第56話 王子様の日常 下
午後に入ると、ぼくたちは自由時間になる。王族の身で自由時間、という表現はちょっと心苦しいところもあるけど……。
これは、ぼくがさらに新しい技術を開発するために設けられている時間でもあり、ぼくの夢を理解してくれている父さんの計らいで設けられた時間でもある。
というわけで、この時間帯で仕事、とか学業とかに該当する行為は、絵の練習や技術開発。
ぼくもそれは理解してるので、遊びほうけようとは思ってない。城下町に出向くのも、ちゃんと意味があってのこと。
向かう先は、ずばりトルク先輩のいる魔法研究所だ。
相変わらず、魔法陣で彩られたアバンギャルドな見た目の研究所。とはいえ、その見た目ももう慣れた。中ももう勝手知ったる我が家みたいなもので、構造は大体把握してしまっている。案内を頼むのも気が引けるしね。
というわけで、ぼくたちはまっすぐにいつもの場所に向かう。行く先は、トルク先輩の部屋じゃない。わざわざ技術開発用に、ぼくに用意された部屋だ。
この辺はまあ、なんていうか、特別待遇なのはぼくが王子だからというよりも、既に実績がいくつもあるからだろう。
エアーズロックでは、わざわざ道具屋に工房を間借りしてまでやってたことを、国家権力的なもので確保されているのは正直言ってありがたい。ぼくとしても、人に見られたくないものも結構あるしね。
あ、ちなみに言っておくと、常にここにいるわけでもないし、研究所に来たら必ずここに来るってわけでもない。たまにはトルク先輩他、研究所員の人たちの部屋にお邪魔して研究を手伝うこともあるんだよ。
この約半年の成果としては、やっぱ風呂かなあ。あれは、他の人たちが研究してた技術もふんだんに盛り込まれている。ある意味で、この研究所の集大成と言っても過言ではない。
いやさ、元日本人としては譲れないところだったから、風呂に使えそうな技術を研究していた人たちには全力で支援しまくったんだよね。おかげで、思っていたよりもかなり早く風呂を完成させることができた。ありがたいことだ。
お礼として、城に設置した風呂と同じタイプのものを魔法研究所の空いていた部屋に設置した。せっかくなので、内装も盛大に改造してかなりガチな風呂場にした。銭湯とかそこまでではないけど……たぶん、ワンルームマンションとかの風呂よりかはよっぽど上等な出来栄えだと思ってる。
そしてそこまでやりきっただけに、研究所員から好評なのは嬉しい限り。風呂は偉大だよ、うん。日本人とローマ人だけがたどり着いた至高の娯楽だ。
まあ、こんなことしてるから父さんが大衆浴場の計画を本気で考えるんだけどさ。
「兄様、本当にお風呂場の設計するの?」
「……しょうがないじゃん、一応父さんは王様なんだから……」
命令とあらば、親子だろうとそれには従うしかないさ。まして、内政に関することだし。
ぶっちゃけ、ぼくは自分の研究がしたいんだけどね。いまだに完成させれてない消しゴムとか、結構死活問題なんだけど。
とはいえ元日本人のサガなのか、こと風呂に関してはどうもやり始めたら気が済まないんだよなあ。なんていうか、妙な使命感とでも言うか?
だって、ただの大衆浴場じゃ面白くないじゃん? ここはやっぱり、スーパー銭湯みたいに、食事処とか運動できるものとか……そんな感じの、複合リゾート施設みたいにしたら、きっといい観光資源にもなるだろうし。
まあ、元々クリエイター志望で生きてきたんだ。形は変わっても、何かを作ると言うのはやっぱり性に合ってるんだろう。
そんなことを考えながら、ぼくは図面を作る。正直なところこの辺りは素人なんだけど、藤子ちゃんにあれこれと教えてもらってるから、プロとまではいかないまでもそこそこのものができている。
しっかし、かなり詰め込んでるこの図面を実際に実際に建設すると、なるとどれくらいのスペースがいるんだろう。あと、資材の量と人の手と……時間?
「はい兄様、お茶だよ」
「ん、ありがと。……うん、うまい」
「えへへー」
ここにいる間、ティーアは基本的にぼくの秘書というか助手と言うか、そんな感じにふるまっている。
実際、開発や研究そのもので彼女にできることはあまり多くないので、こういうポジションで落ち着いたのだ。彼女もそれでいいと思ってるみたい。
最近はお茶淹れる技術がやたら上がってるし、クッキーとかケーキのお菓子作りを平気でこなすようになってきてるんだけど、一体何が彼女をそうさせるんだろう。
いや、兄としては妹が立派に女の子してるのはとてもうれしいんだけどね。女子力の高い女の子は、きっといいお嫁さんになるだろう。
……いつかこの技術をぼく以外の男に披露するときが来るんだろうか。そう思うとそこはかとなくイラっとするぜよ。
「おー、セフィ来てんなー?」
「あ、先輩」
「お、先輩どもっすー」
ティーアのお茶とクッキーを楽しんでいると、トルク先輩が部屋に入ってきた。手には、細長い箱。
「お、うまそうなの食ってんじゃんー」
「うん、とってもおいしいよ。ティーア、先輩にも出してあげて」
「うん、任せてっ」
厨房に向かう(ぼくの研究室は、特別に厨房もついている)ティーアと入れ替わるようにして、先輩がぼくの前に来る。
イスを渡せばすぐに、彼女もそこにどっかと座った。
「風呂か、やってんな。調子はどうよ?」
「もうちょっとかな。来月の頭には父さんに見せようかと思ってるよ」
「色んな施設を内包した複合的な風呂、とかそうそう思いつかねえよ。さっすがセフィだよなあ」
「……まあ、その、あじゃじゃとやした」
パクリなんですよね、実のところは。
「はーい、先輩お待たせー」
「お、あんがとー。……ティーア、お前だんだんお茶上手くなってきたよな。いっそあたいのメイドにならね?」
「ヤだ。兄様のメイドなら喜んでやるけど」
「お前はホントに相変わらずだな……って、こっちもうまいな」
遠慮なくクッキーをほおばる先輩の顔は、幸せそうである。
「……っと、それよかセフィ。お前が発注してたやつできたってよ。かなり金使ったから早く清算してくれって言われて、立て替えて受け取ってきたんだけどよ」
「うぇあ、そりゃすいません。いくらかかったんだったっけ?」
「ああ、それは後でいいよ。それより、中確認してみてくれよ。これでいいかな?」
「あ、うん。わかった」
そこでぼくは、先輩が持ってきた箱を受け取る。
留め具を外してそれを開けば……中から出てきたものは、ライフル銃だった。
「……すごいなあ、うちの国の職人も。あの図面からよくここまで形にできたね……」
「いや、お前の設計図めちゃくちゃわかりやすかったから、結構簡単だったって言ってたぞ?」
「え、ホントに? そこまで上手だったつもりないんだけど……」
「お前、妙なところで自己評価低いよな……」
しょうがないじゃない、地球の技術者の話を知ってるんだからさ。地球でトップクラスの実力を持ってた人たちにくらべれば、ぼくなんてそれこそ素人に毛が生えたようなものだよ。
……でも、それがこの世界では高度な技術、ってことなのかなあ。
「まあそれより、出来のほうはどうなんだ?」
「あ、そうだそうだ。よっと……」
先輩に促されて、ぼくは改めてそのライフル銃を手に取った。
形状としては、現代地球で使われていたようなものではなくって、19世紀ごろに使われていたものに近い。まあ見た目のモデルがエンフィールド銃だから、当然っちゃ当然なんだけども。
ただしその構造は、地球で言ういわゆる「銃」のそれとはかなり違う。
筒の内部にライフリング加工があり、爆発によって弾丸が発射され、その内部構造によって弾丸を安定させる、というところは同じ。けれど一致しているのはその根幹部分だけで、あとはほとんど別物と言っていい。
まず、弾丸を込める必要はない。モデルにしたエンフィールド銃は先込め式だけど、そもそもそんなことをしなくていいのだ。
そして撃鉄はあるけれど、別に火薬とかそういうのを叩くわけではない。これはあくまで魔法式の起動を担っているだけなので、白煙などは一切出ない。
そう。この銃は、魔法によって弾丸を発射する銃。撃鉄を起こす、引き金を引く、という二段階を経ることで、ぼくがかつて失敗させた弾丸の魔法を滞りなく履行する魔法道具なのだ。
理論上は、これを用いれば、マナが切れていない限りはあの魔法が失敗することはない。面倒な過程を、撃鉄と引き金の二動作が代行する。魔法道具の利点をそのまま転用した兵器、だ。
もちろん、器として魔法道具の体裁をとったことで、たぶん威力は普通に魔法として放つよりは落ちるだろう。でも、深く考えなくても発動できること、それに誰でも使えることがこの場合は重要なのだ。
「……うん、問題なさそう。ティーア、的の準備お願いできる?」
「おっけー!」
ぼくの指示を受けて、ティーアが部屋の奥から的を持ってくる。
的。地球でよくある、円形のアレだ。それが描かれた紙が、木の板に張ってある。
この板は、風呂の浴槽を作る際に余った木材を流用してる。ファルゥ木はヒノキに近い質の木なので、浴槽以外にも使い道は広い。余ったのは各所に配ったんだけど、これはそれらにも使えない端切れの部分だ。物は大切に使いましょう。
「どうするんだ?」
「試し撃ち。せっかくの品だから、まずは威力の確認をしないとね」
「……武器なのか、それ?」
「うん、武器。遠距離用のね」
「……お前が武器作るなんて、正直意外だな」
「……思うところがあったんだ」
その言葉に、先輩は口をつぐんだ。
この世界は残酷だ。いつ何時、命の危険にさらされるかわからない。でもそれは、力さえあれば振り払うことができる。
ぼく自身の力を上げることも大事だけど、武器も同じくらい大事なはず……。
そう考えて、ぼくはあの時から、銃の製造を開始したのだ。
やっぱり銃と言う道具の仕組みは複雑で、ここまでこぎつけるのに4年以上かかったけどね。これでもまだ試作品なんだけども。
「兄様、準備できたよ」
「おっけー、ありがとティーア」
戻ってきたティーアの向こう側。壁にもたれるような形で設置された的は、その周辺をポップ繊維で固められている。ポップ繊維は保温材なんだけど、防弾性もそこそこあることがわかってる。
……やりすぎって? これがそうじゃないんだよなあ。まま、見ててよね。
「それじゃ、やってみますかー」
「先輩、危ないから離れたほうがいいよ」
「? お、おう」
ぼくの後ろに、ティーアとトルク先輩が回る。それを確認してから、ぼくは試作銃を構えた。
……妙にしっくりくるな。ぼく、前世で銃なんて持つどころか、エアガンの類すらもったことないんだけど。転生のギフトみたいなものかなあ?
まあ、その辺りのことは今は置いとこう。
んじゃ、撃鉄を起こしまして。
「いきまーす」
「はーい」
「うぃー」
せーの……ズドン!
とばかりにぼくが引き金を引いた、その瞬間。まさにズドンなんて音と共に、的が粉砕した。
もちろんと言うべきか、反動はすさまじく、ぼくは危うく身体を持って行かれそうになったけど、とっさにマナを操って態勢を必死に整え、ギリギリのところで惨事は避けた。
「な……」
声も出ない、という感じで呆然とするのは先輩だ。
一方ティーアは慣れたもので、砕け散った的とその周辺の検分に入っている。
「どう?」
「んー、やっぱり今までと変わんないよ。的はバラバラ、ポップ繊維も貫通。壁はこないだ土霊石モルタルでコーティングしたおかげで無事みたいだけど」
「……一緒、か。んー、参ったね、どうも」
試作銃を杖のようにして床を突き、そこに少し体重をかけながらぼくは、後ろ頭をかいた。
上手くいかないなあ、やっぱり。銃の機構とかはちゃんと再現できてるから、問題なのは魔法的な部分、というのはわかってるんだけど……。
「兄様、はい弾」
「さんきゅ」
ぼくに弾を手渡したティーアは、そのまま片付けに移る。
彼女の姿を見送った後、ぼくは手の中に転がった弾を見た。
その形状は、まさに現代地球で使われていた弾丸そのものだ。ぼく自身の銃の知識がさほど豊富ではないので、いわゆる9ミリパラベラム弾(のようなもの)しか作れなかったんだけど……。
そんな弾丸でこの威力だ。正直、かなり突き抜けてると言って差支えないだろう。
いや、いいんだけど。魔獣やモンスターと戦うなら、威力は高いほうがいいに決まってる。でも、威力だけじゃ武器としては合格ではないんだよね……。
っていうか、そもそもこのライフル銃は銃の形はしてるけど、ぼくがあの日創った銃弾の魔法(名前はまだない)をより効率的に、正確に使うことを目的とした魔法道具なんだから。
兵器ではあるけれど、ただの武器として使うのは、そもそも目的から外れてるんだよ。
理想は、メン=ティの魔導書のそれと同じく、威力や消費マナなどの調整を厳格に行ったうえで、状況に応じてそれらを使い分ける(弾丸を使い分けるイメージで)ようにする……というものなんだけども。
これじゃ、ただの銃と一緒だ。正直、ただの銃なんてこの世界じゃ必要ないんだよな。今はまだ。
「……ってわけなんですけど、なんかいい案なんですかねえ?」
「簡単に言うなよ……」
銃についてのおおまかな説明と、質問を投げかけられたトルク先輩は渋面を作って頬をかいた。
まあうん、ですよね。
「……聞くけどさ」
「はい?」
しかしここで黙ったまま終わらないのは、さすがにかつて学校でも好成績を残していた人、と言うべきか。
あるいは、幼いころからぼくらに混じって時代を超えたものに親しんできたからか。
トルク先輩は、うなりながらも意見を上げた。
「要は、自作の魔法を安定させるための魔法道具なんだよな」
「そう、なるかな」
「んで、そうはいっても威力が揺るぎないと。もしかして、下がりはしないけど上がりもしないんじゃね?」
「ああ、うん。実験ではそういう結果になってる」
「モデル……っていうか、魔法式はメン=ティの魔導書を使ってるんだよな?」
「うん。式の構成は全部メン=ティの魔導書にあるやつ」
「じゃあさ、限定解除を調べてみるのがいいんじゃないか?」
「……限定解除?」
やだ、なにそれかっこいい。
でも聞いたことない単語だな。どういうものなんだろ?
「あたいも詳しくは知らないんだけどさ。えっと、確か冒険者ギルドで言うとシルバー以上にならないと教えてもらえない方法らしいんだけど……」
そう前置いてから、先輩は説明を始めた。記憶の引き出しを探りながらだからか、ぎこちなかったけど……。
大まかにまとめると、魔法にかかっている制限を解くもの、ということらしい。
正確には、制限自体は人間にかかっているらしいから……あれかな、リミッター解除、的な。
「あたいにわかるのはこれくらいだけど……」
「いや、十分だよ。とっかかりがあるだけでも全然違うしさ。もしかしたら、ここから上手くいくかも。……それにしても、シルバー以上かあ」
「……ギルドにはまだ登録すらしてないよな、確か」
「うん。でも確か、最初の位階って、登録の時に自分のマナを注ぎ込んでそれで決まるんでしょ? だからもしかして、最初からシルバーになれるかもしれない」
「えー、どうかなー。いいとこ、ブロンズがせいぜいじゃないかあ?」
「そうだろうけど、まあ、アイアンよりは、ね」
さすがに、藤子ちゃんみたくいきなりミスリルは無理だろうし、手の届く範囲からでってことで?
ぼくは他の人より多少マナの総量も多いし、あるいは、とも思うけど……あまり自分を過信しないほうがいいし。
「でもまあ、あたいが知ってることは又聞きだし、一度ちゃんとした人に教えてもらっといたほうがいいと思うぞ」
「確かに。無駄な労力になるのも嫌だしね……」
「その点で言えばお前はいいよな、両親がミスリルなんだろ?」
「うん。……待てよ、確か義母のシャニスさんは確か、父さんのパーティの魔法使いだったっけか」
「シャニス王妃様? って確か、『虹色』のシャニスじゃね?」
「そうそう、それそれ。うん、なんだ。身近に適任者がいるじゃないか。今度銃のほうと併せて、限定解除のことも聞いてみよう」
「その伝手の広さはさすがに王族って感じだな……」
「うん、自分でも恵まれてると思うよ……」
子供のやりたいことに理解があって、ともすればそれを後押しできそうな技術まで持ってる親族って、普通ありえないよなあ。
ぼくはつくづく恵まれてる。ぼくが転生で得た一番のものは、この味方の多さかもしれないなあ。
だからこそ、シェルシェ先輩を死なせてしまったことは、本当に……。
「兄様、片付け終わったよー」
「ん……あ、うん。いつもありがとう、ティーア」
「えへへー」
何かを期待するような上目遣いだったので、ぼくは彼女の頭を優しくなでる。それを受けて、彼女は照れたように笑った。
この笑顔が、本当に何度ぼくを救ってくれたことか。ホントにティーアは天使だ。
「……よーし、それじゃちょっと城に戻ろう。シャニスさんに色々と聞こう。先輩、今日は色々とありがとうございました」
「おう……って、ちょっと待て。その前に、立て替えた分頼むって」
「……あっ」
そうだ、そういえばこの試作銃の精算、やってもらってたんだっけ。
ぼくはまず謝罪をしたうえで、改めてお金を支払ったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ついに出てきた銃。
当初はもちろん、こんな武器を開発させるつもりはなかったんですけどね。
ただ、目の前で仲間を失った人間が、無力を実感したうえでどうするかを考えれば、おのずと力の増強に走るでしょうし、自分の強化のほかに装備品の増強をはかるのが普通だろうなあと思いまして。
はてさて、この結果が後でどうなることやら……。




