第57話 限定解除
トルク先輩から面白そう……もとい、有益っぽい情報をもらったぼくは、早速その日の晩餐(夕飯じゃないのがミソ)でシャニス義母さんに尋ねてみた。
すると返事は、
「教えてあげてもいいけど、数分で終わるようなものじゃないから、まとまった時間がある時がいいわね」
とのこと。
シャニス義母さんは何せ父さんの第1王妃だから、なんだかんだで忙しいんだよね。
中世ヨーロッパのイメージだと、女性が政治に関わるのはどーたらこーたらとかがありそうだけど、シエルではそういう風潮はもうないらしい。
これも父さんの功績で、腐敗した貴族を一掃した時、ちょっとやりすぎて人材不足が深刻になった時期が数年あったらしくて……。それを解消するために女性の登用も進めた結果、シャニスさんは特に女性政治家として成功したということだとかで。
まあ、そうでなくともロイヤルファミリー、しかもファーストレディだからね。あっちこっちでやることは多いだろうな。ベリー母さんは政治にまったく関わってない分、その手の仕事は全部シャニス義母さんに回ってるみたいで。
そんなわけで、ぼくが限定解除について教えを得られる機会は、あれからおよそ7日経った(この世界に週の概念はない)午後だった。
指定された場所は、王宮からさほど離れていない、近衛騎士団の修練場。
とはいえ、食後すぐに来たのは早かったみたいで、しばらく近衛騎士団の訓練する姿を眺めることになった。
率いているのはカバルさんと思ってたけど、どうやら近衛騎士団は通常の軍役とは違って独立している部署らしいので、近衛騎士団長とかいう人が取り仕切ってた。
なるほど、そりゃまあ、王族の身辺警護を専門で担当する部署だもんな。普通の軍隊とはやるべきことも、その目的も明確に違うか。
城下町を出歩く時について来るのは、彼らなんだろうなあ。彼らのおかげで、ぼくたちは何も気にせず街を闊歩できるんだと思うと、感謝せずにはいられないね。
欲を言えば、もうちょっと門限を緩くしてほしい、かなー……。
「……しっかし、さすが近衛騎士」
「すごいね、みんな強いよ」
ティーアがいるのはもういつも通りとして。
訓練の様子を眺めていて思うのは、ひたすらにさすが、とかすごい、だけだ。
王族の警護については、生前の皇宮警察のようなものだと考えると大体わかりやすい。ただの警備員じゃなくて、いろんなことができるエリートじゃないと配属されることはないんだろう。
そして実際そうなんだと思う。集団行動の時は一糸乱れぬ整然とした動きを披露するのに、個人個人となるとその誰もが一騎当千レベルの動きをしてくれる。
さすがに元ミスリルの父さんたちや、そもそも規格が違いすぎる藤子ちゃんと比べるのは酷だけど……それでも、新兵らしき人たちを除けば、たぶん全員がゴールドクラスはあるんじゃないかなあ。
一番すごいのは、全員が剣や槍を始めとした武器を用いた戦いに加えて徒手空拳、さらには魔法と、あらゆる場面を想定して、どんな風にでも戦えるように様々な技術を持ってるところか。
器用貧乏になることなく、あらゆる分野をこなすってのは並大抵の努力ではできないことだ。この辺は、父さんが整えた学校制度のおかげかなあ。有能な人はどんどん上を目指せる気風が、今のシエルにはあるから。
とか思ってると、不意に修練場が騒がしくなった。
それも仕方ない話で、なぜなら何食わぬ顔で入り口からシャニス義母さんが入ってきたのだ。既に王族が2人いるのに、さらに増えるものだから、近衛騎士さんたちの緊張感が半端ない。
けどシャニス義母さんはその辺りを気にした様子はなく、気軽に言葉をかけながら手を振って、のんびりとぼくたちのほうへやってきた。
うん、なるほど。
父さんの奥さんだ。
「お待たせ、待った?」
「いえ、見ごたえのある訓練を間近で見れましたから」
「ふふ、無理に気取らないのは好きよ」
くすりと笑うシャニス義母さんは、はて今年でいくつになるんだろう。父さんとあまり変わらないと考えると、なかなかのお歳だと思うけど……あまり年齢を感じさせないのは、どういうアンチエイジングをしているのか。
それともまさか、マナにはそんな効果もあるとか……?
「どうかした?」
「あ、いえ」
失礼な想像を掻き消しながら、ぼくは首を振る。
それから改めて、頭を下げた。
「あの、今日はありがとうございます」
「ホントにあなたは丁寧よね……あの人の子供とは思えないわ」
「いや、結構似てるらしいですけど?」
主に言動を指して言われるのが、個人的には癪だけどな!
それはシャニス義母さんも同感だったのか、くすくすと笑われた。
「……あの、それより……」
「ああうん、そうね。じゃあ、限定解除について説明しましょうか」
そう言うと、彼女はぼくたちの前に陣取るようにして座った。
「じゃ、まず基本から行くわよ。限定解除はその名前の通り、限定されているその制限を解除すること、あるいはその儀式を指す言葉よ。人間には、生まれつき魔法を使う際にその威力が一定を越えないように制限がかけられてるんだけど、それを取り除くことね」
「威力が一定を越えないように……?」
言葉通りの解釈みたいだけど、ちょっとわからない。
ティーアもしきりに首を傾げている。
「メン=ティの魔導書はそれがわかりやすいんだけど……たとえば、初級炎魔法。これの基本的な威力を仮に30、使うマナの量を5とするわ。あ、詠唱で考えてね」
言いながら、シャニス義母さんは地面に石で「威力30」「マナ5」と書いた。
「限定解除前は、どれだけ才能のある人間でもこの数値を変えることはできないわ。私やアルみたいなミスリルの人間でも、今初めて魔法を覚えた人間でも、詠唱で初級炎魔法を唱えれば結果は一緒よ。マナを5使って、威力30の火炎が出るの」
「……じゃあ不完全な詠唱破棄や無詠唱は、その威力が低減してるんですか」
「そういういことね。それらの技術で、詠唱の基礎威力を出せるようになった人が、その位階の魔法を本当に『極めた』と言える、ということよ」
「えっと、じゃあ兄様が中級魔法使いで、父様が上級魔法使いで、義母様が極大魔法使い」
「ん、正解。でもここまでは前提で……」
今まであれこれ地面に書いていた数字を、シャニス義母さんは手でかき消した。
王族らしくない行為だけど、そういえば元冒険者だ。
「限定解除をすると、この威力や消費マナの上限がすべてなくなるわ。そして魔法式の細かいところを操作できるようになるの。正確に言うと、より細かいところまで魔法式が見えるようになる、かしらね」
「……数式にするとこんな感じですか」
ちょっとわかりづらい説明に、ぼくは首を傾げながらも石をつかむ。
そして、地面に「3×5=3(2+3)」と書いた。
その式に、ティーアが「ああ!」と頷き、シャニス義母さんが「なるほど」とつぶやいた。
それから、
「……そうね、その解釈でだいたい構わないわ。そう、ただの四則計算から関数とかの高度な数式が使えるようになるのが、限定解除よ」
なるほど、そっちか。
つまりあれだな。小学校の算数で、割り算の問題で習ってもいない分数を使ってバツをくらうようなもんだな。
前世の教育制度についてはこの際無視するとしても、そういう制限がかけられてる、ってことなんだね。
「……なんでそんなのがかかってるの?」
「それはあれだよ、ティーア。5歳だったころのティーアに、『4の3乗足す3の2乗割る5』なんて計算できる?」
「……無理」
「だよね。いくら体系が整ってるメン=ティの魔導書でも、それは難しいでしょ? だから順当に魔法を覚えていけるように……そんな感じじゃないですか、義母さん?」
「そうね、そう言う説が有力。あとは、人間が増長しないように神々が縛りを設けた、という説もあるわ」
「おお。そういえば、神様が普通にいる世界だったっけ」
増長しないように、か……。それは確かにありえそうだなあ。
神様が何もしない前世でもノアの方舟とかバベルの塔みたいに、やりすぎた人間が神様から何らかの形で罰を受ける神話は結構あるし。
地球と違って、この世界は明確に神様がいるんだから、もしかしたらそっちのが正解かも?
「……てことはあれですか。威力制限なしの青天井で好きなように魔法式いじれる、なんて状態で素人に魔法使わせたら……」
「みょうちきりんな式を組んで、結果的に限定解除前よりも貧相な魔法になるわ。玄人なら逆にとんでもない魔法になるけどね」
「ああー、だからシルバー以上にならないと教えてもらえないの?」
「その通りよ、ティーアちゃん。ちなみに、私たちが現役だった頃はブロンズでも教えてもらえたわ」
「ありゃ、難易度上がっちゃったんですか?」
「うん……若気の至りで早々と限定解除した結果、魔法使いとして使い物にならなくなって冒険者やめちゃう人が続出したのよ」
「うひゃあ……」
なるほどねえ。確かに、血気盛んな若者なら、周囲の制止も聞かずにやっちゃいそうだ。
特に勘違いした個性を発揮しちゃうような年齢の頃とか、ねえ……。
誰もが通る道とはいえ、2度と魔法使いとして……って、ん?
「あれ、待ってください。その感じだと、もしかして限定解除って1度きり?」
「ええ。1回これをやっちゃうと、もう2度と自分に制限はかけられないわ。悪くなった目がよくならないのと同じね」
「……なるほど、そりゃ確かに良く考えないとだ」
「そうなのよ。だから、本当に良く考えてやることね。私だってゴールドになるまではしなかったくらいだから」
「うっへ」
「ひゃあ」
元ミスリルで、「虹色」と呼ばれたシャニス義母さんですら、か。
だとしたら本当に、良く考えないとまずいな。
現状、ぼくの実力がどれほどのものなのか、はっきりとはわからない。一応、父さんを中心にいろんな戦い方を学んではいるけど、どれもまだ道半ばだ。
まあ、一応カルミュニメルブルーの持ち主なので、魔法使いタイプなんだろうなあとは思ってる。となると、ぼくにとって魔法の威力は、生き抜くためには死活問題なわけで。
うーん……魔法銃の開発は、もうちょっとゆっくりしていくほうがいい、かなあ。
「……あの、ちなみに参考までに聞くんですけど」
「何かしら?」
「義母さんくらいになると、その限定解除の結果どれくらいの威力まで持って行けるんです?」
「あら、それは私への挑戦かしら」
「え、いや、というよりは単純な好奇心で……」
「ふふふ、いいわよ。見せてあげるわ!」
ぼくの言葉を途中で遮って、シャニス義母さんは勝ち誇った笑みですっくと立ち上がった。
そして、訓練を続けていた近衛騎士さんたちを、危ないからと言って一旦訓練を中止させてしまう。
……考えたら即実行、な人なのか。
なるほど。
父さんの奥さんが務まるわけだよ。
「王妃様、的の木人形、用意できました!」
「よーし、ありがとうー! さあ二人とも、よおく見ておきなさい!」
なんでこの人こんなにやる気満々なんだろう。
もしかして、日ごろから鬱憤がたまってるとかそういうのだろうか……。
なんて思っていると、近衛騎士さんたちが全力の防御態勢で思いっきり距離を取り始めた。嫌な予感しかしないじゃないか……。
なのでぼくも頷いて、自分の感覚を信じて少しずつ後ずさる。ティーアがそれにならった。
「じゃ、行くわねー!」
そして、シャニス義母さんが意気揚々とそう言った瞬間だ。
ぼくは、それこそ瞬きする間もないほどの一瞬で膨れ上がったマナを感じて、とっさに日本語で叫んだ。
『百合籠!』
すると、あの日以来肌身離さず身に着けているペンダント――藤子ちゃんのアストラが即座に反応して、魔法が発動する。
そしてぼくとティーアが、オレンジ色に輝く百合の花に包まれた、その直後。
目を開けてられないほどの猛烈な閃光と、太陽かと思う程の灼熱が瞬時に出現して、一瞬遅れてから鼓膜を破壊されかねないほどの爆音が鳴り響いた。
藤子ちゃんが豪語しただけあって、百合籠の魔法で守られていたぼくたちは何事もなかったけど……。
シャニス義母さんが引き起こしたとんでもない現象は――見事に木人形は跡形も残らず、それどころか修練場のほとんどが大破したのでした。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
というわけで、説明回およびシャニスの実力について。
限定解除をしていない人間が使う魔法は、良くも悪くも画一的です。
それこそRPGの魔法のように、「この量のMPを消費して、平均この数値のダメージを与える」といった感じで。
しかし限定解除を行うことで、「この魔法使うのにいつもの倍のMP使って威力上げるやで」とか、「魔法式をいじって範囲広げるンゴ」といった使い方が可能になります。
まあ早い話、「今のはメラゾーマではない……メラだ」ができるようになるよ、ってことですね!(ぁ




