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異世界行っても漫画家目指す!でもその前に……  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
少年期編 1~でもその前に、精進だ!~
67/133

  ◆挿話 ダンジョン前日の休日

これからがんばりますと言った次の日からいきなり更新できなくてすいません、遠くに行った親友が帰ってきてたもので……!

 私の名前はセレン。ただのセレン。他に名前はないし、苗字も知らない。それどころか、両親の顔だって知らない。

 気づいたら大山旅団たいざんりょだんという組織で養われていて、そこで末端の戦闘員をしていた。たまたまナルニオルの加護があったから、そこで生き残ることができたけど……それができなかった同い年くらいの仲間を、私はたくさん知っている。


 ……だから、私は私の他のことを知らない。私は、ただのセレンだ。


「おじさん、このパンケーキいくらっ?」

「大銅貨1枚だよ!……あ、でもお嬢ちゃん、こっちの新作も一緒に買ってかないか? そうしたら、銅貨8枚にまけてやる!」

「新作?……こっちは大銅貨1枚と銅貨2枚かあ……ってことは合計大銅貨2枚だから……、んー、でも、いいや。そっちの新作ってのもおいしそうだけど、今はこっちだけでお腹いっぱいになっちゃうよ!」

「そうかい? 惜しいねえ……まあ、お嬢ちゃんがそう言うなら仕方ないやね。……ほい、大銅貨1枚確かにね。落とさないように気を着けなよ!」

「そんなへましないよ! ありがとね!」


 マレナの商店街で、居並ぶ屋台からパンケーキを買った私は、それを早速一口かぶりつきながら適当なほうへ足を向ける。

 口に広がったのは、パンの味のほかに果物のソース。それから、最近東部のほうから作り方が入ってきたっていう、なまくりーむという甘くて白いふわふわが乗っている。


 これを作ったのは、確かトーコが支援してるシエルの発明王だったっけ。私より年下って聞いてるけど、すごい人は子供の時からすごいんだなあって思う。


「んーっ! 甘くておいしい! なまくりーむって、やっぱりおいしいよなあ。セフィ君ってすごい人だよ。どんな人なのかなー」


 そんな甘いあまーい気楽な食べ物の味を楽しみながら、私は雑踏の中を思うがまま歩き続ける。


 今日は、丸一日がオフ。いつもは朝から厳しい稽古があるんだけど、新しい街に着いた時、トーコは必ずこういう休みを作るんだ。

 いつもいつも、強くなることだけを考えて必死にトーコに食らいついてると、こういう時間がないからとっても楽しい。

 トーコもその辺りのことはきっとわかってやってるんだと思う。なんてったって、休みの次の日は私もカグラもやる気が段違いに高いもんね。


 まあ、そんなトーコ本人は休みの日も関係なく常に自己鍛錬を欠かしてないんだけどね。

 師匠がそんななのに、弟子の私たちが休みを満喫しててもいいのかとも思うんだけど、トーコは「そんな心配は、わしと同じ舞台に上がってから言え」って言うから、たぶん段階を踏まないといけないんだと思うよ。


 で、せっかくの休みだから、私は新しく来た街を探検することで一日を使う。それはどこの街に行っても同じ。


 だって、見たこともない聞いたこともないことがいっぱいあるんだもの。どんな小さな街だって、他とは違うところを必ずどこかに持ってるんだ。そういうのを見て、聞いて、感じるのが私は大好き。

 これだけでも、トーコの弟子になってよかったなって思っちゃうもんね。


「そこのお嬢ちゃん、冒険者かい!? なら、武器はちゃんと手入れしてるかい!?」

「あーお嬢ちゃん! 武器もいいけど防具も大事だ! 何か見てかないか!?」

「いやいや、魔法だって大事だよ! どうだい、魔法の力が宿った特別な道具、ほしくないかい!?」


 道を歩いていると、そんな声があちらこちらから聞こえてくる。

 でも、そういうの声は基本的に無視しちゃう。


 だって、私の武器はトーコからもらったカタナだ。これを手入れできるような職人さんは、この世界にはたぶんいない。ていうより、トーコにしかできないと思う。

 ムーンレイスの人たちがこれに目をつけて見よう見まねで作ってたけど、それでもトーコは「駄作もいいところじゃ」って鼻で笑ってたし。


 あと、防具も私には必要ない。というのも、私が着ている服がトーコからもらったとんでもなく高性能なものだから。これがある限り、そんじょそこらの魔獣やモンスターじゃ傷一つつかないんだから、他を探そうとも思わないんだよね。


 加えて言うと、私がスライムの血を引く魔人族ダークムーンと言うのも大きい。というのも、魔獣の能力をそのまま使えるので、私はその気になればスライムと同じ不定形になれるのだ。

 この能力のおかげで、そもそも私は物理的なダメージをほとんど受けない。最近はトーコの訓練のおかげもあって、攻撃に対してほとんど無意識のうちに身体の一部をスライム化して難を逃れる技術だって身に着けたからね。


 魔法の道具については、あえて言うまでもないよね。トーコが関係したやつよりいいものが、その辺に転がってるわけないんだ。


 そんなわけなので、私が気にするのは主に食べ物とか、飾りとか、そういうもの。特に食べ物は大事。人間、やっぱりおいしいものを食べて生きていければ万歳だよね。


 ……あ、今の魚の開きおいしそうだな。でもこのパンケーキの後に食べるのはあいそうにないから、次の機会にしよう。

 ……ん、あのうねうねしてる生き物の串焼きは、こないだカグラが食べてたやつだ。見た目が気持ち悪かったから私は遠慮したけど、おいしいのかな。


 っていうか!


 ていうか、カグラは海の匂いがダメな割に、食べ物の見た目とか味付けにはこだわらないんだよなあ。元々がドラゴンだから?


 ……まあなんにしても、トーコが食べた後の串をなめてたのにはさすがに引いたよね。さすがの私もあれはない。

 ……でも、ちょっとうらやましかったりもして……って、いやいや!


「……およ」


 首を振っておかしな考えを振り払っていると、私の目の前には小さな運河が広がっていた。


 見渡してみると、どうやら港のほうから引かれていて、小舟で細かい荷物なんかをやり取りしてるみたい。

 なるほど、あの大きな船はここまで持ってはこれないよね。


「へえー、この辺りは穏やかだなあ。波打ち際の音も色んな顔してて好きだけど、こういう静かぁーなのも、嫌いじゃないなあ」


 私はそこで、運河の端を歩く。静かに流れる水の流れの中を覗き込みながら、そーっとそーっと。


 水の中は、私が知っている川よりもにごっているみたいだ。これは海水だから、なのかな?

 魚の群れが見えるのは川なんかと変わらないけど、その姿は川のものとはだいぶ違う。やっぱり、環境が変わるとそこに住んでる生き物も変わるんだね。不思議だなあ。


 ふと足を止めてしゃがみこんで、水を手ですくってみる。川の水と違って、少しぬめっぽい? 塩気があるだけで、こんなに違うんだね。


「……ちょっとざらってしてる。この中に入ったら、私長くは持たないかも……」


 水は好き。

 スライムの血が多分そうさせるんだと思うけど、私は水の中が基本的に好きだ。水浴びがどうこうってのじゃなくって、水の中でただゆらゆらしてるだけなのが好きっていうか。


 でも、この海水の中でそれはしちゃいけない気がした。本能的に。たぶん、これはダメなやつ。


「……ん?」


 顔を上げて立ち上がりながら、今まであまり見てなかったほうに、一人で釣竿を垂らしている人が見えた。

 おじさんじゃないけど、そこまで若いってわけでもないくらいの人間族スターズだ。立てかけた釣竿の先をぼんやりと見つめて、生あくびなんてしちゃってる。


 私はその人がどうもどこかで見たことがあるような気がして、小さく首をかしげた。


 ま、でも、わからないなら聞けばいいよね! トーコも、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」って言ってたし!


「ねーお兄さーん」


 私は思いついたままに、声をかけた。


「ん……ん、あ、俺? 俺かい?」

「そうそう、そこのお兄さん! 釣れるー?」

「あー、いやー、あんまりだねー。連れないわけじゃないけど、雑魚ばっかりっていうかー?」

「そっかー、大変だねー……よいしょぉっ」

「いやそれほどでも……って、ちょっ!? おおっ!?」


 お兄さんが驚くのも無理はない。私は、幅10グリセリオ(※大体8メートル)はあるだろう運河を一っ跳びに越えたんだから。

 私も、トーコの弟子をしてなかったら驚いたと思う。でもまあ、トーコの修行についていくなら、これくらいはできないとね。


「ふふふ、びっくりした?」

「したした、めっちゃした。すごいな、君。ゴールドか?」

「あ、正解! すごいね、よくわかったね」

「いや、まあね。俺も一応、元ゴールドだから」

「元? そんな歳でもないのに?」

「ああ……ちょっと膝に矢を受けちまってな」

「ええっ、そりゃ大変だ!」

「ってのは冗談なんだが」

「なんだよー、冗談かー! びっくりしたー!」

「はっはっはっは」


 騙されたわけだけど、私はむしろおかしくなってお兄さんと笑い合った。


 余談だけど、私は嘘がまったく見抜けない。嘘なのかもなあ、とまで思うことはできるんだけどさ。

 これもたぶん、魔人族ダークムーンだからだと思う。トーコから聞いた話だと、神話に出てくる魔人族ダークムーンの神様は嘘が大大大大っ嫌いだったらしいから。


「……ねえお兄さん、私の勘違いだったらごめんなさいなんだけどー」


 私はひとしきり笑った後、お兄さんの隣に座った。

 こうして並ぶと、お兄さんはなかなか背が高い。私が120セリオくらいだけど(※大体150センチ)、頭一つ分は大きいかな?


 それに、トーコやカグラと比べるのは間違ってるけど、結構多い量のマナを持ってる。どう見ても、普通の人じゃない。この人がゴールドの冒険者だったのは間違いないと思う。


「なんだい?」

「あのさ、お兄さんってもしかして、レストンさんとパーティ組んでた人じゃない?」

「お、おお……? そ、その通りだけど、なんで君が知ってるんだ?」


 わあ、どうやら私の思い違いじゃないみたいだ。よかった。


「覚えてないのは無理ないかも。トーコの追っかけしてた魔人族ダークムーン、って言ったら思い出してくれるかな?」


 お兄さんは、私の言葉に一瞬考えるように小さく首をかしげた。けれどすぐに、目を見開きながら私に指を向けて声を上げた。


「……ああ! あああーっ、ああ! いたいた! あの時の女の子か! 言われてみれば確かに面影があるなあ……!」

「あはは、よかった。覚えててくれたんだね」

「そりゃあね。どう聞いても拒否な条件をこなそうとしてた姿は、印象的だったさ……」


 あー……やっぱりあの時トーコが出した条件は、普通なら拒否って思われて当然なものだったみたいだ。

 私は全然そうは思わなくって、少しでもトーコに認めてもらおうと必死だったんだけどなあ。


 ……まあ、信じて疑ってなかったからこそ、今こうやってトーコと一緒にいられるんだけどさ。


「……いやあ、しかし大きくなったね。見違えた。いくつになったんだ?」

「あ、私自分の年齢わからないんだよね。たぶん15くらいだと思うんだけど」

「そうか。でもそれくらいに見えるし、たぶんそうなんだろうな。ええと……君名前は?」

「私? 私はセレンだよ」

「セレンか。俺はディム、確かにレストンさんのパーティで一緒に旅をしていたものだよ」


 お兄さん……ディムさんはそう名乗ると、少し自嘲気味に小さなため息をついた。

 私はそれに首をかしげながらも、彼の隣で姿勢を変えて座り直す。


「……セレンは、あの後トーコさんの弟子になれたのか?」

「うん! 今は一緒に旅をしてるよ。ゴールドになれたのはそのおかげかなっ」

「そうか……あの人のやり方についていけるってことはそれくらい行けるだろうな。ええと……4年? くらいだよな」

「そうだね、それくらいだね」

「たった4年で無印からゴールドになれる人間なんてそうそういないぞ。俺なんて、12年かけてやっとだったんだがなあ」

「あはは、その分トーコの修行は厳しいよ。毎日本当に死ぬかもって思いながら過ごしてるもの」

「……なるほど」


 そこでディムさんは、少し険しい顔つきで小さくうなずいた。

 うーん、そうだよね。きっとこれが普通の人の反応なんだろうなあ。


「……そう言うディムさんは、なんで冒険者やめちゃったの?」

「それを聞かれるとちょっとアレなんだが……」


 私の質問に、ディムさんは頬をかきながらちょっと遠い目をした。

 あれ、聞かないほうがいいことだったかなあ。


「……実は、ゴールドになった時に限定解除オーバードライブをしたんだけど」

限定解除オーバードライブ


 えーっと、シルバークラスになったときに説明受けたなあ。


 確か、マナに関する制限をとっぱらうことで、もっと自由に使えるようになるとか、そういうのだったかな?

 でも、その代わりに上手く扱えない人は逆に以前よりも魔法が弱くなるとかって聞いてた気がするけど。


 私の場合は、その説明を受けると同時に限定解除オーバードライブしたけど、別に特に問題はなかったなあ。

 もちろん、トーコが「わしのやり方を追うならば、限定解除オーバードライブは必須じゃ」って言ってたし、私なら大丈夫だろうって言われてたからやったんだけどね。


「いやー、大丈夫だと思ったんだけどな……ダメだったんだ……」

「……魔法ができなくなっちゃった?」

「そういうこと。魔法使いとして冒険者やってきたのに、魔法の威力がてんでダメになっちまったから、食っていけなくなったんだ」


 そう言いながら、ディムさんは釣竿を所在なさげに動かす。


「レストンさんは引きとめてくれたんだけどな。けど、足手まといにはなりたくなかったから……冒険者を引退したってわけだ」

「そうだったんだ……」

「まあ、元ゴールドの肩書は結構いろんなところで効くから、別に食うのに困ってるってわけじゃないぞ。一応、冒険者ギルドのほうに事務職員として入ってるし。今日は非番だ」

「えー、なーんだ。心配して損しちゃった」

「心配してくれたのか、ありがとさん」


 そこでようやくディムさんがくすくすと笑った。


 私もつられて笑いかけたけど、ふと釣竿の先がちょんちょんと動いているのに気づいて、それを指さした。


「あ……ディムさん、何か来てるみたいだよ」

「ん? おっ、本当だ……って、うおっ!? こ、これはなかなか大物だな……!」


 ディムさんが釣竿を引いた瞬間、ぎゅんっと先が水の中に沈んだ。彼は突然のことに、慌てて力を込めて踏ん張る。

 そうこうしている間にも、ぐいんぐいんご釣竿が引かれ続けていて、釣りなんてしたことのない私でも、それが大物だってことがよくわかる。


「だ、大丈夫? 私も手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。釣りは駆け引きなんだ、他人の手は借りたくない」

「そ、そういうものなの?」


 よくわからない話。

 でも、当人がそうだと言ってるなら、彼にとってはそうなんだろう。ポリシーは誰にだってあるものだし。


 かといって、ただ見てるだけってのも、なんだか申し訳ないような気もするっていうか……。

 そんなことを考えながらやきもきしていた私だけど、どうやらディムさんに手助けは必要なかったみたい。


 だんだんと魚の抵抗が弱くなっていく。右に左に糸を動かしてはいるけれど、その勢いは最初に比べると段違いだ。

 それをチャンスと見て、ディムさんはついに勢いよく釣竿を引き上げた。


「とうっ!……って、あーっ!?」

「わーっ!?」


 どうも勢いが余ったみたい。水中から引っ張り出された魚は、そのまま空高く舞い上がって私たちの後ろへ飛んでいく……。


「む」


 そして、地面に落ちる少しだけ前のところで、糸をつかまれてピタリと空中で止まった。

 魚を見事にキャッチしたのは……。


「トーコ!」

「……おあっ、トーコさんだ!?」

「おう。……む? お主、レストンのパーティにおった奴ではないか。名は確か……ディムだったかのう」


 魚……を、ひっかけている糸をつかんでぶらさげたままの状態で、トーコが小首をかしげる。


「お、おう、そうだ。覚えててくれたのか」

「物覚えは良いほうでな。……と、まずこれは返そうか」

「お、ありがとさん。今夜の飯のつもりだったんだ」


 トーコから魚を受け取ったディムさんは、手際よく針を外して脇に置いていた箱に魚を入れた。

 それを見ながら、トーコがどことなく懐かしそうな顔でつぶやく。


「……釣りか。昔はよくやったのう」

「え、トーコって釣りしたことあるの?」


 その言葉が意外で、私は思わず聞いていた。

 それを受けて、トーコはいつもの表情に戻……ることなく、ぼんやりと笑う。


「あるさ。170年くらい前のことじゃがな……」


 あれえ。


 おかしいなあ、トーコはこういうことには結構つっけんどんに返してくると思ったけど。

 何か思い出したくないことでもあるのかな、釣りに。

 ……でも、そういう表情でもないような……?


「はっはっは、170年前って。トーコさんは相変わらず吹くなあ」


 一方、ディムさんは笑っている。トーコの実年齢を信じていないらしい。


 いや、私も最初は信じてなかったけど、ちょっと前に幻獣の街のインティスでシイルさんとの会話を聞いてから、もしかして本当にそうなんじゃないかなって今は思ってる。それくらい長生きしてないと、トーコの強さはしっくりこないしね。

 ……でもまあ、結局本当のところはまだ教えてもらってないから、どこまで本当かは謎だけど。


「信じる信じないは自由じゃがのう。……ところで、お主はなぜここに? この街にレストンの気配はないようじゃが」


 ディムさんの言葉に、いつもの調子に戻ったトーコが聞いた。

 それに対してディムさんは、私にしたのと同じ説明を手短に話す。


「あー、実はかくかくしかじかでね……」

「なるほど。よくある話じゃな」

「そう、よくある話だよ。所詮俺も、大多数の一人だったってことだな……」


 からからと遠慮なく笑うトーコに対して、ディムさんは苦笑しきり。

 トーコにかかればその程度の話だろうけど、本人にしてみればすごく悩んだことなんじゃ……まあ、トーコらしいと言えばらしいんだけどさ。


「そうは言うがお主、どうせ……。……おい、何でもいいから一つ魔法を放ってみよ」

「は?」

「魔法を一つ放ってみよと言うておる。初級で構わん」

「お、おう……?」


 トーコに言われるまま、ディムさんは初級炎魔法ファイアを放った。

 その威力はなるほど、普通の初級炎魔法ファイアと比べても圧倒的に小さい。大きさも火力も全然で、これじゃあ火種くらいにしかならないと思う。


 けど、私はものすごくちぐはぐなその魔法式を見て、なんだか納得できた。それじゃあだめだよ、ってね。


「セレン、わかったな?」

「うん、わかったよ。大まかだけど」

「構わん。書いてみよ」


 言われるまま、私は手渡された紙に今ディムさんが使った初級炎魔法ファイアの魔法式を書いた。

 それをトーコに返せば、トーコは「合格じゃ」とだけつぶやいて、そこに別の魔法式を書き込む。初級炎魔法ファイアなのは一緒だけど、その途中経過はまるで違う。トーコの手にかかったその魔法式は、形態こそ同じでも、威力の点で言えば数倍以上になるんじゃないかな。


 そしてトーコはその紙を、そのままディムさんに渡した。


「上がお主が使った魔法式、下がわしが今即興で作った魔法式じゃ。この違いが判るなら、お主にはまだまだ伸びしろがある」

「は、はあ……?」


 けれどディムさんは、困惑顔。

 いやあ、無理もないけどね。だって、魔法式の内容を図とか記号であらわすなんてやり方、トーコ以外じゃ件のセフィ君くらいしかまだやってないはずだもの。

 私(ついでに言えば、カグラも)はこれに慣らされてるからどうってことはないけど、普通の人にしてみればわけのわからない記号の羅列でしかないんじゃないかなあ……。


 まあでも、これもトーコなりの親切だ。なんだかんだで、トーコって結構世話焼きさんだもの。一度関わったことのある人を、それまでって切り捨てたりしないんだよね。

 ダリルさんだってそうだし、レストンさんだってそうだし。……私やカグラもね。


「読み方はシエルに行けばわかるじゃろう。それよりも先に自力で解読できるならば、より有望ではあるがな」


 そしてそう補足したトーコは、にやりと笑った。

 いつもする、すっごく勝ち気で自信たっぷりな、それでいてちょっと意地悪な笑みだ。


 ああー、トーコだなあ。なんだか妙に安心するよ。さっきみたいな顔は、どうもトーコじゃない気がして心配になるんだ。


「おー……、よ、よくわからないけど……ありがとう?」

「礼は、それが読めるようになるまで取っておけ。あと、言うならばわしではなくシエルの発明王に、な。それの考案者は彼奴じゃ」

「わかった……って、あんた王族とも顔見知りなのかっ?」

「シエル、グランド、ムーンレイスの三カ国は、すべて王族と伝手があるな」

「……マジかよ」


 改めて聞くと、すごい話だねえ。


 ま、でもさ。


「トーコだもんね、当然だよ!」


 私には、その一言で十分だ。

 なんでか、ちょっと呆れられたような顔をされたけど。これが私の真実。私たち魔人族ダークムーンにとって、「強さ」はそのまま正しさの証なのだから。


 それから私たちは、なぜか釣りに興じることになった。さっき聞いた通り、トーコが案外釣り上手で私もディムさんも驚いてたけど、トーコならできてもおかしくないよね。


 どうしてかって?


 だって、トーコだもん!


 こんな感じで、今回のお休みはのんびりと過ぎていったのでした。後で合流したカグラが、ものすごく不機嫌になったのはここだけの話だよ!


ここまで読んでいただきありがとうございます!


藤子編で一人称を書くのは初めてですね。

挿話は基本的に一人称で統一するつもりですが、三人称で書いている藤子編ではまた違った空気になりますね。

いずれは藤子の挿話も書きたいですね。今のところ予定はありませんけども……。

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