第72話 グランド王国
「殿下、ご覧ください。間もなくグランド王国の都、ヴィユーフェイルでございます」
「おっ、遂にですかー!」
竜車を囲んだ親衛隊を率いるドックさんの声に、ぼくは思わず御者台に顔を出した。その右隣にティーア、左隣にトルク先輩が続く。
「おー、あれがヴィユーフェイル!」
「大きいねー、兄様。ハイウィンドよりも大きいんじゃないかなあ?」
「仰る通りです。元々の立地の違いますし、ハイウィンドとほぼ同じ歴史を持った由緒正しい都ですから」
「確か、かつてのフローリア王国の都だったよな? 夏の離宮だったハイウィンドに比べると、もっとすごいんだろうな!」
「楽しみだねー!」
「ねー!」
「だなー!」
そのままぼくたちは、御者台で笑う。自分で自分はわからないけど、きっと二人と同じようにキラキラした目をしてるんだろう。
突然の縁談持ち込みからおよそ半月。ぼくたちは、返礼とハルートさんの条件に応えるために魔法王国ムーンレイスに向かっている。
残念ながら公式な表敬訪問と言う形になるので、自由行動はあまりできそうにない。今も、ぼくたちが乗るひときわ大きな竜車を取り囲む形で、インペリアルクロスが敷かれているし。
ぼくとしては、いつものメンバーの少人数で、藤子ちゃんがやってるみたいな冒険と旅をしたかったんだけどな。これじゃただの旅行になりそう。そこは無念。
まあ、観光がまったくできないわけではないし、楽と言えば楽だからいい……んだろう。そういうことにしよう。じゃなきゃやってられない。
で、そんな旅路にどうしてティーアとトルク先輩がいるのかと言えば、単に一緒に来たがったというのもあるし、父さんから直々に行けと言われたからというのもある。
ティーアは扱いの上では王族だから、ぼくと同等の扱い。トルク先輩は、ぼくたちの世話係という名目だ。
もちろんこれは建前で、印刷技術の持ち帰りにあっては少しでも信頼できる技術者、研究者が近くにいてほしかった、ってのがぼくの要望が本音。なんと言っても相手は印刷だからな。
一応、建前の立場が世話係になってしまったので、メイド的なこともやってもらわなきゃという理由で、フィーネにも来てもらっている。
……あ、そういえば、報告がドチャクソ遅れちゃったけど、フィーネは健在です。あのダンジョン騒ぎの時、父さんと母さんが一緒にダンジョンに突入、途中でフィーネを見つけて母さんが彼女を連れて先に離脱、父さんが単独でぼくたちのところまで助けに来た、という流れだったのだ。
いやうん、今まで言わずにいてすいません。言う機会がなかっただけで、うん……ずっと身の回りの世話はしてもらってたんです……。
「止まれ! いかなる立場のものか、身分を明かされよ!」
城門の前までたどり着いたところで、城壁の上から声がかかる。
見上げてみれば、鎧に身を固めた兵士の方が数人。
当然だけど、門が開かないと進めないので竜車一行は止まった。そして、ティマールに乗ったドックさんが数歩前に歩み出る。
「これなるはシエル王国が王子、セフュード殿下の一行である! 魔法王国ムーンレイスの道中、貴国通過の礼を陛下へいたしたく、参った次第!」
その名乗りに合わせて、後ろのほうから布がばさばさとはためく音がした。
きっとうちの国旗を掲げたんだろう。確か、儀仗兵も数人同行してたはずだ。
「シエルの旗印、確かに拝見させていただいた! これより、陛下より与えられた権限により城門を開く! 開門せよ!」
城壁の兵士が手を掲げた。すると、それに合わせて「開聞!」という声が伝言ゲームみたいに連続する。
そして数回の後、がこん、という音が鳴ったかと思うと、城門がゆっくりと開き始めた。
ハイウィンドに初めて来た時はあっさり開けてくれたけど、あれは自国のことだからあっさり行ったのかな? 他国の人間が首都に入るのは、いろいろあるのか……それともこの国だけなのか。うーん。
なんて考えていると、城門が開ききった。それを見届けて、ぼくたちは緩やかに街の中へと入ることになる。
ま、細かいことは気にしなくていいか。
今は街をゆっくり見させてもらおうかな。
……ハイウィンドに入った時から1年ちょい、ぼくも多少は王族らしく振舞えるようになりましたとも。
「ねえ兄様、静かだね?」
「そうだねえ、ぼくたちが来ることは民間に伝わってないのかも」
地球での、首脳クラス来日のニュース番組なんかを思い出しながらぼくは言う。
ぼくが知る限り、外国の首脳陣……特にイギリスやオランダと言った王制を持っている国のロイヤルファミリーが来日した場合は、国を挙げて歓迎するようなやり方が普通だったような気がする。
ダイアナ元皇太子妃の時なんかは本当にすごかったと、子供ながらに覚えてる。それくらい、他国の王族ってのはかなり特別な存在だと思ってたけど……。
あれはよく考えたら、メディアが発達した世界だからなのかもね。江戸時代の大名行列みたいに、長蛇の列を作って動いてるわけでもないし。知らされてないのも無理はないのかも。
「けどよ……なんっつーか……」
あれこれと地球の考えていると、後ろから今度は先輩が声をかけてきた。
「こう、なんか静かすぎねえか?」
その言葉に、窓の外をよく観察してみる。
道端に立っている、あるいは歩いている人たちは、ちらちらとこちらに目を向けている人はいるけど、あまり歓迎してくれているという感じはない。
それはひとまず置いとくとしても、そもそも表にいる人の数がなんだかすごく少ないように見受けられる。これだけ大きな街なのに。
ハイウィンドは、いつも人が自由に行き来している。竜車との事故を防ぐために、道は竜車用と歩行者用に区切られているところもあるくらいだけど。
「……言われてみれば確かに、あんまり人がいないね。何かあったのかな?」
「んー? 王族に訃報とか?」
「だったら喪服着ててもおかしくないよねえ。そんな人はいないっぽい」
「……だなあ」
そんなことを先輩と言っていると、今まで黙っていたティーアが口を開いた。
「あのね、なんだか怯えてる気がする」
「「怯えてる?」」
その言葉に、ぼくと先輩はもう一度外を見る。
「……だね、そう言う風に見える」
「ああ、見える。なんか、何かから逃げてる……感じ?」
「うん。あとね、マナの雰囲気が怖がってる感じなんだよね」
「赤い見方するとそう言う風に見えるんだ?」
「うん、そうなんだ」
頷くティーア。
ナルニオルに愛された彼女は、人が持つ気配や感情を、まとうマナから感じ取れることができる。その技術は武器や身体に対する、闘技系の技術に他ならない。だからこそ、近接戦闘では無類の強さを発揮できるのだ。
そんな彼女に、ぼくは先輩とちらっと視線を交わした。
「あたいらはティーアと違ってそっち方面の目は貧弱だからなあ」
「だねえ。……でも、言われればそうだとは感じられるから、腐ってはいない、かな」
がったん、と竜車が結構激しく揺れた。
うーん、ハイウィンドじゃこんな揺れることはないぞ。もしかして道の整備もあんまりできてない?
「……なんだろう、上手く言えないんだけどさ」
ぼくは二人を前にして、ぐりぐりとこめかみを押す。その感触をそのままに、首も傾げてみる。
「なんていうかこう、……元気がない、感じがするよね」
そしてぼくがそう言った時だ。
「それについて説明するとだな」
上から、そんな声が飛んできた。
声の質は透き通るようなメゾソプラノ。オペラの香り漂う魅惑のボイスだ。
見上げてみればそこには、いつの間にか鳥がいた。7つのオーブでよみがえる、大空はお前のものな神の鳥めいた美しい鳥だ。顔つきは猛禽類に近い。
「あまり大きな声じゃ言えねえが、今のグランド王国ははっきり言ってやばいんだ」
「ティフさん……出がけに父さんたちも言ってたけど、それってどういうこと?」
鳥――ティフさんのささやきに近い声に、ぼくも思わず声をひそめて応じた。
「年貢がガッツリ上がってる。ありとあらゆるものに税がかかりまくってて、搾取が進んでる。おまけに、軍備を整えてるっていうんだからお前、これで何もないって言えたらそいつはただのお馬鹿さんだ」
「……そりゃあ確かに」
「……戦が始まるのかよ?」
「やだ怖い……」
「どういうつもりでこんなことをしていて、なんでこんなことになってるかは、はっきりとはわかってねえ。だからセフィ、お前がムーンレイスの道中寄ることになったんだろうが?」
「ん……うん」
ティフさんの言葉に、ぼくは頷いた。
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――それは、出発の前日のことだった。ぼくは父さんに呼び出されて、再び謁見の間に行っていた。
そこにいたのは父さんとシャニス義母さん、そしてティフさんだ。まあ、ティフさんは途中参加だったけども。
兵士や騎士はそこにはいなかった。完全に人払いがされた謁見の間で、ぼくは父さんにこう切り出された。
「セフィ、ムーンレイスの表敬訪問だが、グランド王国を経由して向かうことになった」
「ん……? そりゃそうでしょ、だってムーンレイスはグランドの南なんだもの」
「そうなんだが……実はな、当初は北のブレイジアから船に乗ってムーンレイスに行ってもらう予定だったんだ」
「んん? ますますよくわかんないんだけど、どういうこと?」
「今のグランド王国は、はっきり言ってやばい。どうしてそういうことになってるかは正確にはわからねえが、とにかくやばい。細かいことは現地を見てもらえればわかるだろうが……政治が乱れに乱れている」
「はあ……理由はわからないけど、それは確かに経由したくはないねえ」
深刻な顔を崩さない父さんに、ぼくも真顔でそう応じた。
次に口を開いたのは、シャニス義母さん。
「実はね、あなたに来た縁談のお話も、グランド王国を避けてセントラルのほうに大きく迂回してから入ってきたのよ」
「ぅえ、まーじーで?」
「ええ。使者の方が言うには、早さを犠牲にしてでも親書を届けることを最優先にするようにとハルート親王閣下からのお達しだったみたいで」
「……そりゃもー、明らかに何かあるとしか思えない状態だねえ」
「そういうことだ」
父さんが頷く。
「で、だ。それでもお前にグランドを経由してもらいたのはなぜかと言うと、今月に入ってから急激に動きが大人しくなったからだ」
「……罠じゃなくって?」
「かもしれん。それでも、中が今どうなっているか、それは絶対に知っておきたくてな」
「はー、使者しながら間者もしろってこと?」
「そういうことだ。こういうことは、さすがにまだティーアには早いだろうし……」
まあ、それはね。
母さんの指導や、ダンジョンでの素材集めもあって、ティーアは同年代の少女に比べて高い実力がある。でも、それとこれとは別だよね。
「でもさ、罠だったらどうするの?」
「おう、そのために、今度の表敬訪問には心強い助っ人を用意した」
「助っ人?」
「ティフ」
ぼくが首をかしげ、父さんが名前を呼んだ瞬間だ。
父さんのすぐ横の何もない空間に、突如光があふれた。思わず目を細めたぼくだったけど、そこに現れたものを見て、すぐに見開くことになる。
光が治まった直後には、鳥がいたのだ。父さんの肩に留まるそれは、全身美しい白で彩られ、七色に輝く尾翼を持っている。まるでラー○アのような(最近の人にはレ○ィスと言ったほうがいいのかな?)姿の鳥……。
「セフィ、こいつの名前はティフ。俺が契約してる幻獣だ」
「けっ、契約した、幻獣!?」
それってつまり、召喚獣!?
っていうか、父さん召喚士だったっけ!?
「ようセフィ、……俺は初めましてじゃねえが、まあ初めまして。今言われた通り、名前はティフ。こう見えて、アルとは一番付き合いが長い!」
ぼくの混乱をよそに、ティフさんはそう言ってえへんと胸を張った。
「まあそういうことでな。こいつが魔獣だった頃からの付き合いで、俺の頼れる相棒だ」
「は、ははあ……そう、だったんだ……」
「見ての通り鳥で、元々は森に棲んでいた、カザハネって種類の魔獣なんだが……まあ鳥は鳥だ。つまり、空を飛べるわけだ……」
そこで父さんは言葉を切った。そして、にやりと笑う。
これはあれか、「わかるな?」って言いたいのかな。
まあうん、言いたいことはなんとなくわかるけどね。
「……空からなら、ものすごく広い範囲を監視できる」
「そういうことだ! うん、さすがセフィだな」
まあね……飛行機とかある世界から来たからね……。
「……というわけで、ティフがいれば少なくとも不意討ちは避けられる。それに、こいつは俺の冒険者時代、斥候として情報収集を専門に担ってきた。街の中でも危機察知はお手の物なのさ」
「そういうことだ! 泥船に乗ったつもりでいてくれ!」
「そこは大船じゃないかなー?」
父さんとよく似た言動に苦笑しつつ、ぼくは身体を少しだけ傾いだ。
うーん、ペットは飼い主に似ると言うけど、ここまで似てると逆にすごい。
いや、召喚獣をペットと呼ぶのは問題あるかもわかんないけども。
「それでね、セフィ。表敬訪問の道中、挨拶のためにという名目でグランドの都ヴィユーフェイルに行ってほしいの」
話を脱線させそうな父さんを抑えて、シャニス義母さんが口を開く。
「都なら、確かに通らせてもらってる人間が挨拶に行くのは自然だね」
「ええ。それでね、そこでディアス王子と接触してもらいたいのよ」
「ディアス王子?」
ええと……ちょっと待ってよ。記憶のタンスひっくり返すから。
ディアス、ディアス。それって、確か……。
「グランドの王太子じゃなかった?」
「ええ、その通りよ。ディアス・ロムトア・フロウリアス王太子」
「……なんで王太子様と接触を?」
普通だったら、潜り込ませてる間者とかでしょうに。
「ふふ……実はね、彼は私たちの息子なのよ」
…………。
「……はああぁぁっ!?」
とんでもないカミングアウトがあったもんだな!?
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……そしてぼくは、実は腹違いとはいえ実の兄だった隣国の王太子を訪ねるために、ここにいるのです。
ディアス兄さんは、ぼくが生まれる前にグランド王国に養子として引き取られたらしい。その歳の差、実に20歳。下手したら親子並みの年齢差だ。
なんでも、王様にまったく子供が生まれなくて断絶の危機にあったから、仕方なく先祖を同じくするうちに話が来たようで。
こういう場合普通なら、あまり自我が発達してない時期の子供が選ばれるものだと思うんだけども。
グランドの王様が人間族至上主義だったらしく、生まれてちょっとのアキ兄さんはハーフサンセットのため拒否されて、既に10歳で自意識もはっきりしてたディアス兄さんが選ばれたとか。さぞ悲しい思いをしただろうな……。
が、それでもただで転ぶわけにはいかないのが国と国の付き合い。先述したけどディアス兄さんは既に10歳で、それはつまりシエルの義務教育を終えていたということだ。
そのため父さんは、グランド王国に対する間者としての教育をディアス兄さんに施したうえで、何食わぬ顔で養子に出したらしい。
つまり、グランド王国の情報はシエル王国に筒抜けらしいのだね。ぶっちゃけディアス兄さんは王太子なので、代替わりが起きれば戦争とかそんなこともせずに、隣国がそっくりそのままシエルに吸収されると言う算段だ。毛利元就みたいなことをする。
あの父さんにそんな腹芸ができるようにはとても見えないんだけど、実際そうらしいから仕方ない。
けれどここ最近、それが上手くいっていないようだ。ディアス兄さんに心変わりがあったとかではなくて、ディアス兄さんが国政から遠ざけられていることがその原因だとか。
そのため、詳細を確認するためも兼ねて、ぼくがグランド王国を経由することになったわけだ。
「……やばい状態、ってのは本当に本当、ってことか」
改めて流れていく街並みを眺めて、ぼくはこぼす。
「だな。……まあ周りのことは俺に任しておけ。何かあったらすぐ伝えるからな!」
「ん……頼りにしてます」
「おうよ! それじゃあ俺はディアスと繋ぎをつけてくる。お前たちは予定通り、まずは城に向かって王様と謁見してきな」
「はい、がんばります。ティフさんもお気をつけて」
「ふっ、任せときな!」
美しい声で頼もしいことを言ってくれるティフさんは、さらにニヒルな笑みを浮かべて空に舞い上がった。
竜車の天井を、何もないかのようにすうっとすり抜けて、一直線に。
ティフさんが消えた天井を、ぼくたちはしばらく唖然として眺めていたけど……ほどなくして、全員そろって視線を卸してうつろな笑いを浮かべた。
なるほど、情報収集が専門になれるわけだよ。どこからどうやって入ってきたのかと思ったけどそういうことか。
「……何事もなければいいな」
「本当に」
「大丈夫、兄様はわたしが守るからね!」
「うん、悪いけど頼らせてもらうよ、ティーア」
「えへへ、うん!」
「……ティーア、あたいは?」
「うーん、しょうがないから先輩も守ったげるよ」
「あたいはついでかー!?」
いつものようなやり取りが起こったことで、ぼくたちは笑いあった。
いやー、ホントに何もなければいいね。ぼくは別に、戦闘力は大したことないのだから。
……あ、言い忘れたけどティフさんの性別はメスだそうですよ。
父さんはいい加減、そろそろ爆発したほうがいいんじゃないかな……。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
新章突入。そして明かされる衝撃の事実。
ティフの名前は、第二章の最後らへんにちらっと出ています。ようやく本人を出せました。




