第76話 アルティオン突入作戦 1
瘴気を浴び続けた生物は、やがて異形化する。もしくは、理性を失う。
それは知識として知っていたし、そうなったものがどういう風になってしまうのかも、知ってたはずだ。
けど、やっぱり世の中そんな甘いものじゃなくて。
「兄様、だめっ! こいつらなかなか剣が通らないよ!」
「同じくです殿下! 瘴気でとんでもない防御力になっています!」
「くそー……っ! ティフさん、魔法はどうです!?」
「俺は風系統しか使えないから期待するな! 剣よりは効く程度だ!」
「てやんでーぃ! セフィ、やっぱ燃やすしかないぜこりゃあ!」
「やっぱそうなるのかー!」
ぼくたちは今、アルティオンの中心に向かって、ミスリルの道を進んでいる。先頭にディアス兄さんが率いる部隊が、中心にぼくたちが、そして最後尾を副団長さんって人が率いる部隊がいる。
そんなぼくたちに襲い掛かる魔獣……それは、瘴気によって異形化したパンノキの群れだった。
元々木としてはそこまで大きくはないパンノキだけど、穀倉地帯のアルティオンではとにかくその数が多い。そのほとんどが魔獣になっていて、奥に進めば進むほど攻撃が激しくなる。
木の枝を触手か鞭のように攻撃してくるほか、実らせているパンノキの実を飛ばしてくる。厄介なのは、これがホーミング性を持ってることだ。完璧ではないけど、それでも困る。実のほうも魔獣になってるんだろうなあ……。
まあ、何より面倒なのはそんな魔獣化パンノキが、地面から抜け出て根を使ってわっしわっしとぼくらに殺到してくることだよ。
幹には顔みたいな模様が浮かんでる(しかも大体悪い表情)上に、それが生前と並んで向かってくるから本当に地獄絵図だ。
「セフィ!」
「なに兄さん!?」
前方から、ディアス兄さんの怒声が聞こえてきた。
ものすごい声量だ。あの人、こんな声も出せたんだな……。
「私は右手に向けて火を放つ! お前は左手をやるのだ!」
「わ、わかった! 連結する!?」
「したほうがいいだろう! 私はする! 5つだ!」
「わかった! 合図は任せるよ兄さん!」
ぼくもありったけの声で応じながら、ティーア、ドックさん、イミュドさんに魔法の準備が整うまでの時間稼ぎを目で頼む。
それから、トルク先輩と共同で魔法を組み上げる。
「っしゃあ、でっかいの一発かましてやろうぜ!」
「うん! 先輩、ぼくは連結を構築するから先輩は炎のほう頼むよ!」
「おうっ任しとき!」
ぼくはまだ上級魔法は完璧じゃないからなあ。
……とか思ってると、ディアス兄さんは既に構築が終わったらしい。
連結の魔法、まだ教えてから1日しか経ってないんですけど。さすがに『七色』の息子ってことか……。
「セフィ、あたいはおっけーだぜ!」
「うん、ありがとう! ティーア、下がって! ディアス兄さん、準備できたよ!」
「うんっ!」
「よし! では3,2,1で行く! 3! 2! 1!」
「「「上級炎魔法五連結!」」」
ぼく、先輩、兄さんの合唱と同時に、尋常じゃないレベルの炎が吹き荒れた。
ミスリルで作られた道の両側を完全に焼き尽くすような火は、5つもの式で連結されていてさらに威力と規模がアップしているのだ。
そしてその猛烈な炎は、あっという間に魔獣化パンノキの群れを飲み込んだ。
……二人がかりのぼくたちと、一人で組んだ兄さんの威力がほぼ同じなことは忘れることにしよう。
「やったか!?」
ああ、誰か知らないけどそれは言っちゃいけないよ騎士さん! それはやれてないフラグの代名詞だよ!
……ほら、案の定! もっとも近くにいた魔獣化パンノキはほぼ炭化していて瞬殺だっただろうけど、遠ざかれば遠ざかるほど、手前にいる連中が盾になっていて、規模のわりに倒せた数は多くない!
ぼくがそう思ってもう一度魔法を組もうとした、その時。
「掃除は俺に任せろよ!」
ティフさんの声と共に、壁と錯覚するほどの大きな風が吹いた。
それは燃え尽きた魔獣化パンノキを吹き飛ばし、まだ動ける連中の姿をさらすことに成功する。
そしてそれを見るや否や、今度は兄さんが声を上げた。
「疾空! 放て!」
「はっ!」
兄さんの声に、騎士さん全員が一斉に反応する。
手にした剣を後ろに引きながら、そこに赤いマナが静かに現れていく。そして次は、そのため込まれたマナを剣ともども振り抜いた。
それは目に見える斬撃となり、弓矢よりも広い範囲を切り裂く閃光が、群れる魔獣化パンノキを切り刻んでいく。
剣はあまり効いてと思ったけど、さすがにこの人数で放つと効くんだな。魔法でそれなりにダメージが入ってるのも、大きいかもな。
確か……流星流剣術の技、だったっけか。剣技の中でも珍しい、広範囲に攻撃をする技のはず。ティーアも母さんから教わってた。
「よし走るぞ!」
兄さんの声が飛ぶ。それにせっつかれるようにして、ぼくたちも再び動く。
「セフィ! いつでも魔法を撃てるようにしておけ!」
「わかったっ!」
言われるままに魔法を組み上げながら走る。
走りながら、道の先に目を向ける。
……アルティオンの中心部は、まだ遠い。
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走って、魔法を撃って、走って。
それを繰り返しながら進むこと小一時間。ようやく魔獣化パンノキの数が減ってきていることを感じられるようになった頃、ぼくたちは這う這うの体で街の中に入った。
……いや、ディアス兄さんはじめ騎士さんたちはそこまででもなさそうだったけどさ。これが経験の差ってやつだろう。
ぼくたちも、消しゴムの材料目当てであの改造ダンジョンに何度か潜ってたから、まったく経験がないわけじゃないんだけども。年季が違うよなあ、やっぱり。
「飲まれた住人が数人いる! 接敵したら即座に首を落とすのだ! 躊躇はするな、理性を破壊されたものへの引導、それがせめてもの情けだ!」
「はっ!」
ゾンビにも似た動きで街の中を徘徊するのは、身体のところどころが肥大化したり矮小化したり、あるいは異形化したりしてはいるものの、間違いなく人間だ。
けれど兄さんは躊躇なく、それに対する指示を飛ばす。……さすが、と言っていいのかな。複雑な心持がする……やっぱり、元日本人としてはあまり見たくないししたくないよ。
少し離れたところで、肉が切り裂かれる音と断末魔の悲鳴が響いた。
……うぐう。
「目をそらすな、セフィ。ここは戦場と思え」
無表情に近い顔で、兄さんが淡々と言う。
「……わかってる、よ……わかってはいるけど、さ……」
「……青いな」
ぼくの言葉に、兄さんは目を細めて首を振った。
……精神年齢的にはぼくのほうが上のはず、なんだけどねえ。
「……セフィ、セフィ」
「どしたの先輩」
「見ろよ。あっちから瘴気が流れてくる」
「……本当だ」
トルク先輩が指差したのは、街の中心も中心のほうだ。
彼女が言った通り、そちらから少しずつ少しずつ、瘴気が流れてきている。煙が部屋の中に充満していく光景に似てるかも。色が黒だから、よく目立つ。
それを確認して、ぼくは上を向いた。
「ティフさん、どうです?」
「ああ、間違いない! 問題の場所はそっちのほうだぜ!」
「……兄さん」
「うむ、行ってみるしかあるまい。何かわかるかもしれん」
兄さんが頷いた。
そして数人の騎士さんをつれて、兄さんは先頭に立つ。
……仮にも王太子なはずだけどな。リーダー肌なのかなあ。
なんてことを考えながら、ぼくもそれに続く。ティーア、トルク先輩もだ。
ゆるゆると流れてくる瘴気……その先を求めて、十数人で行動だ。
途中、元家畜と思われる魔獣に襲われること3回、元人間と思われる魔獣に襲われること2回。
結局元人間のほうは兄さんたちに押し付けることになってしまったのが、ちょっと我ながら情けない。かといって、人を殺さなきゃとかいうつもりはないんだけど……。
「うわっ、なんだこりゃ!?」
またしても思考の底に沈みかかったぼくは、ティフさんの声で我に返った。
……こうやって考えすぎるのはホント、ぼくの悪い癖だな。
「…………」
「……これは」
「なに、これ……」
「むう……」
それを見たぼくたちの反応は人それぞれだったけど、基本的には困惑で一致している。
ぼくたちがたどりついた場所にあったのは、穴だ。そうだなあ……地質調査でやるボーリング検査をやったあとみたいな、わりと細い穴。
そこから、もやもやと瘴気が吹き出しているのだった。
思わず星璽を向ける。この瘴気は……むむむ、濃度68%!? かなり高い!
腐海の90%オーバーと比べるのはさすがに間違ってるけど、この数値も相当だ……周りの空気と混ざることで、周りは40%前後まで落ちて入ってるみたいだけど……このままだとまずい。
「……これはどういうことだ」
兄さんが、眉間に手を当てながら言った。……癖なのかな、このポーズ。
「……いや、それよりもまず……セフィ、ミスリルはまだ持っているか?」
「ん……うん、まだそこそこに」
「ではまずこの穴の周辺をミスリルで覆う。お前はミスリルを出せ。他のものは、それを並べるんだ」
「わかった」
「はっ」
兄さんの判断はさすがに的確だ。ぼくもそれに従う。
まあ、出す、と言ってもアイテムボックスは個数単位で出し入れできるから、そこまで大変ではないんだけどね。
手元に残っていたのは……全部で59個。5個ずつ出してくかな。
この世界の人間はマナがあるから、赤い使い方ができるならそれくらいは持てるだろう。ぼくはできないけどな!
「……これで少しは軽くなるだろう」
ともあれミスリルを並べ終えて、兄さんはつぶやいた。
改めてスキャンしてみると、謎の穴から出てくる瘴気はともかく、ぼくたちの周辺では30%まで落ちたので、これならもう少し長居ができるだろう。
とりあえずは落ち着いたので、問題はこれからのことだ。兄さんが、早速口火を切る。
「……諸君、これはなんだと思う?」
その問いに堪えられる人間は、もちろんいない。
「……疑問ならたくさん出る、んですけど」
最初に沈黙を破ったのは、トルク先輩だった。さすがに、魔法研究所に所属しているだけはある。
「というと?」
「どうして瘴気が出てくるのか、どれくらい深いのか、どこに続いているのか……それから、永遠に続くかどうか、とか、です」
「……うむ……」
先輩が挙げた疑問は、たぶんこの場の全員が感じてるだろう。
それのどれか1つでもわかれば多少は前に進めるんだろうけど……。
……とりあえず、できることは……。
「……兄さん、穴に石を落してみようよ」
「……なるほど、深さを測るか」
「うん。どれくらい音が続くかなって」
「……よし、やってみるとしよう」
そして兄さんは、その場に転がっていた手ごろなサイズの石を手に取った。
……え、まさかとは思うけど、王太子自ら瘴気のあふれてくる穴のところに行くわけ……行ったー!!
兄さん、いくらなんでもそれはまずいと思うよ……次の王様なら、もうちょっと自重したほうがいいと思う……。今の王様が末期だっていうなら、なおさらじゃないかな……。
「…………」
「…………」
「…………」
「……わからぬ」
結論。地面に落ちたような音は最後まで聞こえませんでした。
……まじか。どんだけ深いんだ、この穴。奈落の穴とかそんなんじゃないだろうな?
「……相当深い、もしくは……底なし、ということでしょうか?」
イミュドさんが言う。
そうとしか考えられないので、全員が頷いた。
そしてそのまま、ぼくたちは黙り込んでしまった。
意見がどうこう以前に、まったくわけがわからない。未知すぎて、リアクションもできやしないのだ。
まったく動かない状況。このままじゃらちが明かないな……。
このままだとどうしようもないし、しょうがない。ここは藤子ちゃんにご登場願ってみるか……。
「……ん?」
藤子ちゃんを呼び出そうと、今まさに星璽の通話アイコンをタップしようとしたぼくは、何か妙な音がするような気がして顔を上げた。
誰もしゃべらないのをいいことに、耳を澄ませてみる。
すると……。
「ひゃっはー! マナだー! 濃いマナがこんなところにー!」
聞こえたのは、そんな声だ。
……明らかに場違いなその声に、ぼくは首を傾げながら空を見た。声は、空から聞こえてきたからだ。
そのぼくより少しだけ早く、ティフさんが同じほうを見た。さすがに幻獣、感覚は鋭いんだろう。
そして、
「「はあ!?」」
ぼくとティフさんは同時に声を上げた。
それに反応して、全員がぼくたちを見る。それから、ワンテンポ遅れてぼくたちが見ていたほうに目を向けた。
そこにいたのは……。
「うおおおおー!! マナアアァァー!! うおおおおー!!」
見た目とまったく釣り合わない雄々しい叫びを上げながら一直線に飛んでくる、小さい妖精の姿だった。
「「「「「はあ!?」」」」」」
そしてそれを見たぼくたちの心は、まさに一つになったのだった……。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
新キャラの予感?




