第73話 決意再び
王様から顔合わせを拒否られました、どうもセフィです。
いやー、まさか会ってもくれないとは思っても見なかった。ぼくは全権大使どころか王族なのに、まさかの玄関払いだった。
普通王族が来たら顔くらいは合わせるだろー!? 体調が悪いってんならともかく、理由が「会いたくない」ってどういうことかな!
いやまあ、玄関までは行けたんだけどね。でも王宮には入れず、そのまま迎賓館に連れて行かれてしまったのだ。
そしてとりあえず会えないものは仕方ない、と迎賓館で荷物の整理をして一段落して今に至る。おかげで時間が余って暇だ。
ティフさんからまだ連絡がないのがちょっと気になるけど、ディアス兄さんこの街にいなかったりして?
「……なんだろうね、政治が乱れてるってのはこういうことなのかな?」
フィーネが用意してくれたお茶を受け取りながら、ぼくはしかめた顔を隠さずに言った。
「会いたくないならないで、病気とかなんとか理由つけりゃあいいのにな。わざわざ言うようなことじゃないだろってのに」
「ねー! 大人のやることじゃないよねー!」
トルク先輩もティーアも、目に見えて機嫌が悪い。ついでに言うと、今回ぼくたちに同行しているドックさんやフィーネ以下、おつきの人たち全員の機嫌も悪い。
実際、大人のやることじゃないだろう。体裁が重要な上流階級で、そんな子供じみた理由で相手の申し出を断るなんて普通しない。
ここの王様は一体何を考えてそんな暴挙に出たって言うんだろう……?
「とはいえ皆さん、ここは他国にございます。あまりこうしたことは口にせぬほうがよろしいかと」
そう言うドックさんも明らかに機嫌が悪いんだけど、それでも理知的な対応はさすがというか。
「そう、だね……不敬罪とかありえそうだ」
「……そーだな、うっかり首切られたらたまったもんじゃないよな」
「……うん」
怖い怖い、と震えるそぶりの先輩。
一方ティーアは、両手で口をふさいで顔を伏せた。天使。
「まあその件はとりあえず置いといて……今後のことを考えましょう、セフュード様」
「ん、そうだね。そうしよう」
ぼくに声をかけてきたのは、今回の縁談を持ってきてくれたムーンレイスの使者さん。
名前はイミュドさん。イズァルヨ家の家来だ。濃いめの短い茶髪と精悍な顔つきは、騎士とかそういう立場にいるのかなと思わせてくれる。しっかり月人族だ。
ぼくとしては、ザ・エルフな見た目の月人族に、こうもガッチリした体格の人がいるのはちょっと違和感があったりするんだけど、それは地球人の感覚だろう。この世界では、耳が長いだけで普通の人間と何も変わらないから。
そんな人がどうして一緒にいるのかというと、案内も兼ねてだ。最初からそのつもりだったらしく、かなり長いことハイウィンドに逗留していたと聞いている。
そんなイミュドさんに、ぼくは居住まいを正した。それに先輩とティーアも追随する。視界の端で、ドックさんとフィーネが周囲の状況を警戒している。
「……まず、ディアス殿下にお会いになるのがいつになるのか、それがどれくらいになるのかがわかりませんが……」
「それはごめんなさいだけど、何とも言えないとしかー。最大何日まで待てるのかな?」
「ムーンレイスとしてはどれだけでも待ちますが……今のこの国の事情を考えますと、長居はしたくないですね」
「……うん。それに、ムーンレイスの人たちを待たせたくないし」
「では、最大で3日としましょう。どのみち物資の補給で今日、明日は動けません。万全を期してここを出る体勢を整えるまで、ということで」
「わかりました、そうしましょう」
ぼくが頷き、周囲の人間も同じようにして頷いた。
それを確認したイミュドさんは、「次に」と切り出しながら地図を広げる。簡単な絵地図だけど。
「出発前日にも説明するつもりですが、簡単に今後のルートを説明します」
「お願いします」
「ヴィユーフェイルからムーンレイス……クレセントレイクまで行くルートはいくつかありますが、今回はこの、……多少遠回りですが周囲が開けていて道も平坦なルートを使おうと思います」
イミュドさんの人差し指が、一つの道をすすすっとなぞっていく。
その道順は、確かに山や川といった動きづらい場所、あるいは森など危険の少ない道のようだ。急がば回れってことだね。
「続けてください」
「ただ危険は少ないですが、以前の通った時は既にいくつかの宿場が廃墟になっていたので、野宿を覚悟していただくことになりそうです」
「ああ、それは大丈夫です」
とは言うものの、物騒だな……。
宿場が廃墟って、この国は一体どうなってるんだ?
「ありがとうございます。何事もなくこの丘を越えれば、ムーンレイスです。そこからは、1日の移動距離に合わせて小さいですが宿場を完備させておりますので、ご安心を。クレセントレイクまでは、何事もなければ26日で着く予定です」
「……はい、よくわかりました。ありがとうございます」
礼を言って頭を下げたけど。
遠い! ムーンレイス遠い!
ハイウィンドを出てからここまで来るのに既に14日かかってるんだぞ。ここからさらに26日か……1か月以上の長旅だね。
しかも、この世界は地球と違って1日が30時間もある。ということは、地球で換算すると2か月近い長旅ってことになるんだよね。
この大陸、相当大きいんじゃないだろうか。どれくらいの規模の大陸なんだろう?
シエルは大陸の北端じゃないし、ムーンレイスも大陸の南端じゃないから、南北は少なくとも日本以上はありそうだ。まあ、日本は起伏が激しいから徒歩とか竜車(あの世界なら馬車か)だと比べづらいんだけど。
「おーいセフィ、戻ったぞー」
「うわあ!?」
物思いにふけりかかっていたところで、突然上から声がしたのでぼくは思わず後ろに飛びのいた。
視線を上げればそこには、美しい仕草で舞い降りてくるティフさんの姿が。
「どうした?」
「どうした? じゃないですって! いきなり上から声かけられたらそりゃビビりますってば!」
「そうか?……そうか」
……なにその、納得できないみたいか顔!
ぼくのセリフは、この場の全員の代弁だと思うなあ!
「それより、ディアスと連絡がついた」
「早っ! え、とー、ディアス兄さんはなんて?」
「おう。今はこちらに来れないとさ」
「は、はあ……」
「なんでも、出陣の準備中だそうでな」
「はあ!?」
ちょー……っと待った! それは聞き捨てならないぞ!?
「ティフ殿、それはどういうことだ? 王太子が自ら出陣?」
「いやドック殿、ディアス王太子は天空騎士団の団長でもある武官だ。出陣自体は決しておかしなことではない」
「左様か?……しかしこのタイミングと言うのは……」
「あー、お前らちょっと黙っててくれ」
会話を遮られたティフさんが、猛禽類特有の鋭い目を、ぎらりと光らせた。
まるで獲物を見定めるかのような視線に、ドックさんとイミュドさんが咳払いしながら気を付けをする。
……ティフさん、声はオペラ歌手みたいなんだけどな。見た目は超怖いんだよ。
「ディアスが向かうのは、アルティオンって街だ。……お、地図あんじゃねえか。地図で言うとな……ここだ」
言いながら、彼女はつま先の鋭い爪で地図のある箇所をそっと示した。
そこは、先ほど話をしていたルートとは別の道を行った先にある地点のようだ。比較的高低差のある丘や盆地を抜けていくルートで、距離は短いけど道のりは険しそう。
ちなみに、どうやらムーンレイスとの国境すぐ近くみたいだ。
「そこは……グランド王国では随一の穀倉地帯ですね」
それを見たイミュドさんが言う。
「ムーンレイスのそれに負けるとも劣らない規模の、大規模なパンノキ畑が連なる光景はなかなか壮観ですよ」
「へえ……それは、シエルじゃ絶対見れそうにないですね」
シエルだと逆に、棚田ならぬ棚畑が壮観なんだけど。ってそれは置いといて。
「……なんで王太子の兄さんが、武装してまでここに?」
「それがだな……どうやら瘴気騒動が起きてるらしい」
「っ!?」
その時ぼくらに電流走る。
いや誇張でもなんでもなく、この場にいる人間が全員に緊張が走ったのだ。
特に実際に巻き込まれたことのあるぼくやティーア、それにフィーネと言った面々の顔は明らかに強張っている。
またか。また瘴気なのか。また、あんな理由のない悪意に襲われるのか!? いくらなんでも理不尽じゃないか!
やり場のない怒りがふつふつとわいてきたぼくの後ろから、ティーアの声が飛んでくる。
「ね、ねえティフさん、まさかとは思うけど……ダンジョンが?」
「いや、それはまだないらしい。ただ、一部の家畜が魔獣化したり、周辺の魔獣が狂暴化したりと、相当な被害が広がってるらしい。んで、最初は普通の軍が行ったらしいんだがどうにもできず、国内最強の呼び声高いディアスの天空騎士団が駆り出されることになった、と」
「おいおいおい、それ超やべえんじゃねーのか! ダンジョンよりかよっぽどタチ悪ーぞ!?」
「ああ、ヤバいな。超ヤバいぞ。ディアスが言うには、最近急にグランドが大人しくなったのはこれに対処するために相当各所に無茶がかかってるかららしい。細かいことを気にしてられなくなったんだとよ。
まあ、さっきイミュドが言ったようにアルティオンはグランド随一の穀倉地帯、文字通り国の胃袋を支えてる場所だ。さすがにここを疎かにはできねえってこったな」
美しい声を落ち込ませることなく言い切ったティフさんは、やれやれと言いたげに首を振る。
「……で、セフィ。お前どうする? ディアスが言うにはな、仕事を手伝うかあるいは邪魔さえしなければついてきても構わんっつーことだったんだが」
それから、その鋭い目をぼくに向けた。
今度のは、様子を探っているようだ。獲物を見定める、狩人の目だ。
でもぼくは、その視線から逃げない。
「……アルティオンに行く」
そう言い切った。
周囲の全員が、息を呑んだように目を見張る。
「手伝えるかどうかはわからないし、兄さんの邪魔をしちゃう可能性もある。でも、それでもぼくはアルティオンに行く」
「……どうなっても俺ぁ知らねえぞ?」
「それでも行く。兄さんにはシャニス義母さんから手紙を預かってるし、それに」
ぼくはそこで言葉を切った。
脳裏に、もうとっくの昔にみれなくなった笑顔がよぎる。どこか超然とした、でも優しく頼れる人の笑顔。ぼくの目の前で、ぼくをかばって死んだ先輩。
ぼくはもう、あんな思いはしたくない。ぼく以外の人に、あんな思いをしてほしくない。あんなことは、起こっちゃいけないんだ。
だから。
「……瘴気の異変は、絶対になんとかしなきゃいけない」
そう断言して、真正面からティフさんを見据えた。
ティフさんはしばらく、そんなぼくと向き合っていた。視線を受け止め、どこかフクロウのように小首を傾げて。
けれど、やがてニヒルな笑みを浮かべると、右の翼を開いてぼくの胸をとん、と軽く押してきた。
「言うじゃねえか。そうだ、そうこなくっちゃあな」
そして彼女の言葉がきっかけとなって、他のみんなも口を開いていく。
「セフィはそう言うと思ってたぜ、あたいは」
「うん! 兄様、わたしもそう思うよ!」
「殿下、ご安心を。何があっても我々がお守りいたします」
「私も及ばずながら、お助けいたします」
「ええ、私もです」
そうした声を聴いて、ティフさんはさらに満足げに笑った。
それに釣られるようにして、ぼくも思わずにやりと笑う。
「おーし。いいかセフィ、ディアスは明日ここを発つ。俺らより早く出る上に、俺らより足も速い。それでも焦るんじゃねえぞ。どんなことでもな、焦った奴ほど失敗するもんだ」
「急いては事をし損じる……そういうことだよね。わかってるよ、ティフさん」
「おうさな。したらお前ら、超速で準備して超速でディアスおいかけっぞ! いいな!」
「「「はい!」」」
こうしてぼくたちは、ろくに観光もしないままヴィユーフェイルを出ることになる。
……ところで、ティフさんのリーダーシップすごいんですが、あの人生まれる性別間違えたんじゃないですかね?
なんていうかこう、すごく兄貴って呼びたくなる。もちろんこの場合は姉貴……いや、姉御か。ネットスラングで言うならティフニキって感じか。
父さんが心強い助っ人って言うのもよくわかるよ。頼れる人だなあ。
……でも、頼れる人ほど何かあった時に周りに与える衝撃は大きい。ぼくにとって、シェルシェ先輩がそうだったように。
何度でも自分に言う。
ぼくはもう、あんな思いをしたくない。だから、前に進む。
先輩……ぼく、がんばります。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
想像以上にティフさんが使いやすい件。




