第75話 兄さんと作戦会議
アルティオンを瘴気から救う。
言うのは簡単だけど、どう考えても実行するのは簡単じゃない。
瘴気が生物に及ぼす影響は強いし、うっかりそれに飲まれたら無事じゃすまない。瘴気に飲まれて異形化した家畜「らしきもの」も遠目から確認できるし、一筋縄ではいかないに決まってる。
さてそれでどうするか、というと……。
「……子供サイズのミスリルアーマーは持ってきていないのだ」
「ですよねえ……」
ぼくとディアス兄さんは、準備を着々と進めている騎士さんたちを並んで眺めながらうなっていた。
彼らが身に着けているミスリルアーマー。これは強力な対瘴気用装備なのだ。
ミスリルは、そもそもマナを自然に吸収することができる金属。普段ならこの性質を対魔法用防具に利用するんだけど、これが瘴気に対して有効なのだ。
瘴気って要するに、濃いマナだからね。瘴気から受ける影響を、かなり軽減してくれるってわけ。
ちなみに、この性質を持っている物質は、生物以外では今のところミスリルしか確認されていない。つまり、瘴気のある空間ではミスリル製の装備品が欠かせないわけだ。
けど、当然だけど簡単な構造のものじゃダメだ。全身を覆うフルアーマーでないと、意味があまりない。
騎士さんならその装備は当然だろうけど、子供のぼくたちにとってそれはとてもじゃないけど装備できないんだよねえ。
トルク先輩はなんとかいけるだろうけど、ハーフウィンディアのぼくは間違いなく装備不可能だ。ティーアもまだ難しいだろうなあ。
「ふむ……さてどうするか……」
「……要は、瘴気を軽減できればいいですよね?」
「そうだが……何か案があるのか?」
「はい。ミスリルならインゴットで大量に持ってます」
「……何?」
兄さんが怪訝な顔をする。無理もないね。
ぼくも手元に置いてるわけじゃないし。どこにあるかって言ったら、亜空間だもの。
……というわけで、ここは論より証拠。
ぼくは星璽のアイテムボックスから手ごろなミスリルインゴットを取り出した。25キロ分で、ちょうど某ドーナツショップの箱くらいの大きさだ。
それを見て、兄さんが目を丸くする。
「!?」
「これがあと、……えっと、473個あります。道中に設置すれば、結構軽減できるんじゃないですかね?」
「な……どういうことだ……!?」
兄さんも驚くのも当然だ。
ごまかす……のもいいけど、ついでだしある程度本当のことを話しておこうかな。身内だし、多少はいいでしょ。
というわけで、藤子ちゃんのことを説明する。まあ、名前とかの詳細な情報はさすがにまだぼかすけどね。
その上で、このミスリルインゴットが彼女の手に入れたもので、ぼくの共同資産だということも説明。
「……納得はできんが、わかった……」
眉間を抑えながらそう応じた兄さんは、それでも臆することなく言葉を続ける。すごい。
「……473個、だったな。それだけあれば、かなり瘴気を減らせるだろう。セフィ、これを見ろ」
「地図? アルティオンの?」
「そうだ。見ての通り、この街は街そのものよりパンノキ畑のほうが多い上に、建物はかなり分散している。そのため、瘴気はおろか我々を遮るものもない。塊をまとめて設置すれば、かなりの効果が見込めるのではないか?」
「なるほど……ミスリルの塊を間隔を置いて並べて、瘴気の薄い区画を作るんだね?……と、ですね?」
「そうだ。……セフィ、無理に敬語は使わなくていい」
「……ありがとう兄さん」
「話を戻すぞ」
兄さんはしゃがみこんで、地図を地面に置いた。ぼくもそれにならってしゃがむ。
そして兄さんは、そこらに転がっていた小石をいくつか無造作につかむと、地図の上に並べ始めた。
「こういう形で置いていけば、街の中心付近まで瘴気の薄い区画……道を作ることができるのではないかと思う」
「最短距離じゃないのは?」
「多少距離を犠牲にしても、より広い範囲を確認したい……少しでも情報が欲しいところなのだ」
「そっか……そうだよね、正直何が原因かもわかってないもんね……」
「うむ……」
今後のことを考えると、何かしらの情報は手に入れておきたい。原因を追究しないと、いつまでたっても後手後手の対応になっちゃうし。
兄さんはちゃんと先のことまで考えてるんだなあ。
「だったら……ミスリルにはちょっと細工したほうがいいかな」
「細工?」
「うん。適当な魔法式を入れておいて、周囲の瘴気を吸うと同時にその魔法式が自動で発動するようにするんだ。そうすれば、ミスリルのほうも許容量がオーバーする危険も減らせるだろうし」
「……自動で魔法式が発動だと? そんなことができるのか?」
「できる」
ぼくはきっぱりと断言する。
だって、その技術こそシエルで風呂を作るために必要だった要の技術だからね。
もちろん、ぼく一人で組み上げたものではないけどさ。
「錬金術についてはトルク先輩がかなりの腕だから、頼ることになると思うけど」
「……ほう、そうか。私も錬金術はそれなりにこなせるが……そんな技術が生まれていたのか」
「うちの魔法研究所のみんなで作ったんだ。街灯なんかに使えるよ」
「ふむ……それは興味深い。後で教えてくれ」
「おっけー」
兄さんに頷きながら、論文と言うか文字として仕組みを明示するのはめんどいなあと思ってしまったのはここだけの話だ。
トルク先輩なら暗記してるかな。……いや、そもそも魔法式の記述自体まだ普及してないから、また兄さんい驚かれるかな……。
……と、そんなことは後回しだ。今は目の前のことに集中しないと。
それからも、兄さんとあれこれと案を練っていく。作戦が具体的に固まったのは、日が暮れかかってからだった。
作戦の決行は明後日、日の出と共に。
ただ、明日は丸一日、ミスリルインゴットに特殊魔法式を組み込む仕事で埋まることになった……。
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さて、作戦決行の朝。ぼくは申し訳程度にミスリル製のアクセサリや簡易防具を身に着けて臨んだ。
藤子ちゃんとも相談を重ねて、色々な状況も想定した。それに合わせてどうすればいいかも、考えたつもりだ。
問題の魔法式を組み込んだミスリルは、昨日できた端から騎士さんたちが設置しに行った。
ここら辺の瘴気は空気中の含有率が約41%程度と、決して高くはなかったので、ミスリルアーマーに身を包んだ騎士さんたちなら、数十分は活動ができた。なので、いくつかの班に分かれて順次仕込みをしに行ってたようだね。
そうして迎えた朝だ。設置したミスリルの効果は、一目瞭然だった。
「……すごいな、当初に比べてかなり瘴気が引いている」
本陣からアルティオンを眺めて、兄さんが言った。
まったく同感だ。
ここから見えるアルティオンは、ぼくたちがここに来た時は黒い瘴気で完全に包まれていた。
けれど今は、その黒さもほとんど肉眼では確認できないほどまで落ち着いている。星璽でスキャンしたら、含有率は28%まで落ちていた。瘴気と定義されているのは30%からなので、もう目立った被害は出ないだろう。多少気分が悪くなるとか、頭が痛む程度はあるかもしれないけど。
そしてその中でも、まったく瘴気を感じられないラインが一筋ある。ミスリルを設置した場所だ。組み込んだ魔法式が連動していて光を放っているので、まさにそれは中へ入るための道筋と言っていい。
「……内容は覚えているな?」
「うん。グループで行動し、決して単独行動はしないこと。最大の目的は逃げ遅れた人の救出。ただし、瘴気に飲まれてしまっていた場合は成敗すること。家畜も同様。可能であれば、瘴気が発生した原因を突き止めること」
「それでいい」
頷いた兄さんに頷き返して、それからぼくは気づかれないように小さくため息をついた。
なんでかって?
人間を殺せる自信がないからだよ。いくら瘴気に飲まれていても、異形化してても、人間は人間じゃないか。
逃げ遅れた人がいるということは兄さんから聞いてるけど、何せ事件が発生してからかなりの時間が経っている。彼らは全員が既に瘴気に飲まれているとみて、まず間違いないと思うんだよね。
そんな人たちが出てきたら……殺される前に殺すしかない。
元日本人としては、人殺しがどういうことかという倫理観は持ってるつもりだ。だからこそこの作戦で、人を殺せる自信がないんだ、ぼくは。
藤子ちゃんからもそこは懸念されてて、無理はするなと言われてるんだけど……こればっかりはなあ。
「では動くぞ。健闘を祈る」
「……うん」
ここでぼくは兄さんと別れて、ティーア達と合流した。
ぼくが一緒に動くのは、ほぼいつものメンバー。ティーアにトルク先輩。そこにドックさんとイミュドさんが助っ人として入ってくれていて、おまけにティフさんも加わってくれた。
過剰戦力……な気もするけど、最悪ぼくは使い物にならなくなるかもしれないからねえ。
これは、人間と命のやり取りをしたことがないティーアやトルク先輩にも当てはまる可能性がある。戦いの素人がいる以上、ベテランにはいてもらったほうがいいだろう。
何事もないのが一番だけどね。ぼくとしては、犠牲者の掃討よりも瘴気の原因のほうが気になるし。
そんなことを考えながら、ぼくはみんなに作戦内容を確認させる。戦いの意味を兵士一人一人が認識するのは重要なことだ。
いやまあ、別にこれは戦争ではないんだけどね。どっちかっていうとバイオハザードだけども。そこは言葉の綾ってやつで。
「よし、じゃあ行くよみんな!」
確認を終えてそう言ったぼくに、みんながそれぞれの言葉で応じる。
そしてぼくは、仲間と共にアルティオンに向かって動き始めた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
もうちょっと長くしたかったんですが、ここらへんがちょうどきりがよかったので、今回は短めの話となりました。




