第74話 ディアス
ぼくたちがアルティオンに到着したのは、ヴィユーフェイルを出て10日後のことだった。予定より早いんだけど、これはみんなががんばってくれたおかげだね。
ただ、アルティオンは向かってる道中、遠目から見ても明らかに瘴気に侵されていて、ぼくたちはみんな気が気じゃなかった。
イミュドさんが教えてくれた通り大規模なパンノキ畑が広がっていて、中心辺りに繁華街と思われる建物がいくつかある以外は、畑の中に家屋が点在している、そんな街だったんだけど……。
いろんなところが瘴気に包まれていて、ゆらゆらと霧のように街全体が覆われている。どこからどう見ても、大丈夫な状態じゃない。
そんな状態だったから、「到着した」とは言っても正確には街の敷地内には入ってない。街の手前で、青色の光沢もまぶしい騎士団が陣を張っていたから、そこに入ったのだ。
「……これがグランド王国の精鋭、天空騎士団かあ」
竜車から降りながらも、ぼくは……もとい、ぼくたちの視線はあちこちを行きかう騎士さんたちにくぎ付けだ。ほおー、と思わず吐息が漏れる。
騎士さんたちは、みんな例外なく美しい青色の鎧兜を身にまとっていた。それが最高品質のミスリルアーマーということは、遠目でもわかる。一つの色で統一された騎士団は一体感にあふれていて、またその誰もが自信に満ちた顔をしていた。
うーん、かっこいい!
「すごいね、みんなとっても強いよ!」
剣には自信があるだろうティーアが、目を輝かせてきょろきょろしている。
強そう、ではなく強い、と断言できるのは、彼女が相応の実力を持っているからだろうなあ。ぼくにはよくわからない。魔法使いと思われる人なら、多少はわかるんだけど……。
「すげえな……あのミスリルアーマー、全部魔法式が組み込んであんぞ……」
一方、強さではなく道具に注目しているトルク先輩。ううん、そこまでは目がいかなかったな。
改めて見てみると、確かに魔法式がちらちらと見える。治癒の式や強化の式が中心で、きっと自然治癒力を高める効果があるのかな。
錬金術がまだまだ発展途上のある技術なのに、それをここまで洗練させていて、しかも全員に行きわたってるってのはすごいなあ。やっぱり、シエル王国とは地力が違うんだろうなあ……。
「セフュード王子、お待たせしました。団長がお会いになるそうです」
がちゃがちゃと音を立てて、二人の騎士さんがやってきた。
よかった、ちゃんと面会は受け入れてくれたみたいだ。王様と違って、兄さんはまともだなあ。
「わかりました、案内をお願いしてもよろしいですか?」
「無論です。……ただ、お連れするのは殿下と、それからティフという幻獣のみにしてくれと」
む。ぼくとティフさんだけって、……あ、ああ。
おっけー、把握した。人払いってことね。うん、把握したぞ。それなら仕方ないね。
「……わかりました、従います」
「申し訳ない。お連れの方々は、自分が案内いたします」
「殿下は自分が。では、こちらへどうぞ」
残念そうなティーア達に手を振って、ぼくは騎士さんに続いた。
そんなぼくの肩に、はばたきの音もなくティフさんが留まる。……軽っ。
ともあれ、歩きながら陣の様子もうかがう。
テントが並んでる光景を想像してたけど、並んでるのは掘っ立て小屋だ。突貫工事だと思うけど、よくこの量の建物を用意できたなあ。
それにあまり騒がしい雰囲気はなくて、厳格な感じ。しっかりと軍規が守られてるんだろう。
負傷者などの影も見えない。まだ到着してさほど経っていないのもあるんだろうけど、彼らがみんな強いからってのも大きいんだろうなあ……。
彼らと戦ったとして、ぼくは勝てるだろうか? 行くと断言してここまで来たけど、足手まといにならなきゃいいけど……。
「セフュード王子、着きましたこちらです」
「はい、ありがとうございます」
あれこれ考えていると、どうやら兄さんがいる本陣に辿り着いたみたいだ。さすがに、周りの建物に比べると状態がいい。規模も大きめだ。
「団長! 王子をお連れしました!」
「通せ」
「はっ!」
中から聞こえてきた声に、ぼくは改めて背筋を伸ばす。
「さあ王子、どうぞ」
「はい」
そして中へと通される……。
そこにいたのは、やはり青のミスリルアーマーをまとった壮年の男性だった。よく手入れされた口髭や顎鬚は、彼の威厳をよく引き立てている。力のこもった瞳は、見覚えのある黒と緑のヘテロクロミア。
けれど何より目を引いたのは、その顔立ち。彼の顔は、向こう傷がないだけで父さんにそっくりだったのだ。父さんを20年ほど若くしたら、こんな顔だったんだろうなって思える、そんな顔だ。
ああ、なるほど。この人がディアス兄さん。間違いない、ぼくにはわかる。
「……ご苦労。下がって休むがいい」
「はっ! 失礼いたします!」
ぼくを連れてきた騎士さんを頷きながら下がらせたディアス兄さんは、それから手短に座れ、と言った。
もちろんそれに否やはない。ぼくは扉を閉めると、示されたイスにゆっくりと座った。
それに合わせて、肩にいたティフさんがテーブルの上に降りる。細かい色んな道具が転がっているけど、彼女はそれらは気にせず足で払っていた。
「…………」
「…………」
沈黙。
う、なんだろ。ぼく、何かしたかな。ディアス兄さんが、じいーっとぼくを見続けてるんだけど。
かといって、ぼくから話しかけるのもなんだか違うような気もして、ぼくは兄さんが口を開いてくれるのを待つしかできなかった。
……っていうか、そっくりだけど父さんと違って随分と厳しい雰囲気の人だなあ。オンオフの差が激しい父さんでも、これほどのプレッシャーを感じるようなたたずまいはそうそうしないんだけど。
「……まずは」
ぼくが肩身の狭い思いをしていると、ようやくディアス兄さんが口を開いた。
「……一応名乗っておこう。私はディアス・ロムトア。……既に察しているだろうが、お前の腹違いの兄だ」
「あ、は、はい……ぼくはセフュード・ハルアス、です。よろしくお願いします」
ものすごく厳しそうな雰囲気だったから、ぼくは思わず敬語で深く頭を下げた。
兄弟とは言っても、ぼくとディアス兄さんの年齢差は20歳。既に王太子として実績のあるだろう兄さんに、タメ口するのはまずいだろうしね。ファーストコンタクトの印象は、いい方がいいに決まってる。
「お前のことは、ティフから聞いている……天才だそうだな」
「いや……そんな大層なものじゃないですよ」
苦笑いしか出ない。
ぼくはただ、地球の知識を借りてるだけだ。それも、藤子ちゃんっていう助っ人がいないと何もできない。
そりゃあ転生者だから、同年代の子供よりは優秀だとは思うけど……そんなもの、それこそチートでしかない。
「……ふん、あれだけの成果を出しておきながらそう謙遜されると、逆に嫌味に聞こえるな」
「ぅえ、あの、……すいません」
あれー、なんでこんな印象悪いの? いや、確かに一理あるとは思うけど……。
「まあいい……それで? 何故ここに来た」
うええええ、なんか睨まれてる!? なんで!? いやホントなんで!?
「ええと、その……瘴気と聞いて、黙っていられなくて」
「…………」
「ぼくは、突然出てきた瘴気で大切な人を喪ってます……。それで、……ぼくみたいな思いは誰にもしてほしくなかったから。……だから来ました。一人でも多くの人を助けたい、って、そう思って」
「…………」
無言! やだ怖い! ディアス兄さんってば、アキ兄さんを見習ったほうがいいよ!?
ぼくが戦々恐々としていると、
「……お前に何ができる?」
ディアス兄さん、さらに切り込んできた!
やめて兄さん! ぼくのライフはもうゼロよ!
「め、メン=ティの魔導書は、すべて中級まで使えます」
「……足らんな。我が天空騎士団所属の魔法使いは、全員が最低でも上級までは使える」
「ファッ!? あ、あああーっと……えっと、オリジナルの魔法、ありますっ。中級だけでも、上級以上の威力が出せるようになる魔法、ですっ!」
「……ほう」
そこでようやく、ディアス兄さんが表情を変えた。
今まで、無表情に近いような仏頂面だったのが、ここで初めて興味深そうに目を光らせた。
「それが本当なら、多少使い道はある、か……」
つ、使い道っすか……。
「……お前以外の人間はどうだ?……ああ、ドックたちのことは知っている、彼らのことはいい。私が知りたいのは、お前についてきたティーアとトルクだ」
「え、えーっと……」
み、耳が早いですね……。
「んとー……、ティーアは母さんから流星流の三段を認可されてた、はずです」
流星流というのは、母さんが修めている剣術のことね。今まで言う機会なかったけど。大陸で一番メジャーな剣術らしい。
ちなみに三段というのは、大体中の上だ。ティーアは素晴らしい腕前の持ち主なんだ。
「それから、トルク先輩は……ぼくと同じくらい、ですかね。ただ、上級魔法がいくつかは使える、と言ってました」
「……ぎりぎり及第と言ったところか。一番不安が残るのが己の弟とはな……」
手厳しい! 手厳しいですわお兄様!
いやうん、自分が一番弱いことはわかってたけども!
改めて面と向かって言われると、さすがにショックだよ!?
「セフュード、そのオリジナル魔法とやらを私に撃ってみろ」
「へっ!?」
「どれほどの威力を、どれほどの時間で構築できるのか。見せてみろ」
「え、えええ……と、いい、んですか?」
「お前に怪我を負わされる光景は、どうあがいても浮かばぬ。好きなだけ撃て」
そう言いながら、ディアス兄さんはすっと立ち上がった。
……むうーっ、さすがのぼくでもここまで言われたら頭にくる!
いいよいいよ、そこまで言うなら本当に全力でぶっ放してやるもんね。後悔したって知らないからなっ!
「……じゃあ、遠慮なく行きますよ」
ぼくも立つ。そして、兄さんを正面から見据える。
父さんとよく似た顔は、相変わらず表情がほとんどない。顔の筋肉、死んでるんじゃないの?
ふん、いつまでそんな顔してられるかな?
術式構築……爆発!
「……何?」
兄さんが呻きに近い声を上げた。
ふふふふ、驚いているな我が兄よ。見たことなかろう! 何が起こるかわからんだろう!
地球の科学知識と融合させたこのオリジナル魔法の威力、とくと見るがいい!
……あ、念のため3つほど連結しておきましょう。万が一解呪されても、連結してあれば間に合わないだろう。
さあ行くぞ!
「中級爆発魔法三連結!」
「……ぬおおおっ!?」
耳をつんざく派手な爆発音が三連続で鳴り響き、兄さんの身体が錐もみ回転しながら吹き飛んだ。
そのまま兄さんは本陣の壁をぶち破り、彼方へと飛んでいく。
…………。
「……やべっ」
「セフィィィィィ!? さすがにやりすぎだぞ、それ!! おーいディアスー!!」
やりすぎた、と思う間もなく、今まで成り行きを見守っていたティフさんが怒鳴り、大慌てで空いた穴の外へと飛んで行った。
そしてぼくは、中に踏み込んできた騎士さんたちに囲まれるのでした。
……はい、すいませんやりすぎました。反省してマース。
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「だぁーから言っただろうが! セフィはマジでできるやつだって! なのにあんな挑発しやがってったく……あれでもしも七連結くらいされてたら、お前マジで危なかったからな!」
「そう声を荒らげてくれるな、ティフ」
「するわバーカ! 今回はお前が全面的に悪い!!」
「……そうだな」
「そこは笑うところじゃねえからな!? 目ん玉食い散らかすぞ!?」
「ははは、それは怖いな」
「反省してねえ!!」
……うん。
なんのことはない。ディアス兄さんも、しっかり父さんの息子ですわ。
大声で怒るティフさんを軽くあしらい、くくくと笑う様は、父さんにそっくりだ。まあ、父さんはもっと豪快に笑うけども。
「ティフ、そろそろ黙ってくれ。話が進まん」
「ったく……! わかったよ!」
けっ、と毒づきながら、ティフさんは兄さんから離れた。
ちなみに、兄さんのけがは既に完治している。兄さん、さすがにシャニス義母さんの子供だけあって魔法にも精通していらっしゃるようだ。
「さて、改めて……すまんなセフィ、お前がどれほどのものなのか、是が非でも確かめておきたかった。まさかあそこまでの威力の魔法を自作していたとはな……」
「……いや、ぼく一人で作ったわけじゃないんですけどね……」
あれはシェルシェ先輩との合作だ。
「っていうか、ぼく試されてたんですね……」
「身内に対しては、評価を甘くしてしまうのが人間だからな」
「ああー……確かに……」
思うところがあって、ぼくは思わず頷いた。
「ティフに伝えてもらった通り、仕事を手伝うか邪魔をしなければ来てもいい、と私は言った。……しかし、手伝うつもりで来たのであれば、生半可な力は不要なのだ」
「うん……なんとなく、わかります」
「……が、あれだけできるのであれば、大丈夫だろう。セフィ……特別扱いはしないが、いいんだな?」
「うん」
「……いいだろう、お前たちの参陣、認めよう」
今までみたいな無表情な顔ではなく、真剣な顔でディアス兄さんは鷹揚に頷いた。
相変わらずまとう雰囲気は厳しくて、どちらかといえば冷たい印象を受けるけれど、決して悪い人ではなさそうだ。
たぶん、自分のことは二の次にしちゃうような人なんだろうなあ。
まあ、敬語をやめる気にはならないから、兄さんも悪いところはあると思うよ。うん。
「では、早速今後のことについて話し合うとしよう」
「あ、兄さんその前に」
「……なんだ?」
「これ、シャニス義母さんから」
「……母上から、手紙?」
「はい。是が非でも渡してほしい、と頼まれてました」
「…………。……そう、か。わかった。すまない」
兄さんはしばらく、机に置かれた手紙を見つめていた。
けれど、やがてやや表情を崩してそれを懐にしまった。
実の母親からの手紙は、さすがに思うところがあるのかな。
ともあれ一つ肩の荷が下りた。あとは、もう一つ……。
「……それから兄さん。ここ最近、シエルとの連絡が途絶えがちになってる件、聞いてこいって父さんに言われてて……その答えを聞きたい……です」
「……そのことか」
ぼくの言葉に、兄さんは眉間に手を当てた。
それからしばらく、苦虫をかみつぶしたような表情で何やら考えているみたいだったけど……。
「……既に知っているだろうが、私は現王カフィルカ5世の子ではない。私の父はシエル王であり、母はシエル王妃だ。グランド王国に入った経緯も、現王に子が一人もいなかったからだ」
「側女はいなかったんです?」
「いたとも……今も大勢いる……。しかし、誰一人として子をはらむことはなかった……」
……カフィルカ5世って、ひょっとして男性不妊症……?
「しかし……王は私を迎え入れてからも諦めなかった。来る日も来る日も後宮に通い続け、美女の噂がどこかにあればそれを漁った……」
「…………」
「そして遂に、一人の女が子をもうけた。王は歓喜した……生まれたのは女児だったが、それでも実の子の誕生に、王は諸手を上げて喜んだ……。だが、多くの者がその子は王の実子ではなく、外から入れられた種であろうと噂したのだ」
なんだそりゃ。秀吉みたいだなあ。
あの人も女好きだった割に、実子が晩年になるまでできなかったもんね。しかもそれが全部淀君だから、今も昔もいろいろ言われてたもんだけど。
「……そりゃあ、まあ。今までまったく子供ができなかったのにってなれば、そう思うよね。……思いますよね」
「そうだ。とはいえ、男ならともかく女ならばさほど問題はない。グランドでは、王位継承権は男にしかないからな。王もかわいがりはすれども、そうした野心は表に出さなかった。……だが……」
「……?」
そこで言葉を切った兄さんは、遠い目をした。
そのまま目を細め、どこか寂しそうに小さく首を振る……。
「……あれは5年前だったか。ヴィユーフェイルで小さな瘴気騒動が起こった」
「!?」
「規模は小さいが、今回と似たような事件だった……突如地面から瘴気があふれ、幾人かがそれに飲まれて成敗されたが……」
「……兄さん、もしかしてだけど、王様……!」
「そうだ。王は、その中の一人だ……。もちろん、王を殺すわけにはいかない。軽症でもあった。……だが、今思えばあの時、成敗しておくべきだったのだ……。
今や王は、己の欲望……あるいは気の向いたままにものを動かす狂王だ……そして、娘を王としようと画策し、私を政治から遠ざけたのだ……。私も抵抗したが、先日ついに完全に都から地方任務に飛ばされてな……」
「……マジかよ……」
思わず素の言葉が漏れた。
瘴気が生き物をむしばむことは知ってたけど、そんなことも起こり得るのか……。
……自我を失くした化け物になるのと、人間のままで心を失うのと……残された側としては、どう転んだところでやりきれないじゃないか……。
「今の私は、王太子というより天空騎士団長といったほうが正しい……やりがいのある仕事ではある、が……」
「兄さん……」
やりきれない、と言いたげに兄さんは首を振った。
けど、諦めてるようには見えないな……。やる気、なのかもなあ。
「……すまぬ、見苦しい話をした」
「ううん……知ることができて、よかった。……です。なおさらこの事件、なんとかしなきゃって、思いました」
「……手を貸してくれるか、セフィ」
「もちろん!」
兄さんの問いに、ぼくは当然とばかりに頷いた。
瘴気が絡んだら、ろくなことにはならない。ぼくだってそれはわかってる。
できるかどうかはわからないけど、やれるだけのことはやらないと!
ぼくが頷いたのを見て、兄さんはにやりと笑った。父さんとはちょっと違うけど、でも嫌味な笑みじゃない。きっと、こっちが本当の兄さんなんだろう。たぶん。
「……礼を言うぞ、セフィ。では行くか」
「うん!」
かくして、ぼくは初めて身内との共同戦線を取ることになった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ディアスさん、実に何十話ぶりの登場。




