹のふもとにあるその国は、外に出なくとも彼らが平穏に暮らせるだけの加護がある場所だから……とかって話じゃなかったっけか。
まあ、もちろん全員が全員そうというわけじゃないんだろうけどさ。どんなものにだって例外はあるし、あのファムルさんも、そういう他とは違う性格だと思えばそこまでおかしくはないと思う。
……いやでも、あの性格はちょっと普通じゃないかもしれない。
初対面の人相手に剣を突き付けたまますごみ続ける兄さんも兄さんだけど、それだけされてるのにちょいちょいおどけようとするところを見ると、もしかしてアホの子なんじゃないだろうか……。
「ディアス、ちょい待ち」
ぼくが……いや、ぼくたちがあっけにとられたまま二人をやり取りを見ていたところで、不意にティフさんが口を挟んだ。
彼女に顔を向けることなく、兄さんはぶっきらぼうに「なんだ」と答える。
そしてファムルさんのほうは……。
「あ……あれ? あんたもしかしてティフ? な、なんでこんなところにいるのよ?」
「やっぱりてめえかファムル! そいつは俺のセリフだ!」
「あんたがいるなら百人力だわ! 親友のよしみと思ってあたしを助けて!」
「誰が親友だアァァ!」
「あーれー!?」
なんてやり取りと共に、ティフさんの容赦ないかぎ爪キックを食らって、きりもみ回転しながらその辺の地面に落下した。
「ディアス、遠慮はいらねえ。このクソババアとっちめるぞ!」
「……? いいだろう」
そして、ティフさんは明らかに怒った様子でファムルさんを踏みしめて地面に固定した。
言葉遣いはともかく、あんまり怒らない彼女にしては珍しいなあ……?
そんなことを考えるぼくの前で、兄さんはやけに迅速な手際でファムルさんを拘束した。
……ねえ、その縄どこから出したの、兄さん?
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「ねーちょっとー! なんであたしが縛られなきゃなんないのよー! あたしそんな趣味ないんですけどー!?」
「うるせえこのクソババア! てめえが何したか覚えてねえとは言わせねえぞ!」
「ババアはないでしょババアは! こんなかわいい女の子捕まえて!」
「てめえなんざババアで十分だ! もうとっくに60は行ってるだろうが!」
「じゃああんただってババアじゃない! 幻獣だから違うなんて言わせないわよ!」
「はっ、残念だったな! 俺の寿命はてめえらの3倍だからまだまだ若造だよ!」
「ムキー! 倍率でごまかしたってあんたはババアよ、このババア!」
「言ってろクソババア! 所詮負け犬の遠吠えだぜ!」
「むきー!!」
……底の知れない女の争いを、延々と見せつけられるこっちの気分にもなってほしいものだ。
ティフさんとファムルさんは、こんな感じでずっと口げんかを続けている。何がどうなったらこうなるのかわからないんだけど、とりあえず二人が顔見知りで、犬猿の仲だってことはよーくわかる。
彼女たちの口げんかが一向に終わりを見せないので、ぼくたちは放置して周辺の整備をしてるくらい暇だ。
例の瘴気が出てくる穴は、まだ機能している。とはいえ出てくる量はもともと大したことがなかったみたいで、ファムルさんが瘴気を吸い込みまくった今、緊急を要するほどのやばさではなくなってる。
もちろん、なんとか対策を講じないといけないことには変わりないけどね。
「……兄さん、あの人知ってるの?」
「いや、知らん。知っていたら、そもそもあんなことは聞いていない」
「……ごもっとも」
いつでも対処できるように、剣の柄に手を当てたままの兄さんである。
「しかし少なくともティフの顔見知りと言うことは、父上が冒険者時代に顔を合わせたことのある人物なのかもしれんな」
「おお、なるほど……」
確かに、その可能性はありそうだ。
ティフさんは父さんと契約した幻獣で、ティフさん自身は父さんと一番付き合いが長いと言ってたことを考えると、冒険者だった頃の父さんと各地を旅したのは間違いない。
その旅の中で、色んな人と出会っている可能性はもちろんあるわけで、だとしたらファムルさんもその中に入っている可能性だってあるはずだよね。
にしても、ここまでやりあうほどって、一体ティフさんはファムルさんに何をされたんだろう。
「ティフ、もうそれくらいでいいだろう」
「……ちっ。運が良かったなクソババア、今日はこれくらいにしておいてやる」
「何よ勝ち逃げする気!? 許さないわよババ……あ、はい、すいません、黙りますごめんなさい」
縛られたまま気勢を上げ続けるファムルさんだったが、兄さんに睨まれるとあっという間に大人しくなった。
「ティフ、どういうことだ? 説明しろ」
「おう。そのババアはな、昔俺たちとパーティを組んでたやつだ」
「ほう……」
「へえ……」
「ふふん、アルの懐刀とは何を隠そうこのあたしのことよ!」
「その割に私の顔には反応しなかったようだが」
「そういえばあんた、アルそっくりね。なんで?」
今気づいたのかよ!
「私はそのディアルトの息子だ。名はディアス」
「ディアス? ああー、ああ、ああ、思い出したわ。シャニスの子でしょ? あの時の赤ちゃんかあー、へえー、大きくなったわねえ」
「なんで今気づくんだよ……相変わらず頭の足りねえ奴だな……」
「しょうがないじゃない、いきなり剣突きつけられたら誰だって混乱するわよ!」
「よく言うぜ!……ああ、わかってるよディアス」
兄さんに制されて、ティフさんは恐らく言おうとしていたであろう罵声を飲み込んだ。
「じゃあ、そっちの子は? 今気づいたけど、ディアルトと似た気配してるよね」
ティフさんを無視したファムルさんは、今度はぼくに顔を向けた。
「ぼくも父さんの息子ですよ。セフュードって言います」
「セフュード?……あーっ、もしかしてベリーの子!?」
「そうですけど……母さんのこと知ってるんです?」
「知ってるも何も……ああー、懐かしいわねえ。アルを前にして何も言えなかったあの子の背中を全力で押し出してあげたのは、何年前だったかしら? あの恥ずかしがり屋のベリーが子供をねえ……ふうん……」
どこか遠くを見る目をしたファムルさんの仕草は、どことなく藤子ちゃんに似ていた。
なんだろう、よくわかんないけど……昔を思い出そうとしてると言うか、思い出してしまったと言うか、そういう時に藤子ちゃんが醸し出す雰囲気に似てる気がする。
そういえば、さっきティフさんが60超えてるって言ってたっけ? ファムルさんは藤子ちゃんと同じように、見た目よりずっと長いこと生きてるのかもしれないな。
「うんうん、あんたの名前はあたしも聞いてるわよ、シエルの発明王でしょ? いやー、あのアルとベリーの子がそんなすごいことになるなんて、思ってもみなかったわねえ」
「いや、ぼく一人でやったことじゃないんですけどね」
「あら、謙虚なのね。ふうーん、アルじゃなくってベリーに似たのかしらねえ?」
「性格は父さんそっくりとは言われますけど」
「へえ、じゃああんたが一番いい男なのかしら?」
「はっ!?」
「だって、その……言っちゃなんだけど、アルっていい男じゃない。アルと性格がそっくりなら、そういうことじゃない?」
なんでそうなるの!?
父さんのあの性格を「いい男」って言えるのかな? いや、確かにしめるべき時はしっかりしめるし、父さんはやると言ったらやる人だ。いい男だろうなあとは思う。
でも、父さんはそれよりもまずちょっと残念なところが前面に来るというか……。
「……お前は父とはどういう関係なのだ?」
「うふふ、ただならぬ関係よ。……ちょっとそこの鳥ババア! 何笑ってんのよ、何か文句あるの!?」
「いぃやぁ? ただ、アルを前にしたら憎まれ口しか叩けなくて、結局何の進展もないままパーティ解散の日を迎えた奴のセリフじゃねえなあと思ってなあ」
「きゃああー!? 何暴露してくれてんのよこいつぅ!」
なるほど、ツンデレと言うやつですか。
「そういうあんただって、アルに何も言わなかったじゃない!」
「は? 誰が俺の邪魔をしてたと思ってんだ、このクソババア! ま、俺は解散後にちゃんと言ったけどな。アルもちゃんと応えてくれたぞ。満天の星空の下で。最高に幸せだった、ふふん」
「はあ!? 何それ!? ちょっと、抜け駆けって卑怯すぎるんじゃないのあんた!」
「どの口がそれを言いやがるんだ! っていうか、相変わらずバカだなテメエは。自業自得じゃねえか!」
「ううううるさいわね! あれはその……なんていうか、あれよ、そうあれ! あの時は若かったの!」
「じゃあ今からアルのところに行ってみろよ。告白云々は知らねえが、喜びはするだろ」
「ぷひゃう!? むむむむむむりむり、ぜぜ、ぜったいむり! や、やめてよアルのことはもう、あ、あきらめたんだからああ!」
絶対あきらめきれてないですよね、その反応……。ってうわ、泣き出しちゃったし……。
とりあえず、ハンカチくらい渡しとくか……アイテムボックスに代わりになりそうなものくらいあったはずだ。
「ううう、ありがとほ……やっぱりアルの子なのね、優しいわぁ……ずるずる」
そう言いながら、ちーんと盛大に鼻をかむファムルさん。
……なんて残念な人なんだ。見た目はすごくかわいらしいのに。銀髪に紫紺の瞳がとてもきれいなのに。
なんでそんなリアクションしかできないんだろう、この人……。
っていうか……。
なんていうか……その……。
嫁は3人だと思ってたら、まだ2人も想いを寄せられてる人がいたのかよ。
父さんは、いい加減にそろそろ爆発するべきだと思うよ。マジで。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ディアルトパパ上の甲斐性。




