第71話 次は
手短に楽屋訪問をこなしたぼくは、急いでお城に戻った。ついつい話が盛り上がって時間が押しちゃったけど、実は40分というのは余裕を持って答えた時間なので、なんとかなった。
ぼくはスケジュール管理のできる大人です。えっへん。
さて城に戻ったぼくは、普段生活スペースに使ってるアベリアの塔じゃなくて、なんと謁見の間に連れて行かれた。しかも、ティーアやトルク先輩は別室待機。完全にぼくだけだ。
あれ? これってひょっとしなくても、わりとガチな話が待ってる感じですか?
まじかー、やだなー……国政に参加する系のあれやそれは、なるたけご勘弁願いたいんですけどぼく……。
いやー、でも王族だしなー……パトロンとして最強だし、立場としても十分すぎるけど、趣味の時間がそれで取られるのだけはホントにやめてほしいっていうか……。
「時間ぴったり、さすがだなセフィ」
中に入って最初の言葉は、父さんのそれ。
当人は玉座に深く腰かけ、身に着けた衣装や王冠はきらびやかかつ威厳に満ちている。父さんの、王様としての正装だ。普段は農夫みたいに見えるよく日焼けした肌や、戦士にしか見えない顔に走る古い向う傷が、むしろその威厳を引き立てているようにも感じる。
いやあ、父さんちゃんと王様してるじゃない。
そんな、ちょっと不敬なことを考えながら、ぼくは一応、一門とはいえ臣下の礼を取る。
「いえ、陛下のお声がかかっていながら、1時間もお待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
「……いや、お前……そこまで畏まらなくていいからな? まあ確かに場所が場所だから、そうしたのはわかるけど、普段通りでいいんだ、普段通りで」
「そ? じゃあ遠慮なく」
「そこで遠慮しないのはさすがというかなんというか……」
どこか遠い目をして、父さんはつぶやいた。
それから一つ咳払いをすると、居住まいを正す。
そんな父さんに、隣の王妃用の玉座に座っていたシャニス義母さんがくすりと笑った。夫婦だなあ。
ちなみに、謁見の間には儀仗兵と近衛騎士の人たちが一定数詰めていて、何があっても大丈夫です、って雰囲気をひしひしと感じる。
あ、ゲームなんかだと大臣が王様のすぐ近くにいるけど、うちの国にはそれをする人はいない。直言オンリーのフレンドリーな王宮です。
「あー、新しいことを試している最中に呼んですまなかったな」
「いいんだよ。ちょうど終わったところだったし」
「そうか? しかし俺も紙芝居、その場で見たか……いや、わかってるシャニス、わかってるって。仕事の話をするさ」
……シャニス義母さんとの関係は尻に敷かれる間柄ですね。ベリーの母さんは、むしろ完全に手綱握ってるけど……。
「で、だ。セフィ……実はな、お前に縁談が来た」
「お……おうっふ……」
なるほど、重大案件だ! そりゃあ急に呼ばれもする!
「え……縁談、かあー。あー、なんか遂に来たかって感じだなあ……」
「驚きはしたけど、別に嫌というわけではなさそうだな?」
「まあねー……王族だってわかった時から、そのうちそうなるんだろうなとは思ってたよ」
地球でも、洋の東西を問わず上流階級は政略結婚が普通だったもんね。
特にヨーロッパのハプスブルク家なんて、むしろその政略結婚だけで大帝国を築き上げた王家だし。「戦争は他国に任せておけ。幸いなるかなオーストリア、汝は結婚せよ」だったかな。当時の制度も関係してるけど、結婚にはそれだけの意味がある。
「……それで? こんなぼくに結婚を申し込んでくる物好きはどこのどなた?」
「それだけあっさりしてるのも俺としては……いや、惚れた女とだけここまで来れた俺が言うセリフじゃねえか」
さりげなくそうやって嫁さんを好きだと断言できるあたり、うちの父さんも異世界転生系主人公なんじゃないだろうか……。
ほらあ、シャニス義母さんも澄ました顔してるけどあれ、絶対嬉しいんだろうな。さっきから視線が一切動いてない。
「……お前に来た話だがなあ。相手はなんと、ムーンレイスの宮家御令嬢だ」
「はあ!? ムーンレイスの!?」
知ってるぞ、魔法王国ムーンレイス。この大陸で一番古い歴史を持つ王家が治めてる東南部の大国。セントラルと唯一肩を並べられる国だ。
王家はぶっちゃけ日本の天皇家みたいなもので、分家筋の宮家もそんな感じだったはず。
そんな由緒正しい大国の宮家と、って……うち、貧乏だよ? 降嫁するようなもんじゃない、いいのそれ?
「そうだ、ムーンレイスだ」
「いや……それ、大丈夫なの?」
「ああ、むしろ必要なことだ。昔俺の姉貴が嫁いだんだが、もう死んじまってるしな。子供はいるが、それとはまた別に両国の関係を強化しておく必要がある。これはうちとあっち、双方の意見だ」
「あー、そういうことか……」
関係強化、ねえ……。
「ムーンレイスは東部連合の盟主だからな、本来ならばうちから女子を嫁がせるのが筋なんだが……」
「ありていに言って、人質ってやつだねえ」
「おう。俺もそのつもりで、実はティーアと何かいい縁は、と思って水面下で調整を進めようとし……おいセフィ、そう睨むな。マジで、いや悪かったって! わかってるよ! 俺だって嫌だったよ!」
「どこのティマールの骨ともわからない奴に、ティーアは渡さないぞ」
「そうだな!」
なんかやけ気味に父さんが言う。
ティーアを嫁にほしいなら、まずこのぼくを倒してからにしてくれ。容赦はしない、その眉間にシルバーブレットをぶち込んでやる。未完成だけど。
「だがまあ安心しろ、セフィ。今回は向こうがお前にぜひ、って言ってきたんだ。詳細はわからんが、多少へりくだってでもお前のいるうちとの関係を深めておきたいんだろう」
「……先行投資、ってことかあ。んー……予想してたけど、自分の存在がだいぶ重く……」
「そりゃあなあ。知ってるかセフィ、お前が紙を開発した次の年のうちの歳入。前年比で約3倍だ」
「……やりすぎました」
「はっはっは、こういうやりすぎはもっとやってくれて構わんぞ」
わかっちゃいたけど、やっぱりぼくがやってることの影響って大きいなあ。
ぶっちゃけ、ぼくはパクリ魔と言われても仕方ないくらいのことをしてるんだけどね……。歴史の先達には本当に申し訳ない。
「話戻すぞ?」
「ウィッス」
「そういうわけで、向こうからお前に縁談が飛び込んできたわけだ。それでな? わざわざここに呼び出した理由なんだが……相手の父親、つまり今の宮家当主殿から、お前宛ての親書が一緒に届いていてな」
「はあ? ぼくにわざわざ親書?」
「おう。こればっかりは家族とはいえ俺たちが開けるわけにもいかないだろ、だから呼んだんだ。もちろん、その縁談のことでいろいろ聞きたいこともあったからでもあるが」
「はー……なるほどね……?」
「というわけで、それがお前宛ての親書だ。読んでみてくれるか」
そこで父さんの合図と共に、大げさなお盆に載せられた手紙がぼくの前に用意された。
手に取ってみればなるほど、確かに明確にぼく宛て。
……ん? ハルート? ハルート・イズァルヨ、って……聞いたことのある名前だな。
どこで聞いたんだっけ……まあいっか、とりあえず中身を読もう。
「えーっと、なになに……?」
挨拶……は、飛ばそう。
んーと……? ぜひうちの娘と……はあ……そっすか……。
あー……ティライレオルグリーンのオールと……はあ……さぞお強いんでしょうね……。
はあ……ぼくの1つ上……姉さん女房になるわけですね……。
ふむ……承諾してくれるならムーンレイスの印刷技術を貸出し……。
「……貸出しッ!? マジでッ!?」
ぼくが不意に大声を上げたので、謁見の間が一瞬ざわつく。
けれどそんなことはもはやどうでもいい。ぼくは近眼でもないのに文面に顔を近づけて、その先を読んでいく。
結婚を受け入れてくれるなら!? ムーンレイスが秘匿している印刷技術を貸し出すことを約束!?
本気で言ってんの!? いいのそれ、マジで!?
……いや待て、落ち着けぼく。落ち着くんだ。素数を数えて。
親書でこんなことを言ってくるってことは、当然これは他の人には内緒にしてくれっていうメッセージだよな。つまり、技術のほうもぼく以外に見せるつもりはないってことだよな。
うん、そりゃそうだろう。国家が秘匿しているんだから、あくまでぼくだけに対する報酬っていうか、そういう感じだろうな。
…………。
「えッ!? 解析したら量産化していいのッ!?」
続いていた文面に、ぼくはもう一度大声を上げる。上げざるを得ない。
こう言うってことは、別に隠さなくってもいい、そういうことじゃない!?
ええい何だ、何が目的だ!? ここまであからさまにメリットしかないとなると、何かあるとしか思えないぞ!
あれか、その娘さんってのはよっぽど性格もしくは容姿がよくないとかそういうこと!?
…………。
「……ただし、ムーンレイスまでぼくが取りに来ることが条件、と……」
そりゃあな。
でもその道中の苦労や使うお金を考えても、やっぱりぼくのほうにしかメリットがないような気がする。
確かにうちと関係を強化することで、うちで今後ぼくが造るだろう技術を積極的に取り入れていきたいという思惑はわかる。
けど、それにしたって印刷技術と比肩しうることをぼくがやるなんて、誰も保証してくれないだろうに。
一体どうなってるんだろう……。
と思ってたら、最後の最後、署名のところまで読んだところで、ぼくはあっさり納得した。
手紙の一番下。そこには、ハルートさんの名前がサインされている。一緒に、彼を示すだろう印璽も押されているから、この親書が本物だろうということは間違いないんだと思う。
問題は、その隣だ。署名は、連名になっていたのだ。
そこに記されていたもう一つの名前……それは、毛筆で、縦書きで、日本語で、漢字で。
「……藤子ちゃん……ムーンレイスで何したのさ……」
そう、まぎれもなく、それは藤子ちゃんの名前だった。
そうだ……ハルートさんの名前とか、イズァルヨっていう家名がどこかで聞いたことがあるって思ってたけど、藤子ちゃんから聞いたんだ。
そういえば、娘さん……ライラさん、だったっけ。その家庭教師として4年ほどムーンレイスにいたんだっけか。そうか……これは藤子ちゃんの差し金だな?
ライラさんとぼくが結婚することが、のちのちぼくの目標を達成するために必要になる……そう言うことだね、これは?
「はー……おっけーわかった、わかったよ藤子ちゃん。その話、乗らせてもらうよ……」
藤子ちゃんが言うなら、まあ大丈夫だろう。彼女はなんだかんだで、信頼できる人だ。今のところ、彼女がミスしたことなんてないし。
「……父さん、わかった。この話、受けます」
「お、おう、そうか?」
親書の内容を知らない父さんが、すごく怪訝な顔をしてる。まあ無理もないよね。
「内容としては、結婚を承諾すれば、将来の両国の発展のために、ムーンレイスが所有している秘匿技術を公開する準備がある、というものでした」
「マジか! そりゃあセフィもだいぶ見込まれたなあ。ムーンレイスの秘匿技術はいくつかあるらしいが……どれだろうな?」
他にもあるのか。それも気になるな……。
「印刷だってさ」
「マジかよ!? 随分攻めてきたな!?」
父さんの言うことももっともだ。よほどぼくを無条件に信じていない限りは、本気で勝てない相手にすりよる以外には出さない破格の条件だろうし。
だって印刷だよ? 地球で活版印刷が開発されてからの数百年を見れば、いかに重要な技術かなんて考えるまでもない。そしてムーンレイスが、その意味がわからない国家だとは到底思えないのに。
それからしばらく、親書の内容を説明する。
次第に周囲の目つきや態度が、驚愕でかなり落ち着かなくなっていったけどしょうがない。
「そうか……なるほど、そりゃあ断れない話だ」
「でしょ。まあ条件として、ムーンレイスまでぼく本人が一度来いってのがあるのがちょっとめんどいけど」
「それは仕方ないだろう。そこはやはり、本人に直接手渡したいのが人情ってものだ」
「だよねえ」
と答えつつも、ぼくはそれだけじゃないんじゃないかなあ、とも思う。
藤子ちゃんが一枚かんでるんだから、それだけじゃない、と。
たぶんだけど、いまだにシエル王国しか知らないぼくに、他国を見ろって言ってるんじゃないかと思うんだよね。知ること、経験することって、大事なことだもの。
ぼく自身、他の国を見てみたいって思うことは何度もあったし……自由に動ける立場の藤子ちゃんが羨ましいって、いつもの話し合いでこぼしたこともないわけじゃない。
とまあそういうわけなので、藤子ちゃんの名前を見たぼくは、直前までの混乱とか勘ぐりはどこへやら。すっかりムーンレイスに行く気満々になっていた。
「……となると、あれか。セフィ、せっかくだし、縁談の返事も兼ねてムーンレイスに行ってくるか?」
「うん、ぜひ!」
「ぜひと来たか。おーし、それじゃあセフィには外交デビューしてもらうとするかな!」
「う……、そ、そうか、そう言う見方もできるんだ」
「ははは、王族としての仕事については諦めろ。なーに、お前なら大丈夫だ。そこまで難しく考えなくてもいい。なんといっても、俺ですらできるくらいだしな」
「確かに!」
ぼくの答えに、謁見の間の空気は和らいだ。
いやあ、そうだよね。この父さんにだってできるんだし、ぼくでもなんとかなるでしょ。経験値ゼロだけど、国の代表に拝謁するわけでもない、だろうし……。
そうと決まれば話は早いもので、移動の細かい打ち合わせをするため、ぼくたちは場所を変えることになったのでした。
次は――ムーンレイスだ!
第三章 少年期編 1 完
ここまで読んでいただきありがとうございます!
縁談来る。そして、セフィ編と藤子編がようやく明確にリンクし始めます。
あと、少年期編はめちゃくちゃ長くなりそうだったのと、セフィのやることが次回から明確に方向性変わるので、ここまでで1章として区切ることにしました。
ようやく国外に行くことになったセフィがどうなっていくのか……今後ともよろしくお願いいたします。




