第70話 王子様の紙芝居
広場を見渡せば、結構な人数が集まってきている。
これは嬉しい誤算だ。ぶっちゃけ、十数人でも集まったら御の字だなあって思ってたんだけども、見た感じ三桁は確実にいそうだ。
確かに宣伝は色々やったけど、まさかこんなに集まるなんてなあ。あれかなあ、やっぱり継承権は三位(二位は甥っ子のマーシュ君だ)でも、王子のぼくがやるってなると人が集まるのかな。不敬罪とかそういうの、ないはずなんだけどな。
それに、これからやろうとしていることを考えると、これだけの人数はむしろ逆に困るような気もするんだけど、そこはもうなんていうか、仕方ないといしか。
……ここは王都ハイウィンドの下町。一番外側にある第三の壁こと無銘の壁と、第二の壁ことハルアスの壁の間、その中にあるマーシュ記念公園だ。
アキ兄さんにお世継ぎが生まれたことを記念するものなんだけど、実はここ、造成に王家は関わってない。新しい王族の誕生を祝って、国民が自主的に造ってくれたものだ。
普通、逆なんじゃないかなーって思ったんだけど、どうやらこの国はこれが普通らしい。
継承権を持つ男子が生まれると何か事業を起こし、その人が死ぬとそれを終わらせる。そんな方法で今まで国のいくつかの重要な施設は造られてきたと、シディンさんから習った。
もちろん、ぼくの名前を冠したものもあるし、父さんの名前を冠したものもある。
ぼくのはセフュード記念図書館、父さんのはディアルト記念アリーナ。図書館のほうは、ぼくが生まれた直後から本とかを好んでいたことを聞き及んだ目ざとい人が発起人らしい。もちろん、紙ができるまでは貧乏全開だったこの国じゃあ、蔵書は揃わず国のお荷物だったみたいだけどね。
最近はちょいちょい増えては来ているみたいだけど、それでもまだ数は多くないみたいなので、いっそ漫画図書館にしてやろうかとか最近思ってる。
父さんのアリーナはあれだ、闘技場として市民をにぎわしている。いわゆるコロッセオみたいな、そういう場所になってるね。パンとサーカスのうち、サーカスを担ってるってわけだ。
話を戻して……その公園でぼくが今何をしているのか?
と言いますとですね……。
「はーいー! それではお待ちかね、紙芝居をーはーじーめーさーせーてーいただきまーす!」
大勢の聴衆を前に、ぼくはそう宣言した。そんなぼくに返ってきたのは、「よくはわからないけど、とりあえず」と言った感じの拍手。
うーん、これでもないよりはマシか。実力も不明な人間の初演としては上出来と考えて、ここはひとつ、身分補正に感謝しておこう。
紙芝居。日本の皆さんには恐らく説明不要な、あの紙芝居だ。
なんでこれをぼくがやっているのか? というと、答えは簡単。漫画の前にその類の耐性をつけてもらうため。
ぼくの最終的な目標はもちろん漫画家なんだけど、そもそもこの国にはいわゆる「漫画的な絵」というものが存在しない。いや、この国に限らずこの世界全体でそうなんだけど。
そのため、ぼくがいきなり漫画を大々的に始めたところで、まったく見向きもされない可能性は十分あると思ってね。その下地作りとして、まず紙芝居をやってみようと思い立った、というわけ。
数ある表現方法の中から紙芝居を選んだのは、漫画に比較的近い表現媒体であり、かつ印刷技術がなくてもできることだから。
近いと言ってもまったく同じではないから、準備してて漫画とは異なることも多くて戸惑ったけどね。紙をスライドさせる方向を意識した構図を考えなきゃいけないし、ちょっと凝って動きを着けようと思うと、アニメ並みに枚数が必要になるし。
でも、こういった文化が素地としてあったからこそ、日本であれだけ漫画が流行したんじゃないかなあ、ともぼくは思うんだ。絵を持ってお話を語り聞かせるっていうスタイル、実は平安時代からあるんだよ? 日本は、紙先進国なのだ。
てなわけで、ぼくは今ここにいる。いろんな人にご協力願って、なんとかこの場をセッティングしてもらった。まあ、立場上協賛に王家が入るのが何より大きいのは否定できない事実だけど。
「まずー、紙芝居について簡単に説明しまーす」
いきなりやっても困惑するだろうことは間違いないからね。
まあこれは、日本人に説明する必要のないことだから、ここでの描写は省かせてもらう。
「……と言う感じです! 今回は初演で、しかもこんなに人が大勢集まるなんて思ってなかったのでちょっと絵が小さいかもですが……できるかぎり皆さんに楽しんでもらえるようにがんばります!」
そしてぼくは頭を下げ……ない。
これでも一応王族なので。そう気軽に謝るな、頭を下げるなとは、シェンマさんに何度も口酸っぱく言われたからね。したいけど、ガマンの子だ。
説明を終えて、ぐるりを全体を見渡してみる。
うーん……お客さんの反応としては、「なにそれ面白そう」「よくわかんない」「王子が変なこと始めた」って感じか。これはまあ、しょうがない。なんといっても、紙芝居なんて文化がこの世界にはないのだ。
っていうか、なんならその紙すらつい数年前まで存在しなかった世界だからねえ。ここは仕方ないと考えて、割り切ったほうがいいんだろうな。
一応演劇というものはあるから、理解をいただけてる人はそれに触れたことがある人なのかな?
まあともあれ、考えるな感じろ、の精神だ。
とりあえず準備は整ったし、そろそろ本当に開演と行こう。
ちなみに、皆さんが紙芝居と聞いて想像するだろう水あめは、原料になるものがこの世界に存在しなかったのでありません。残念。
ただ、商魂たくましい屋台の連中がこれ幸いと近くで店を構えていて、大体のお客さんはそこで何らかのものを買っている。元々ぼくに儲ける気なんてないので、ここは彼らに全部任せておいた。
「えー、では、……はい? あ、ども、ありがとうございます」
用意しておいた木枠にかけた布を取り払おうとしたところで、トルク先輩がなんとマイクを持ってきてくれた。
これは魔法研究所で研究されている先史時代の遺物の一つで、用途不明品として研究所に置かれていたものだ。どこからどう見てもマイクだったのでぼくは普通に使うことができ、それで研究が今鋭意進められているんだけど、まあこれは余談だ。
受け取ったマイクを起動し、ぼくは早速調子を確かめてみる。
「あーあー、テステステス……皆さん聞こえます? 聞こえた方は挙手を。……はい、ありがとうございまーす!」
ちゃんと後ろまで全員が挙手してくれたので、感度は良好と言うことだろう。すごいな、先史時代。何百年も経ってるのにまだ使えるとか。
まあ、当然だけどレア度の高さは折り紙つきの逸品なので、大勢の人が驚いてたけどね。
それを先輩が急きょ用意しれくれた簡易のマイクスタンドに立て、改めてぼくは除幕した。
「記念すべき第一回の演目は……『ドラゴンナイト』!」
じゃん、と言いながらあらわになった木枠の中。
そこに収まっている紙の束、その一枚目に描かれている絵は、竜を模した仮面を身に着け強化外骨格に身を包んだ男がティマールにまたがっている絵である。タイトルもちゃんと描きこんだ。
……これだけで察しのいい方はお分かりいただけたと思うが、はい、ぶっちゃけ仮面○イダーですね。隠すつもりあんのかって感じもするけど。
いやうん。ぼくだって、堂々と大衆の目の前でパクリ作品やるのはどうかとは思うよ。クリエイター志望としては。アイディアが武具と言ってもいいこの職業で、それは許されることじゃないとはわかっちゃいるんだけど。
何を並べ立てても言い訳になるので、あえて言おう。これはパクリだ。石ノ森先生、本当にごめんなさい。安牌に逃げてしまったぼくの弱い心をお許しください。
……いろいろ話は創ったんだけどさ。試験的にそれらを知り合いに見てもらって、その中から一番受けの良かったものを出そうって思って。
でも、いくつか用意した案の中で一番評価が高かったのがこれなんだよね……。さすがは漫画の王様のアイディア、異世界でも威力は絶大でした。ぼくごときが太刀打ちできるお方ではなかった。
かといってここまで来たらもう後戻りはできないので……もうやけを通り越して、一周まわったぼくは完全に開き直っているのですね。藤子ちゃんがいなかったらまだうじうじ悩んでたと思うけど。
一応、大筋や設定なんかはかなりこの世界にあう形で換骨奪胎してるけどね。固有名詞は当然のようにこの世界のものに変えてるし、そもそも、科学が発達していないこの世界で改造人間だとかなんとかって言っても通じないしさ。
まあ、バイクに関しては鳴き声がそのままなティマールがいたから、何も困りはしなかったんだけど。鳴き声がまんまバイクなティマールなら、ライダーで同じみの(初代はそういうのないけど)意思のある移動手段という設定で、描写の幅も広がる。
いや、そう言う話は置いておこう。
「『ドラゴンナイト』レージュ・ソルティは邪悪な魔王にその身を魔物とされた魔物人間である!
しかし神は彼を見捨てなかった……洗脳される直前に辛くも魔王城を脱出した彼は、人類の自由と名誉、そして世界の平和のため、愛竜サイクロンとともに今日も荒野を駆けるのだ!」
何度も言うけど、パクリです。ええ、すいません、本当に。
サイクロンという名前は特に、完全な丸パクリですな……。だってかっこいいじゃん……この世界の人間からしてみたら異世界の言語だけど、おかげでミステリアスな雰囲気が出てくれるしさ……?
もちろん、そういうことを考えて葛藤してるのがぼくだけ、というのも事実ではあるんだけど。この世界の人間が仮面ラ○ダー知ってるわけないもんね。
ティーアからはいつも通り超絶持ち上げられ、身内からもかなり褒められたけど、褒められればられるほど、良心が痛む。そして当然だけど誰にも言うわけにもいかないことなので、目下のところぼくの味方は、地球人の藤子ちゃんだけだ。
いや、他人の褌で相撲を取るな、と怒られたけどね。それからどうせやるなら腹をくくれ、とも。そのお叱りに、良心の呵責にさいなまれていたぼくは、むしろ喜んで叱られた。
シェルシェ先輩の時もそうだったけど、彼女はぼくを遠慮なく叱り飛ばして、その上で背中を押してくれるので本当にありがたい存在だ。神様ってのも案外間違ってないと思うんだけど、どうだろう?
まあ、マゾヒストを見るような目で見られたので、その点だけは断固拒否しておいたけど。
……裏話はそろそろ遠慮しておこうか。それじゃ、しばらく紙芝居に集中しまーす。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「『行くぞ! ナアァァァイトアタアァァァック!』
大空へ舞い上がったレージュは蹴りの姿勢を取り、激しい光と共に魔人バットの身体を貫く! それはまさにドラゴンのブレスめいて、魔人バットを撃つ!
そして身体の半分を破壊された魔人バットは、しめやかに爆発四散!」
このワンシーンの間に、実に16枚の紙を抜いた。調子に乗って動きを多くつけようとしたらこうなった。
ちなみに、最高の見せ場とも言える変身シーンは、それだけで24枚使った。我ながらやりすぎた気もする。毎回同じになりえるシーンだし、これはもし続きを作ったなら使いまわそう。バンクシステムだね。
ともあれ、物語はクライマックス。敵の怪人……もとい、魔物は主人公によって撃破され、助けた人々の無事を見届けて、主人公は黙って立ち去るのだ。
彼に平穏はない。なぜなら彼も、人の心がそこに残っているだけで魔物なのだから。人の社会に残ることはできない。
彼の友は、彼を背に乗せる竜だけだ。
荒野を渡る風はひょうひょうと流れていく。夕日の沈みゆくその中を、一人行くはドラゴンナイト……。
最後に、夕日へと消えていく主人公の小さな後姿をバックにして〆て、完である。
そしてその最後の紙を見せて、ぼくは観衆に目を向けた。
紙芝居をしながらちらちらと様子は見ていた。みんな楽しそうに見てくれていることはわかったし、いつの間にか人がかなり増えていることもわかってた。
それでも不安は不安なんだよ。だって、今ぼくがやったことは、この世界の常識を覆すことでもあるんだから。
けれど……それは杞憂でした。
「うおおおおああああああー!」
怒号にも近い歓声が、拍手と一緒に一斉に湧き上がった。
びっくりした、思わず身体が撥ねたよ!
でも、よかった。かなりの人が紙芝居を受け入れてくれたみたいだ。ぼくも頑張ったかいがあったってもんだ。
……あ、目から汗が……。
「あ、ありがとう! ありがとうー!」
それをごまかそうと、ぼくはマイクで応える。それから両手を振って、あちらへこちらへと、演奏直後の指揮者見たく頭を下げた。今回ばかりは許しておくれ、シェンマさん。
いやあ、こんなに歓心が集まるなんて予想外……!
「セフィ……セフィ」
「あ、う、うん。そうだね、いつまでも表にいたらまずいよね」
トルク先輩の声で我に返ったぼくは、使っていた木枠を片づけて裏方に引っ込んだ。
けど、やっぱり演劇と認識されてるんだろう。拍手がずっと続いてるので、ぼくはカーテンコールだと思ってもう一度表に出る。
それから改めてマイクを使い、簡単に挨拶をした。いやー、お客さん沸く沸く。
嬉しいんだけど、やっぱりアイディアはパクリなので、ちょっと複雑だな……。慣れちゃいけないよな、これに関しては。
でも、とりあえずはそろそろ人前から撤収しよう。うじうじしてるわけにはいかない。賽は投げられたのだ。
……てなわけで、この後のお客さんの整理は申し訳ないけど騎士団の皆さんにお任せしよう。ぼくが出たら逆効果なのは間違いないもの。
一応帰り際に、全ての聴衆にアンケートをお願いしている。感想はもちろん、出来栄えについての評価や、この世界ではまだまだありえない、イラストタッチな絵について思うところ、などなど。そんなことを尋ねてる。
どんな分野も努力は大事だけど、こと創作に関しては、受け手側の感情や感性をじかにぶつけてもらわないと、達成感が得られないんだよねえ。
まあぶっちゃけ、ほんの少しでもいいから反応がほしい、というのがクリエイターに共通した本音だと思うですよ。もちろんぼくもね。
とはいえ、アンケートという方式もたぶんこの世界初なので、どこまで成果が出るかは謎。それはあとで結果をまとめてみてのお楽しみ、かな。
「兄様、お疲れ様。はい、お水だよ」
「お、さんきゅーティーア。……んーっ、おいしい。さすがに1時間しゃべりっぱなしは疲れるね!」
「お前すげーよな、よくあんなに持つよ」
「いやあ、まあ、ここ最近は予行練習で色んな人に紙芝居披露してたからね、慣れかなあ」
いつもの二人に応じながら、ぼくは苦笑する。
ネタバレすると、藤子ちゃんからのど飴もらったりしていてコンディションは絶好調でした。女神様は今日も最高ですよ、っと。
「でもきついことには代わりないだろー? 次は加減しろよな」
「そうだよ、兄様。無理は良くないよ」
「あはは、そうだね。痛感したー。もし次があるなら、30分くらいで休憩入れるくらいしたほうがいいかなー」
ナレーションをやる。役もやる。全部やらなきゃいけないところが紙芝居の辛いところだな……。覚悟はいいか? 俺はできてる。
「殿下ー!」
「あれ、どうしたのシディンさん?」
ぼくが全身の力を抜いてまったりしていると、シディンさんがやってきた。
今回の紙芝居をやるにあたって、会場のセッティングや人員の確保なんかで大活躍してくれたのは、何を隠そう彼だ。さすが内政の重鎮、そういった類の手腕は納得の一言だったよ。今回のMVPは間違いなく彼だと思う。
そのシディンさんが、略式で敬礼したのち口を開く。
「殿下にお目通りを、という客が大勢詰めかけております。紙『芝居』という言葉から、演劇のそれと同じだろうと認識したようで……」
「えっ、楽屋訪問ってこと?」
「そういうことになりましょう。いかがなさいますか?」
「うんうん、せっかくだから生で反応聞きたいよ! ぜひ通してあげて!」
「かしこまりました!」
ぼくの言葉に頷いたシディンさんは、慌ただしく出て……行こうとして、カバルさんとぶつかった。
「ぬおっ、どうしたシディン、いきなり!」
「それは私の……いや、それよりカバルさんこそどうしたんです? ここにあなたが来るとは思っていなかったのですが……」
ほぼフルアーマー状態のカバルさんはともかく、比較的軽装だったシディンさんはちょっと声に棘がある。仕方ないだろうけど。
「うむ、陛下から殿下をお連れするように、と伝言を賜ってきた」
「陛下から?」
「左様。殿下はこちらだとお聞きしたのだが……」
うへえ、なんかヤな会話が聞こえてきた。
父さんを悪く言うわけじゃないだけど、っていうかむしろ尊敬してるけど、父さんから直に呼び出しが来るってのは、大体何かあった時なんだもん!
……とはいえ、カバルさんやシディンさんに罪があるわけじゃない。ぼくだって、精神年齢は40歳だ。その辺りはわきまえてるよ……。
「……聞こえてたよ、行く行く、城に戻るよ。でもカバルさん、父さんすぐに来いって言ってた?」
「はっ、『すぐに』『早急に』といったお言葉はありませんでした。多少は問題ないかと思われます」
「よーっし! じゃカバルさん、父さんには1時間後には戻るって伝えといて。シディンさんは、楽屋訪問は1時間……や、移動の時間考えると40分だな。40分だけ受け付けるから、一人一人はあまり長く時間は割けないって、お客さんに伝えておいてくれる?」
「御意に!」
「かしこまりました」
ぼくの言葉に頭を下げ、シエルの若手エリートたちは走って出ていった。
……40分っていうリミットができてしまった。しょうがないけど、お客さんには申し訳ない。
でも、できればなるべく多くの人に会って、いろんな話、意見を聞きたいところだ。
よし……っ、がんばるぞっ!
ぼくは両手で頬を叩いて気合を入れなおすと、最初の人を通すよう声を上げたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ネタバレ:ティマールは今回のネタをやりたいがために設定した生物です。




